刑罰:学園都市キヴォトス征服支援   作:霧霊旅団のしたっぱ

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連邦聴取記録 ツァーヴ

 暗いサナフ・ネデの樹海の中で、ツァーヴは一仕事終えたと膝をつく。

 

 体内蓄光が急激に減ったことで意識が朦朧とする中、ツァーヴは少しだけ心配になっていた。ザイロとサリタフは逃げ切れるだろうか。

 そこまで考えて、アホらしいと思い直す。あの暴力の化身のために命を捧げるまでしてその上今後の心配までしてやるなんて、我ながらお人好しなんて次元を超えている。

 だがしかし、仕方ない。自分が人一人救い出せないような無能だと思われるなんて、到底認められることではないからだ。

 

(引き分けで終わらせるなんて、らしくないことしたなぁ)

 

 自身の起こした土砂に飲まれていく一瞬の中、ツァーヴは卓越した視力で雷杖の閃光によって捉えた男を睨みつける。

 

(スラウ・オド……オレの手で、絶対に殺してやる)

 

 

 

 ◆

 

 

 

 最初、手負いの獣がそこにいるのだと思った。

 

 

 

 ゲヘナを束ねると自負する万魔殿の議長、羽沼マコトが夕食を済ませて帰宅のためにゲヘナ自治区の商店街を歩いていると、路地の片隅に赤黒いものが地面にあるのが目についた。それは途切れることなく路地裏へと続いており、これにはゲヘナの治安に慣れ切っているマコトでも顔を顰めざるを得なかった。

 

 小一時間も歩けばまず間違いなく爆発音を耳にするゲヘナでも、夥しい量の血痕というのはかなりキナ臭い。

 そもそも、"死体"というものがあまりキヴォトスには似つかわしくないのだ。根本的にキヴォトスの住人はやりすぎようが、暴力によって死に至ることはまずない。

 

 だが、そうも言っていられない事情があるのも確かだった。

 ここ数日のキヴォトスは、連邦生徒会長の失踪により荒れに荒れている。風紀委員も忙殺されており、万魔殿(自分たち)の妨害を抜きにしても手が回っていないのが現状だ。死人が出たとしても全くありえない話というわけではない。

 

 厄介事の匂いは感じるものの、ゲヘナ自治区で仮に死にかけている存在がいるというのなら、救うのがリーダーとしての責務だ。もし喧嘩でもやってるなら、嫌がらせも兼ねて風紀委員に一報を入れてやろう……マコトはそう結論付けると、路地裏を警戒しながらも堂々と進む。

 荒事があったという想像とは裏腹に、表通りから外れた路地裏は静まり返っていた。

 

 血痕を辿るもどこにも戦闘の痕跡などは無く、違和感を覚えながらではあるが、途切れたところで強烈な

 ゴミ箱の隣に蹲るようにして、そこに()()が倒れていた。

 

 マコトが"それ"を獣だと感じたのは、荒い呼吸音がするのにヘイローが無いからではない。

 纏っている気配が、あまりに人のものとは思えなかったからだ。

 

 気圧されながらも、膝をついてそれを覗き込む。

 マコトはその時、そこに倒れているのが人間であることに気が付いた。

 

「おい、大丈夫か……?」

 

 そう言いながら肩に手を触れる。その瞬間、その人物の目が見開かれた。

 目が合って、数秒沈黙が流れる。

 ヘイローの無い、人間の男。

 

「貴様、まさかキヴォトスの……」

 

 マコトが口から疑念を漏らしかけた時、目に強烈な衝撃が走った。

 反射的に目を瞑りながらのけぞったところに足払いで体勢を崩され、マウントポジションを取られた上で喉に手を掛けられる。

 

「きさっ……えっ?」

 

 マコトが抵抗しようと力を込めた瞬間、男は糸が切れたかのように倒れ伏し、動かなくなった。

 さっきより呼吸は弱くなっており、機敏な動きをしたのが嘘のように今にも死にそうに見える。

 

「何なんだ……本当に……!」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ゲヘナの保健室のベッドで、男が目を覚ました。

 一も二もなく体を起こし、まず最初に首に手を当てる。

 その間も三白眼が周囲を絶え間なく見渡し、何かを考えている。

 

