二ノの子   作:柚葉

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ファーストステージ編

『今ガチ』が社会現象を巻き起こし、その興奮冷めやらぬまま、苺プロダクションは勝負に出た。伝説のグループ「B小町」の復活。

 

しかし、そのメンバー構成は、かつてのアイがいた頃よりも遥かに歪で、爆発的な危うさを秘めていた。

 

「…ちょっと、ミヤコさん。この子、何なの?」

 

事務所の会議室。

アクアに口説き落とされてやってきた有馬かなは、目の前に座る少女を凝視して絶句していた。

 

新野春。

小柄で童顔、黒髪黒目の美少女。

そのビジュアルは、かなの経験則から言えば「絶対に売れる」部類だ。

だが、それ以上にかなを苛立たせたのは、春の瞳に浮かぶあのファンシーな星だった。

 

「初めまして、有馬かなさん。私、春です。…お姉ちゃんって呼んでもいいかな?」

 

春は、いつもの「妹モード」全開で微笑む。

だが、子役時代から酸いも甘いも噛み分けてきたかなには、その笑顔の裏にある「何か」が透けて見えた。

 

「お姉ちゃんはやめて。反吐が出るわ。…あんた、自分が一番可愛いって顔してるわね。アイに似てるからって、調子に乗らないことよ」

 

「…あはは。やっぱりかなさんは、お兄さんが選んだだけあって鋭いね」

 

春の瞳が、一瞬だけ妖しく明滅する。

かなは、春の視線が自分を射抜いた瞬間、脳裏に「この子に従わなければならない」という強制的な服従心が沸き起こるのを感じて、激しく首を振った。

 

「…っ! 何よ今の、気味が悪い!」

 

「かなさん、落ち着いて。春ちゃんはちょっと…個性が強いだけだから」

 

そこへ割って入ったのは、春が自ら苺プロへと引き抜いてきたMEMちょだった。

彼女は今や春の「公認の姉」であり、プロデュースの相棒だ。

 

「ルビーちゃん、かなちゃん、それに春ちゃん。…この四人が揃えば、絶対に天下取れるよ。私、確信してるもん」

 

こうして、新生B小町のメンバーが揃った。

 

「ルビー」はただ純粋な「光」。

 

「有馬かな」は努力と挫折を知る、本物の「技」。

 

「MEMちょ」は嘘を武器に変える、現代の「知」。

 

「新野春」は全てを塗りつぶす、狂気の「虚」。

 

ダンスレッスンが始まると、その実力差は明白だった。

春の動きは、ニノによる地獄のレッスンの成果か、もはや人間の域を超えていた。

アイのステップを完璧に再現しつつ、さらにキレを加えたそのダンスに、かなは戦慄する。

 

「…何よ、これ。練習なんて必要ないじゃない」

 

「そんなことないよ、かなお姉ちゃん。私はただ、お母さんに教わった通りに動いてるだけ。…かなさんのダンス、すごく『人間味』があって素敵だよ。私には、そんな温かいもの、一つもないもん」

 

春は鏡越しに自分の無機質な動きを確認し、冷たく笑う。

彼女にとってアイドルとは、自分を消して「理想の偶像」を演じるだけの作業。

そこに情熱も喜びもない。

 

「…あんた、センターやるつもり?」

 

かなの問いに、春はルビーの方をちらりと見た。

ルビーは、アイの再来のような春のダンスに目を輝かせ、「すごいよ春ちゃん!」と無邪気に喜んでいる。

 

「ううん。私は、一番後ろの端っこでいい。…そこから、みんなが私の『嘘』に酔いしれて、壊れていくのを見るのが一番楽しいから」

 

春の瞳に浮かぶファンシーな星が、レッスン室の蛍光灯を反射してギラリと光った。

 

アクアは、事務所の隅でその様子を観察していた。

ルビーという本物の太陽。

かなという実力派の月。

そして、新野春という、全てを飲み込むブラックホール。

 

「…B小町は、アイの時とは違う壊れ方をするぞ」

 

