激闘!燃え盛れ怒りの灰! ~ルビコンで一番つええ犬~ 作:abubu_nownanka
上層区画に侵入して以降、621に対して追加のMT部隊が差し向けられることが無くなったのは戦術的判断によるものだ。
以前621がビジターとして現れグリッド086大立ち回りをやってのけた後、当人に"暴れた落とし前"をつけさせた時でさえ、実際に失われていたのは前衛戦力の一部に過ぎなかった。防衛網に多少の穴は開いたが、戦線維持に支障はない。
それに引き換え今回はどうか。下層から中層にかけて屍と鉄屑の道が築かれ、その侵攻ルート上に位置した自立防衛システムや固定砲台は、戦術的価値の高い順にあらかた潰されてしまった。
それでもなお、Radはかなりの余力を残している。最大の問題は敵が621ばかりではないということだ。
戦闘統括担当者たちの見解は一致した。「これ以上の戦力消耗を続ければ、仮に621を撃退できたとしても、この機に乗じて周辺勢力が侵攻を仕掛ける可能性が高い。そうなればグリッド086が陥落する恐れがある。」
Radは長らく“最強硬派のドーザー集団”を演じてきた。要はルビコンに散在する武装勢力の恨みを買い過ぎたのだ。
Radを敵視していたジャンカー・コヨーテスをはじめとする複数の非合法武装集団が俄かに動き出し、こちらへ向け斥候を放ったと、遠方に展開する監視部隊から報告があった。いずれ到着した彼らがグリッド下層の惨状を目にすれば、Radが何か異常事態に陥っていることなど即座に理解するだろう。
士気の問題を指摘する者も居た。猟犬による殺戮の暴風を免れた部下は萎縮しており、今は数に見合った戦力を発揮できないかもしれない。末端構成員の統制が揺らげば、離反や逃亡も現実味を帯び、数的優位など容易に瓦解する。
そして、どうやら621は凶行の直前に"独立傭兵レイヴン"の名前で声明を出していたらしいことも明らかになった。
『ヤク中のみなさんへ。灼けた塔の上で犬が戦っているみたいですよ。』
犯罪者の溜まり場となっているアンダーグラウンドのネットワークで情報解析班が発見したふざけた平文。ドーザーどもを挑発するにはそれだけで十分だった。
こうした要素を総合して戦闘統括班は結論を出した。カーラを含む技術スタッフ全員をグリッド086から退避させるべきだ、と。
だが、Rad頭目シンダー・カーラは首を縦に振らなかった。「621の標的が自分であることは明白であり、共に逃げればスタッフ全員を危険に晒しかねない。」それが彼女の判断だ。
Radには果たすべき"目的"がある。シンダー・カーラ個人か、蓄積された技術資産および人材の全てか。そのどちらを優先すべきか。信頼を寄せる統率者たる彼女を前に表立って口にすることは憚られるが、比べるべくもないことは誰もが理解していた。
更に、621が狂気に陥った可能性は未だ否定できないが、その殺戮はあくまでも洗練され秩序立ったものだった。目標選択は合理的で、火力運用は抑制的、戦術的判断も冷静そのもの。恐らくは第三勢力を扇動しRad司令部に戦力の全投入を躊躇わせる布石として打たれた声明文。──錯乱状態に陥った強化人間が見せる形振り構わぬ狂態などではない。
「交渉もしくは捕獲再調整できるなら戦略資産としての価値は軽視できない。」というのがカーラの主張であったし、その点については強面たちも反論しなかった。
かくしてシンプルな折衷案がすぐにまとまった。『カーラを除く技術スタッフ陣の一時退避。そして、彼女は自ら猟犬の“説得”を試みること。』
グリッド上層の整備ハンガーは一段と緊張感を増したように感じられる。
忙しない空気の中にAC『フルコース』は聳え立ち、その重量級二脚フレームの鈍く重厚な金属光沢を放っていた。整備員たちは作業の手を止めることなく、しかし無意識のうちに視線を彼らの頭目へ向ける。シンダー・カーラはパイロットスーツを着込み、機体のコクピットハッチに手をかける。
心拍がわずかに速くなるのを自覚する。戦闘シミュレーターは欠かしていないし、ドーザー同士の抗争でこれに乗り部下の戦いを後方にて督戦することも無くはない。だが命のやりとりに繋がりかねないAC戦となると久々だった。
『ボス、ビジターに勝てると思うか?』
通信回線を通じて抑揚の薄い男の声が届く。対面ハンガーで僚機『サーカス』の最終調整が完了していた。今やACのコアユニットには彼女の相棒である対話型AI──、チャティ・スティックが戦闘管制装置となって統合されている。
