刑罰:学園都市キヴォトス征服支援 作:霧霊旅団のしたっぱ
調印式から時は少し遡り数日前。マコトとツァーヴの二人は会議室で相対していた。
「まず注意しておくが、ここで話すことは誰にも漏らすな。当然他の議員にもだ」
「了解!任せといてよ!」
親指を立てながら普段と変わらぬ調子で軽く言い放つツァーヴを前に、マコトは溜息をつく。
「分かっているのか?今から話すことはこれまでとは比べ物にならないほどの機密だぞ」
「大丈夫大丈夫、オレって誠実だからさ、そう言われたら話すこと無いよ。マコトちゃんが裏切ってきたりしたら別だけどね!」
「なら、いい」
マコトはそう呟くと、一瞬だけ周囲に目をやった後に口を開いた。
「端的に言う。お前は"アリウス"について探れ」
「何それ?聞いたことも無いけど……」
「私がトリニティを潰すために独自に接触している勢力だ。元はトリニティの分派の一つだったが、異端として弾圧された過去を持つ。呉越同舟と言ったところで今のところ味方ではあるが、秘密主義で私にも内情は判然としていないところが多い」
マコトはツァーヴに、自身以外の誰にも共有していない伏せていた情報をあっさりと話した。
その理由はツァーヴの忠誠を信じているということもあるし、そしてマコトはそもそも部下の言うことを疑うような性分ではないからである。ツァーヴが言いふらさないと言ったのなら、言いふらさないのだろうと考えた。それだけのことだった。
(トリニティを殲滅した後、アリウスが跡地に自治区を広げようとするのは自明の理だろう。そうなった場合、今回の友誼を踏まえて我々の傘下となり事実上の属校となるのであればいいが、立場を弁えずこちら側を強請ってきたり反旗を翻したりしてくることは大いにあり得る)
マコトにとってエデン条約調印式を契機にトリニティを滅ぼすことは前提であり、その先について考えている。
足がけというにはあまりに大きな一歩だが、決してそこがゴールラインではないのだ。ならば、その後に弱ったところを突かれないようにする必要がある。
「調べるべきは自治区の場所、補給路、内部施設……特に表に出てこない生徒会長、"マダム"の正体についてだ。もしできるなら、脅しに使えるような弱みを握れ。ただし感づかれるようなマネはするな」
マコトは自分で言ってて無茶苦茶だとやや思う。たった一人に任せる仕事ではない。
しかし──目の前のツァーヴが不快感ではなく喜色を滲ませていることは、予想通りであった。
「へへっ、オレが潜入ね……」
「ほう、"取ってこい"もできないのか?駄犬め」
マコトは揶揄うように失笑を飛ばす。
ツァーヴも本気でないことは分かっているが、わざと乗り掛かるようにして調子よく答えた。
「いやいやまさか、何でもやれちゃうから大丈夫!まっ、だからって何でもやらなきゃいけないのは大変だなあって思ってただけだよ。潜入はオレの仕事じゃなかったからなぁ……あぁ、ドッタさんのこと話したことあったっけ?」
「どうだかな。だが、今はそんなことはいい」
マコトは立ち上がると、会議室の片隅にあるホワイトボードを引き寄せ、ペンを手に取った。
「諜報を始めるに当たって叩き込んでおくことがいくつかある。まず──」
◆
「ぐうぅっ!?がはっ!」
意識を飛ばしていたマコトは、鼻と喉を突き抜ける強烈な刺激臭により現実に引き戻された。
「なんだ!?どこから攻撃され……ぐぅっ、節々が痛い……」
「ぎ、議長!申し訳ありません!緊急事態ですので、気付けで目を覚まさせていただきました!」
心配そうに覗き込んでくる部員たちの姿が霞んで見える。
しかし、未だに粘膜に響く刺激と、絶え間なく聞こえる戦闘音でマコトの頭が徐々に覚めてきた。自分の身に何があったのか、気絶する直前の記憶がふつふつと蘇る。
(そうだ……卑劣にもアリウスの手によって罠に嵌められ、飛行船が墜落して……)
マコトは不安そうに自分の顔を覗きこんでくる万魔殿の部員の顔を見て、ふと違和感を覚えた。
人員の配置には目を通しているが、その部員は待機組であったはずであるのだ。周囲を見れば、周りを警戒しながら固めている部員たちも、調印式に出席する予定ではなかった者たちである。
