激闘!燃え盛れ怒りの灰! ~ルビコンで一番つええ犬~ 作:abubu_nownanka
いくつかの垂直上昇カタパルトを越えると、鋼鉄の構造体の縁から見下ろす地表はルビコンの大気に霞み始めていた。
“ビジター”の味方識別信号はとうに剥奪されている。今やグリッド086の防衛システムは来訪者を明確な敵と認識し、全力で牙を剥いた。固定砲台が咆哮し、ミサイルの白煙が幾筋も交錯し、各層から差し向けられたMT部隊が通路を塞ごうと殺到した。
中層区画に突入してから有人機より無人機の割合が増えたのは部下を無駄死にさせないためか。それとも然るべきタイミングで投入する為に温存しているのか。
未だRadの反撃は怪物を仕留めるに至っていない。
ACが両腕に構えたライフルはベイラム・インダストリー製の普及型。近~中距離を主戦場とする量産品であり突出した性能はない。対AC戦での決定打となる類いの武装でもない。確かに装弾数に優れ一対多の状況で真価を発揮する武装は、この種の侵攻における最適解と言って良いのだろう。
小型MTには一射。増加装甲型には四射。その射数はまるで計算式のように固定されていた。病的なまでに几帳面な射撃管理は、弾薬消費を最小限に抑えながらも殲滅速度を一切落とさない。
いずれも標的が有効射程に入るやトリガーが引かれ、その着弾を見届けるより早く照準は次の標的へと滑る。迎撃に差し向けられたMTは、オレンジ色のブースト推進炎を噴き上げる怪物を視界に捉えた刹那、高速徹甲弾に機体を貫かれた。
高性能なFCSの弾道予測の補正もあるのだろうが、パイロットに着弾を確信せしめているのは、他ならぬ彼自身の直感と判断力によるものだった。そこには機動兵器の演算装置と化した強化人間の内に滾る心理性が垣間見える。コーラルの奔流が神経を焼き、肉体の境界を曖昧にし、精神が機械と一体化する瞬間、灰の中に燃え盛る焔は制御された殺意の形を取るのだった。
かくして怪物が踏み荒らした道は炎と鉄の残骸で埋め尽くされる。壁面に弾痕が刻まれ、装甲の塊が溶けて転がり、MTの残骸が火花を散らし、漏れ出した冷却液が蒸気となって立ち上る。空気は熱を帯び、焦げた油と金属の臭いが充満していった。
何度目かの十字砲火地点。
上下層を結ぶ連絡通路の交差部。射線を通すため意図的に遮蔽物を削った迎撃用のキルゾーンで、待ち構えたMTと自動砲台が侵入者に向け一斉射撃を開始した。
侵入者の進路を封鎖せんと網の目のように広がる弾幕。回避運動の頂点で束の間、推力を一瞬だけ絞ったACは空中を漂う木の葉であるかのように錯覚させる。
その最中にも姿勢制御スラスターはミリ秒単位で噴射を繰り返す。機体各部に分散配置されたバーニアが、角速度と偏差を逐次補正する。微細な軌道修正の積み重ねは弾幕の死角を正確に縫うもので、数百、数千の弾丸が交差しようとも、機関砲の数発が装甲に浅く食い込むのみだった。
戦闘補助システムが"演算処理装置"に対して高脅威警告を発した。
膨大な戦闘データの集積から導かれる予測モデル。弾種、初速、射角、敵機の姿勢変化を瞬時に照合し、致命打となり得る攻撃の可能性を提示する。高脅威警告は“未来予知”とも呼ぶべき統計科学の産物だ。
瞬時に知覚されたのは雑兵に紛れた重四脚MT。ACの倍近い体躯。安定性を優先した四脚フレームに搭載された大口径主砲が発射体制を取っている。
待ち伏せの本命はこれだった。弾幕回避直後の滞空──、その間隙を狙う一撃。
炸薬の爆圧と電磁加速の複合推進は超高速弾体を射出し、発射音は小型MTの砲火を束ねたかのような轟きとなってグリッド構造体を震わせた。
ほぼ同時にACのブースト推進炎が倍以上に膨れ上がる。機体は直角方向へ滑るように跳び、迎撃部隊のセンサーにはただ標的の残像だけが残る。
コーラルの物理特性無しには即座に搭乗者をプレスされたミンチ肉に変えるであろう瞬間加速。針の穴を通すような慣性制御なしにはバランスを喪失した機体を大地に叩きつけかねないクイック・ブースト機動は、必殺の射線から機体を逃がしたのだ。
ただ超音速弾の衝撃波だけが機体表面を舐め、標的を外した弾体は対岸の鋼材を溶断しながら大穴を穿った。
当然、高脅威目標は優先的に潰される。
