刑罰:学園都市キヴォトス征服支援 作:霧霊旅団のしたっぱ
エデン条約機構調印式、当日。
万魔殿幹部は、「威容を知らしめたい!」と強く主張するマコトがどこからともなく入手していた巨大飛行船に乗り込み、調印式が執り行われる「通巧の古聖堂」へと向かっていた。
「何事もなく終わればいいんですが……」
飛行船の側面に取り付けられた窓からは、ゲヘナが一望できる。
目を光らせて写真をしきりに撮るチアキの横でイロハが小さく呟いた声を聞いて、イブキと戯れていたマコトは顔をそちらに向けた。
「心配性がすぎるぞイロハ、イブキも言ってやれ」
「そうだよ、イロハ先輩!これまでみんな頑張ってきたんだからだいじょーぶ!」
「イブキはかわいいですね……って、絆されませんよ。私の悩みの種はこの飛行船を始めとするマコト先輩の勝手な行動が主なんですが」
イロハが頭を悩ませているのはマコトもそうだが、見送りに"ペット"が参加していなかったこともある。外部のカメラが入っているのだから当然の対応であると言えないこともないが、イロハにとっては姿が見えないのはどうにも気がかりであった。
マコトタワー……正確にはその上の狙撃場にイロハが視線を飛ばした。
それを見て察した様子のチアキがカメラを下ろし、空気を変えるようにイロハに後ろから抱き着く。
「むぐっ」
「イロハちゃん、気が立ちすぎですよ!あの人のことは記事にするなと言われているのであまりそそらないのですが……私の調べによるとツァーヴさんはここ数日、銃の構造について学んでるそうです!キヴォトスに来るまで銃自体のことを知らなかったようですし、細かいパーツ単位で興味を示しているとのことです」
「あら、勉強熱心で偉いわね。銃が当たり前のキヴォトスでも構造を知らない人なんていくらでもいるのに」
「やっぱり暇なんじゃないですか?」
「銃の構造……?」
チアキの言を聞いて最も怪訝な顔をしたのは、その場にいる全員にとって意外なことにマコトだった。
イロハが、またマコトの誤算かとでも言いたげに溜息を漏らす。
「……"アレ"の有効射程、分かってます?ツァーヴの腕前なら、ゲヘナ自治区の高所からでもトリニティに届きますよ。そりゃ重要施設……まして古聖堂までは届きっこないし、狙いをつけるなんてもってのほかですが……ちょっと懸念材料ではあると言いますか」
マコトは目を伏せ、イロハに答えるためというより自分を納得させるかのように小さく捲し立てる。
「『天上天下』は、あいつ一人では運べない。部下に運ばせようにも私からの許可があるかは確認を取るだろう。もし外部から人手を金で雇ったとして、その辺のチンピラではあいつ並みの隠密行動はできんからな。すぐに妙な行動はバレて私に連絡が来る」
「そうは言っても今はともかく式が始まってからは手は離せなくなるじゃありませんか」
「調印式の開始後から行動を始めるならどんな迅速な行動でも間に合うわけないし、私からの返答が無いなら不許可と同意だ。それに……言ってしまっては何だが、ツァーヴは万魔殿で信用されていないんだぞ?アレが派手な動きをしたらすぐに私に連絡が来る。大々的に人を動かすことなんて、明らかに私が通信を取れないような状況にでもならん限りできやしないさ」
「そうならいいんですが……」
「そもそも、あいつには他にやることを言いつけてある。あんな奴だが仕事には真面目だ。仮に勝手な行動をしているとしても、それは目的を果たすための手段であるはずだし、ならばさほど問題はなく、私の計画に差し障りは無い」
そう言うと、マコトは何かに納得したように頷く。
自己完結した姿を見て、万魔殿の面々は気の抜けるような感情を覚えてお互いに顔を見合わせる。
どこかバカバカしくなって誰からともなく苦笑いが伝播し、チアキが冗談めかして肩をすくめたのを合図に完全に空気が弛緩した。
「まあ、気を張りすぎていたのは事実ですかね……ああ、もうすぐ到着ですか」
イロハがそう呟いた時、何かが飛行船の横を通過した。
それが何かを認識する間もなく、瞬きの間に轟音が響き渡る。
爆炎が間近に迫っていた古聖堂を包み込み、黒煙に覆われて地上が見えなくなった。
「なっ、何が……」
イロハが慌てた声を上げたとき、笑い声が船内に響いた。
「キヒャヒャッ!大成功だ!これほどまでに上手くいくとは!」
「マコト先輩、どういうことですか!?」
マコトは非常に上機嫌な様子で、イロハの質問に答える。
「私は前々からトリニティに恨みを持つ"アリウス"と内通していたのだよ!このミサイルも奴らの物、エデン条約など全て
「"アリウス"って……トリニティの分派ですか?まだ存在していたんですね」
「あぁ、色々とサポートもしてもらったし、トリニティの内部情報だって流されていた。"あいつ"からの情報にも怪しいところはないようだったし、この飛行船もアリウスからの贈り物さ。敵の敵は味方とはよく言ったものだ!」
