刑罰:学園都市キヴォトス征服支援 作:霧霊旅団のしたっぱ
「怯むな!奴らの武装は有限だ!粘ればこちらの勝利は見えている!」
サオリの指揮が初めての外敵による轟音轟くバシリカに負けじと響く。
彼女に従って接近しようとしてくる生徒をツァーヴが虎丸をバリケード代わりにしながら撃ち抜いていく。虎丸の側面にある機銃ではカバーしきれない部分は多い。
装備はその場で拾った銃を使っていた。他にまともに通用する攻撃がある以上、補充の効かない蓄光弾倉を節約した方がよいと判断したためである。
「単騎ではなく随伴歩兵を何人か連れてくるべきでしたよ!」
虎丸の指揮の合間にイロハから文句が飛び出る。
生半可な射撃など物ともしない装甲はあるが、寄らせないための防衛はツァーヴ頼りでありイロハからしたら綱渡りと言っていい。
「そんな目立つような真似をしたらここに辿り着く前に気取られていただろう!」
「いや……そもそも気取られちゃダメだったんですか?不意を打たれた状況から立て直したら、対策されようとも兵力差で潰せるんじゃ……」
「アリウスに、ではない!手柄を横取りされると言っているんだ!」
マコトの口ぶりにイロハからは言葉にならない呆れが漏れ出る。
しかし、下方から飛んでくる声は対照的に明るいものだった。
「理由はともかくこの数でも押せてる、このままなら勝てるって!」
「キキッ、だろう!聞いたかイロハ、これが私の部下のあるべき姿──」
「それとどうせ戦力と思ってないからどうでもいいけどマコトちゃん狙撃下手すぎ、真面目にやってる?」
「大真面目だ馬鹿者!揺れる車体の上で正確な射撃などできるか!」
「何言ってんの、それ込みで狙うもんでしょ!」
万魔殿は情報共有と当てつけを込めて大声で叫び合う。寡兵ながら、それはアリウスに存在する集団史上最も賑やかであると言っても過言ではなかった。
「ええい、長引くのは面倒だ。その新兵器で突破はできんのか!?」
「雷杖はもうあと一発分がギリギリってとこかな!それ以上はまともな火力が出ないね!」
「くっ、そんなザマでよく独断専行したものだ……!」
万魔殿の面々は雷杖について知らないため、"ツァーヴが持っていた特殊な兵器"以上の認識はない。
それゆえに頼るわけにはいかないと言われればそういうものだと受け入れるしかない。
マコトは思考を回す。
まだ趨勢は決していないが、状況は拮抗とは言えないものである。
虎丸の火力により相手の頭数は徐々に減ってきてはいるし、アリウスからしても短時間で強固な装甲を破ることは叶わないため、初撃のアドバンテージ含めこちらの方が有利ではある。
しかし、ベアトリーチェは痛手を負った反省からか前に出てくることはなく、ユスティナ聖徒会に自分を守らせ続けている。
その分攻め手にも欠けているが、お互い膠着した場合弾薬が底を尽きるのは自分たちの方が先だ。
相手の兵力が疲弊した隙を突くか、潤沢なリソースを回して突破するか。
どちらにせよ万魔殿側から強引な攻めを行う必要がある。
──ならば、早い方がいい。
「ツァーヴ、乗れ!行くぞ!」
「合点!」
愉快そうに笑うツァーヴが虎丸の上に飛び乗ると同時に敵を轢き潰す勢いで突撃する。
機銃の弾幕も贅沢に使い露払いをしつつの突貫。あちらの退く速度は明らかに虎丸よりも遅い。
しかし瓦礫に足を取られないように注意を払う必要もあり、ギリギリのせめぎ合いとなった。虎丸の消耗も大きく、ここを凌がれると危うい。
「イロハ!もっと速度を上げろ!」
「無理ですよ!これ以上は履帯への負荷が……」
「……いや、大丈夫。抜ける」
虎丸の上で姿勢を低くするツァーヴがそう言った瞬間、雷杖の先に光が収束し──バシリカが揺れる。
ベアトリーチェの意識外から放たれた雷は僅かに逸れ、左腕の一部を抉るに留まってしまった。
「あぁっ!?」
ツァーヴの間抜けな声と共にベアトリーチェは大きな体を揺らし、苦悶の声を上げる。しかし、致命には届かない。
虎丸も安定のために減速を余儀なくされる。状況は再び五分に戻った──わけではない。
互いを警戒しながらもその場の全員が揺れの原因に注目がいく。今度はマコトたちが言葉を奪われる番であった。しかし、それはアリウスの反撃を意味しない。