「お前たちはどうしてここに……?指揮権を持つ私や幹部は全員飛行船に乗り込んでいただったはずだが……」
「ツァーヴさんのおかげです。あの方のお言葉によって、目を覚ますことができました」
強い意志を瞳に込めながらそう言った部員は、ツァーヴの直属の部下であった。
マコトはその熱量にどこか気圧される感覚を覚え、僅かに眉を寄せる。
「ツァーヴが……?何があったのかは分からないが……まあ、それで我々の救助に早急に回ったというのならあいつもよくやったのか?」
マコトはゲヘナで何があったのかを正確に把握するということを一旦諦め、現状の打破に思考を回す。今自分の元に部員があるということが重要で、奴もそう考えているはず、と思ったからだ。
マコトは身を起こして周囲を見た。墜落した飛行船が少し離れた位置で炎を上げている。駆けつけた万魔殿の部員たちは、アリウスの生徒や正体不明の兵と戦いながら救助活動を行っているようだった。マコトが目を覚ました周囲は装甲車で即席のバリケードを作っており、怪我人がまとめられている。
「動かせる戦力はどれほどだ?」
「万全の部員は20名弱です」
「……ここで救護に当たる人員を考えると中々心もとないな」
マコトが呟くと、言葉に反して周りの部員たちは顔を見合わせて得意げな顔を浮かべた。
戦力は確かに少ない。待機中の万魔殿が動かすことができた装甲車は8両あったが、マコトたちの元に駆けつけるまでに5両が撃破されてしまっていた。それでも、"本命"を無事に送り届けることには成功したため、強行軍で突破してきた部員たちはやや誇らしい気持ちが胸中を占めている。
「ですが、こちらには装甲車が3両と──"虎丸"があります。これでも心もとないですか?」
彼女らの指をさした先には、輸送車から下ろされた重戦車──"超無敵鉄鋼虎丸"の姿がある。
しかし、それを認識したマコトの反応は彼女らの想像とは異なるものであった。
「虎丸を……!?許可は出していないぞ!?緊急事態とはいえ独断で動かしたのか!?」
目を見開き狼狽する姿はどこか見慣れたものだが、その場にいる者に安心感を与える効力は無かった。
「えっ、いえ、許可証が……」
「なにィ……!?」
マコトは指揮を担当していたであろう3年生の部員が慌てて取り出した許可証をひったくるように奪い取る。
マコトの筆跡に似たサインもマコトの判も押されているが、発行した覚えはない。
「あのバカ……!」
マコトからして何があったのかはすぐに合点がいった。文書の偽造など到底許せるものではない。校則の次元では無くキヴォトスの法として問題外だ。怒りが湧き出てくる。だが──今この場においてだけは、よくやったと言えないことも無い。
「全く、事が終わったら堪えるまで説教してやる……!」
マコトは笑うべきか怒るべきか迷うように口角を震わせながら許可証を握り潰す。
その奇妙な姿を見てどこかおろおろとしながらも、先ほど許可証を見せてきた部員が恐る恐る声を掛けた。
「あと、すいません……狙撃兵長からこれを預かっています。議長に渡せ、とだけ」
「む……?今度はなんなんだ……」
それは紫色の紙片であった。何も書かれておらず、無地である。
塗ったばかりなのであろう、僅かに手に乾ききっていない塗料が付着する。
それが何なのかは、マコトにはすぐに理解できた。
ここでの文字を使うことのできないツァーヴのため、二人の間で符丁を決めていたのだ。それは視覚または聴覚によって自身の状況を通達するだけのもので、たった4つほどしかパターンも無い至極簡単なものである。
聴覚の場合はある種類の音を特定のリズムと回数で鳴らすというものだが、今回の紙片は視覚情報によるものだ。それは、ツァーヴが蓄光塗料を妙に買い込んでいることから決めた塗料の"色"による符丁であり、紫は『諜報から破壊活動への移行』を意味する。
「……あいつは今何をしているか聞いたか?」
「他にやることがある、とだけ……」
マコトは僅かに黙り込む。その瞬間、ある馬鹿げた予想が頭に浮かんだ。
「あいつ、まさか私のことを足止め程度に使うつもりなのか……?」
その言葉の意味はその場にいる部員達には理解できなかったが、マコトの動きは迅速だった。
「何を寝ているイロハァ!今すぐここにいる邪魔者を蹴散らすぞ!」