 物音でそれに感づいた、近くにいた保健委員が一報を飛ばすと同時にベッドを覆っていたカーテンを開ける。

 

「目覚めましたか。発見して救助を呼んだマコト議長に感謝してくださいね」

 

 そして、男の目覚めを最初に確認して声を掛けたその保健委員は、即座に上級生に泣きつくことになった。

 

「えぇー!その角とか輪っかとか……やっぱ魔王現象じゃないっスか!じゃあザイロの兄貴と交代で今度はオレが死ぬことも通信もできない状態で捕虜になるってこと!?いや土砂崩れに飲ませたから回収なんてできるはずもないと踏んでたんスけど、あんたらのこと甘く見過ぎったってことなんスかねぇ……はぁ〜……まあ、あんたらは見る目あるっスね。なにせ勇者部隊で一番の天才にして要たるオレを押さえることに成功したんスから!不幸なことにザイロの兄貴の時と違ってオレはオレを助けに行くことができないんスからもう最悪っスね。でも拘束が緩すぎるっていうか──」

 

 

 

 止まらないマシンガントークに保健委員の面々が困り果てている時、部下からの知らせを聞いた人物──マコトが足音を響かせながら悠々と医務室に入ってきた。

 

「諸君、ご苦労。悪いが全員席を外せ。私がいいと言うまで人を寄せるな」

 

 マコトは手短に人払いを済ませると、椅子に座って男と相対する。

 

「おっ、偉い人っスか?」

 

「そう、私はゲヘナで最も偉い!……先ほど会ったのは、覚えていないか?私のこの首の痣はお前に付けられたが」

 

「ああ~、朧げに感触はありますけど夢じゃなかったんスねぇ」

 

「はぁ……まあ、混乱していたということで流してやる。瀕死の人間に掛ける情も無いような人間ではないのでな」

 

「太っ腹ァ、魔王現象とは思えないな」

 

 マコトはその言葉を聞くと、耐えきれなくなったように勢いよく立ち上がった。

 

「さっきから何を勘違いしているかは知らんが、私は魔王現象?などではない!ゲヘナの真のリーダー、万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の議長、羽沼マコト様だ!頭に刻み込んでおけ!」

 

 男は少し愉快そうに口角を上げると、マコトに向かってウィンクをしてサムズアップする。

 

「マコト様ね、ばっちり覚えました。これでも物覚えは悪くない方なんで心配しないでいいっス」

 

 ケラケラと笑う男に毒気を抜かれそうになったマコトは、小さく咳払いをして質問をする。

 

「そういうお前は何者だ?どこから、どうやって来た?」

 

 気前よく返事をしたマコトの姿にどこか気を良くしながら、男は躊躇うことなく口を開いた。

 

「オレは最強天才暗殺者のツァーヴくんっス!気軽に呼んでいいっスよ。どこからっていうのは定義にもよりますけど、ガルトゥイル要塞から出向してるっスかね。ちょっと前までの拠点の話をしろって言うならノーファンから」

 

「……はぁ、知らんな」

 

 マコトのぼやきを聞いた男──ツァーヴは、小さく肩をすくめた。

 同じことを言わないだけで、同じ気持ちではあるからだ。

 

「逆にここはどこなんスか?修理場では流石に無いっスよね」

 

「修理場、というのも分からんが……ここはゲヘナ第二校舎の保健室だ。今は他に誰もいないが、あまり騒ぐなよ」

 

「医務室じゃなくて保健室!かわいらしいっスね」

 

 この時点で二人の間で話が噛み合わないということは当然どちらも理解できていたが、お互いにスムーズな会話のために一旦不可解なワードに突っかかることをやめ、自分の知る限りの情報を共有するという相互認識が築かれていた。

 

 ツァーヴは自身が今身につけているのが病院着であり、気絶している時に着替えさせられたということを察した。

 

「体をまさぐられて跳び起きないとは、オレも鈍りましたかね。オレの着てた服とか、持ち物とかどうしました?」

 

「服はボロボロでもう使い物にもならなそうだったが、一応保管はしている。それ以外の持ち物は特に見当たらなかったぞ。護身用の銃も奪われるか捨てるとはよほど慌てて逃げたと見える」

 

「銃?なんスかそれ?」

 