本心を言うのであれば、カーラにはパイロットとしての腕に絶対的な自信があるわけではない。だが、彼女は技術者として自ら組み上げた機体には静かな信頼を持っていたのだ。
「気が早いね、まずは話し合いだよ。」
◇ ◇ ◇
"決戦場"として選ばれた場所。グリッド086の建設当時、資材集積場として使われていたその空間は本来の用途を失って久しい。今はただ、開けた空間に格子状の支持梁が直上の暗がりに向けて幾何学的な骨格を晒している。換気は止まり滞留した熱だけが周辺を満たす。設置された作業灯の白色光が三機のACの輪郭を断片的に浮かび上がらせていた。
Rad頭目シンダー・カーラの『フルコース』は中央に近い位置で微動だにせず、正面を見据えている。右半歩前方では、自動人形チャティ・スティックの『サーカス』が盾のように控え、砲塔で対岸を捉えている。そして三機目、独立傭兵レイヴンの名を冠する強化人間C4-621の機体は、距離を離した闇の中に半ば溶け込んでいた。
問答無用の先制攻撃は行われなかった。対峙する三者の振舞いは、依然この事態に交渉の余地が存在しているようにも感じさせる。
沈黙を破るようにしてオープン回線に短い吐息が乗った。
『全く…、ずいぶん派手に暴れてくれたもんだね、割に合わないったらないよ。ここまで荒されたのはRad初じゃないかねぇ。』
先に口を開いたのはカーラだった。その声からは黒い威圧感が潜められ、いつもと変わらない軽妙な調子に戻っているようでもあった。
『アンタが来るといつもこれな気がするね。わかったよ、何か不満や要求があるなら前向きに検討する──、と言いたいところだけど、アンタはそれで納得するタマじゃなさそうだね。』
状況をコントロール可能な範囲に留め、交渉相手を満足させてやるのが穏便な解決の道ではある。
『"テスト"したいんだろう?お望み通り最終テストと行こうじゃないか。ただし、アタシらが勝ったら大人しく投降してもらう。アンタが勝ったら…。まぁ、判断はアンタに任せるさ。』
最新鋭兵器同士を用いた惑星ルビコン上での闘争にあって半ば西部劇めいた様相だが、当然、カーラとて保険も無しに勝負を挑んでいる訳ではない。追加の高性能MT部隊──、Radの戦力を瓦解させないギリギリの数が、いつでも投入できるよう決戦場外の通路に控えている。それは戦術統括の出した譲歩案であり、"罠"と言うほどでもない戦術上の布石。襲撃の際に猟犬が見せた奇妙な"直感"がこの思惑を看破しているかは定かでない。
621の機体から応答が発せられた。
[とても…久しぶりだったんだ…。]
それは予め用意されたテキストメッセージではない。サイバネティクス補助特有の機械的な抑揚を含んだ合成音声は、思えばカーラにとっては初めて聞くこととなる、かの猟犬の"声"だ。
[最近ルビコンのSNSで流行ってるの見て…なんだかとても久しぶりにACに乗った気分になっていたんだ。下でMTを倒している間にも色々と思い返してみてたけど…。カーラ、確かに初対面のアレはあまり納得してないけど、でもそんなに気にするほどの事でも無かったよ。カーラも色々助けてくれたし、大変そうだったし。エアちゃんはエアちゃんでだいぶ割とまぁ…な感じだったし……。]
強化人間の言葉は熱に浮かされたうわ言のようで、その中から意味を汲み取ることは難しい。あるいは強化人間がその神経リソースを"肉体"の操縦に回している今は不意打ちの好機かもしれない。
『だったら…。』
[でも、どちらにしても私は選択を迫られる。]
あえて会話を続けようとしたRad頭目の意思は、猟犬の内に滾る決意に遮られた。
直前までの曖昧さとは異なる確定した硬さ。それはまるで、数え切れない戦闘と選択の末に、不純物だけを燃やし尽くして残った純粋な熱量だけがそこにあるようだった。
[たまにはこういう形で話を動かしてみたくなったのかもしれない。だからやろう、やれるところまで。]
直後、猟犬のACは推進炎を噴き上げ構造体の空隙へと跳び上がった。
『サーカス』を制御するチャティ・スティックの戦闘管制アルゴリズムは、僚機たる『フルコース』に攻撃動作入力が実行されたことを知覚すると、ほぼ自動的に挨拶代わりのグレネード砲弾を撃ち放った。
