五条悟―神聖時間軸の剪定者―   作:ルルルだ。

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22話 二つの選択肢

五条は、デスクの向こうで静かに微笑む夏油傑を、ただ無言で見つめていた。

六眼を通して視える夏油の呪力は、もはや底を突きかけている。彼が一人で数え切れないほどのタイムラインを無理やり一本に縛り付け、ワンダ・マキシモフが空けた穴から溢れ出す混沌を塞ぎ続けてきた代償だ。

 

「……僕に、選べって?」

 

五条の声は、微かに掠れていた。

彼の中に流れ込んできた夏油の壮絶な記憶。それは、五条悟という男に最大の苦痛を与え、自らは最悪の呪詛師として泥を被ることでしか、世界を呪いの崩壊から救うことができないという、夏油傑なりの極端すぎる自己犠牲だった。

 

「お前が一人で泥を被って、僕を人殺しにしてまで守り抜いた『正解』を、今更僕にどうしろっていうんだよ」

 

五条の脳裏に、かつて自分が夏油に引導を渡した光景がフラッシュバックする。

『最後に呪いの言葉くらい吐けよ』と告げたあの時、夏油は呪いではなく、親友としての本音を零して笑った。

あれすらも、夏油が計算し尽くした「世界を維持するための必要な儀式」だったというのか。

 

「選択肢は二つだ、悟」

 

夏油は、背後で火花を散らしている時間織り機を指し示した。

 

「一つ目。お前が私に代わり、この時間織り機の制御システムと同化する。私が持っていた管理者権限を引き継ぎ、再び世界を『一本道の正史』に縛り直すんだ」

 

夏油の言葉に、隣に立つ包帯五条がビクッと肩を震わせた。

 

「お前はここに残り、これから無限に溢れ出そうとする分岐世界(IF)を、お前の手で全て剪定し続けなければならない。……あのTVAの職員たちがやっていたように。だが、そうすれば悠仁や恵たちの生きる世界は、確実に保証される」

 

それは、五条悟という男に、永遠に終わらない「孤独な殺戮」を強要する道。

 

「二つ目。この時間織り機の制御を完全に破壊する」

「TVAから、セクター・フリンジの監視を完全に停止させ、マルチバースを完全に解放する。……そうなれば、お前が愛した生徒たちが無惨に死ぬ世界や、特級呪霊が人類を喰らい尽くす世界が、際限なく無限に誕生することになる」

 

「停滞した一本道の平和」か、「無限の悲劇と希望が生まれる混沌」か。

究極の二択。

 

五条は、拳を強く握りしめた。

自分がここでシステムを継げば、確実に虎杖たちは生き残る。だが、それは彼らの可能性を檻に閉じ込め、自分が永遠に彼らの運命を間引きし続けるということだ。

逆にシステムを壊せば、彼らが無残に死ぬ世界が無限に生まれる。自分がその引き金を引くことになる。

 

「……」

 

重苦しい沈黙が、三人の呪術師の間に降りていた。

 

「……オッサン」

 

ずっと黙っていたデンジが、不意に口を開いた。

彼はスターターロープから手を離し、頭の後ろで腕を組んで、つまらなそうに鼻をほじっていた。

 

「どっちでもいいけどよぉ。俺、腹減ってんだよね。どっち選べば、早く美味いもん食えんの?」

 

「……デンジくん」

五条は、デンジのアホすぎる、だが核心を突くような軽薄さに、思わず毒気を抜かれて息を吐いた。

 

「お前さ、頭いいから色々難しく考えてんだろーけど」

デンジは、鼻をほじった指を服で拭いながら、夏油の方を指差した。

「このヒョロ長い兄ちゃんが言ってる『絶対安全な平和』ってやつ、なんかマキマさんが言ってたことと似ててスゲェむかつくんだよな。俺、ああいう『誰かが勝手に決めたルール』の中で飼われるの、もうウンザリなんだわ」

 

デンジは、自分の腹をさすりながら五条を見た。

「失敗したっていいじゃねえか。痛い目見ても、腹が減っても、自分で選んで歩いた道なら、クソ不味い食パンでも美味く感じるもんだろ」

 

デンジの言葉は、飾らない野生の真理だった。

悪魔の心臓を持つ彼にとって、与えられた餌よりも、血まみれになって自力で奪い取った飯の方が価値がある。

 

その言葉は、五条の心の奥底に刺さっていた「最強としての責任」という呪いを、優しく引き抜いてくれた。

 

