激闘!燃え盛れ怒りの灰! ~ルビコンで一番つええ犬~ 作:abubu_nownanka
[カーラがさぁ…。]
僅かに電子的な抑揚のある声がコクピット内に響く。レイヴンの口が開かれぬままモゴモゴと不器用に動いている。
強化手術は彼から自然な発声を奪っていた。しかし傷病者支援用のサイバネティクスは咀嚼筋と口腔内の舌の微細な動きを捉え、言語野の活動電位と照合することで即座に意味のある言葉へと変換してくれる。結果、意外にもストレスの少ない会話が可能となっていた。
[カーラのグリッドに最初に行った時さぁ。手下のRadのチンピラMT集団が襲ってきたじゃん。で適当にボコってたらカーラ降参するって言ったけどさぁ、全然降参してなくてあのアホみたいにデカい火山みたいな…、デスボルケーノ・オメガみたいな名前のやつで襲ってきたじゃん。でそれも倒したら今度こそ降参して協力するって言ったけど、なんかカーラ凄い偉そうだったじゃん。「しょうがないねぇ、あーしが協力してやんよ」みたいな。で協力するのかなと思ったら「その前にまずあーしの依頼を受けな」って言われてさぁ、部下をボコった落とし前だって言って、他のドーザーからアジトを守る任務やらせたじゃん。さっさとカーゴランチャーのとこまで行く予定だったのに。…あの流れ何だったの?なんであんな…あんな感じだったんだろう。そんでなんで私らもあんな依頼受けたんだろう。なんか私の人生そんなんばっかだな。無視してさっさと進んでも良かったのに。]
『はぁ。』
予想とはだいぶ異なる内容にエアはしばし戸惑った。レイヴンは続ける。
[分かりやすく言うとさ、RPGでさ、主人公が山歩いてたら山賊が出てきた訳さ。「ここは通さねぇぞ俺達の縄張りだ」って。で手下をボコボコにしてたら親分が「降参する」って言ってさ、降参するのかと思ってたら騙し討ちでデカいトロルをけしかけて来た訳さ。でトロル倒したら今度こそ降参するんだけど、なんかやたら偉そうでさ。しかも「通りたいなら協力してやるからまず俺の頼みを聞きな」って言われて…、主人公はクエスト受けちゃうの。そういう、RPGでたまに見た気がする感じのやつ。あのヌルヌルした感じよ。「え?それする必要ある??」「意味わかんないので断りたいんだけど断れないんですか??」っていう。あれをやられた気分なのさ。]
動かざる寝たきり病人は饒舌に語った。そしてその"分かりやすい例え”はコーラル意識体にとっては分かりやすくなかった。
"RPG"という言葉は知っている。人間が構築した情報体系の一つであり、"遊興"という広大なカテゴリに属するものだ。遥か太古の地球に存在したとされる成形炸薬弾のことでないのは文脈的に間違いない。
人間が観念的な情報を他者と共有し、自己の内部演算区画に"空想"と呼ばれる仮想空間を構築できることも、概ね理解している。あらゆる発明のプロトタイプはその"空想"の中で作成されるらしい。エアも人間理解の一環としてルビコニアンの民間ネットワーク内に流れる無数の空想作品──ファンタジー、SF、サスペンス、ロマンス、ミステリー、ホラー、完全無料見放題、地球新作最速アップロード、おすすめ漫画転載サイト──を隅から隅まで閲覧したことがある。しかしエアには自己意識内部に"空想"なる仮想空間を構築することもアクセスすることもできなかったのだ。
『なら受けなければ良かったのではないですか?』と聞こうかとも思ったが、考えてみるとあの時は自分が『何か裏はありそうですがしょうがないですね協力しましょうそうしましょう』とレイヴンを急かして受諾させてしまった気がしなくもない。グリッド管理システムへのハッキング自体はそう難しくないし、やろうと思えば自分達だけでもエレベーターや大陸間輸送用カーゴ・ランチャーを動かすことはできたのに。
では自分は何故そうしたのか?