空中で炸裂した衝撃波が鋼鉄の空間を撓ませ、爆炎が構造材を舐め断熱コーティングの表層が黒く焦げす。621のACの機動性は些かも損なわれていないらしく、クイック・ブーストの瞬間的な加速が砲弾の殺傷範囲から機体を弾き飛ばす。カーラの放った多連装ミサイルが推進剤の白煙が、後を負うようにして幾重にも交差し標的の逃げ場を奪う。しかし、機体の急加速を打ち消すような機動修正と微妙な回避運動により、これらミサイル群もただ無意味な虚空を貫き爆ぜるに留まった。
初撃を躱されようとも二名に動揺はない。元よりこれが通じるくらいなら苦労はしないのだ。
それに今や猟犬とて無傷ではない。装甲の各所に微細な損傷が蓄積していた。装甲表層の損傷、衝撃吸収層の歪み、推進機マウントの熱疲労。直撃は受けずとも、至近弾の衝撃波と破片が機体の耐久を確実に削っている。連戦の代償は確実に積み上がっていた。
『サーカス』は構造体の床面を滑走している。軽量高速機動の車両型、もといタンク型脚部の低重心設計は安定性に優れ、射撃時の反動を強力に抑え込むことも可能だ。滞空機動こそ不得手だが、地上での運動性能と火力投射能力は二脚型を凌駕する。621は放たれるグレネードとバズーカ砲の致命的な迎撃を掻い潜りながら、空中で加速を重ね追いすがった。
その行動はカーラ達の予測とわずかに異なっている。猟犬はRad頭目には目もくれず、随伴の自動人形だけを執拗に狙っていたのだ。
数的優位を崩せば闘争の主導権を水平に引き戻せる。無論、それはもう一機へ無防備な背中を晒すことにもなりかねない。ことに連携に自信のあるカーラとチャティにとって、そういった敵の判断はある意味では理想的な展開と言える。
異様にも621の射撃は先ほどMT部隊を蹴散らしたときに見せたものとはまるで異なっていた。一射一殺の精密性は無く、ただ飛び回りながら乱雑なフルオートで垂れ流している。
機械的な発射と弾倉交換の繰り返し。"疲労による精度低下"と判断するのは早計だ。それらはまさに精密な照準とトリガー制御を意図的に放棄し、全神経を回避と機動制御に集中する所作だった。
結果として、621は押し寄せる弾幕に対して一切の直撃を許さなかった。対してばら撒かれたライフル弾とプラズマミサイルの高熱は構造体を撃ち抜くばかりの無駄弾を生み出しつつも、しかし確実に『サーカス』の装甲を削っていた。表層温度が上昇し、装甲の耐久限界が徐々に、緩やかに侵食されていく。
より威力と状況対応力に優れた高性能リニアライフルではなく、単純機構のフルオートマチックを選んだのはこれを見越してのことか──、カーラはそう朧気に理解した。
いつしか自動人形は追撃者を迎え撃ちつつ後退し、Rad頭目はそれを援護するようにしてミサイルを放つ形となっていた。大将機と護衛の役割とは真逆の配置。カーラの胸中に不快感が滲む。621の攻撃対象を分散させることができなければ、今後どのような決着を迎えるにせよ、そこには高い確率で"チャティ・スティックの撃破"が付きまとう──。
『チャティ!距離を取りな!』そんな言葉も口をついて出る。
自動人形の存在を"単なる支援AI"と切り捨てられないのは彼女の感傷か。焦りを募らせているものの正体はそればかりではない。
戦闘開始からカーラの機体『フルコース』の武装は全力稼働している。肩部には10連装多連装ミサイルランチャー二基。腕部には13連装遅延推進式ミサイルランチャー二基。ほぼ途切れなく敵にミサイル弾幕を浴びせ続けることができる機体構成だ。
特に彼女自ら設計した遅延推進ミサイルは通常の誘導弾とは異なり、発射直後は滞空し、初速を抑えつつ飛翔途中で再加速する独特の軌道を描く。予測を裏切る軌道変化は回避タイミングを狂わせるための設計であり、初見での対応はまず不可能に近い。オマケにこれらはRadの工房で製造されたプロトタイプに近い代物であり、そこいらの戦場に出回っているものではない。
──にも拘わらず、有効打が与えられていない。接近信管の誘爆による掠り傷こそあるが、猟犬は後方から迫るミサイルの再加速タイミングを正確に見切り、加減速を織り交ぜた不規則機動で回避する。時に構造体の遮蔽を利用し、誘導そのものを欺いていた。
明らかに遅延推進ミサイルの軌道特性を"熟知"した動き。一体どこで対応策を──、そう思いかけてカーラは小さく舌打ちした。
