はたて様と並んで見守るように座り、布団に包まり気を失っている文様を看病しながら、椛は焦燥感に囚われていた。
「ゔ……ゔゔ……。」
今でも文様は魘されておりお辛らそうにしている。
妖怪は人間や動物のような病気になることはないだが、代わりに精神的な病気にはかかりやすい。
今の文様はそれに近い状態だ。元々危うい均衡であった所を飛燕様との契約で取り戻すことが出来ていただけであり、契約が途切れ掛かり心を通じあえなくなってしまえばこうなってしまうのは仕方がないと言えた。
飛燕様との強い繋がりは文様にとって大事な心の活力の源。それが突然無くなれば文様の御心は苦しみに包まれてしまう。
文様は今お辛い縁に経っている。これでは上げて落とされたようなものだ。飛燕様がこんなことをなさるとは考えられないので、これは外部の第三者の仕業と行っても過言ではないだろう。
「ねぇ?………もみじぃ。文は大丈夫なのかな〜?」
はたて様が心配そうに文様をじっと見つめながら、私に問いかけてくる。その問いかけが私には無力感を感じさせた。
「…………分かりません。ただ、文様はこのまま終わるような方ではありません。」
「そうだね。」
今はこんな気休めのようなことしか言えない。それが酷い無力感を痛感させてくる。
私が文様にとって変わることが出来たのなら、文様のこの状態を解決する方法を見つけることが出来るのならば私は何をしてもいいと思える。
それくらいには椛はこの主人を大切に思っていた。
頼みの綱の飛燕様も今は旅に出ていて居場所は分からない。気絶する直前の文様からは警告の言葉を頂いたことから何が起きているのかは分からなかったが危険な状況にいるのは間違いないのかもしれない。
「………飛燕は何処に言ったんだろう。」
そう、はたて様がぽつりと独り言を吐いたとき、医療部屋の入り口襖がスッと開いた。
「失礼いたします。大天狗の飯綱丸龍様が犬走椛殿をお呼びのようです。至急龍様の執務室に移動してください。」
どうやら同僚の狼天狗のお世話係が入ってきたようだ。それにしても何故私が?大天狗様は何故私をお呼びに?
「お母さんから?……私は?」
「『このまま、射命丸様を看護して欲しいと』ことづさっております。椛殿、ご同行をお願いします。」
「了解しました。では、はたて様。私はこれで。文様を頼みましたよ?」
「……うん。ちゃんと文のことを見ておくよ。」
はたて様とお別れしてから、大天狗様の執務室へと同僚に連れられながら進む私。
広い屋敷と言えども場所さえ覚えてしまえば数分でたどり着くことができる。これは文様達のお世話係生活で得れた知識だ。
そんなことを考えながら進んで行くと、やがて大天狗様の執務室の前にたどり着いた。
「それでは、失礼します。」
そう言って、役目を終えた同僚は廊下の奥へと消えていった。
そして、執務室の前へと残ったのは椛一人だけ。椛は何故かは分からない不安を胸に深呼吸をしてから、汗が出ている手でスゥと気の襖をあけた。
「失礼いたします。椛です。」
「うむ。待っていた。入れ。」
「あら?誰かを呼んでいたと思っていたら?こんな可愛らしい娘を呼んでいたのね?龍さんは?」
頭を上げて部屋を見ると、そこには明らかに格上と言えるような膨大な妖力を解放している道士服の女性が大天狗様の前の椅子に座っていた。
思わず身体が恐怖と警戒で硬直するが、直ぐ様気を取り戻して自らの曲刀に手をかけて、引き抜く直前で押し留める。
この妖怪は何が目的だ?
本来は妖力を解放することは妖怪にとって威嚇や格の違いを見せつけるための行為。場合によっては喧嘩を売っていると言っても過言ではない。
だが、この女性は飛燕様が偶にする嘲笑のような笑いを含ませるだけで、何もしてこない。まるで私をからかい観察しているかのような目つきだ。
冷静になれ。本能的な恐怖で短絡的な行動を取るのは明らかに愚策だ。相手の思惑に嵌まる可能性だってあるのだ。まずは様子見をしなければ私をこの会見に呼ばせて頂いた大天狗様の信頼を裏切ることになる。
「紫殿………何をしている。場合によっては斬りかかられても文句は言えぬぞ?」
「ふふふ………中々いい部下をお持ちのようね?冷静に自分を押さえて上司の方を伺い本能を押さえている。まるで組織の犬ね?」
「…………ここでことを構えても良いのだぞ?八雲紫。」
こ、このヒトがあの八雲紫か?