少し離れた位置で倒れていたイロハを自分と同じように起こすと、よく通る声で指示を出す。
その姿は、議長として万魔殿の面々を奮い立たせるに相応しいものであった。
応急処置だけを受けて虎丸の整備を即席で行っているイロハが、気付け薬で叩き起こされたばかりのせいか頭を押さえてどこか朦朧としている様子でか細く呟く。
「私がいないとまともに動かせないからってとんだ貧乏くじですよ……」
耳ざとくそれを聞きつけたマコトがしたり顔で鼻を鳴らす。
「ああ、頼りにしているぞイロハ」
「……マコト先輩も私と同じはずなのに変に元気ですけど……アリウスに対して怒ってるんですよね?」
「当たり前だ!騙されてやられっぱなしで泣き寝入りなどできん!それに……」
「それに?やっぱり別にあるんじゃないですか……」
妙に勘のいいイロハに対しマコトは満足げに頷く。
「それに、アイツにだけいい格好をさせてたまるものか。イロハもそう思うだろう?」
「いえ別に。私はそんなことよりチアキやイブキと一緒にここで寝てたいですけどね」
◆
ツァーヴがそこに入り込んだ時、不快感が背を走り抜けるような感触がした。
ここに来るのは三度目だったがいずれも同じだった。──見られている。
彼にとってアリウス自治区に人が少ないことは想定通りであった。僅かに息遣いがする空気は感じるが、どこも動く気配は無い。
戦闘員はいなくなっているという予想はあっているだろう。アリウスは今回の作戦に全力を掛けている。
悠々と既に用意していた物を回収しながらなるべく高い位置に上っていく。
その作業の中、自治区の中の空気に違和感を覚えた。
肌が青白くどこか人間離れした容姿の武装した生徒が、唐突に現れている。
それらは妙に自分の周囲を纏わりつくように邪魔な位置に陣取っている。
しかし、決定的な姿は捉えられていないのか右往左往しているし牽制にも銃を撃ってくる様子は無い。奇妙な状況であった。
(
ツァーヴが思考を進めながらも比較的頑丈そうな建造物の上階で荷物を広げ、本格的に作業を開始しようとした時、下階に簡易的に仕掛けたブービートラップが作動する爆破音がした。
やはりそうだ、自分の居場所がバレている。
「じゃ、早く仕留めないとな……」
「無理ですよ、あなたごときには」
「うおっ!?」
ツァーヴが小声でぼやいた時、急にすぐ横の空間が揺らぐと同時に何もなかった場所に赤肌の女が現れる。
ツァーヴは反射的に腰から小銃を抜いて撃ち抜くが、弾はすり抜けたように貫通した。
少し透けている姿からも、そういった技術には疎いがそれがいわゆる"ホログラム"である、ということはこれまでのゲヘナでの生活からツァーヴは推察する。
「えーと、あんたが"マダム"?オレはツァーヴ、元凄腕暗殺者で今はマコトちゃんの犬やってるっス!」
「……これはご丁寧にどうも。私はベアトリーチェ。先んじて一つ聞いておきますが、どうやってここの場所が分かったのですか?」
「どうやってって、ノコノコ帰ってるアホがいたから後を尾けただけっスよ」
「なるほど、全く……使えない子どもたちですね」
言葉とは裏腹にベアトリーチェは大して失望を滲ませた様子は無い。
元より期待していなかったというのがありありと伝わってくる言い方であった。
「しかし、私は彼女らのように甘くはありません。そして、この場所で起こっていることは私には手に取るようにわかるのですよ。こうやって映像を投影することも思いのままで、あなたの行動は全て筒抜けです」
「マジっスか?いやぁずっと話し相手がいるっていうのは嬉しいっスね!ちょっと聞きたいんスけど、あんた魔王現象なんスか?だとしたら嬉しいなあ、もし帰ることになってもザイロの兄貴に言い訳できるんで」
「……なんであろうと私に答える義理があるとでも?」
「へへっ、まあそれもそうっスね!まあ何にせよやることは変わらないんで!」
ベアトリーチェは、その言葉に嘆息する。
「現実が見えていないようですね。私が殺す前にあなたに接触した理由を言います。我が軍門に下りなさい。あなたも特異な存在であることは事実で、少なくとも来歴には"ゲマトリア"も注目しています。投降さえすれば、命は取りません」
「投降?ウケる!