傭兵支援システム『オールマインド』の対AC仮想戦闘シミュレーター『アリーナ』だ。あれ以外に何がある。
アリーナにはカーラも自身の機体情報を提供していた。オールマインドからのいくらかの"笑えそうな"技術情報と引き換えに差し出したものだが、こういった事態をあまり警戒しなかったのは彼女にとってACは切り札ではないからだ。本分はあくまで技術屋。純粋なパイロット気質ではない。だから製造に関わる根幹部分を伏せたことで安心してしまった。
それにカーラはアリーナにおける"パイロットの仮想再現"という概念も、どこか軽視していた。
ほんの僅かな操縦の癖。思考の揺らぎ。心拍ひとつ分の迷い。現実の人間が持つ予測不能なブレが、実戦では機体挙動に滲み出る。人はシミュレーション通りには動かない。それは彼女が科学の信奉者でありながらも、人間的な力の存在を信じているからこその確信だった。
だからこそ、相棒である自動人形を“完璧な人間”へ近づける試みは、カーラにとって尽きぬ探究心の源であり続けている。
仮想と現実は別物。彼女の考えは概ね正しいのだろう。
しかしながら、"ミサイルの軌道"に関するシミュレーションは、完璧の域に達していたのだ。
──補足するならば、621の動きはアリーナだけで培われたものではない。
真相は旧ネットワークを介したオンライン戦闘シミュレーター『ネスト』にあった。その仮想の戦場に参じた匿名のパイロットたちは、"別物"どころか常軌を逸していたのだ。
ネストではプレイヤーに対し既知のあらゆる兵装が使用解禁されていた。一介の独立傭兵には手が出せないような高額機体、企業が自社の実働部隊向けに開発した非売品、技術情報が公開されていない装備の擬似再現。そういった代物で全身を固めた現実には構成し得ないAC同士の戦いに、一部の"ゲーマー"が熱中したのだ。
当然、カーラの"プロトタイプ"も実装され、一時期はある種の機体構成がネストで猛威を振るった。架空の戦場にひしめく毒々しいカラーリングのACの群れが、両腕に遅延推進ミサイルランチャーを構え、両肩部に"対巨大兵器用電磁投射砲"──これはもはや断片的な映像資料からデタラメに再現されたファンタジーだ──を背負うのだ。
独立傭兵の練度向上どころかむしろ鈍らせかねない有様を、管理者たるオールマインドは黙認した。兵員の損耗も、兵器の製造コストも、補給線も存在しない世界。極限の自由度を与えられた戦場がどこへ向かうのか。まるで最初からそれを観察することが目的だったかのように。
それら思春期患いめいた火力過剰の流行から多少は距離を置いていた621も、ネスト内でのスコア──勝率6割から6割後半らへん──を維持するために対応を迫られることとなった。
成せばなるもので、概ね対応が可能となった。
かのコーラル意識体は彼がしたり顔で講釈するのを聞いている。曰く、[カーラミサイルは例によって発射から推進開始までタイムラグあるんで、遮蔽物意識して立ち回りつつ発射音聞いたタイミングで隠れれば完封余裕です。宇宙港マップは上下左右遮蔽挟めるんでオススメ。]
チャティ・スティックのACは、いつしか区画の外縁へと追い詰められていた。
勿論、機動性と耐久力を両立させた軽量タンク型の機体構成は未だ戦闘継続能力を保っている。問題はそこではない。
621が浴びせかけるライフル弾の猛攻が、その機体の姿勢制御系統の徐々に演算負荷を蓄積させているのだ。断続的な補正演算の強制がオーバーフローを引き起こしつつある。接地摩擦を維持するための微調整が遅れ始め、機体は次第に壁面に背を預けるような滑走を始める。
とは言え猟犬のこの攻勢もいつまでも続けられるものではない。MT戦の連戦とチャティへの執拗な集中攻撃。司令部は戦闘開始より、標的が放った弾数を正確にカウントしていた。実際に積載している弾倉量によって若干のズレはあるだろうが、残弾はすでに枯渇に近いはずだ。
希望的観測ではあるが、サーカスを仕留め切るには至らない可能性もある。また、見過ごされてきたカーラの『フルコース』は全くの無傷。仮に621が今から攻撃対象をカーラに切り替え、残った全弾を撃ち込んだとしても、やはり破壊は不可能だ。
予測を裏付けるように猟犬の両腕がライフルを“投げ捨てた”。二挺の銃身は重力に従い床面目掛けて落下する。ウェポン・パージ動作は即ち残弾が尽きたことを意味している。
カーラの脳裏に刹那の安堵が過ぎったかもしれない。