「……冗談だろう?」

 

「まあ、何も無いってことは理解しましたよ」

 

 ツァーヴは体に巻かれている包帯やらをなぞる。

 

「治療してくれたってことはとりあえず飲み込むけど、勇者を救うなんてバカらしいとは思わなかったんスか?」

 

「……勇者?」

 

「懲罰勇者。最も重い刑罰を受けた最悪の犯罪者っスよ。まあオレは12人ぽっち殺しただけなんで冤罪みたいなところがありますけど。普通死刑が妥当だとじゃないっスか、そう思いません?勇者は魔王現象を滅ぼすのが仕事っス。まあ、厳密には戦場に出ることが刑罰の軍の備品なんでアレっスけど」

 

「いや、そう言われても魔王現象?についても知らん……というか今……え?」

 

 ツァーヴが荒唐無稽な固有名詞の中でさりげなくとんでもないことを言った気がしたが、あまりにもさらりとしているせいでマコトは指摘する時を逸してしまった。

 

「マジで知らないんスか?参ったな……」

 

 ツァーヴはこのままでは話が進まないということで魔王現象について話すことにした。

 人類の怨敵。遥か昔から断続的な戦いをしており、二十年と少し前から現在は四度目の戦争をしているということ。既に人類の生存圏の半分が奪われているということ。

 共通して世界を侵食し生物を《異形(フェアリー)》という尖兵を作り出す力と、各個体によって様々な特殊な力を持つこと。

 

「一部いる人型の連中はあんたたちに似てる部分もなくはないから勘違いしちゃったっスけど……まあ、魔王現象っていうのは勘違いだったっスね。すんません」

 

「……それはなぜそうだと言い切れる?我々がその概念を知らないということはここではそれに当たる言葉が存在していないだけで当てはまっていないということではないだろう。無自覚であるという可能性は排除しきれないんじゃないか?」

 

 ツァーヴは取り合った様子も無く

 

「自覚のない魔王現象なんて聞いたこともないとか、細かい要素としては色々なくはないですけど……一番は話が通じるってところっスかね。魔王現象の中には物を言うのもいますし実際見たこともあるんスけど、そういうのは何というかどこかズレてんスよ。人間にもイカれてるのなんていくらでもいますけど、それとはなんか違うっていうか、ピンと来ない感じ。感覚的なやつなんスけどね」

 

「……それでいいのか?」

 

「安心していいっスよ。オレが太鼓判を押してあげるんで!」

 

 ツァーヴが歯を見せて笑ってピースをする様子はどうも真面目に言ってるようには見えない。

 

「こっちからもなんですけど、ゲヘナっていうのは?」

 

「む……そうだな、こちらから説明しないというのはフェアではないか。その様子だと、ここの事は何も知らないようだ」

 

 数千の学校が集まる学園都市、キヴォトスにおける三大校と言われる最大級のマンモス校。

 そして万魔殿及び自身はそんなゲヘナの統治を任されている選挙で選ばれた正当な指導者であるということ。

 非常に大まかな説明だが、それを聞いたツァーヴは首をかしげていた。

 

「おかしいな……連合王国以外の国なんて全部滅んでるはずだけど……ベネティムさんが言ってた海の先にあるっていう幻の大陸?いや、あるわけないな……」

 

 ツァーヴは困惑した様子で喋り続けているが、マコトに対するものというよりは自分の考えを整理するための独り言のようであった。

 

「連合国……具体的にはゼフ=ゼイアル・メト・キーオ連合国に帰りたいんスけど、どうしたらできますかね?手配してくれるとありがたいんスけど」

 

「……そんな国、キヴォトスの外部にも聞いたこともない」

 

 マコトは小さくため息を漏らすと、ずっと懸念していた重要な一点を聞く。

 

「結局のところお前はゲヘナの住民ではないのだな?」

 

「それは間違いないっスね」

 

 ゲヘナの住民ならば応急処置が済み次第帰してやるなりすればいいが、これではそうもいかない。

 内々で処理をしてやる義理も無いだろう。面倒ごとは押し付けられるなら押し付けてやった方がいいものだ。

 

「今は窓口がパンクしているせいで手間取っているらしいが、連邦生徒会に連絡がついたらお前を引き渡す。あまり期待はできんが、あそこならもしかするとそこについての情報も持っているかもしれん。それまではここで治療に専念しておけ。騒ぎを起こしてくれるなよ」