アクアの独り言に、春はダンスの合間、彼にだけ分かるようにウインクを飛ばした。

それは「最高の地獄を見せてあげる」という、最凶の妹からの宣戦布告だった。

 

センター決めの会議は紛糾していた。

ルビーは「アイの再来」としての華があり、MEMちょは知名度とバズりの天才。

そして春は、その全てを凌駕するダンススキルと、人を狂わせる「ほしの瞳」を持っている。

 

だが、春は会議の席で、退屈そうに自分の爪を眺めながら言い放った。

 

「私はセンター、やんないよ。…かなお姉ちゃんがやりなよ」

 

「はぁ!? あんた何言ってんのよ! あの『今ガチ』のバズり方見て、自分が端っこで収まると思ってんの?」

 

有馬かなが噛み付く。

彼女は自虐的で、自分がセンターに立つことの恐怖を誰よりも知っている。

失敗すれば、またあの「使い捨ての子役」に戻ってしまうという恐怖。

 

春は椅子から立ち上がり、かなの目の前まで歩み寄った。

そして、その小さな手でかなの両頬を包み込む。

 

「かなちゃん。…もっと自由に、身勝手にやってよ」

 

春の瞳に浮かぶファンシーな星が、至近距離でぐるぐると渦を巻く。

それは強制的な肯定。

かなの心の奥底にある「認められたい」「輝きたい」という本能を、無理やり引きずり出すような光。

 

「かなちゃんは、自分が思ってるよりずっと、独りよがりで、我儘で、…最高にアイドル向いてるんだから」

 

「…な、何よ。急に…」

 

かなの鼓動が早くなる。

春の瞳を見つめていると、自分の失敗や恐怖が、どうでもいい塵のように思えてくる。

 

「この子が後ろにいてくれるなら、私は何をやっても許される」――そんな、根拠のない全能感が脳を支配し始める。

 

「私が全部合わせるから。かなちゃんがどんなに自分勝手なステップを踏んでも、どんなに無茶なアドリブを入れても、私は完璧にフォローしてあげる。…だから、安心して『女王様』になってよ」

 

春の囁きは、甘い呪いだ。

客観的に見ている春の脳内では、かなを「最高の盾」に仕立て上げる計算が完了していた。

かながセンターで目立てば目立つほど、春はその影で「最強の二番手」として、誰にも邪魔されずに世界を観察できるから。

 

「…わかったわよ。そこまで言うなら、私がこのグループを引っ張ってあげるわ!」

 

かなが力強く宣言した瞬間、事務所の空気が変わった。

暗示にかかったかなのパフォーマンスは、かつての「天才子役」の頃のような、周囲を置き去りにするほどの輝きを取り戻し始める。

 

「…あーあ、かなちゃん、完全に春ちゃんの術中だね」

 

端で見ていたMEMちょが、苦笑いしながらアクアに耳打ちする。

アクアは、春が「実力者である有馬かな」を自分専用の操り人形(センター)に仕立て上げた手腕に、戦慄を覚えた。

 

「あいつ、有馬のプライドを餌にして、責任だけを押し付けたな…」

 

「お兄さん、人聞きが悪いよ」

 

春がアクアの横を通り過ぎる際、一瞬だけ「ほしの瞳」を消して、冷めきった本音の瞳を見せた。

 

「私はかなちゃんに、一番似合う場所をあげただけ。…それに、お母さん(ニノ)がこれを見たら、どんな顔するかな? 自分が必死に育てた『アイのコピー』が、ただの子役出身の女の子の後ろで、完璧なバックダンサーを演じてるんだよ」

 

春は、ニノが最も屈辱を感じるであろう構成を、自ら作り上げたのだ。

自分の人生を、母への復讐という名の「演劇」として消費する少女。

 

「さあ、練習再開! かな様、お手本見せて?」

 

春は再び「可愛い妹」の仮面を被り、レッスン室の中央で輝く有馬かなに向かって、誰よりも深く、誰よりも偽りだらけのお辞儀をした。

 

