刑罰:学園都市キヴォトス征服支援 作:霧霊旅団のしたっぱ
その日、珍しくマコトはツァーヴを連れ立ってゲヘナ自治区のある料理屋に向かっていた。
理由としては午後以降のマコトのスケジュールが空いていたということはあるが、普段はゆっくり食事ができるとしても二人で食べに行くということはまずない。いつもどこで何をしているのかもわからない程度にツァーヴが神出鬼没であるということもあるが、二人とも和気藹々と食卓を囲んで親交を深めるという性分でもないからである。
では打って変わって今日はなぜなのかというと、前日にマコトがライオンマルの様子を見に行ったとしたとき、ライオンマルにペットフードを食べさせながらスティック状の携帯食を齧るツァーヴがいたのだ。雑談がてら普段食べているものを聞いたところ、どうやら携帯食しか食べていないらしくツァーヴの食事事情を心配したことが主な理由である。
「アレ、結構味あるしそんな目くじら立てられるようなものじゃないと思うけどなあ。少なくともオレが食ってた行軍食よりよっぽどいいよ」
「全く……小遣いはやっているだろう。食事以外なら何に使っているんだ?」
「ほとんど賭けでスっちゃった」
「……はぁ」
呆れるマコトの横を面倒そうに歩くツァーヴは、いつも着ている珍妙な服の上に万魔殿のジャケットと制帽を着て、背には万魔殿部員に支給されるボルトアクション式の長銃を提げている。
ツァーヴはこのところ外を出歩く際、身分証明がてら万魔殿の格好をするように言われていた。根無し草として扱い行動に責任を取らないのは、マコトの主義に反することだった。それに相手側から絡まれることが減れば、その分問題の数も減るだろうという魂胆もあった。
「企業努力の賜物で不味くは無いことには同意するが、いつもああでは栄養も偏るし心身の健康のためにならないだろう……そのケアをすることも飼い主の務めというものだ」
万魔殿の中でツァーヴは当然のごとく浮いている。そしてゲヘナ外部には詳細を秘匿するためにペットなどという立場で囲っているのだ。やはり自分が積極的に面倒を見るべきか、とマコトは考える。
「それを言うならオレにだけじゃなくてライオンマルさんにもちゃんと色々食べさせてあげないとダメだよ?いっつも同じエサじゃん!人間贔屓反対だなぁ~、オレは」
「……ん?」
マコトは脳内に駆け巡る無数の疑問を飲み込もうとしたが、最も引っかかった一つだけは尋ねることにした。
「……なぜ私には"ちゃん"でライオンマルには"さん"なんだ?」
「なんでって、同じマコトちゃんのペットとして尊敬すべき先輩だからでしょ!」
マコトは何か言おうと口を開きかけて、やめた。
ツァーヴに質問することや説教することの無意味さは、今を含めて何度も理解させられている。
無駄な会話をやめて通りを歩いていると、ある路地裏の前でマコトの足が止まった。もうあの時の血痕はすっかり消えている。
「そういえば、お前を拾ったのもこのあたりで食事をした帰りだったか……」
「へぇ、あの時は朦朧としてたから覚えてないや」
「キキッ、私はお前に急所を攻撃されたことをはっきりと覚えているがな。気になるなら、食事を済ませた後お前が元いた場所でも調べてみるか?お前が覚えていないのなら、正確な場所を知っているのは私だけだろう」
「いや、いいよ。最近マコトちゃん忙しそうだから、付き合わせるのは悪いしね。それにもうここら辺は散歩したことあって、特になんも無いのは知ってるから」
「そうか、それならいい」
マコトとしては今後も働かせるに当たって判然としないツァーヴの来歴を本人とともに確かめたい思いはないでもないが、当人がやる気が無いのなら意味は薄いと考え、あっさりと諦める。
そんなこんなで進んでいると、遂に目的の店に辿り着いた。その日二人が向かっていたのは、最近ゲヘナに出店したという評判の洋食屋であった。これは部下に食わせる食事なのだからいいところに行くべきだというマコトの見栄である。ピークタイムの上に話題の店ということもあってか、数組が並んでいる様だった。無法者の集うゲヘナではあるが、あくまで食事が目的である以上抜かそうと暴れる者はおらずおとなしく待っている。店に被害が出るのは本意ではないのだろう。
今日ここに来ることは急に決まったため予約などは取っていない。素直に並び始めると、いつものようにツァーヴが口を開いた。どうせ下らない話か過去語りをするのだろうとマコトは思ったが、意外なことに今回は少し違った。