 

 

 

 翌日、マコトの元にツァーヴが脱走したという知らせが入ってきた。

 

 奇妙な人間の目撃証言を辿れば、すぐに足取りを掴むことはできた。ツァーヴは廃校舎の屋上に立っていた。

 ゲヘナでは奇人など掃いてしてるほどいるし、それに興味を示す人間も少ない。遠目に見られただけでツァーヴの正体を突き止められるとも思わないし仮にバレたとてマコトが守る義理など無いが、脱走の知らせの後に廃校舎の壁を登る人影があると言われれば流石に動かざるを得ない。

 

「お前は一体何をしているんだ!ベッドに縛り付けるぞ!」

 

 マコトの怒声も意に介さず、ツァーヴは大きく伸びをする。首輪のような赤い刺青がマコトの目についた。

 

「何って、ちゃんと外に出ないと体内蓄光も溜まんないんで。マコト様はオレの面倒なんて見てていいんスか?」

 

「成り行きとはいえ私が見つけ、命を救ったんだ、そいつの面倒を見るのは当然の責務だろう!それにキヴォトスの人間ではないのなら、銃が致命傷になる。助けておいて死なれたら気分が悪い」

 

 ツァーヴはそれまでマコトに目もくれていなかったが、それを聞いてどこか意外そうに顔を向ける。

 

「おぉ、責任感強いっスね!偉いなぁ」

 

「からかうな!お前のことを心配してやってるんだぞ!」

 

「からかってないっスよ、オレも責任感激強だから共感しちゃうんだよな~」

 

 ツァーヴは本気か冗談かもわからないことを言いながら屋上の縁から身を乗り出し、中央区の端を指をさす。

 

「それにしても……ここ広いっスけど、どこまでがあんたのものなんスか?区切り的にはあそこっぽいですけど」

 

 マコトはペースに飲まれていることを自覚しながらも

 

「ゲヘナ学園の中央区という意味ではそうだが……私が統括しているのは違う。ゲヘナの自治区だ。そうだな、あの……痛ァッ!?」

 

 マコトが背に衝撃を受ける。

 何が起こったのかを把握するよりも前に、ツァーヴはマコトの影に隠れるように既にしゃがみ込んでいた。

 

「狙撃……方向からして第一校舎からか!?クソ……最近言われてる遊びで"的当て"をしてる連中だな!200メートルはゆうに離れているというのに……!」

 

「よくわかんない単位を使わないでくださいよ。……ざっと320標準ラーテ*1くらいっスかね?あのデカい建物の窓から4人がこっち見てます」

 

 マコトが撃たれたのは確かにその方向からではあったし、まあ第一校舎から撃たれたのだろうが、目を凝らしてもどこの教室から撃ってきたか等判別はできない。

 

「み、見えるのか?」

 

「これでも目はめっちゃいいんで」

 

「そうか……なら、場所を教えろ!反撃する!」

 

 マコトは持ち歩いているスナイパーライフル、『唯我独尊』を抜く。

 伏せた姿勢のまま、第一校舎に向かって構えた。

 

「左から6、下から5番目の窓っス」

 

 ツァーヴの言葉通りにスコープを絞ると、確かにこちらを観察していそうな生徒が見える。

 この程度の距離ならば、当てることはさほど難しくもない。一発撃つと、一人の生徒に当たった。

 

 しかし、そこからが問題であった。

 

「くっ、攻撃が激しいな……私を壁にするのは構わんから前には出るなよ」

 

 マコトの肩に弾丸が掠ると、鋭い痛みが走る。

 反撃を受けた反骨心からか相手方からの攻撃が激しさを増し、再度の攻撃に手間取らざるを得なくなっていた。

 一度廃校舎内に逃げることを選択肢に入れて立ち上がりかけたその時、横合いから前に割り込んでくる影があった。

 

「うお、これ意外と重いなぁ」

 

 ツァーヴが唯我独尊を手に取ると、ゴーグルを掛ける。

 

「おい、勝手に──」

 

 銃声が数発。

 

ゴーグル(これ)掛けなくてよかったな。雷杖と違って光が強くないから」

 