数両の戦車に大量の歩兵。
目立つのは忌々しくも万魔殿には見覚えのある戦車であった。
「トリニティの戦車部隊……!?それにしては数が小規模ですが……」
イロハが困惑の声を漏らした。
余裕ぶっていたマコトが冷や汗を流す。
「……違う。トリニティが主だがそれだけじゃない……」
マコトが言うように、その部隊の大多数はトリニティであるが構成要素はそれだけではない。
アビドス、ミレニアム、ゲヘナ──複数の学校の混成部隊。音頭を取れる人物など、連邦生徒会長が失踪している今、ただ一人しかいないだろう。
「シャーレの"先生"か……!」
マコトが呻くように呟くと、呼応するかのように戦車砲が唸る。
アリウスの生徒たちが爆風に煽られるように散っていった。
「マズい……これは非常にマズい……アリウスの制圧にも干渉される……今の一撃で仕留め損なったお前のせいだぞ、ツァーヴ!」
「私は、サボれそうなので最高ですね。先生様様ですよ」
マコトの嘆きをよそに、そこからの戦いは一方的な殲滅戦へと変貌した。
◆
まばらな戦車や歩兵の中で浮いている、スーツを着た中肉中背の成人男性。
普段は柔和な印象を与える爽やかな面持ちは、読み通りであったにもかかわらずどこか憂いを帯びていた。
「先生の言った通りじゃないですか、すごいです!でも、まさか万魔殿がアリウスの本拠地を掴んでいるなんて……」
「うん、私もアリウスとの連絡通路はスクワッドの案内がなければ通り抜けることはできなかった。意外なんてものじゃない。どういうカラクリなのか……」
「……どうだろうね。本当に万魔殿……マコトがやったことなのかな」
隣にいる阿慈谷ヒフミと白洲アズサの声に、先生は曖昧な返事を返す。
シャーレの"先生"がここまで迅速に行動したのは、ひとえに疑念があったからだ。
セイアに言われた、万魔殿の不安要素。
先生にとって、生徒同士が諍いを起こしたとしてそれに対して干渉を積極的に起こしたいかと言われればそんなことはない。もちろん限度というものはあるし、要請によっては片側に肩入れする結果になることだって当然ある。柔軟性は持って対応することを心がけてはいる。
それでも、生徒の自主性というものを縛り付けることは行ってはならないのだと信じているのだ。
そんな彼にとって、大人の影響によって生徒たちが不自由を押し付けられるになるということはどうしても許容しがたいことである。
今回の件、『食人鬼』なる男が関わっていないわけがない。
万魔殿にいる謎の存在により彼女らが操られているのだとしたら、一刻も早く対処をしなければならない。
シッテムの箱が完全には復旧しておらず、止められたというのに先生が危険な戦場にほど近い場所に直接乗り込んだ理由は、戦闘指揮のためだけではない。あちらが逃げられない状況で直接食人鬼に会って、見極めなければならないと考えたことが大きかった。
(食人鬼……一体どういう思惑なのか……私に御せる存在ならいいけど)
「それにしても、"マダム"があんな化け物だったなんて……」
アズサが言葉を溢す。
そう、問題は食人鬼のみではない。むしろエデン条約調印式襲撃事件においてはこちらの方が元凶と言ってもいい。
異形の怪物に支配されたアリウスの残党。彼女らを解放しなければならない。
先生は、この戦場を収めるために大量の混合部隊が連携をとれるよう指揮をすることに集中した。
◆
イロハは混乱している戦車兵をまとめるために必死に状況把握に努めるが、大きくはあるが広いとは言えない屋内で戦場が複雑化しすぎている。万魔殿を狙う攻撃は少なくなったが、これでは自由に動くことは困難である。
理想としてはベアトリーチェの後ろに回り込み挟撃を行いたいが、勢いを殺された今消耗した状況で再び突撃するには不安が残る。
そんな中、虎丸の上で流れ弾から逃れるために身を伏せていたツァーヴが、おもむろに顔を上げた。
「どうした?どこから何が飛んでくるか……」
「ごめん、一ついい?『シャーレの先生』ってさ、敵?まだ撃ってないけど、トリニティは敵だよね?」
ツァーヴはマコトの言葉を無視して質問を放つ。
マコトは顔を顰めながらも答える。要するに攻撃許可であり、無駄な質問ではないと思ったからだ。