(……ああ、そうだな)

 

五条は、ポケットからTVAのテンパッドを取り出した。

そして、空中に、先ほど自分が視てきた『アース-JJK-001の未来』の映像をホログラムとして投影した。

 

成長した虎杖、伏黒、釘崎、乙骨たちが、五条の墓前で悲壮感など欠片もなく、心から笑い合っている光景。

 

「……傑」

五条は、そのホログラムを見つめながら、静かに口を開いた。

「お前が一人で泥を被って背負ってくれたこの『一本道』のおかげで、悠仁たちは生き残り、あんな風に笑える未来に辿り着けた。……お前の愛には、感謝してる。本当に」

 

夏油の瞳が、僅かに揺れた。

 

「でもさ」

五条はホログラムを消し、夏油を真っ直ぐに見据えた。

その蒼い瞳には、最強としての揺るぎない覚悟と、教師としての誇りが宿っていた。

 

「僕の生徒たちを、舐めんなよ」

 

五条の言葉に、夏油がハッと息を呑む。

 

「あいつらは、お前が引いた安全なレールの上を歩かなくたって、自分たちの足で立って、運命を切り開けるくらい強くなってる。……僕が死んだ後の世界でも、あいつらは最高に立派だった」

 

五条は一歩、夏油に近づいた。

 

「無限の悲劇が生まれる? 呪いが世界を喰い尽くす? 上等じゃないか」

五条は、ニヤリと笑った。

「その時は、僕が……いや、僕の教え子たちが、何回でもその悲劇をぶっ飛ばしてやるさ。……可能性を縛り付けて、安全圏に引きこもるなんて、僕らのガラじゃないだろ」

 

隣にいた包帯五条も、静かに頷いた。

「俺も同意見だ。過去の幻影に執着していた俺が言うのもなんだが……あいつらは、俺たちが思っている以上に、ちゃんと前へ進んでいる。俺たちの過保護な檻は、もう必要ない」

 

「……悟」

 

夏油は、二人の五条の言葉を聞き、ゆっくりと目を伏せた。

その表情には、長年の重圧から解放されたような、深い安堵と、少しの寂しさが混じっていた。

 

「……そうか。お前は、本当に……立派な教師になったんだな」

 

夏油は、時間織り機のメインコンソールに置いていた手を、静かに離した。

彼が呪力の供給を止めた瞬間、ドームの空間が激しく明滅し、暴走しかけていた黄金の糸が、システムを突き破って四方八方へと弾け飛び始めた。

 

「私は、ここまでだ」

夏油の身体が、足元から徐々に光の粒子となって崩れ始める。

彼は神としての役目を終え、この虚無の空間ごと消滅しようとしているのだ。

 

「システムを破壊しろ、悟」

夏油は、崩れゆく身体で、最後の力を振り絞って微笑んだ。

「お前たちの自由な未来を、見せてくれ」

 

「……ああ」

五条は、右手の指を交差させた。

包帯五条もまた、残された右腕で己の限界を超える呪力を練り上げる。

 

「術式反転・『赫』」

「術式順転・『蒼』」

 

二人の五条悟が、全く同じタイミングで呪力を解き放つ。

 

「虚式・『茈』!!」

 

二発の極大の仮想質量が螺旋を描きながら融合し、暴走する時間織り機の中心へと直撃した。

 

ガアアアアアアアアアアッ!!!!

 

全てを消し去る光と音が、ドーム状の空間を白く染め上げた。

時間織り機が根底から粉砕され、セクター・フリンジを縛り付けていた「神聖時間軸」の物理的な枷が、完全に消滅する。

 

無数の可能性(マルチバース)が、ダムを決壊させた濁流のように、無限に広がり、無数の枝に分かれていく。

呪術廻戦の世界も、チェンソーマンの世界も、もはや誰の管理下にもない、自由で混沌とした未知の海へと解き放たれたのだ。

 

圧倒的な光の奔流の中で、五条は夏油の姿が完全に消える瞬間を見た。

最後に残った彼の口元は、確かに笑っていた。

 

(……おやすみ、傑)

 

五条は、ゆっくりと目を閉じた。

砕け散る時の終わりの城から、彼らの意識もまた、新たなる世界へと弾き出されていく。

 

【第一部 完】




書き忘れていましたが、第二部まであります。一応今回で第一部(TVA編)完です。
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