 そこでマコトが驚嘆したのは、銃を扱えたことではない。

 射撃速度に比して命中率が異常だったことだ。

 10秒足らずで装填していた5発の弾丸を用い制圧したらしい。

 的当て遊びをする不良生徒が反撃をされたくらいで逃げ帰るとは思えない。全員撃ち抜いているはずだ。

 

「お前、狙撃兵だったのか?銃についての知識も無いんじゃ……」

 

 マコトの漏らした声に、ツァーヴは平然と答えた。

 

「一回見たら大抵できちゃうんスよね。天才だから」

 

 マコトはその時直感した。

 こいつは、使える。

 ツァーヴは無造作に唯我独尊を返すと、何てことなかったかのように立ち上がった。

 

「これで救われた分をほんのちょっとは返せましたかね。じゃあ、自分は何とかして帰るんで」

 

「な!?……怪我は?連邦生徒会に渡すという話も……」

 

「一人で動いた方がやりやすいんで、元々あの保健室に戻る気はなかったですよ。そっちからしてもオレの面倒を見る必要もなくなっていいでしょう?短い間っスけどありがとうございました」

 

 ツァーヴはマコトに背を向けて廃校舎の壁を降りようとする。

 連邦生徒会長の失踪とほぼ同時に自分の元にツァーヴが現れたのは、全くの偶然なのか?

 いや、偶然でもいい。むしろその方が完全に運が自分に向いていることの証左である。

 これは運命が囁いているのだ。今こそ、この羽沼マコトに天下を取れと世が望んでいる。

 

「待て!餞別だ。地図を見せてやる。目印も無しに無手でキヴォトスの外に出るなど無謀だ」

 

「お、優しいっスね。流石リーダー」

 

 万魔殿まで人目を避けながら歩く最中、マコトは声を掛けた。

 

「帰ると言っているが、お前の言が正しければ終わることない戦いに晒される罪人なのだろう?わざわざそこに戻るのか?」

 

「そう言われるとまあ戻る義理はないんスけど……というかそりゃまあ実のところ別にオレは困んないんスけど、オレがいなきゃどうしようもない奴らがいるっていうか。それにこんなところで油売ってることがバレたら兄貴に殴り殺されちゃいますし」

 

 ツァーヴはそう言いながら露骨に面倒そうな態度を作っているが、どこか得意げな雰囲気も滲ませていた。

 彼にとって、居心地が悪くは無かったのかもしれない、とマコトは直感する。

 

 万魔殿の議長室に入り、棚から地図を広げる。

 

「ここが現在地だ。どうだ?無謀さが分かるか?」

 

「えっ?これがゲヘナ(ここ)?もしかしたら今の連合王国以上?めっちゃ広いなぁ……こんなんどうやって纏まってんだ?」

 

「現状では纏まっているとは言い難いが……まぁ、この広大な土地もいつかは全て我々のものになる」

 

「どういうこと?」

 

「言っていなかったか?私はいずれキヴォトス全土を征服する。そのために邁進しているのだ」

 

 マコトが漏らしたのは、本題ではないなんてことない雑談のようなものだった。彼女にとってこれは当然の前提であり、規定事項である。

 マコトが言い切ると、ツァーヴはイラつくような笑みを浮かべた。

 その反応自体は驚くようなことではない。マコトは野望を嘲笑されてきた経験は山ほどあったからだ。

 

「でも、さっきの攻撃、中からでしたよ?ゲヘナも支配できてるとは言えないんじゃ?」

 

「確かに、ゲヘナにも私に従うものは多いとは言えないかもしれない。しかし、それでも私を信じている精鋭だ。私ならば確実にできるさ」

 

 ツァーヴはそこで、耐えきれなくなったように調子よく手を叩いた。

 

「へへっ、すごいな!マコト様がそんなにかっこいい人だとは思わなかったっス!尊敬しますよ!」

 

「急に調子がいいな、どうした?」

 

 マコトは僅かに面食らう。マコトからすると、こんな言葉を掛けられるのは意外であった。

 バカにされる謂れがあるとは到底思っていないが、軽薄な男から勢いのいい持ち上げが飛び出るのは予想外だったのだ。

 