「詳しくはこの状況だと一概に言えんが……味方と思うべきだ。トリニティ共も先生がまとめているならば、敵ではない。奴には能力があるしいずれは万魔殿の軍門に下らせようと思っている。撃つなよ」
「了解!」
ツァーヴは飛び降りる。
「あっ、おい!この状況でうろちょろするな!死ぬぞ!」
「へへっ、『死ぬな』なんて初めて言われたよ。忘れてなきゃね!二分後には戻るよ!」
そう言い捨てて走るツァーヴの姿はすぐに煙により見えなくなる。
「……まぁ、死なないでしょう。だって、あれで死んでたらバカすぎるじゃないですか?」
どこか投げやりにイロハが小さく言った。
◆
混合部隊は、アリウスの生徒との戦いが主となった。
ベアトリーチェを攻めるには、虎丸の巨体が遮蔽物となり満足に攻撃することができない。
そんな中、アリウスの一部が妙に統制の取れた動きで突撃してくる。
当然、迎え撃てない規模ではない。
しかし、急激な攻め手の変化に僅かに漏れが出る。
そもそも、防衛戦ではない。そのため守りに隙が出るのは当然であった。
そしてアリウスの狙いを把握するのも、
「せめて、貴様だけでも殺さなければ……!」
先生に向かって捨て身覚悟で突貫してきたサオリに対し、先生の周囲にいた護衛が対応する。
サオリの前に、立ちふさがったのはかつての部下、白洲アズサであった。
「アズサァッ!そこをどけ!」
「サオリ、なんであんな怪物に尽くすの?あなたが指示をすれば、みんな従う。この戦いを続ける意味なんて……」
「うるさい……私は、"そんなもの"のために戦っているんじゃない!」
アズサとサオリは近距離で体術を駆使しながらの撃ち合いの形になる。
ゲリラ戦において天才的なポテンシャルを発揮するアズサであるが、先生という守らなければならない存在がいる状況でトラップを仕掛けることもできないとなれば、サオリとは一対一では手に余る。
しかし、足止めとしては十二分。急いでアズサの援護に回った補習授業部のメンバーで何とかサオリを押さえつけることには成功したと思った瞬間、そこを抜ける影があった。フルフェイスのマスクをつけた少女、秤アツコが躍り出る。
先生に銃を向け──。
「ごめんごめん、ちゃんとその子にトドメを刺しとくんだったよ」
アツコの側頭部に弾丸が当たったかと思うと、そのまま蹴り飛ばされる。
そのまま先生の前に庇うように立ったのは、見覚えのない男であった。
行動からして助けてくれたのだとは思うが、その場の警戒心が男に対しても向けられる。その警戒の発生源はアリウスも例外ではない。
しかし、そんな視線をものともせず男は歯を見せながら笑った。
「おっ、すっげ!マジで普通に男じゃん!ウケる!」
戦場に似つかわしくない軽薄な声。
その姿は初めて見たが、先生の脳裏にはピンと来るものがあった。
「君が……ツァーヴ?万魔殿の食人鬼……」
先生が漏らした声に、男はけらけらと笑う。
「ご名答!オレこそが天才ツァーヴくんっス!オレも有名になったもんスね。"シャーレの先生"も、お噂はかねがね!」
ツァーヴは先生をおちょくるように片手で敬礼のような動作を一瞬すると、背後に向かって銃を撃つ。
「なんていうか聖人?みたいな話はよく聞きますねぇ。いやどんな生徒も助けるんでしょ?マジで優しすぎ!オレも同じタイプだから気が合いそうっスね!」
ツァーヴの撃った弾がアリウスの生徒に当たった後、跳弾によって死角から飛んできていた弾丸を空中で弾く。
先生には行動原理は分からないが、どうやらツァーヴが自身を守りに来たということは理解できた。
「君はどうしてここに……」
「守りに来ました!先生が死んだらマコトちゃんが悲しむっぽかったんで!」
先生からしたら、それは全くもって望む答えではない。
しかし、ペースに飲まれてしまう前に口を挟もうと言葉を発した。
「……いや、そうだな……とりあえず、私には"シッテムの箱"があるから、ヘイローがない君がそんなに庇わなくてもいいよ」
先生が絞り出すように言った言葉に、ツァーヴは訝しげな顔を返す。
「なんスかそれ?」
「ある程度の攻撃は防いでくれる障壁というか……万全じゃないけど、今でも流れ弾程度なら大丈夫」
「へぇ、そりゃ便利っスね」