まるで胡散臭さが服を着ているかのようなおヒトだ。信頼など微塵もできないだろう。
大天狗様がこれまた膨大な妖力を解放しながら女性を睨みつけると、道士服の女性は肩をすくめながら妖力を収めた。それと同時に大天狗様も妖力を収めた。
私は心の中でひとまず安堵しながら曲刀の柄から手を離した。だが警戒は解かない。この女性の一々動足まで見逃さず警戒する。
「ふふふっ……ただからかっただけよ。そう怒らないで頂戴な。
ただ私はこの小娘が場に相応しいのかを測っただけ。
それは貴方達天狗の里の大事な会合の前座よ?たかが小妖怪の白狼天狗なんかこの場に相応しくないのは承知よね?龍さん?」
「それは結果だけが決めることだ。そなたが勝手に決めるものでは無い。」
「おふざけが過ぎたようだわ。………さて、私が何故貴方の執務室を訪れたのかをお教えししましょうか?」
「………………。」
「まあ、貴方程の知恵者なら已に分かっているでしょうけど。私が黒柳飛燕を拉致したわ。」
「!?」
私は動揺して、少しの間動けなかったが、大天狗様は落ち着いた様子で動揺の色など見せなかった。
「それで………何を要求するつもりだ?」
「あら?簡単よ?貴方とのパイプと天魔への謁見よ?」
「…………随分と控え目な要求だな?」
「そんなにあの鴉はこの里では重要性は高くない。だから交渉材料としては良いものじゃない。ただし、貴方や天魔にとっては別よね?」
「………………そうと思うか?」
「」
「あなた天狗の組織は硬い。まるで岩盤のように。ただそれは柔軟性のないガラクタ同然の張りぼて。
その力と組織力で一次的な均衡を保てているだけで、それ以上の力を持った者の一押しで簡単に壊れて崩れ去る。言いたいことはお分かりかしら?」
「ああ……言いたいことは分かる。私の占いにも出ているからな。」
「ええそうよ。これは貴方達のためでもあるんだから。柔軟性のない組織は少しの環境の変化でも簡単に崩れ去るわ。」
「………忠告感謝する。」
「いいえ?これは忠告ではない。あなた達の古臭い考えへの蔑みよ。あなたに関してはその考えはないようだけど。
とにかく、直ぐにでも天魔に取り次いでもらうかしら?」
「…………………。」
「その沈黙は了承と捉えるわ。また私は来るわ。その時までちゃんとお茶を用意しておくことね?」
「狼天狗の娘さんもそれじゃあね〜〜♪」
そう言って、意味ありげな言葉を残して謎の空間へと消えていってしまった。
やはり分からない。何故私はこの場に呼ばれたのか。その考えが顔に出ていたのか、大天狗様は疲れ顔を浮かべながらもその疑問に答えてくれた。
「私がお前をこの場に呼んだのは、この事態を知ってもらいたいからだ。」
「何故……?」
「私と天魔様は今は手を離せない時期なんだ。他の他勢力の動きが急に活発化しているからな。その調査やらなんやら私達は動いているのだ。恐らく妖怪の全盛期の時期に移行しているのかもしれない。
八雲紫が動き出したのはそれが理由なのか、逆に八雲紫がこの事態を動かしているのかもしれない。」
妖怪の全盛期。それは、人間達の妖怪への恐怖や恐れが一番多くなる時期。妖怪全体で力が強まり動きが活発化する時期。私が生まれる前にも何度か起きているがどれも天狗の里に大きな影響を及ぼしている。
当然、そうなれば妖怪の山にも影響は少なからず響くだろう。
「それだけでなく、他勢力の天狗の組織や天狗の里の組織内での内乱なども警戒しなければならない。
私達の手が足りなくなれば、今度は文やはたてが手薄になってしまう。それでは私達はこの事態に集中して当たれなく成ってしまう。
椛。お前は信頼できる。だから。文とはたてのことを頼んだぞ?」
「ハッ!命に替えてもお守りいたします!!」
私は決意した。この信頼に応えるために。そして、文様とはたて様を守るために。お二人をお守りすることを。
飛燕様。私は貴方を信じます。だからそれまで無事で居てください。
「飛燕については大丈夫だ。私がどうにかして取り戻す。今はあの子達の守りに集中しろ。」
「了解しました。それでは失礼します。」
やるんだ椛。私はやれる子だ。
緊張に包まれながらも椛は背筋をぴしっとさせながらはたて様と文様がいる医療部屋へと戻っていった。
* * *
「おお〜〜!!ここが孔明の墓場か〜〜!!」
「ん?孔明とは誰なんですか?」
「あ〜?そうだったね。美鈴さんはずっと山籠りしてたから分からないよね。
孔明って人はね。昔、中国大陸が三つの国に分かれて長く争っていた戦乱があったんだけど、その時に活躍した軍師だよ。凄く有名なんだ。」