「いや、だって今本気で理想を言ってるじゃないですか。まるで規定事項みたいに騙って、それもベネティムさんみたいな嘘じゃない。オレは人の意思の力って言うのを信じてるんで、諦めなければ絶対できます!」

 

 ツァーヴは、本気でやりたいと思えたことが無い。

 だからこそ、自分で何かやりたいことを見つけ出し、それを本当に叶えられると信じてそのために行動する人間のことを本当に尊敬し──どうしようもなく羨ましいと思ってしまうのだ。

 

「気に入った。私とともに来い」

 

「え?」

 

 今度は、ツァーヴが驚く側だった。

 

「ただ歩いて外に出るつもりで当ては無いのだろう?ならば情報を集めるにも私たちの力を借りた方がいい」

 

 真っすぐとツァーヴの目を見据え、不敵な笑みを浮かべるマコトからは、好感が滲んでいる。

 マコトも、尊敬されるということには弱かった。

 

「私がキヴォトスを征服した暁には、その権力を活用しお前を元の居場所に返すと約束しよう。お前の力を、私の下で存分に振るえ」

 

 ほんの少しだけ目を細めた後、ツァーヴは頭を小さく掻いた。

 

「約束されちゃったら仕方ないなあ……」

 

 ツァーヴはもうマコトの事情を聞いてしまったし、真っすぐ頼られるということに弱かった。

 ほんの僅かに懲罰勇者部隊の行く末や、ケリをつけていない因縁、集めている蛇の抜け殻のコレクションのことなどが頭をよぎったが──全て頭の中から追いやった。

 

(まあ、いいか。戻れないなら戻れないで。考えても仕方ねえや)

 

 考えたら嫌なことは考えない。切り替えの早さは、ツァーヴが自覚している自らの美徳であった。

 

「マコト様!これからよろしくお願いしますね!オレが任されちゃったからにはあっという間に終わらせちゃいますよ!」

 

「キキッ、いい返事だ!」

 

 その日、万魔殿に潜む悪魔が一柱増えた。それをいちいち気にするものなど、そういないだろう。

 

 

 

「えぇっ?18歳!?ガキじゃん!」

 

「学園都市なのだから当然だろう!失礼なことを……一体いくつだと思っていたんだ!」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ツァーヴ……ねぇ、私の催眠の練習に付き合ってくれないかしら?初対面だけれど、色んな人に掛けてこそ鍛えられるらしいから、ね?」

 

「おお、いいね!もちろん大丈夫!」

 

「ありがとう。そうね……あなたは私に忠実な部下にな~る」

 

「基本的に催眠って"眠りを催す"の通り相手の意識を混濁した状態にしてそこに命令やら何やらを刷り込む技術だと思うんだけど、オレって教団にいたときに薬物やら拷問やらで刷り込まされる価値観に染まなかったんだよね~。これってオレが催眠やらに耐性あるってことなのかバカすぎて教団の小難しい教義やらが肌になじまなかったのかどっちだと思う?」

 

「……忠実な部下にな~る」

 

「でも頭ん中って毒とかと違って鍛えられるもんじゃないじゃん?やっぱり天才が天才って言うのはこういうところに出るんじゃないかなって思うんスよね。やっぱりオレって選ばれちゃったりしてるんスかね、なんか運命?とかなんかに!だとしたら万魔殿に拾われたのだって思し召しかもしれないしだとしたらちょっと責任感じちゃうよねぇ」

 

「ごめんなさい、催眠中は静かにしてもらえると……」

 

「あっ、ごめんごめん!オレとは主義が違うんだね、オレは拷問してる時でも相手といっぱいおしゃべりしたいタイプなんだ!だってさ、重要な情報だけ抜くよりそれ以外の諸々も知った方が情報が有効に利用できると思うんだよね。まあそのせいで気持ちが入りすぎて殺せなくなっちゃうこともあるから一長一短なんだけど仕事っていうのは楽しくやった方がいいじゃん?初歩的なやつだけど体を先から刻んでいくやつとかも効果的な方法を探るためにも相手の反応は大事だしさぁ」

 

「もういやぁ~!」

 

「えぇっ?あぁ〜……やっぱオレって催眠とかも全然効かないタイプなのかなぁ」

*1
1標準ラーテはおおよそ大人の足で一歩分。

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