五条悟―神聖時間軸の剪定者―   作:ルルルだ。

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6話 2人の最強

極限まで圧縮された二つの「最強」の呪力が、互いを押し潰そうと拮抗していた。

 

「……趣味が悪いにも程があるね」

 

五条悟は、ポケットからリセットチャージを持った手をゆっくりと下ろした。

彼の視線の先には、自分と全く同じ背丈、同じ骨格、そして同じ黒い目隠しをした男が立っている。

唯一の違いは、その額に刻まれた生々しい縫い目と、口元に浮かぶ粘着質で下劣な笑みだけだ。

 

「そう怒らないでくれよ」

五条の肉体を乗っ取った羂索は、自分の掌を恍惚とした表情で見つめた。

「別のタイムラインで、君がちょっとしたミスで命を落とした世界があってね。……その新鮮な死体を頂戴しただけさ。いやぁ、無下限呪術と六眼の組み合わせは、まさに神の器だ。夏油傑の呪霊操術も惜しかったが、こちらの方が私の目的には合っている」

 

「目的、ね」

五条は一歩踏み出した。足元の枯葉が音を立てるよりも早く、彼の周囲の空間が「歪み」を帯びる。

「他人のガワ被ってコソコソしてるネズミが、こんな平和な箱庭で何を企んでるのかな? まさか、この世界の平和を謳歌しに来たわけじゃないだろう」

 

「平和? ハハハ!」

羂索・五条は肩を揺らして笑った。

「こんなものは、ただのエネルギーの貯蔵庫だよ。君もTVAの犬なら知っているだろう? この世界が、君たちの『正史』から莫大なエネルギーを吸い上げて成立している寄生体だということを」

 

羂索は、グラウンドの方角――夏油傑や生徒たちが笑い合っている場所へ視線を向けた。

「この世界は、本来起こるべきだった悲劇を回避しすぎた。その結果、行き場を失った『負のエネルギー』が、この次元の底にパンパンに溜まり込んでいるんだ。……私は、その極大の呪力を回収しに来た」

 

「回収してどうする」

「決まっているだろう? 全マルチバースを巻き込んだ『死滅回游』の動力源にするのさ」

 

五条の表情から、一切の感情が消え失せた。

 

「君がTVAに雇われてこの世界を消しに来たのは好都合だったよ」

羂索・五条は両手を広げた。

「君がリセットチャージを起動すれば、この世界の因果は崩壊する。その崩壊の瞬間に生じる『次元の裂け目』を利用すれば、溜まりに溜まった呪力を、私が安全に別の次元へ持ち出せるというわけだ」

 

「つまり……僕に掃除をさせて、自分は美味しいところだけ持っていくと?」

「ご名答。だから、君の仕事を邪魔する気はない。さあ、早くそのチャージを起動したまえ。……それとも、親友がいるこの幻を、壊すのが惜しくなったかな?」

 

羂索の挑発に、五条はわずかに首を傾げた。

五条の姿がブレた。

シュンッ!

 

瞬速の移動。

五条は羂索の眼前に迫り、呪力を込めた右拳を容赦なく顔面へと叩き込んだ。

 

ドガァァァン!!

 

バキィィッ!!

羂索・五条は林の木々を何本も薙ぎ倒しながら、斜面を転がり落ちた。

 

「ぐっ……ハハハ! さすがはオリジナル、血の気が多い!」

羂索は空中で体勢を立て直し、着地と同時に印を結んだ。

彼が乗っ取っているのは五条の肉体。当然、無下限呪術も使える。

 

「術式順転・『蒼』!」

 

羂索の指先から発生した強力な引力が、周囲の土砂や倒木を五条に向けて吸い寄せる。

 

「チッ」

五条は自身の『蒼』でそれを相殺しようとするが、羂索の放った引力は、五条のそれとはわずかに「質」が異なっていた。

(……引力のベクトルが乱れている? いや、こいつ、無下限の操作に自分の呪力特性(術式)を混ぜてやがる!)