ACは眼下の雑兵へライフル弾を見舞いつつ空中で加速を重ねながら重四脚MTに迫る。重四脚MTの主砲はルビコンの戦場に存在する実弾兵器としては最高速の部類に入るが、それを搭載する機体の旋回性能は別問題だ。四脚は安定と積載を優先した設計であり、瞬間的な追従性には限界がある。旋回し、俯角を目一杯取った第二射も標的を標的を捉えられない。第一射より大きく狙いを外して天井に大穴を開けるのみだ。
怪物を近づけさせまいとして副兵装の機関砲が乱射される。咆哮するブースト噴射が巨体をわずかに浮かせ、四脚は巨体に似合わぬ機敏さで急速後退した。
後退の終端位置を予測してACが放ったプラズマミサイルの群れが超高温の青白い光を伴い殺到する。形成されたプラズマフィールドが機体表面を焼き、溶融粒子が飛散させるが、重四脚MTの耐久性も生半可なものではない。軽MTを一撃で粉砕するような攻撃を十や二十は耐え抜くだろう。
だが、それらは牽制に過ぎなかった。
重四脚MTのAI、あるいは人間の搭乗者が周辺に弾ける紫色のプラズマ閃光に判断を鈍らせた一瞬、既に怪物は逆関節脚を深く沈め、獲物の真横へ着地していた。
その左腕にライフルはない。先ほどまで左肩部に積載されていた赤塗装の大仰な兵器が腕部ハードポイントに連結されている。戦闘の最中に行われる武装の緊急換装──、ハンガー・シフト動作は完了していた。鉄塊を振りかぶり、構えのような動作を見せたかもしれない。
直後に爆発が起こった。
赤い特殊兵装から射出された極太の芯が重四脚MTの堅牢な胴体を側面から貫通していた。
"パイルバンカー"は超音速の砲弾やレーザー兵器、精密誘導ミサイルが飛び交うルビコンの戦場において、肉薄して鉄杭を打ち込む近接兵装など冗談のような代物だ。しかしその貫徹力と瞬間的な破壊エネルギーは戦艦砲の直撃にも匹敵する。加圧機構によって瞬時に解放された運動エネルギーが杭を超高速で前進させ、衝突面で発生する局所的な応力集中は、装甲材の降伏限界を遥かに超えて内部構造を一気に破断させるのだ。まともに食らえばいかなる機体も致命的損傷は避けられない。
本来、これを製造したベイラム・インダストリーも固定砲台や鈍重な超大型兵器の破壊を想定していた筈だ。稀有な例外、極僅かではあるものの、対AC戦で使用された例も無くはない。そこには“多重ダム防衛”で発生した3対1のAC戦において、これを用いて敵機を全機撃破せしめた独立傭兵も含まれていた。
高速機動戦闘の最中の標的にこれ打ち込む技術練度を敵と対峙することは、即ち腕に戦艦主砲を備えた怪物と相対するに等しかった。
重四脚MTの胴体は火花と冷却液を噴き出しながら、ゆっくりと膝を折った。四脚の油圧が悲鳴を上げて巨体が床面に崩れ落ちる。内部で誘爆した弾薬が遅れて炸裂し、装甲板が外側へ吹き飛んだ。
真紅の凶器は再度のハンガー・シフト動作によって左肩部へと戻されていく。カラーリングもろくに施されてない機体の中でこの兵装だけが真紅に塗られている理由は、なにも伊達を気取ってのことではない。単にパイロットが擬似俯瞰図越しに自身の武装状態の視認性を上げるための工夫だ。
少なくとも最初の内はそうだった。今となっては塗り分けなど不要に違いないのだ。
彼の神経組織は鋼鉄の四肢はおろかジェネレーターの鼓動から武装の給弾機構の呼吸に至るまで、己の肉体の延長と知覚しているのだから。
重四脚MTの撃破を見て周辺の軽MTが追撃ではなく敗走を始めたのは、このキルゾーンに投入されたのが温存されていた有人機だったからか。
自身が単にルビコンのドーザー集団に属してると信じて疑わず、遮蔽物からなかなか顔を出せない下っ端たちにとって幸いだったのは、怪物がひたすらに上層を目指していることだった。殺戮の軌跡を遠巻きに眺め、射程内へさえ踏み込まなければ凶弾は飛んでこない。数秒後の侵攻ルートを狙う伏兵とでも判断されれば、距離があろうと即座にプラズマミサイルの雨に焼かれることにはなるが。
彼らは息を潜めてやり過ごす。自らの臆病がRadの壊滅に繋がるなどとは露ほどにも思っていない。Radがたった一機のACに潰されるなど有り得ない。Radはドーザーの最強硬派。それに上層にはより強力なMTも防衛装置も控えている。
怪物の暴風が通路の奥に過ぎ去って後に彼らが恐れているもの。それは組織の崩壊でも、声だけの女頭目でもなく、戦闘部隊を束ねるあの強面たちに違いなかった。
ACは遮蔽を越え、待ち伏せを粉砕しながら、上層へと最短距離を描いて駆け抜けていく。