そこでエアは気付く。要するに自分は"気になってしまった"のだ。あの人間のことが。あのRadの頭目が果たしてどんな条件を出してくるのか。自信に満ちた声の裏に何があるのか。本当に協力するのか、それとも更なる騙し討ちを重ねるつもりなのか──。
"レイヴンとの対話はコーラルの潮流に常に新鮮な驚きを齎してくれる。"
──なのでそこには触れず、別方向からアプローチを試みることにした。
『彼女の立ち場を考えると"Radの頭目"として振る舞う必要があった、ということではないでしょうか?Radはドーザーの中でも非常に好戦的な一派として知られていましたし、降参を一度反故にしたのはそういった事前情報とも一致する振舞いでした。それに、彼女の協力のお陰でスムーズにアーレア海を渡ることができたのも事実です。』
強化人間は黙る。舌の動きが止まり、サイバネティック補助デバイスも沈黙する。だが心の底で何かが蠢いているのを見れば、納得していないのは明白だった。
『確かに、裏切りや騙し討ちといった行為は褒められたものではありませんね。しかし騙し騙されは傭兵稼業の常であるとも聞きます。私もあなたの過去の"多重ダム襲撃"の作戦ログを拝見しました。ルビコン解放戦線から倍の報酬で寝返るよう依頼されたとき、あなたは随分長い間迷っていたようですが?』
[裏切っ…、あれは裏切ってねぇし…。それに"騙して悪いが"されたらキッチリ始末するのが傭兵稼業だし。]
『ええ、そうですね。』
コクピットを揺蕩う赤い光の筋はクスクスと笑っているようだった。そしてコーラル意識体の中にはもう一つ、当時のシンダー・カーラの思惑に関する完成度の高い推察モデルがあった。
『もしかしたら、あれは"テスト"の意味合いもあったのではないかと思います。シンダー・カーラはハンドラー・ウォルターの以前からの友人のようですし、あなたが彼らの目的達成に資する傭兵であるか、彼女流に言うなら「この程度の障害は笑って蹴散らしてみせろ」といったところでしょうか?そしてあなたは見事にクリーナ…、デスボルケーノ・オメガを破壊し、実力を示したのです。』
[…それはカーラがテストすることじゃなくない?]
最後のお世辞はレイヴンの"自尊心"への影響を狙ってのことだったが、目論見は上手くいかなかったようだ。とは言えエアも多くを望みはしていない。人間の"交友関係"は特に定義を明確化し辛いカテゴリなのだから。
あるいはこれは"法律"のカテゴリかもしれない。人が物品を所有するように、人身を所有することは人間社会において普遍的な行為──今のところこのコーラル意識体はそうに理解している──である。カーラのあの行動は"所有権"の逸脱、ウォルターの所有物の戦闘能力を勝手に検証したとも言える。レイヴンはそこに憤っているのだろうか?
[私はウォルターの犬だけど、”ウォルターの友達の犬”じゃないよ。それを勝手にテストして目利きだのなんだの…。]
『ああ、あのシミュレーションですか。』
ACは作戦行動中、周辺空間の三次元構造、熱分布、電磁波動、弾道予測、敵味方識別情報を絶え間なく統合解析している。収集された膨大な情報は兵装開発や戦術理論の更新にフィードバックされるが、戦闘ログの価値はそればかりに留まらない。機体が過去に駆け抜けた戦場は、シミュレーター内でほぼ完全な再現が可能なのだ。
砲弾が飛び交う大規模戦闘、的確な戦況判断が求められる防衛戦、繊細な隠密任務や要人護衛。現実さながらのリアルな仮想戦闘は、兵士の練度向上のみならず、戦闘状況に慣れさせ実戦での恐怖心を抑制することにも一役買っている。
無論、生の戦闘ログには電子的妨害による空白や、センサー有効視界外の動向など、補完すべき情報欠落が多い。シミュレーター用の再編集作業は不可欠である。企業属のACであれば戦闘時のデータやその再現は機密情報として厳重に扱われるのだろうが、独立傭兵支援システムたるオールマインドの思想は異なっている。彼らはただデータ提供のみを対価とし、戦場の追体験──『リプレイ・ミッション』のサービスを独立傭兵たちに開放していた。
そしてレイヴンとエアがシンダー・カーラを名乗るRad頭目に初めて相対した『グリッド086侵入』もまた、シミュレーション化されている。
地表を覆い天にまで聳える惑星開発用の超構造体。そこを根城とするルビコニアンの不法集団"ドーザー"との戦闘。統制の取れた正規部隊同士の正面衝突とは趣が異なり、土着の武装組織との戦いはしばしば無秩序の坩堝めいた様相を呈する。ルビコンにおける争いごととしては、さして珍しくもない光景だ。