ツァーヴは心から愉快そうに笑う。
対照的にベアトリーチェは不快げな表情を隠そうともしない。
「ずいぶんと余裕ですが、死が──あなたがあと少ししたら確実に迎える未来が怖くは無いのですか?」
「へへっ、そりゃ死は怖いっスよ!でも、別に今はその恐怖は感じないっスねぇ」
「……あなた、さっきから迫ってくる兵を無視して何を……」
先ほどの小銃とは比べ物にならない銃声が一発した。
数秒後、ベアトリーチェの口から驚愕が漏れる。
「なッ……!?」
「おっ、ビビった。やっぱそこっスか」
割れた窓から飛び出した対物ライフル──その場で組み上げた、分解して持ち込んでいた『天上天下』から放たれた弾丸が、ベアトリーチェの肩を擦過していた。
「どうやって……!?私の姿は見えていないはず……それに射線も……」
「いいリアクション!ね、天才でしょ?やっぱおしゃべりしてくれるとやりがいあるっスね。しかも今ので分かったっスけど、あなたは常にここの全体を捉えてるわけでもないってことっスか。じゃあ雑魚じゃないスか!」
ツァーヴは当然ベアトリーチェの本体が見えているわけではない。
しかし、謎の兵たちがある場所を守るように動いているということから予想を立てて、勘で奥まった場所に弾を飛ばした。
中も見えない建造物からの風や音の反響だけで内部構造を大雑把に予想して跳弾を制御する、正に神懸った狙撃である。
「……無礼ですね。"門"の先というのは、そこまで品が無い野蛮な場所なのですか?」
「門……?あんた、『始祖の門』のこと知ってるんスか?オレがここにいる理由とかも?」
「おや……さて、どうでしょうか」
"門"というベアトリーチェの言葉を聞いた途端、ツァーヴの雰囲気がやや変わる。それまでのおちょくるような態度ではなく、どこか面倒そうな様子であった。
「あー、これもしかしてあんたのこと生け捕りにしないといけない感じっスか?参ったな……オレ、手加減とか苦手なんだよなぁ」
「何を言うかと思えば……圧勝できると確信しているとでも?」
「当たり前じゃないスか!負ける気で突撃するバカはいないスよ!」
「ここまで現実が見えていないと哀れですね……ここは私の領域ですよ。あなたごとき、私の元に到達することすら叶いません。今のようなまぐれなど、そうは続きません」
「簡単に懐に入られた立場でンなこと言っても説得力ないでしょ!ウケる!」
ベアトリーチェは苛立ちを露にしながら、上からの立場を崩さずに告げる。
「では、今から教えて差し上げましょう。あなたと私では、役者が違うということを」
「へへっ、確かに!かませ犬は言うことが違うなあ!」
懲罰勇者として魔王現象を一人で殺したことは幾度となくある。
ツァーヴにとっては、今回もそれだけの話だ。
◆
断続的に響く轟音が戦場を支配していた。
その正体は誰もがそれが現れることを予測などしていなかった突如現れた怪物、万魔殿、ひいてはゲヘナの誇る最強の戦車"超無敵鉄鋼虎丸"。88mm口径主砲の奏でる音は、正に葬送曲と呼ぶのがふさわしい。
現場の指揮をベアトリーチェより任されていたアリウスの精鋭部隊"アリウススクワッド"のリーダー、錠前サオリは混乱の最中にあった。
ゲヘナ学園で最も警戒すべきである存在は風紀委員長の空崎ヒナやその指揮下の風紀委員会であり、所詮お飾りのトップである万魔殿は取るに足らない存在であったはずだ。それに、羽沼マコトに権力が集中している都合、彼女さえ再起不能にしてしまえば後はいくら頭数がいようと烏合の衆となることは自明であった。
さっきまでは、作戦は進みついに最大の不安要素たるシャーレの"先生"を追い詰めるところまで行っていた。
なぜか想定よりもゲヘナとトリニティの予備兵力の横槍が早かったため手間を取られたとはいえ、混乱のおかげかその二つの勢力同士の衝突もあり、トリニティの最大戦力たる剣先ツルギも引き離しヒナもミサイルのダメージと数の力で制圧しあとは先生を殺害するだけだったはずだ。
この現実はなんだ?