 

炎天下の特設ステージ。新生B小町の初陣となるJIFの舞台裏で、有馬かなは極限のプレッシャーに押し潰されそうになっていた。

 

「…無理。やっぱり無理よ。私なんかがセンターなんて、アイのファンに刺されるわ…」

 

震えるかなの手を、春がそっと握りしめた。

その掌は驚くほど冷たく、けれど確かな力強さがあった。

 

「かなちゃん。…私の目を見て」

 

春の「ほしの瞳」が、真昼の太陽よりも鋭く、ファンシーに煌めく。

それは、かなの脳内にある「恐怖」という回路を強引に焼き切る、劇薬の暗示。

 

「世界で一番可愛いのは、かなちゃんだよ。…周りの雑音なんて、全部私が消してあげる。かなちゃんは、ただ笑って、わがままに踊ればいいの」

 

「…あ、あぁ。そうね。私が…私が、一番…」

 

かなの瞳から迷いが消え、代わりに「全能感」という名の毒が回る。

春は満足げに微笑み、自分の立ち位置(ポジション)へと戻った。

 

ライブが始まった。

センターの有馬かなは、春の暗示によって「無敵の女王」と化していた。

観客を煽り、自分勝手なほどの熱量でステージを支配する。

その横でルビーが弾けるような光を放ち、MEMちょが安定したレスポンスで会場を盛り上げる。

 

そして、新野春は――「完璧」を捨てた。

 

彼女のダンスは、ニノに叩き込まれた「アイそのもの」の精密機械のような動きではない。

ほんの少しだけリズムを遅らせ、時折、一生懸命に踊っているような「幼さ」を混ぜる。

完璧すぎるアイの幻影ではなく、「頑張っている、愛らしい妹」としての解像度を、客観的な計算で作り上げたのだ。

 

(…完璧すぎると、人は引いちゃうもんね。これくらいが、一番『推したくなる』でしょ?)

 

春がカメラに向かって、少しだけ照れたような、けれど計算され尽くした「未完成のウインク」を投げる。

その瞬間、会場の大型モニターを見た数万人の観客の脳裏に、強烈な「保護欲」が突き刺さった。

 

「…あいつ、化け物か」

 

袖で見守っていたアクアが、戦慄と共に呟いた。

春のパフォーマンスは、センターのかなを食わない絶妙なラインを保ちつつ、観客の視線を確実に「依存」させている。

 

かなが放つ「本物の熱狂」という光を、春の「偽りの親しみやすさ」という闇が、額縁のように美しく、けれど残酷に引き立てているのだ。

 

曲のクライマックス。

かなが最高潮の笑顔で歌い切った背後で、春は一瞬だけ、誰にも見えない角度で冷徹な「ほしの瞳」を光らせた。

 

(かなちゃん、お疲れ様。…これであなたは、一生私の『盾』から逃げられないよ)

 

ライブは大成功に終わった。

「新生B小町、奇跡の復活」という見出しが躍る中、ネット上では「センターの有馬かなが凄すぎる」という称賛と同時に、「後ろにいたあの子(春)の笑顔が、頭から離れない」という中毒者が続出していた。

 

「春ちゃん! 私たち、やったね!」

 

ルビーに抱きつかれ、春は「えへへ、疲れちゃった」と力なく笑ってみせる。

その「疲れ」さえも、ファンの同情を買うための計算だと見抜いているのは、この会場にアクアただ一人だった。

 

「…本当、恐ろしい子だよ、お前は」

 

アクアの言葉に、春はルビーの肩越しに、一瞬だけ「無」の瞳で応えた。

彼女にとってこの成功は、自立への一歩であり、母・ニノの心を切り裂くための鋭いナイフの研磨に過ぎなかった。

 

JIFの熱狂が冷めやらぬ夜。苺プロの寮の裏口で、それは唐突に訪れた。

 

「…春! どこにいるの、出てきなさい!」

 