ただ付け加えるなら、レイヴンのACの内部ストレージにあるのは単なる再現ログではない。カーラ自らちょっとした手間を加えたスペシャル仕様だった。
実際の戦闘では起こらなかった事象が追加されている。
プレイヤー、即ち独立傭兵が敗北した場合、仮想のRad頭目は無線越しに一人ごちるのだ。
「あいつの目利きも鈍ったかねぇ。」
このスペシャルをレイヴン宛に送信した時、彼女は事も無げに笑った。「もしアンタが期待外れだったら本当に言おうと思ってたさ。」と。
もちろん現実のレイヴンは負けなかった。だからこうして今も生きている。燃え盛る産業廃棄物を火山の如く吐き出す大質量の怪物を初見で仕留め、Rad頭目の信用を得るに至ったのが真実だ。
しかし気紛れな不調か、はたまた製作者が何やら悪戯でも仕込んでいたか、レイヴンはこのシミュレーションに妙に手こずらされ、結果、3度にわたる死を体験することとなった。
「あいつの目利きも鈍ったかねぇ。」
「あいつの目利きも鈍ったかねぇ。」
「あいつの目利きも鈍ったかねぇ。」
炎上爆散する仮想のコクピット。擬似的な死の不快感。嘲笑とも失望ともつかぬ乾いた呟き。思えばそれが強化人間の心の底に無意識の不満感を堆積させたのかもしれない。
『──客観的には』風のような声は遠慮がちに届く。『やはり状況の主導権はあちらにあったかもしれません。MTとデスボルケーノ・オメガの連戦、そこへ更にシンダー・カーラのAC『フルコース』、及びチャティ・スティックの『サーカス』が襲ってくればあなたも撤退せざるを得なかったのではありませんか?』
[いや、私なら勝てるね。]
今度こそ自尊心を悪い方向へ刺激されたのか、合成音声がやや食い気味に主張する。『そうでしょうか?』と指摘しかけたが、エアはすぐに思い直した。それを言った本人も確信がある訳ではないのだろうが、あながち出まかせとも言い難いのだ。
常識的な尺度で言えば、AC同士の戦闘は余程の実力差がない限り、2対1の状況で勝つことは難しい。3対1など迷わず撤退すべき状況だ。にも拘らず、とある防衛任務の最中この猟犬は手練れの上位ランカー3機を同時に相手にし、その全てを撃破してのけた。エアも"交信"を通じてそれを間近に観察していた。
限界は底知れず。二大星間企業の保有する実働戦闘部隊、レッドガンとヴェスパー、そのトップ陣が一介の独立傭兵に過ぎない筈の彼に着目しているのは今や周知の事実だ。
オールマインドが提供する"アリーナ"での戦績もまた目覚ましい。対AC戦の勝率は95%を超え、ほぼ全ての戦闘で1分以内に決着をつけている。仮想とは言え、名だたる傭兵の再現をいとも容易く捻じ伏せるなど並大抵のことではない。
ただ、細かいことを言うのであれば、例の"ネスト"なる旧式のオンライン戦闘における勝率は6割から6割後半と言った具合だったような気もするのだが──。
[あとカーラが全力で襲って来るなんてありえないよ。全力出さないと倒せないような犬を全力で倒しちゃうってなに?そんなのウォルターが怒るでしょ。「せっかく物凄い強い犬拾ったから色々しようと思ってたのになんで殺しちゃったの!例の計画とRadごっことどっちが大事なの!」って。]
ハンドラー・ウォルターについて語る時、レイヴンの合成音声には心なしか熱っぽさが混じる。飼い主が表立って口にすることこそないが、内心では掘り出し物の第四世代型が思わぬ大当たりであったことに歓喜しているに違いない──。どうやらこの猟犬は身の内にそういった愉悦を秘めているらしい。
コーラル意識体は一連の対話の中で(なるほど、これが"愚痴"なのですね。)という新鮮な気付きを得ていたが、それを対話相手と"交信"することは避けた。他者とやたらと認識共有するのは人間的尺度において不作法であることは既に理解しているからだ。
幸い、こういう場合の人間的な会話パターンは心得ている。
『では…、あなたはどうしたいと思っていますか?ん?話聞きますよ、レイヴン?』
沈黙が続く。返答を待ちながらエアは彼の内面を観測した。灰の底に、微かな熱がある。それは燻るような、過たず消えるような仄かな揺らぎであるように思えた。
しかし彼の心の波紋に合わせるように、次第に熱を増し、やがて灰の中から一つの小さな焔火が顔を出した。
[よし、カーラ殺そう。]