ツァーヴはそう言うと、先生を壁にするかのように動く。
ツァーヴとサオリとの射線に入ると、補習授業部を縫ってきた弾丸がその間にいた先生の周囲に展開された防壁によって弾かれた。
「おお、マジだ!」
「え?えぇ……」
どこか怯えている様子の先生を見て、ツァーヴが小さく呟く。
「うーん、マコトちゃんとかが信頼してるにしてはなんか意外っていうか、ベネティムさんに似てますね……あっ、マジですんません!流石に今のは失礼っスよね!」
ツァーヴは口を動かしながらも周囲にいるアリウスの生徒やユスティナ聖徒会に的確な反撃を既に行っている。
残るはアリウス・スクワッドの面々のみであった。
ツァーヴが横合いから飛んできた弾を銃身で流すように防ぐ。
銃がひしゃげるように壊れるが、その勢いのまま銃を投げ、怯んだ隙にヒヨリからスコープの壊れたライフルを奪い取った。
「うえっ!?」
「これ、借りるね」
「えっダメ……」
ちょうど二分。
ツァーヴがヒヨリに耳を貸さず撃った。それと同時にライフルを放って駆け出す。
ベアトリーチェは逃走を図っていた。
万魔殿のみを相手にするというのなら、プライドが邪魔して逃げるわけにはいかなかったが、流石にこの期に及んでそんなことは言っていられない。
自治区の構造は完璧に把握している。
かつての内戦時代に大量に張り巡らされた複雑な裏道に一度入れば、撒いて自治区外まで逃げ切ることは十分に可能である。
不意に、バルバラの一体の頭部が破壊され、霧散する。
それと同時に常に警戒をしていた目の前の重戦車が、急激に行動した。
その巨体からは想像もつかない素早い軌道で虎丸が動くと、主砲が唸る。
しかし、それに対処できるように展開していたのだ。
一発ならば当然に防ぐことができる。
その時、完全に壁は消えた。
しかし、ベアトリーチェへの衝撃は殺し切れてはいないものの大したものではない。
虎丸の主砲は装填時間からして間に合わない。そのはずだった。
着弾によって発生した爆炎が晴れた時、虎丸の砲撃を耐えたベアトリーチェの腹部を、雷が貫いていた。
移動した虎丸の陰に隠れるようにしゃがんでいるツァーヴが、雷杖を構えている。
「さっき、あと一発だと……」
「なんで敵の言葉を信じてるんスか?ここに来る前に虎丸にあらかじめ蓄光弾倉をちょっと積んでおいたんで、補充はきくんスよ」
歩きながらの再びの閃光。
ベアトリーチェの肉体は生来の強靭さで生命こそ保っていたが、もうまともに動くことは叶わなかった。
「どうして……こんな人間ごときに……!?」
「なんでって、理由はあんたがさっき自分で言ってたじゃないっスか。もう忘れたんスか?本当にアホだなあ」
ツァーヴが得意げな顔を浮かべ、楽しくて仕方ないという様子で喋る。
「あんたとオレじゃ、役者が違うってね!」
閃光が、ベアトリーチェの視界を染め上げる。
しかし、彼女にそれが届くことはなかった。
「申し訳ありません。彼女がご迷惑をおかけしたようで」
そこにいるのは、奇妙な男だった。
男というのも、体つきと声からしてそうであると判断したのみで、実際のところそうであるかは分からない。
なぜなら、その人物には首から上がなかったからだ。
「私はゴルコンダで、こちらはデカルコマニー。以後お見知りおきを」
男の持っている写真から落ち着いた声が響く。
数少ない意識を保っているアリウスの生徒は、言葉を失っていた。
生徒会長が尋常の存在では無いことなどはとうに理解していたが、それでも彼女自身はアリウスのために行動していると信じていた。信じさせられていた。だからこそ先ほどまで必死になって戦っていたのだ。
しかし、保身に走った上にいざ自らの命に危険がせまったら異形の仲間に救われるなど、到底アリウスのことを想っているなど考えられるわけがない。
緊張に包まれた静寂を破るのは、そのような空気を理解することの無いおしゃべりな男であった。
「うーん……そいつだけ置いていってもらうことってできないっスか?殺せないとなるとオレが嘘つきみたいで気分悪いんスよ」
いつも通りのヘラヘラとした態度の中に珍しく苛立ちを滲ませるツァーヴは、今にも飛び掛かっていきそうな様子である。
「それはできかねます。アプローチこそ違えどマダムもまた我々の同志ゆえ、見殺しにはできません」