「チアキちゃんから聞いたけど、忙しい理由の……なんとか条約って言うの?オレの出番が少なくなりそうで嫌だなあ、役立たずみたいじゃん」
その言葉を受けマコトは少し驚く。命令に従いつつ刹那的に生きているだけだと思っていたツァーヴが、喫緊であるとはいえ自分の所属している組織の動向に興味があるというにことに対してである。
「ほう?知っているのか」
「具体的にはあんまり。オレ、ここで使われてる文字読めないからみんなが話してる内容でしか情勢とか分からないんだよね」
「そうか……まあ、話していないのはお前が出る幕は現状無いからだが……何にせよ、万魔殿史上最大級の仕事だ。これに始末を付けられれば私のキヴォトス征服への道は大きく進むことになる。期待しておけ」
「そりゃいいね!でも大丈夫?なんか交渉相手はマコトちゃんのことナメてそうな感じだったけど」
「む……確かにトリニティの腹黒共がティーパーティーを表に出してこないのはかなり私のことを舐め腐っている。しかし、今だけの辛抱だ」
「いやオレが言ってるのはそういう政治的駆け引きっていうか実際の交渉相手がだよ。ティーパーティー?とか知らないから」
「……ん?妙な言い方だな、お前を交渉の場に出したことは無いだろう」
「ちょっと前に暇すぎて覗いちゃった。ごめんね!」
その言葉にマコトは眉を顰める。
当然今までツァーヴを交渉の場で使うことなどしていない。何を言い出すか分かったものではないし、そもそもペットを外交で使うわけがない。勝手に入り込むなどというこちらの瑕疵になりかねない軽率な行動に溜息を吐いた。
「はぁ……しかし、誰にも気付かれず首を突っ込まなかったのだからいいということにしておくか……」
そうボヤいたときに列が動き、二人は待機列の最前まで進む。
「参考がてら聞いておくが、誰が私のことをナメていたんだ?まあトリニティならどいつがそんなことを思っていようと不思議ではないが……」
「うん、割と全員だけど……特に露骨なのはあのリーダーっぽい長い黒髪の子だったかな」
マコトは交渉役の人間に思考を巡らせる。
直前に連邦生徒会で行った会議ではトリニティの使者は複数人で来ていたしその中には黒髪がいた気はしないでもないが、リーダーっぽいという意見とは合致しない。
一瞬だけ、ある可能性が脳をよぎった。しかし、そんなわけはない。
「ツァーヴ……お前、まさか──ん?」
マコトが自身の疑惑を払拭するためにある質問を投げかけようとしたところで、唐突に店内から叫び声が飛んできて遮られることになった。
「あんたら何を……なッ、やめろォッ!」
「うおっ」
ツァーヴが間の抜けた声を上げながら銃を抜き窓ガラスから店内を飛んでいた何かを撃って弾き飛ばす。
その瞬間、爆炎が周囲を包み込んだ。
◆
「ツァーヴ!無事か!?」
周囲からは怒号や悲鳴が引っ切り無しに上がっている。土煙で周囲が見えない状況でマコトは最もここで貧弱な肉体をしているであろう男を案じて声を上げる。
しかし、心配をよそにツァーヴは汚れたジャケットを叩きながら、涼しい顔でで瓦礫の下からひょっこりと姿を現してきた。
「ズラしたんだから大丈夫に決まってるでしょ……心配するならそっちじゃない?暗殺ならマコトちゃんの方が目当てでしょ?」
ツァーヴがそんなことを言いながらマコトの吹っ飛んだ帽子を投げ渡してくるのを見て、マコトはまさかこの程度で死ぬとは到底思ってこそいなかったがすっかり毒気を抜かれてしまう。
本人は珍しく真面目な表情で周囲を警戒している様子であるのも、マコトが察している状況とのアンバランスさに対して気が抜ける感覚を加速させた。
「いや、これはそういうのじゃない……さっき、下手人がちらっと見えた。知った顔だ」
ゲヘナでは爆発程度日常茶飯事ではあるが、繁盛している飲食店でぶっ放すようなバカはそう多くはない。
──その"数少ないバカ"たちが悠々と二人の目の前を歩いていた。
「おい、待て!"美食研"!」
帽子をかぶりなおしたマコトが声を上げると、4人組の生徒が振り向く。
"美食研究会"──キヴォトス中に悪名轟く部活動。美食の探求という目的のためならばあらゆる過激な行為に手を染めるとされ、部員がもれなく指名手配されているゲヘナにおいても特級のお尋ね者集団である。
美食研究会の会長である黒舘ハルナが、あまりにテロ現場に似つかわしくない優雅な礼をした。
「これはこれは。お元気のようでなによりです、マコトさん」
「たった今元気じゃなくなるところだったけどね!」