鼻歌でも歌いだしそうなマコトの様子を横目に、イロハはこの飛行船がアリウスのものだったと聞いてから嫌な予感をひしひしと感じていた。
「……マコト先輩、アリウスって下手したらそのトリニティ以上に我々ゲヘナを恨んでるんですよ。なんで味方になってくれるって思ったんですか?」
「えっ」
その瞬間、船室に大量に積み込まれていた爆弾が起爆し、マコトたちを乗せた飛行船は炎に包まれながら墜落した。
◆
時を同じくして、ゲヘナにある万魔殿の部室は大騒ぎであった。
大半の部員は出払っているが、それでも一部残った人間はいないわけではない。
タブレット越しの映像では に黒煙が立ち上り、 配備されていたゲヘナ生の安否も掴めない状況である。
「な……何があったんですか!?」
「わかりません!と、とりあえず連絡を待つしか……」
てんやわんやの部室の入り口に向かって、誰かが走ってくる。
警戒でその場にいる人間の目線が一斉に向くと同時に、声が響いた。
「ここに今何人いる?」
万魔殿の部員からすると珍しいことに、そこにはツァーヴが僅かに息を切らした様子で立っていた。
ツァーヴは自分の部下である狙撃兵を見つけると、端的な頼みをする。
「君、できるだけ多くの人を集めて。今すぐに」
「ツァーヴ狙撃兵長!これまでどこに……」
「マコトちゃんに言いつけられた仕事。今はそんなことはいいんだよ。それよりもこの状況に対処することが先決、そう思わない?じゃあオレはちょっと回収しないといけないものがあるから、そうだな……5分後に部室前の広場で。万魔殿の趨勢を左右する重要な情報を共有するから、動ける部員は根こそぎかき集めて」
ツァーヴは一方的に言い切ると、自分の部屋として割り当てられていた倉庫に向かう。
その場に残された部員たちは顔を一瞬見合わせた後、直接間接問わず即座に繋がるだけの全員に広場に集まるように連絡する。
上官の命令に従うことは、トップダウンの万魔殿において徹底されている。議員を乗せた飛行船が墜落し指揮系統が崩壊しかけている現在、ツァーヴの命令がこの場で最も優先されるものであった。
部員たちがやや不安感を抱えながらも集まっていくと、宣言した時間ちょうどにツァーヴは普段マコトが利用している演説台の上に現れた。
先ほどまでは身の着のままといった軽装だったが、万魔殿のジャケットを羽織っており、その背には袋に覆われた棒状の物を提げている。それは万魔殿で支給されている銃よりやや長い。
注がれる万魔殿部員の不安げな目線をよそに、ツァーヴはどこか楽しそうに芝居がかって話し始めた。
「まず、先の爆撃はマコトちゃんによるものだ。トリニティを殲滅するための一撃で、飛行船に乗っていたのも爆撃を躱すためだ」
ツァーヴは、堂々とそう言い切った。
いきなりの情報に困惑のざわめきがやや起こるが、ツァーヴはまるで存在しないかのように無視する。
「当然、エデン条約はフェイク。ここまで手間をかける必要があったのか?とは思うだろうけど、事実不意打ちは決まったわけだしね。でも、トリニティからの反撃で飛行船を撃ち落とされてしまった。この速度からしておそらくトリニティもこっちの動きを予測していたんだろう」
矢継ぎ早に叩きつけられる情報に、混乱はますます大きくなる。
ツァーヴはまるで意に介さず話を続けた。
「状況が分かったところでこれからの動きだ。"虎丸"を出して、イロハちゃんのところまで輸送する。可能な限りの装甲車で固めて確実に輸送を成功させてね。もしイロハちゃんやマコトちゃんが寝てたら気付け薬を使ってでも叩き起こして」
「いや、無理ですよ!?」
その場にいる戦車兵の一人が、声を上げた。
「ちょ、超無敵鉄甲虎丸の出撃は議長か戦車長の許可が必要で……」
「それなら問題ないよ。ここに許可証がある」
ツァーヴは、万魔殿のコートの中から一枚の紙切れを取り出す。
確かにそれは臨時に"虎丸"を出撃させるための許可証であったが、通常それは戦車兵がスムーズな出撃を可能なものにするためのものであり、完全な門外漢のツァーヴが所持しているということ自体おかしい。冷静で知識のある人間であれば、それが正規のものではないと判断できただろう。
しかし、状況は混沌としている。確認を取れる責任者はおらず、そもそも滅多に発行されるものではないため、部員のほぼ全員が実物は初見であった。
その場では一番地位が高い三年生の部員が挙手した後、絞り出すように声を漏らした。
「い……いや、でもマコト議長とは連絡が依然取れず……仮にその、爆撃がマコト議長の主導によるものだということが事実だとして、発射元がゲヘナでない以上しらを切るという選択をとることも可能なはずです。しかし今のトリニティに虎丸を侵入させるなんてことをしたら、明確な宣戦布告に等しいですよ……!状況も理解できない中、そんな勝手な行動……」
「えぇ……みんなマジ?」
ツァーヴは、この言葉がその場の全員の本音であり部員たちが静観したがっているということを感じ取ると、薄く浮かべていた笑みを引っ込めた。