「そういうこった!」
写真を持つ首無しが合いの手を入れる。
「えっ、あんたどこから喋ってるんスか?オレにも一発芸として教えてくださいよ。口が塞がれた状況でも喋りたいって常々思ってるんで」
「私もあなたと談笑したいのは山々なのですが……そういうわけにもいかない状況ですね。私はマダムほど強くはありませんので」
停止しているように見えるが、虎丸の装填は完了しているし、ツァーヴもそれは理解している。
まだ戦おうと思えばことを構えられるだけの余地はあった。
「では、さようなら」
ゴルコンダが踵を返した時、バシリカが煙に包まれる。
「なんだこれは……!?何か妙な攻撃を……」
マコトの困惑の声が漏れたが、言い終わるころにはあっさりと立ち消える。
ベアトリーチェたちは、完全に姿をくらましていた。
「マジか~……最悪……」
「おい、ツァーヴ、とっとと中に入れ!お前が見つかると……」
「はいはい、今行くって。もう無駄だと思うけどなあ」
ツァーヴが虎丸の上に登ろうとした時、息を切らせた声がそこに飛び込んできた。
「マコト、待って!」
「へへっウケる」
ツァーヴが笑いを漏らすと、マコトが睨みつける。
お前のせいだとでも言いたげな目線にツァーヴはおどけるように肩をすくめて応えた。
息を切らせた先生が、虎丸の前に立っている。後ろから彼の護衛であった生徒たちも走り寄ってきていた。
先生の目はツァーヴに注がれている。
「君は、一体何なんだい?」
「マコトちゃんの忠実なるペットっスよ。先輩と一緒にいつも万魔殿のみんなを癒してるっス」
ツァーヴは特に面食らった様子もなく、なんてことないように言い放った。
マコトは手間取りながらも虎丸から降り、二人の間に体を割り込ませる。
「そうだ、これは我々がゲヘナ自治区で拾った生き物だ。よその家が勝手に干渉するのは止めてもらおう」
ツァーヴがそれを聞いてたまらないように吹き出す。
睨みつけられるツァーヴが笑いをこらえている様を見て先生は一瞬毒気を抜かれるが、気を取り直し改めてやろうとしていた対応を口にする。
「……連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの権限において、"ツァーヴ"を一時的にこちらの預かりとする」
「なァッ!?」
そう先生が言った時、マコトは驚きの声を上げた。
「本人も保護者も望んでいないのに身柄を強制的に拘留するなど、凶悪行為の現行犯というわけでもないのにできることではない!そのような強権……」
マコトは慌てたように反論する。
普通の人間に対しては、そのような人権を無視した対応などできる
「住民として登録されているわけじゃないんだろう?なら、
「ぐぬぅ……」
マコトは対応が裏目に出たことを悔いるように歯を食いしばり、意見を求めてイロハを振り返る。彼女は万魔殿では最も先生と親しい関係性であったからだ。
しかし、頼るような視線に対して、虎丸から顔を出すイロハは声を出すこともなく小さく手を振って返した。ツァーヴを庇い立てることはしない、というポーズである。
同僚として思うところが全くないではないではないが、引き渡したらツァーヴが死ぬというわけでもない。彼女としては先生と積極的に事を構えるような存在ではないのだ。
「……私が、部下をみすみす明け渡すと?」
先生とマコトが話している間にも、ツァーヴは周囲に目をやって逃走ルートを考えていた。
一人で逃げ切ることさえできれば、しばらく身を潜めたのちゲヘナに帰還することはできるだろう。
(オレがここの生徒を追って通ってきた方面は固められている以上無理。不意打ちをした後に押し通るのも虎丸の燃費を考えると不可能。虎丸を囮に使ってオレだけ適当な廃墟に身を潜めるのも、ここが調べ上げられるのは自明である以上きついかな。通り道は常に誰かが見張るようにはなるだろうし、アリウスの生徒たちがオレを庇ってくれるわけもない。もっと言うとこんなに囲まれてちゃ戦車長のイロハちゃんと連携を取ることもできない……)
そんな思考を知る由もない先生は、ツァーヴではなくマコトの目を正面から見据える。
間違った対応であるとは考えていない。この場で説き伏せるのは困難であるだろう。
