「えーっ!? 休日に二人でお出かけ!? それってもう、完全にデートじゃん!」
平日の昼下がり。トレセン学園のカフェテリアで、マチカネタンホイザの素っ頓狂な声が響き渡った。
「ちっ、違うってばタンホイザ! 声大きい!」
ナイスネイチャは慌てて周囲を見回し、テーブル越しに身を乗り出してタンホイザの口を両手で塞ごうとした。同席していたイクノディクタスが、眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら、冷静な、しかしどこか面白がっているようなトーンで口を開く。
「トレーナーと担当ウマ娘の親睦を深めるための外出は、関係構築において合理的です。とはいえ、事前の行き先も告げずに休日の予定を押さえるというのは……少々、お熱いですね、ネイチャさん」
「だぁーから違うってイクノ! なんか『渡しておきたいものがある』って言われただけで……!」
「わむっ、わむっ(なるほど、プレゼントだねー!!)」
「タンホイザ! 口塞いでるのに器用に喋らないでよ!」
手を離すと、タンホイザは、えい、えい、むんっ!、と謎の気合を入れ直してから、ニヤニヤと笑いながらネイチャの顔を覗き込んできた。
「でもさー、最近のネイチャ、なんだかすっごく楽しそうだよね。練習はすっごくハードで泥臭いことやってるのにさ。トレーナーさんの前だと、いっつも嬉しそうっていうか?」
「……そう、かな。普通だと思うけど」
ネイチャはストローでアイスティーをかき混ぜながら、視線を逸らした。
楽しいのは事実だ。彼が提示する理論も、あのコーヒーの比喩も、すべてが自分の中にスッと落ちてくる。ただの脇役だと卑屈になっていた自分を、彼は根気強く「主役の器」として扱ってくれるのだ。
それが嬉しくないわけがない。……ただ、そこに恋愛感情みたいな大層なものがあるかと言われると、素直に頷くのはためらわれた。
「まあ、何をもらうにしても、良い週末になるといいですね」
「……うん。ありがと、イクノ」
二人の揶揄いを適当に受け流しながらも、ネイチャの頭の中は、今週末の約束のことでいっぱいだった。
■
そして、週末の朝。
ネイチャは、学園の正門前でトレーナーのバイクの後ろに跨り、郊外のバイパスを走っていた。
「到着。降りていいよ、ネイチャ」
「はーい……って、ここ?」
ヘルメットを脱いだネイチャが見上げたのは、国道沿いにある巨大な『大型バイク用品専門店』の看板だった。
「トレーナーさんの買い物ですか?」
「いや、君のだよ」
「えっ、私!?」
驚くネイチャをよそに、彼は楽しげな足取りで店内へと入っていく。
ずらりと並ぶヘルメット、色とりどりのライディングジャケットやグローブ。ウマ娘用の蹄鉄やスポーツウェアの店なら見慣れているが、この無骨でメカニカルな空間は、ネイチャにとって完全に未知の世界だった。
「えっと……私に、何を?」
ヘルメットコーナーの前で立ち止まった彼に、ネイチャは恐る恐る尋ねた。彼は棚から、黒を基調としながらも赤いラインが入った、スタイリッシュなフルフェイスヘルメットを手に取った。
「前回の海の時、ネイチャ、すっごく気持ちよさそうに乗ってたからさ」
彼はヘルメットを両手で持ちながら、少しだけ照れくさそうに、子供が秘密基地の宝物を見せるような顔で笑った。
「これからも俺の後ろに乗ってくれるなら、やっぱり君専用のが必要かなって思って。俺のぶかぶかの予備じゃ、危ないし可哀想だからね」
「これ……私専用の、ヘルメット……?」
「それと、こっちも」
彼はそのままアパレルコーナーへと歩き、プロテクターが内蔵された、しっかりとした作りのライディングジャケットをハンガーから外した。サイズは女性用の、ネイチャの小柄な体格にぴったりのものだ。しかも、デザインは今彼が着ているものと、どこか似ている。
「これもですか!?」
「バイクの風は体力を奪うからね。ウマ娘の頑丈な体とはいえ、万が一転倒でもしたら大変だ。君という大切な才能に、怪我させられないからね。……ほら、羽織ってみて」
促されるままに、ネイチャはジャケットに袖を通した。少し硬くて、ずっしりとした重みがある。肩や肘にはプロテクターが入っていて、まるで鎧を着ているような不思議な感覚だった。
「……なんか、すごい。ガッチリしてます」
「うん、よく似合ってるよ。これで防風対策もバッチリだ。……勝負服を着てターフに立つまでは、これが君を守る装甲代わりだ」
彼は満足そうに頷くと、ヘルメットとジャケットのタグを手に取り、レジへと向かっていった。
■
「……なんか、すいません。高いもの買ってもらっちゃって」
帰りの駐輪場。タグを切ってもらい、真新しい自分のジャケットを着込んだネイチャは、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「気にしなくていいよ。俺の趣味に付き合わせているようなものだし、それに……俺が、君にこれを着てほしかっただけだから」
「……」
彼のその真っ直ぐな言葉に、ネイチャは手元にある真新しいヘルメットを見つめた。
これさえあれば、いつだって彼と一緒に風を切ることができる。彼の「これからも俺の後ろに乗ってくれるなら」という言葉は、「これからもずっと一緒に走ろう」という、相棒としての絶対的な信頼の証明だった。
「……大切にします」
「……ああ。じゃあ、さっそく帰りの風で試してみようか」
少し照れ隠しの笑みを浮かべた彼がバイクに跨り、エンジンをかける。四気筒の重低音が響く中、ネイチャは自分のサイズにぴったりと合う新しいヘルメットを被り、タンデムシートに座った。
「出発するよ」
「はいっ」
バイクが走り出す。サイズを合わせたヘルメットは違和感なく、視界がブレることもない。ジャケットのおかげで冷たい秋風も全く気にならない。
何より、彼の腰に回す腕の感覚が、前回よりもずっと自然で、しっくりときていた。
(……これなら、どこまでだって行けそう)
ヘルメットの中で、ネイチャはこっそりと口元を緩めた。
恋愛感情なんて、まだわからない。マチタンたちが言うような、甘いデートだったのかどうかもわからない。けれど、背中越しに伝わってくる彼の体温と、新しく与えられた自分だけの『特等席』の安心感は、今のネイチャにとって何よりも得難く、心地の良いものだった。
秋の高い空の下。
お揃いのような装甲に身を包んだ二人は、一つのエンジン音を共有しながら、なめらかにバイパスを駆け抜けていくのだった。