「へぇ〜〜?凄い人だったんですね。」
今、私は中国大陸のほぼ真ん中に位置している『成都』という大きな街のなかにある祠、『武侯祠』を訪れていた。
三国時代の天才軍師・諸葛孔明を祀る祠で、約15万㎡もの広大な敷地を誇り、歴史遺跡の文物区と文化体験の園林区、錦里民俗区という3つの区域に分かれているらしい。
この祠。実は前世で文化遺産として国内外で知られている。境内には劉備殿、諸葛明殿などの建物が配置され、蜀に仕えた47人の君臣の彫像と40の石碑も納められているんだよ。
三国志を知りたい人にはうってつけの場所だよね。
因みにこの情報は親友と一緒に図書館で調べたことがありました。(有能)
「飛燕さんは物知りですわね?中国産の妖怪が倭国産の妖怪に中国のことを説明するのはなんだか滑稽な光景ですわね。ぶふ!」
「ちょ!?青雅さん!?」
「フッフッフッ!私はこれでも歴史は沢山勉強していたんだよ?」
「凄いぞ〜!飛燕〜〜!!」
「ありがとう芳香ちゃん。」
「これは所謂歴女というものですわね。」
「青雅さん……な、何故その単語を……!?」
「私の『能力』の前では、二次元と三次元の壁なんて意味がありませんわ。」
「な!?ここにもてゐの同類がいるだと!?」
「………お二人は何を話しておるでしょうか?芳香さん。」
「ん〜?さあ〜わからんぞ〜?」
「それにしても、こんなのんびりと観光をしていていいんでしょうか?ここ凄く警備が厚いですよ?番兵も沢山巡回しているのが気で分かりますし。堂々としすぎだと思います。」
「それについては大丈夫ですわ。美鈴さん。貴方のその能力と私の『壁をすり抜ける程度の能力』そして、飛燕さんの『飛ばす程度の能力』によって見事な探索キットが完成しているんですもの。私達が組めば墓荒らしとして敵無しですわ♪」
「あ、アハハハ………なんで私は墓荒らしをしているんでしょうか?」
「それは気分だぞ〜!!」
「まあ、大丈夫だよ。別に何かを盗むわけじゃなくて見学してるだけだから。安心安心。」
「いや…侵入自体が危ないんじゃないんですかね?」
ん?あれ程焦ってたのになんで普通に観光してるのかって?いやね、よくよく考えたら普通に飛び続けたら、息切れしちゃうじゃん?
ただでさえ中国大陸の西側は高地なんだから移動しずらくて大変なんだよ。妖怪も多いし、本当に大変だったよ。中国神話は神様よりも妖怪が多く出てくる理由がこの一ヶ月でよく分かったよ。
それに、さっきまであの広大なチベット高原を踏破したんだ。ほんの1日の少しぐらい羽休めをしても鉢は当たらないだろう。
だから、物資補給のついでに息抜きに観光しようって訳だよ。ワトソンくん。
「それにしても、いい死体が沢山保管されてるわね〜?芳香ちゃんの体の部位の補完の為にも少し貰っていこうかしら?」
「お〜い!せいが〜!なんか美味しそうなお供え物があるぞ〜?」
「芳香ちゃん。それは死んじゃった人が食べるものよ。」
「ん?じゃあいいのか?」
「あら?良いわね。」
「じゃあ食べるぞ〜!!あ〜む!!…………おお〜!?これは美味しいぞ〜!!せいが〜!!」
「新鮮そうですし、私も食べましょうか?」
「あの………普通にお二人が盗んでたりしてるんですが。」
「キノセイダヨ。おおー!これはあの『開元通宝』!!錆びてなおのはこんな感じなんだ〜!!いくつか文達にお土産として貰ってこう!」
「…………………。」
そんな顔をしても無駄なのだ。ここに常識人などいないのだよ美鈴さん。皆人外だから多少ならセーフなのだ。
「あら?お二人も食べませんか?どうせ死人は口無し。食べる口もないなら食べ物は腐るだけよ。なら生きている私達が食べるのが『道理』ですわ。」
「まあそうだよね。バレないバレない。どうせ無くなったのがバレても先祖が食べたことにされるからね。これが『道理』か。」
「それにしましょうか!見つかったときの良い言い訳になりますわ♪」
丁度お腹空いてたし、頂こう孔明さんも頭はいいし…………ん?これは餅かな?美味しいね。
「あのぅ〜〜〜多分。少し先の時代でその言葉を造った倭人はそんなことを想定してないと思うんですが………。」
「「キノセイダヨ。」」
「えぇ〜〜………。」
「ん?なんかあっちが明るいぞ〜?松明か〜?」
「あら?…………飛燕さん?能力の使用は?」
「…………あ。食べてて私の集中が切れてたわ。」
「この距離だと私達のことがバレてるんじゃ…………。」
― ピューーーー ―
『曲者だ〜!?番兵!番兵!!出逢え!!』
「………これはヤバいですね。」
「そうね。逃げましょうか?」
「逃げよう!!」
(次回に続く)