「そんなに警戒しないで。君が生徒に悪影響をもたらさない存在だと判断したら、すぐにでも帰すよ」
イロハはそれを聞いて視線を中空に彷徨わせる。
絶対に無理だ、思った。ツァーヴは健全という言葉と相反するような存在である。ゲヘナで生活している身としてはやんちゃな奴はこんなもんではあると思うが、"ゲヘナでやんちゃ"というのは一般的な感覚として、悪影響はまあ大いに与えているだろう。
「ツァーヴ、今生の別れだね。さようなら……」
「おい諦めが早すぎるぞイロハァ!」
「イロハちゃん、んなわけないって。要するに、オレがみんなにとってプラスの存在だってことを示せばいいんでしょ?なら余裕余裕」
ツァーヴはそんなイロハとは対照的にむしろ先生の言葉を聞いて表情を明るくする。
「早く見せつけてやりたいなぁ。オレの素晴らしく美しい心の中を」
「……美しい人間はそんなこと言わないんじゃない?」
「いやそれオレをバカにしすぎ!オレってちょっと地頭良すぎるんで人の本質とかすぐピンと来ちゃうんスよね。自分も例外じゃないんで!」
「……そう。とりあえずこっちに来て……」
胸に手を当てて笑うツァーヴを見て先生は警戒しながらも、アリウスに向かう道中で乗っていた車にツァーヴを案内する。
ツァーヴは一度マコトの背中を叩くと、先生に向かって歩き出した。
「大丈夫、すぐ戻るって。なんせ……オレがいないと、マコトちゃんの野望なんていつまで経っても叶いっこないんだから!」
振り返りながら発されたツァーヴの言葉に、マコトは叫び返す。
「減らず口を……!早く帰ってこい、お前にはしなければいけない説教が待ってるからな!」
マコトの声を背に、手を振りながらツァーヴは車に乗り込んでいく。
後部座席に二人で座ると、車が発進した。
運転席には当番のアヤネがいるが、かなり無防備な状況である。
「お待たせしました!いやすいませんね、マコトちゃんはどうも頑固なところがあって」
「とりあえずシャーレに移動するよ……さっきのやり取り、私が悪者みたいで中々居心地が悪いね。君、マコトとは仲がいいんだ」
「仲がいい?ウケる、んなわけないでしょ。目と耳ついてるんスか?」
ツァーヴは、それまでの調子を一切崩さずそう言い切る。
先生は、一瞬なにを言われたのか分からなかった。至極当然のような流れで言ったそれは、あまりにも想定外の答えだったからだ。
「……セイアとは、どんな話をしたんだい?」
先生は、話を変える。
深く考えるべきではない。今はこの男と生徒との繋がりについて情報を得るべきだと思考を切り替える。
「セイア?って誰っスか?」
「あれ、知らないの?百合園セイア。狐みたいな耳がある小柄な女の子でいつもシマエナガを連れていて……そうだね、妙に迂遠な喋り方をする子だよ。心当たりは無い?彼女は君と話したって言ってたんだけど……」
「ん~……ピンと来ないっスね。こっちに来てからのことなら"死んでない"から全部覚えてると思ってるんスけど」
「死んでない?」
「そう!実はオレって不死身なんスよ。驚いちゃいました?」
へらへらと笑うツァーヴからは、創作で出てくる不死者にありがちな超然とした雰囲気など欠片も感じない。
これがセイアの言っていた、言っていることが本気か冗談か判然としないということか、と"先生"は早々に理解させられていた。
「そういうとこまで含めて全部話しちゃっていいっスかね?」
「全部って?」
「そりゃあもう全部っスよ!オレが暗殺者として大活躍していたところから、勇者になった後こっちであの調子乗ってる女をどうやってぶちのめしたのかまで!」
先生は、僅かに逡巡する。
彼の立場からすると、今回の調印式やアリウスの問題の後処理で忙殺されることは明確であり、ツァーヴの過去にそこまで時間を使っていられるわけではない。
しかし、彼を所属する組織と引き離しておいて雑な対応をするなど、"先生"として許される行為ではないだろう。
「長くなりそうだね……」
「まあそうかもしれないっスけど、退屈はさせませんよ!てことで……」
ツァーヴは軽くウィンクをして先生に笑いかけながら、馴れ馴れしく肩に手を掛けた。
「先生、ちょっとお時間いただくっスよ!」