 

羂索はただ五条の力をコピーしているだけではない。千年以上生きた呪詛師としての経験と技術で、無下限呪術を「最適化」ならぬ「魔改造」して使っていた。

 

「どうした? 自分の術式に戸惑っているのかい?」

羂索が間髪入れずに踏み込んでくる。

二人の「五条悟」による、超高速の体術戦が始まった。

木々がへし折れ、大地が抉れ、空気が悲鳴を上げる。

 

ドガッ! バキッ! ガァン!

 

同じリーチ、同じ動体視力、同じ術式。

まるで鏡と戦っているような錯覚。だが、五条の心の中には、明確な怒りだけが燃えていた。

 

「傑の体もそうやって奪ったのか!」

五条の拳が羂索の防御を突き破り、頬を掠める。

「他人の人生を、思い出を、何だと思ってる!!」

 

「思い出? そんなものにすがるから、君はいつまで経っても『最強』の殻を破れないんだよ!」

羂索は五条の蹴りを受け流し、至近距離で掌を向けた。

 

「術式反転・『赫』!」

至近距離からの弾き飛ばす力。五条は咄嗟に腕を交差させて防御するが、衝撃で数百メートル後方へ吹き飛ばされた。

 

「ぐぅ……!」

五条は空中で姿勢を制御し、なんとか着地する。

(マズいな。こっちの世界の『僕』や傑に気づかれるのは時間の問題だ)

 

この戦闘の余波は、既にグラウンドにいる夏油たちの感知圏内に入っているはずだ。

もし彼らがここへ駆けつければ、事態はさらに複雑になる。五条は「自分の顔をした敵」と「IFの自分」と「IFの親友」に同時に相対することになる。

 

「焦っているね、五条悟」

羂索は余裕の笑みを浮かべ、ゆっくりと歩み寄ってくる。

「君の弱点は、いつでも『守るべきもの』が多すぎることだ。……このかりそめの世界でさえ、君は親友の幻影を傷つけることを恐れている」

 

羂索は懐から、先ほど五条が見せたものとは違う、黒い装飾が施された円筒形の装置を取り出した。

 

「君がリセットチャージを押せないなら、私が手伝ってあげよう」

羂索は装置のボタンを押した。

 

「それは……!」

五条の六眼が、その装置の正体を見抜く。

それはTVAの支給品ではない。羂索がTVAの技術を解析し、独自の呪術理論で組み上げた「強制次元崩壊装置」だ。

 

「さあ、祭りの始まりだ」

 

装置から、ドス黒い紫色の光が波紋のように広がっていく。

TVAの正規チャージのように世界を綺麗に消去する光ではない。空間を腐らせ、因果をねじ切り、世界に溜まった負のエネルギーを強制的に「抽出」するための、汚悪な光。

 

ゴゴゴゴゴゴゴ……!!

 

平和だった高専の空が、一瞬にして赤黒くひび割れた。

林の木々が枯れ落ち、大地が沼のように泥濘(ぬかる)み始める。

 

「な、なんだ!?」

「空が……割れてる!?」

 

遠くグラウンドから、生徒たちの悲鳴と、夏油の鋭い指示の声が聞こえた。

「総員、戦闘態勢! 結界が破られたぞ!」

 

五条は舌打ちをした。

最悪のタイミングで、最悪の事態が引き起こされた。

世界が崩壊し始めている。そして、羂索はその崩壊エネルギーを吸収しようとしている。

 

「どうする、五条悟?」

羂索・五条は、崩壊していく空間の中心で、狂気じみた笑みを広げた。

「私を止めるか? それとも、親友のもとへ駆けつけるか? どちらを選んでも、この世界はもう終わるがね」

 

五条は、ポケットの中の正規リセットチャージを強く握りしめた。

感情と理性が、激しく交錯する。

 

(……消すしかない。でも、奴にエネルギーを渡すわけにはいかない)

 

五条は、黒い目隠しを少しだけずらし、蒼い瞳をむき出しにした。

 

「……両方だ」

 

最強の術師は、自らの分身たる最悪の敵と、崩壊していく「夢の世界」の両方に、同時に引導を渡す覚悟を決めた。

 

「後悔させてやるよ。僕の顔を被ったことをな」




※補足
「正史」=「原作と全く同じ歴史をたどった世界」とは限りません。
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