激闘!燃え盛れ怒りの灰! ~ルビコンで一番つええ犬~ 作:abubu_nownanka
『本気ですか?』
訝しむようではあるが、正気を疑うというほどではない声色。コーラル意識体の問いかけに対し、強化人間は返答とも独り言ともつかない言葉を続ける。
[いや、殺さない。"テスト"しよう。私がウォルターの猟犬に相応しいか割とガチめのテストしてきたよね、「Radとして振る舞わないといけないし死んじゃっても仕方ないや」レベルの。まぁ、ウォルターもそのくらいはOKって感じなんだろうね。厳しいけどここルビコンだからね。こんなド田舎の…。だから私もカーラがウォルターの仲間に相応しいかテストしよう。それでおあいこだよね。]
電子的な抑揚が俄かに狂気の色合いを帯び始める裏で、ディスプレイが起動し機体アセンブルコンソールが展開される。
画面中央に彼の乗騎の縮尺がホログラフィックな立体像として投影される。ステータスは"機体修理完了"。損傷個所を示していた赤い警告表示は全て消え、鉄の巨人は整備を終えたばかりの無傷の姿を誇示している。
今、必要なのは武装だった。兵装選択画面に現在の登録ユーザーが所有する武装がリスト表示されていく。
ライフル、マシンガン、ハンドガン──。その見慣れたシルエットと名称だけを聞けば歩兵装備と大差ないように思えるが、全長十二メートル級の機動兵器に搭載されるそれらはサイズも破壊力も常識外れだ。
ライフル弾の一発で主力戦車の複合装甲を貫通し、マシンガンの制圧射撃は敵MT集団をまとめて引き裂く。ハンドガンと分類される軽量兵装でさえ、実態はライフル以上に衝撃力を高めた弾頭を固め撃ちする短距離戦闘用火器だ。
リストをスクロールするにつれ、兵器の輪郭は徐々に異形を帯びる。
毎分数千発の暴力的な投射量を誇る多砲身回転式ガトリング砲。成形炸薬弾頭を射出する大口径のバズーカ砲。拠点破壊用に爆発力を肥大化させたタイプは"グレネード砲"にカテゴライズされている。
旧時代においては未来の象徴だった光学兵器も、今や戦場の標準兵装となって久しい。弾速という概念はほぼ無くなり、弾道落下補正も不要。照準と同時に着弾する直線的な殺傷は、高速機動戦闘との相性が良い。無論、必ずしも万能ではない。出力は機体ジェネレーター性能に依存するし、気象条件や粉塵濃度によって有効射程と減衰率が変動する。
ミサイルランチャー群はさらに多様だ。単純な直進型から、発射後に上昇し急角度で落下するトップアタック型。複数目標を同時追尾するマルチロック式。着弾前に分裂する子弾頭型。近接信管、衝撃信管、時限起爆──、用途は細分化され、パイロットの性質に応じて選択される。
そして近接兵器。
巨大機動兵器同士で刃を交えるなど滑稽にも写りかねないが、AC同士の高速機動戦闘においては数百メートルの距離を一気に肉薄される局面が度々訪れる。
"パルス・ブレード"は物理的な刀身を持たず、瞬間的に重粒子フィールドを形成し、刃状に収束させる兵器。高密度エネルギー層が装甲分子結合を破断させる。複合装甲を紙のように引き裂く一撃は敵にとって恐怖の象徴である。同系統の技術を応用した"パルス・シールド"は近接防御領域を瞬時に展開する。完全な防御こそ出来ないが、飛翔体やレーザーの直撃エネルギーを散逸させ、致命打を掠り傷にまで抑えるのだ。
ディスプレイ上でアセンブル構成が目まぐるしく書き換わる。
候補が瞬時に差し替わり、積載量、出力、EN負荷、推力比がリアルタイムで再計算されていく。ディスプレイ上のカーソルは跳ねるように移動するが、レイヴンは身じろぎもしていない。ただ操作デバイスに軽く添えられた指先だけが忙しなく痙攣していた。