ツァーヴは軽口を言いながらも銃から手を離しておらず、いつでも射撃できる状態を保っていた。
ハルナはそんなツァーヴを横目で見る。その目には僅かに好奇の色が宿っていた。
「えぇ。この店での食事でそうなる所を未然に防いだ私たちには感謝してほしいものですね。そう言うあなたは……あぁ、例の噂の"食人鬼"ですか?我々美食研究会としてはその異名にはやや興味を惹かれるきらいはありますが……」
「おっ!よくぞ聞いてくれたね、オレこそまさに今を時めく"食人鬼"こと天才ツァーヴくん──」
「ツァーヴ黙れ。おい、こいつにパーソナリティを聞くようなことをするな。少なくとも私の前ではな」
マコトがどこか億劫そうに話に割り込み、ツァーヴはふざけたように肩をすくめる。
しかし、美食研からの興味は止められない。
「食人鬼って……人を食べるの!?」
「おっ!へへへっ、がおー!食っちまうぞ!なーんて……あてっ」
「あまりふざけるな」
異名を真に受けた獅子堂イズミの言葉に対して調子づいたツァーヴの頭をマコトが叩く。
マコトの知る限りツァーヴの"食人鬼"という異名の出どころは当然自称によるものである。つまり、眉唾だ。
そんなやり取りを見てハルナは呆れたような顔をした。
「"大人"かもしれないと聞いてどんな人物かと思っていましたが……シャーレの"先生"とは、似ても似つきませんね」
「それに関しては、同感だ。……しかし、こいつにはこいつのいいところもある」
「そうですか。あなたの感性はいつも理解できません」
「キキッ、お前には負けるさ」
その時、派手なドリフトで軽自動車が路面に乗り合わせてきた。
開けた窓から顔を出してきたのは、マコトとツァーヴに興味が無いためか一人で逃走用の足を探しに行っていた鰐渕アカリである。
「お待たせしました。適当に突っ切りますよ~」
「ありがとうございます、アカリさん。では、私たちはこれから風紀委員から逃げる必要がありますのでこれで」
ハルナがそう言うと残りの美食研のメンバーも車にさっさと乗りこみ、息つく間もなくアクセル全開でその場を走り去ろうとする。
「あっおい呼び止めたのは用が……ツァーヴ!」
「はいなんでしょう!」
マコトの言葉に妙に勢いよくツァーヴが答える。
命令など無くとも、もうやることは決まっているといった様子であった。
「あいつらのせいで昼食のあてが消えた。風紀委員より先にとっ捕まえて近場の名店を吐かせるぞ!」
「了解!」
調子のいい返事とともにツァーヴの放った2発の弾丸は美食研究会が走らせている車のタイヤを撃ち抜いた。
バランスを崩した車が歩道に突っ込み、電柱に追突して派手な音を立てる。
さらにその状態で放たれた弾丸が車のエンジンに引火し、派手な爆発音を上げた。
車内から4人が這う這うの体で脱出する。
逃げるように離れていく住民たちとは反対に、近づく人影が一つあった。当然、ツァーヴである。
「オレ、今ムカついてんだよね。捕まえろってことだったけど、まあ一人残しとけば殺してもいいよね?ってことで、まず君はバイバイ!」
ツァーヴはとりあえず一番近い位置に居た人物に一発、銃を放った。
そのターゲット──ジュンコは脇腹に弾が当たって悶絶する。
「いった……うぅ、なんで私が……」
「なんでって今言ったじゃん、腹いせだよ!」
うつ伏せから立ち直っていないジュンコに近づいて銃口を当てて頭部にも一度食らわせる。
「うがっ!うぅぅ……許さないわよ……」
「威力が足りないかあ……うーん人間の形してる以上急所が急所じゃないことなんてないと思うんだけど──おっと!」
ツァーヴが勢いよく起き上がりながら放たれたジュンコの蹴りをのけぞって躱す。
「近づいたのはミスね!もう5発撃ってる、その銃は装填の隙が……ぐえっ!?」
喋っている途中のジュンコの喉に鋭い衝撃が走った。
小銃でも隠し持っていたのかと思ったが、違う。銃の衝撃ではない。
「狙撃しか脳がないと思った?残念!天才だから接近戦もいけちゃうんだなあこれが!」
ツァーヴは料理屋の爆破跡から包丁を
ジュンコは慌ててやたら滅多に暴れるが、体術で応戦しようが銃を撃とうが一撃も加えられず引っ付いた距離から離れない。
「どんなッ、反射神経してるの!?痛っ!」
「防御力は高いけどここの子たちも案外身体能力はそこまでだよね!ああいや、圧倒できてるのはオレだからか。大丈夫、外もみんなこんなってわけじゃないよ!」
ツァーヴは軽口のままに繰り出した目にもとまらぬ包丁さばきで、喉、側頭部、鳩尾、脾腹と連続して刺突する。しかし、当然皮膚を貫くことも血が出ることも無い。