しかしほぼ同時に猟犬の機体後部でブースターが爆発的に噴射した。アサルト・ブーストの急加速が機体を弾丸のように前方へ射出する。ウェポン・パージが瞬間的に齎す加速ベクトルの予測困難な変動もまた、チャティの回避判断を惑わせた。両者の間合いは一挙に消失し、瞬きの間も無く異様な後傾姿勢に突き出された逆関節の脚部がサーカスのコアユニットへ叩き込まれたのだ。
金属同士の衝突音が空間内を反響する。数十トンの機体重量に加速を乗せたブースト・チャージは、チャティの機体を丸ごと背後の構造壁へと叩きつけた。
ACのコア構造はMTとは比較にならない強度を持つ。チャティのコアユニットは打撃を食らってなお形状を保っていたが、しかし姿勢制御演算は瞬間、負荷限界に達したのだ。
実際に自動人形を硬直させたのは1秒に満たない僅かなものだったろう。そしてライフルを喪失した621の機体左腕は今、ハンガー・シフト動作によって再び深紅の凶器を握っていた。
爆発に等しい炸裂音。
射出された鋼鉄の杭が至近距離からサーカスのコア装甲へ直撃する。複合装甲が歪み、層構造が破断し、内部フレームを貫通した。即座にジェネレーターが誘爆を始め、装甲板が外側へ吹き飛んだ。赤熱した破片は床面に転がり、溶けた金属が飛沫となって弾ける。
『ボ…ス、すまな…』
雑音混じりの通信を残して、チャティ・スティックの信号は途絶した。残骸が火柱を上げて構造体を赤く染める。
フルコースの火器管制が束の間、ミサイル追撃の手を止めた。
コクピットシートに座るシンダー・カーラは無意識に唇を噛んでいた。高品質な強化手術の産物である彼女は戦闘モード下においてもその仕草が可能だった。そして、今の彼女には相棒の“死”に感傷を覚えている暇はない。
Rad頭目として、惑星ルビコンはおろか宇宙の全体にすら及ぶ重大な使命を帯びた者として、状況を掌握する冷静かつ即座の判断が求められ続けている。
621が主武装を喪失した今こそ一斉包囲して捕獲する好機──。待機させている高性能型MTを一気に投入するか?
逆に継戦不可能となれば標的はアッサリ撤退する可能性もあるが、取り逃がしてしまうのは少々厄介だ。
この空間も“決戦場”としては不完全だった。天井構造体の一部には応力の集中した脆弱箇所が存在し、完全封鎖は間に合わなかった。猟犬がそれを看破しアサルト・アーマーを起動すれば、脱出路が穿たれるかもしれない。あのジェネレーターはあと何回のオーバーロードに耐えられる?
後日に捕獲の機会を検討しようにも、このような凶行に及んで後、猟犬が律儀に飼い主の元へ戻るとも思えない。
何よりこのルビコンには傭兵支援システム『オールマインド』があるのだ。あそこに逃げ込まれれば容易には手が出せない──。
撤退か。
継戦か。
結論を定めるより前に状況は動く。
狂犬は炎上する残骸からすぐさま向き直り、残る一機目掛けて突進を開始していたのだ。
同時に右肩部のプラズマミサイルが発射される。それが最後の弾体であったらしく、発射直後にランチャー本体もパージされた。
放たれたプラズマ弾頭は標的たるACではなく、主の進路を切り開くようにして床面を狙い着弾する。迎撃すべくフルコースが射出したミサイル群は、形成された超高温のプラズマフィールドに触れ次々と誘爆した。深紅の凶器を抱えた機体は爆炎を縫って加速する。
怪物の殺意は些かも衰えず。
まだ戦うつもりなのだ。
唯一の近接武器を残し、武装は皆無。何も持たない右腕マニピュレーターは、ただ拳を形作っている。戦場で武装を喪失したACが腕部マニピュレーターでMTを殴り飛ばしたがもある──。カーラは朧気にそんなことを思い出していた。
狂人であるとしても、その行動は冷静な勝算に基づくものであることは嫌というほど見せられてきた。
つまり、"勝つつもりでいる。"
その理解が彼女の胸の奥で奇妙な高揚へと変わり、無意識に口から乾いた笑い声が漏れていた。
全く笑えない状況。だが、そこまで来ると逆に"笑える"。
「面白いじゃないか…!来な!レイヴン!!」
シンダー・カーラは吠えた。
同時にフルコースのアサルト・ブーストが起動する。ジェネレーター出力が限界まで引き上げられ、重量級フレームが常識外れの加速で前方へ躍り出る。
正面から迎え撃つための突進だ。
鋼鉄の巨人同士が互いの殺意を収束させながら衝突コースへと入った──。