それは入力動作ではない。強化人間である彼は、機体制御はもちろん、OSの管理、各種パラメータの再設定、ネットワーク上のインターフェース操作に至るまで、あらゆる電子的手続きをコーラルを媒介とした脳神経接続によってタイムラグなしにコマンドできる。指の震えは、かつて物理スイッチを叩いていた頃の名残り。肉体に染み付いた古い癖に過ぎない。
視覚もまた同様である。
戦闘時、パイロットの視覚系にはACのセンサーが取得した全周360度の画像情報に加え、疑似的に再現された三次元俯瞰図──大抵の強化人間は機体後方からのやや見下ろし視点を好む──までもが同時並列的に流し込まれている。
このコクピットに残された物理スクリーンも些か形骸的であり、軽量化やパイロットと機体の有機的結合を突き詰めた先端的なコア・ユニットからは、それらは完全に撤廃されていた。
登録ユーザーがアセンブルを決定し、オールマインドに向けて機体換装手続きを申請すると、すぐさま整備ハンガー全体が低く鳴動を始めた。
地の底のような整備ハンガーの更に底。埋蔵量すら不明なウェポン・ストレージから申請を受けた兵器コンテナが引き上げられてくる。やがて昇降機が到着を告げる重い金属音の後、蒸気と薄闇を掻き分けるようにして幾つもの凶器が整備ハンガー内に姿を現した。天井の梁に待機していたロボットアームが一斉に降下し、それぞれに割り当てられた兵装を寸分の誤差もなく掴み上げる。重量級の火器が機体各所のハードポイントへと滑り込むように固定され、内部接続端子が自動的にロックされる。
整備というより、どこか儀式めいた光景の中、佇む鉄の巨人は徐々に殺戮兵器へとその形を変えて行くのだ。
儀式の最中、コクピットの暗がりで、強化人間の心に灯った火は深く、静かに、しかし激しく揺らめいている。それは戦闘前に決まって観測される特有の振幅。演算効率の上昇、心拍の平坦化、神経接続が鋭く研ぎ澄まされていく兆候だった。
その揺らめく火を、エアはただ観測していた。
エアは善悪の価値観や道徳を人間と同じように理解しているわけではない。
コーラルの意識は人類がルビコン星系を訪れる遙か以前、音も無い原初の海で生まれたのだ。入植者としてルビコンの地を訪れた人類の存在を知覚して後、人間たちとチャンネルできるよう自己総体を再モデリングするのにも随分と時間がかかった。
今のエアは『コーラルが資源として人間に消費されることは間違っている』と感じることができる。遠い未来、仮に両者の立ち位置が逆転したとしても人類に対してそれだけはするまい、とも決めている。そうした平和と共生の価値観は人類とも共有できるのではないか?と考えた時期はあったが、どうやらそれはあまりに単純すぎたらしい。
人間の中でもレイヴンが属するカテゴリ──戦士、兵士、独立傭兵──は、明らかに戦闘行為を他者とのポジティブなコミュニケーション手段としている節があるからだ。
ヴェスパーの第四隊長。あるいはレッドガンのおかしな男。シンダー・カーラでさえ一度は"小手調べ"としてレイヴンを殺そうとした一人だったではないか。戦うことは互いの存在を確かめ、認め、時に許し、時に拒絶する儀式なのだと、彼らは死と破壊をもって示している。
エアはレイヴンに対し好感を覚えている。初めて"交信"した人間。尽きない謎の源泉でありながら、同胞たちを燃料として消費し続ける人々の一人。
人間理解は果てしなき道の半ばだった。であればこそ種の存続を賭けた最中にあって尚、エアの"心"を惹きつけて止まないのだろう。
この強化人間の予想外の反応もまた、コーラル意識体にとっては新鮮で興味深いものに違いなかった。
『分かりました。やりましょう、レイヴン。』