パイロットの戦闘技能が卓越しているのは疑いようが無いとして、侵入者を袋小路への誘い込まんとするRad指令室の試みまでもが失敗を続けているのは何故か。
Rad指令室は部隊配置と遮断シーケンスを刻一刻と再計算し、常に"狩場"へ至るルートだけほんの僅かに包囲の隙を作る──。侵入者はそんなさりげない誘導を看破し、緊急封鎖が必要な通路へ躊躇なく滑り込んでいく。封鎖扉が降下するタイムラグ、あるいは迎撃砲台が未稼働のルート、Radにとっての真の隙だけを正確に掴んでいる。単なる勘や経験で説明するには成功率が高すぎた。
標的にとってグリッド086への侵入は初めてではないのだから、施設構造を把握していること自体は不自然ではない。しかし、どの隔壁を落とし、どの通路を罠に変えるかは、あくまで指令室が戦況に応じて判断するものだ。局所戦闘を行う一機体の視点から施設全体を俯瞰することなど原理的に不可能である。
まるで有能な"オペレーター"の誘導を受けているようだが、見えざる支援者の正体が猟犬の飼い主たるハンドラー・ウォルターである可能性も、また皆無だ。グリッドの電波監視網は、暗号化通信、指向性レーザーリンク、いずれの形跡も検知していないのだから──。
それでも、新たなキルゾーンに誘い込むことはできた。
平坦で開けた閉鎖空間は薄暗く、ACを迎え撃つべく配置されたRad製自律型巨大兵器が放つ放熱光だけが四方を赤く照らしている。
クリーナー ──狂える猟犬はこれにデスボルケーノ・オメガの名を冠していた──は、頭頂部の投棄口から燃え盛る産業廃棄物を噴き散らし、“金属裁断用”とは名ばかりの超大型グラインダーブレードで壁や床の構造体を抉り取りながら迫ってくる。
千切れ飛ぶ鋼材が甲高い悲鳴を上げて空間を満たし、熱変形した破片が火花を散らして床面を跳ねる。赤熱する粉砕刃はAC一機分を優に超える全長で、触れれば機体を丸ごと磨り潰せるだろう。
襲撃者も引きはしない。
戦闘再現シミュレーターで幾度となく経験済みの挙動であったのか、オレンジ色のブースター噴射炎と共に悠然と上昇し、巨魁が繰り出す破壊的な一撃を難なく躱してみせた。
頭上を取られればクリーナーは弱い。もっとも、Rad司令部とて、これで撃退できるとは期待していなかった筈だ。過去に襲撃者の手によって破壊された兵器。むしろ一方的に屠られる展開すら織り込み済みだっただろう。それでも相当量の弾薬消耗が狙える。クリーナーの存在自体が時間稼ぎの壁だった。
そんな期待を意に介さず、侵入者は急上昇を続けて天井構造体の一角に取りついた。パイプラインが複雑に交差し、補強材の継ぎ目が集中する箇所。構造的な応力が偏在し、局所的に脆弱なポイントでもあり、その上はすぐにグリッド086の上層区画だ。
"脆い"と言ってもライフル弾程度で敗れるほどヤワではない。プラズマミサイルならば鋼材を融解させられるだろうが、穴を穿つまでには発射と装填を延々と繰り返し、ランチャー内のミサイルを全て使い果たす必要がある。パイルバンカーは貫徹力こそ凄まじいが穿孔径は限定的だ。AC一機が通過できる開口部を形成するには到底及ばない。
であればこそ、猟犬は別の手段を選んだ。
コアユニット後部の安全弁が解放される。内部ジェネレーターの出力制御が一時的に制限域を越え、空間に仄かな稲妻が走った。
瞬間、光は機体を中心に球状へと膨張し、衝撃波が全周へ叩きつけられた。爆発的な閃光が閉鎖空間を満たし、クリーナーのカメラ・アイをはじめ、遠隔監視するあらゆるセンサーの視界を白く焼いたのだ。
"アサルト・アーマー"。内部ジェネレーターを半ば暴走状態に追い込み、高密度のエネルギー場を展開する荒業。引き換えにジェネレーターが被る負荷は多大だ。起動直後に出力は急速低下し、再充填と安定化には数十秒を要する。通常の戦闘機動性を回復させるまでにかかるその時間は、戦場において致命的な空白になりかねない。
そんな諸刃の剣、AC戦の切り札とも言える一発を、猟犬はこの場で躊躇なく使い捨てたのだ。
厳重な光学的保護が施されていないセンサー群は焼きついたまま視界を回復することはなかった。光が収束して後、そこに怪物の姿は無い。天井からは溶解した鋼材が赤熱した滴となって垂れ落ち、構造材が補強フレームごと吹き飛ばされ大口を開けている。それはAC一機が通過可能な直径だった。
そして、地を這うばかりの鈍重な巨大兵器に後を追う術などありはしなかった。