ユスティナ聖徒会信徒の
主砲が再び唸り、サオリのすぐ傍に着弾した。吹き飛ばされた瓦礫の破片が体を打ち付ける。
虎丸がスクワッドを狙っているのは間違いないだろう。
「もっと強引に攻められないのかイロハァ!?風紀委員共が後手後手な今こそ、戦果を立て万魔殿の発言力を高める機会なのだぞ!」
「無茶言わないでください!ただでさえ不調なのに急ごしらえの部隊なんですから……!」
無線越しにマコトがイロハに檄を飛ばす。
アリウスにとって救いがあるとすれば、イロハの言う通り動きがやや精彩を欠いているということであった。
サオリは知る由も無いが、現在虎丸を動かすためにかき集められた戦車兵は虎丸に関しては『マニュアルを読んでおり一応動かすことはできる』というレベルであり、通常の戦車はともかく虎丸に搭乗するのはイロハ以外初めてなのである。
イロハの戦術眼と指揮によって最低限の動きは担保されているものの、イロハ本人が負傷しており本調子でないこともあって基本性能で押しているだけというのが現実であった。
遮蔽物を利用し動き回りながら首の皮一枚繋いでいるスクワッドたちも、徐々に追い詰められつつある。
「リーダー……!どうしますか……!?私たち死んじゃいますよぉ!」
緊張と疲労にあえぎながら、スクワッドのメンバーである槌永ヒヨリがサオリに弱音を吐いた。
他のメンバーは寡黙だが、同じような焦りは伝わってくる。
「落ち着けヒヨリ。手は無いわけじゃない……!」
アリウスには対戦車兵器の持ち合わせなど存在しない。
こんなゲリラ戦で戦車と戦う用意などあるはずがないのだ。つまり対処する手段は限られる。
(……あの巨体からして弱点として真っ先に思い当たるのは当然燃費や履帯への負担だが……ユスティナ信徒が頼りにならない以上ひたすら逃げ続けるというのは現実的ではない。それに、あの戦車を中心にしてゲヘナが協力体制に入るのも到底許容できるわけが無い……攻めるしかない)
サオリは頭を必死で回す。
100㎜の装甲はこちらの銃ではたとえ密着して放とうとも貫通することは叶わないだろう。狙うとしたら駆動部。
幸いにして現状随伴歩兵は少なく、突出している状況である。あちらが連携を取り戻す前に足さえ止められれば、後は押せる。単体なら砲塔の付いた豪華な棺桶だ。
僅かな時間の中で思考を終え、サオリがスクワッドの面々を振り返る。
「作戦は決めた。行くぞ、撃破す──!?」
スクワッドが逆転のための一手に打って出ようとしたその時、鋭い警告音が腰に付けた端末から鳴った。
その着信が意味するのは、"マダム"からの指令である。
それはあらゆる作戦行動よりも優先される。即座に応答すると、全くもって予想外の言葉が飛び込んできた。
「スクワッド!至急、全員自治区に帰投しなさい!指揮下の生徒も全てです!」
「なっ!?マダム、まだ私たちは負けていない……!まだ戦えるし、勝ち目は十分ある!」
作戦が失敗したと断定され失望されたと受け取ったサオリが狼狽しながら返すと、しばらく無言の間が空き、その間息を切らせるような声がする。
何か、何かがおかしい。マダムの声音は、平静とはまるで違っていた。それに、前線に出ていないマダムが疲労することがあるはずなど──。
「違います……!今すぐッ、私の支援に回りなさいと言っているのです!」
断続的に破裂するような音が端末越しに鳴ると、一方的に通話が切られた。
スクワッドのメンバーたちが、不安げにサオリを見つめている。
自分たちの想像も及ばない何かが暴れている。それだけが、サオリに理解できる全てだった。