「うっは!やっべ、マジでどうすりゃ殺せんだこれ!」
ツァーヴは包丁を手の中で持ち替え、空いた両腕でジュンコの首を締め上げた。
「ぐえっ……」
ツァーヴは躊躇なくジュンコの口の中に包丁を突っ込む。アプローチを変えることにしたのだ。
「この子の命が惜しいなら投降してくれると──」
ツァーヴが脅しの言葉を言った時、美食研究会のメンバーはジュンコに手間取っている隙に全員背を向けて散り散りになって走り去っていた。
「ジュンコさん、あなたの犠牲は忘れません!ではまたいつか~!」
遠くから薄情な宣言が響いてくる。
その場には炎上した車とツァーヴと絞められ青い顔をしたジュンコのみが取り残されていた。
「えぇー……」
◆
「やっぱり殺せなかったなぁ……オレがマコトちゃんに殺されたらやだしそこらへんを殺せる人間でも歩いてないかなあ……」
4人全員を捕らえられなかったことを怒られることを半ば覚悟しながら気絶したジュンコを抱えてマコトの元に行くと、ツァーヴにとって予想外なことにマコトはどこか愉快そうな顔をしていた。
「ゲッ……なんでこんなところに……」
「おいツァーヴ、間抜け面どもが来たぞ!」
ちょうどそのタイミングで近場から駆けつけてきていた風紀委員会の部隊が到着したのだが、その中にNo.2たる天雨アコがいたのだ。
マコトは気分よくこれ幸いと舌を回す。
「行政官殿、ずいぶんと遅いご到着じゃないか、えぇ?もう既に我々が制圧してしまったぞ?治安維持すらまともにできないなら次の監査の結果は覚悟しておくんだな」
アコはマコトの一方的な嫌味にみるみると表情を歪ませていく。
耐えるように歯を食いしばっていたが、自分の頬を数回叩くと気を取り直したように叫んだ。
「グゥッ……あぁはいはい!ご協力感謝します!どうもお手を煩わせてしまい申し訳ございませんでしたね!」
アコはそう吐き捨てるように言うと部下に指示を飛ばし、ジュンコを連行して急ぐように去っていく。
一秒でも長くマコトの前にいたくないという雰囲気がありありと伝わってくる迅速な行動だった。
「キキキッ、いいザマだ!奴らの鼻を明かせたと思えば今日ここに足を運んだのも悪くない!……ってなんだその顔は。普段のだらしないおちょくるような笑みはどうした?」
マコトは上機嫌でツァーヴの方を振り返ったが、どこか気まずそうにしている様子に勢いを削がれる。
「あの子、後で怒られるのかな?オレのせいならかわいそうだなあ」
「なんだ?風紀委員共なんぞのことを気に病んでいるのか?我々万魔殿にとって獅子身中の虫だぞ」
「いやぁオレは優しいから自分のせいで人が責められるとそれが敵でも傷ついちゃうんだよねえ。やっぱ本当にオレってお人好しすぎるかも」
「嘘をつけ。本当にそう思っているなら私がイビっている時に遮ってくるだろう」
「あの子からしてもマコトちゃんの話なんてどうでもいいでしょ」
「こいつ……!……まあいい!さっきの美食研究会を捕らえた手柄で帳消しにしてやる!今の一軒の始末をつける必要がある、もう帰るぞ!」
マコトは普段なら風紀委員に寄り添う発言など許さないが、ツァーヴのいつもの軽口の一環であると判断して付き合うことをやめる。
「あっ」
と、そこでマコトはある大切なことを忘れていたことを思い出した。
「どうしたの?」
「結局、あいつらから店は聞けなかったし飯を食べそびれてしまったな……」
そう──マコトは、腹が減っていた。
「あぁ、ならオレが適当に作ろっか?万魔殿にも簡単な台所あったでしょ」
「……お前、料理とかできたのか?」
「それが天才だから何でもできちゃうんだよね。まあ任せといてよ!」
◆
「ぐおあああッ……これは一体なんなんだ!?そもそも食べ物なのか!?本当に消化できるのか!?」
「なに言ってんの、料理工程見てたでしょ?あれが食えないわけないって!好き嫌いは良くないよ」
「好き嫌いなどという次元では無い!どうやったらあの普通な材料からこんな物質が錬成できる!?なんか……シャキシャキ?する無味の塊でしかない!もちろんめちゃくちゃマズい……!」
「いやあ食えるけどなあ……うん、イケる。食べやすいしよくない?」
「お前に味覚の存在を信じた私がバカだったかもしれん……あっ、おいイロハァ!ちょっとこっちに来い!これを一口食って見てくれ!」
「嫌ですよ!作らせたマコト先輩が完食してください!」
この日以降、マコトがツァーヴの食事事情に首を突っ込むことは一度として無くなった。