逆上したニノが、警備の目を掻い潜って現れたのだ。

その手には、かつての輝きを失ったアイへの妄執と、自分を裏切った娘への煮え繰り返るような怒りが握られていた。

 

春は、鏡の前で作った「妹の笑顔」を貼り付けたまま、冷淡に応対する。

 

「お母さん。…そんなに怒鳴ったら、近所迷惑だよ?」

 

「うるさい! あのダンスは何!? アイを馬鹿にして…わざと下手に踊って、アイの聖域を汚したのね!」

 

振り上げられたニノの手が、春の頬を鋭く打つ。

乾いた音が夜の空気に響いた。

春は避けない。

客観的な彼女の脳は「これでまた一つ、貸しができた」と冷静に計算していた。

 

「…そこまでだ」

 

暗闇から、低い声が響く。アクアだった。

彼は手に持ったスマートフォンをニノに見せつける。

画面には、録音アプリが作動している表示。

 

「今の打撃音、そしてこれまでの暴言。…すべて記録させてもらった。児童相談所と警察には、もう連絡済みだ」

 

「何よ、あんた…! これは親子の問題よ!」

 

「親子なら何をしてもいいわけじゃない。…あんたが春に強いてきたのは教育じゃない、アイという亡霊を使った虐待だ」

 

アクアの瞳に宿る「黒い星」が、ニノの狂気を力でねじ伏せる。

間もなく遠くからサイレンの音が近づいてくる。

ニノは取り乱し、喚き散らしながら警察官たちに連行されていった。

 

静まり返った夜の帳の中で、春とアクアだけが残された。

春は赤くなった頬をさすりながら、いつものように「飄々とした」笑みを浮かべようとした。

 

「…あはは。お兄さん、かっこいいね。ヒーローごっこ? でも、これで本当にお母さんとお別れになっちゃうな」

 

春はアクアの目を見つめ、「ほしの瞳」で彼を煙に巻こうとする。

「私は平気だよ」「全然傷ついてないよ」――そんな嘘を、無理やり肯定させようとして。

 

だが、アクアは彼女の瞳の奥、粉々に砕け散った硝子細工のような虚無を、真っ直ぐに見据えた。

 

「…もう、いいだろ。そんな瞳(め)で嘘をつくのは」

 

アクアが、春の頭にそっと手を置く。

その掌の温かさが、春がこれまで必死に築いてきた「現実感のない世界」の壁を、いとも容易くぶち抜いた。

 

「…っ、」

 

春の瞳から、ファンシーな星が消える。

代わりに溢れ出したのは、熱く、止めどない液体だった。

 

「…やだ。なんで、止まんないの…。私、悲しくなんてないのに…」

 

春は子供のように声を上げて泣き始めた。

ニノに叩かれた痛みではなく、ずっと欲しかった「本当の自分を見てくれる誰か」に触れられた、その恐怖と安堵。

客観的な計算も、完璧な演技も、すべてが涙と一緒に流れ出していく。

 

「…おい。泣きすぎだ」

 

アクアは困惑した。彼はただ、利用価値のある「駒」を守ったつもりだった。

あるいは、自分と同じ「壊れた子供」を放っておけなかっただけ。

だが、腕の中で震える春を突き放すことはできず、ため息をつきながら、その小さな体を不器用に抱きとめた。

 

アクアの胸の中で、春は彼のシャツを強く握りしめる。

その瞬間、春の心の中で、母・ニノへの復讐心とは別の、もっと深く、もっと執拗な「執着」の芽が、静かに、けれど確実に頭をもたげた。

 

「…お兄さん。…離さないでね」

 

涙に濡れた春の瞳に、再び小さな星が灯る。

それは今までのファンシーな偽物ではなく、アクアという光を反射した、本物の「独占欲」の色をしていた。







あとがき

原作でもヤンデレ製造機だったアクアですが本作でも健在です。
私自身は当然「春」みたいなキャラクターは大好きなのですが皆さんはいかがでしょうか。
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