(ほんと、みんなふざけてるよなぁ。大真面目なのはマコトちゃんだけ。イロハちゃんが言ってたけど、こんなのの指示を聞けなんて、冗談キツすぎる。オレみたいに責任感が強いと苦労するよ)
僅かに沈黙したツァーヴを見て、反論していた部員も気勢を削がれる。
「ど、どうしました?ツァーヴさ──」
「みんな、改めて考えてほしいんだけど万魔殿は何のためにある組織だと思う?」
疑念の声を遮り、ツァーヴは大きな声でそう尋ねた。
「……ゲ、ゲヘナの統治……」
「違う。このキヴォトスをマコトちゃんの支配下に置くこと。それが至上命題であることは、理解しているはずでしょ?」
それは、事実ではあった。
マコトは常に自身の野望を口にして憚らず、選挙においても明確に宣言している。
彼女に惹かれて集まってきていた部員たちがそれを知らないはずもない。
──ツァーヴは爆撃の正体も、発生源も、マコトたちの身に何が起きたのかも、ほとんど把握していない。
それでも、この状況を動かし自分のやるべきことをやるためには、マコトの元に万魔殿最高戦力である虎丸を届けないという手はない。そして自分の権限では出動させられないのであれば、適当に理由をでっちあげるしかない。
そういうやり方の手本は、かつて何度も見せられてきている。
「オレたちはマコトちゃんの野望を成就させるために集まった!だというのに、言うに事欠いて宿敵との決戦で安全圏で待機して後々のために白を切る?馬鹿馬鹿しすぎると思わない?」
得意の早口で一気に言う。相手に思考の暇を与えない。
「万魔殿の全てはマコトちゃんのためにある!そして今、その本人が敵地で孤立している。この状況でマコトちゃんの安全を確保し、その上で確実にトリニティを殲滅するならば、弱っている今しかない!」
ツァーヴの言葉は具体性に欠けており、証拠も一切が存在しない。
だがこの状況──トリニティへの普段からの鬱憤に加え、あまりにも混迷とした事態で迷うことなく堂々と声を張り明確な行動を提示するツァーヴの姿は、指針を求めていた者には届く。
「今、現場ではオレたちの同胞が抵抗するトリニティと戦っている!ここにいるみんなもそこに続くべきだ!マコトちゃんに確実な勝利を!」
「……そうだ!今こそトリニティを攻め落とす好機に違いない!」
「マコト議長をお助けしなくて何が万魔殿だ!」
誰か一人が、興奮に当てられた賛同の雄叫びを上げる。
それは波のように伝播し、空間を包み込んだ。
浮ついていた気持ちが使命感に突き動かされ、指向性を持つ。
自分の口から出ている言葉が事実かはツァーヴにとってはどうでもいい。しかし、今この場では、真実となった。
ツァーヴが演説台から降りると、部員たちは迅速に行動を開始し、可能な限りの人員を用いて"虎丸"を輸送車に乗せる作業に移った。他にもありったけの武装や装甲車を持ち出すために奔走する。
その作業中、ツァーヴは演説中に反論していたその場では最も地位の高い、3年生の部員に声を掛けた。
「ねぇ君、ちょっといい?」
「……何ですか?装甲車ならとりあえず8両は出せそうなので、乗り込むなら好きなものを……」
さっきの言葉を蒸し返されて何か小言でも言われるとでも思ったのか、やや憂鬱そうに返す。
ツァーヴはそれを無視して何かを手渡そうとした。
「これ、会ったらマコトちゃんに渡して」
そう言って差し出されたツァーヴの手には、名刺のような大きさの紙があった。塗料で紫色に塗られている。
「これは……なんですか?」
「まあ、保険ってとこかな」
受け取った部員が裏面などを確認しても、メッセージのようなものは書いていない。
何か特殊な操作を必要とするのか、というか大切なら自分で渡せばいいのでは、などと思案していると目の前からツァーヴの姿が消えた。
「じゃあ、頼んだよ。オレには他にやることがあるから」
「えっ、ツァーヴさん!?」
ツァーヴは困惑を背にその場を走り去る。
(オレ、もしかして
マコトへの加勢に赴かない理由は、戦力は虎丸で十分と判断したということもあるが、大局的に攻めるべきがあるということと
自分をナメた奴らには、恐ろしさを骨の髄まで分からせてやらないと気が済まない。
それに──後方から自分が盤面の支配者だと思い込んで余裕こいてるアホに吠え面をかかせてやることは、最高級の娯楽だからだ。
ツァーヴは思う。潜入を行って集めた情報から総合するに、この攻撃の主犯はマコトでも、ましてやトリニティでもあるはずがない。
ならば、ある第三陣営が下手人である。そして既にそれに当たりはつけていて、その打倒のための準備もしている。こんなに早い段階の上、一人でやることはやや想定外だが──。
「全く、本当にみんなオレがいないとどうしようもないポンコツなんだから……オレっていつもこんな役回りだなあ」
そうボヤくツァーヴの顔には、言動に反して愉快そうな笑顔が浮かんでいた。