ここはベルトラム王国王都ベルトラント。シャルル=アルボーとセリア=クレールの結婚式が開催される会場。
友人のクレティア公爵令嬢リーゼロッテに、彼女の護衛という名目で付き合わされていた。
私の名はシュリナ、冒険者を生業としている。
「すごい数の観衆ですね」
ロッテが私にそう感想を述べる
「アルボー公爵家の威光を示す狙いがあるんだろうね」
私がそう返すと、「そうなんしょうねぇ」と彼女も同意する。どうせ茶番に付き合わされるならと、親しい友人である私もここに連れてこられたのだ。
「私とロッテの結婚式はいつにする?」
「またそんな冗談を」
ロッテが苦笑する。む、割と本気だぞ私は。と、シャルルとセリア嬢を乗せた馬車が見えてくると、一際多くの歓声が上がった。
―――ん?
二人を乗せた馬車の進路上に、フードを被った男が一人現れた。……賊か?
「ロッテ、私の後ろに。アリアは周囲を警戒」
「はい」「承知しました」
私の指示に従う二人。賊が一人とは限らないし、何が狙いかも今の時点では判らない。フードの男は走る姿勢をとると、馬車目掛けてとんでもないスピードで走り出した。―――精霊術!?
男は周囲の警備をいとも容易く振り切ると、あっという間に二人が乗る馬車に乗り込んでしまった。馬車の床に叩き付けられるシャルル=アルボーと、羽交い絞めにされるセリア=クレール。
そして何事かシャルルに言葉を告げた後、男はセリア嬢を抱えて攫って行ってしまったのだ。
……まさか私以外にシュトラール地方で精霊術を使える人間がいたとは。
◇ ◇ ◇
「大型の亜竜?」
ベルトラム王国から、ロッテの拠点であるガルアーク王国クレティア公爵領都アマンドまで飛行中の魔導船内。大型の亜竜の目撃情報があり、このまま飛行するのは危険だと告げられる私達。
「私が狩ってこようか?」
全身から風を放出させ、それを推進力として空を飛べる私は、よく未開地と呼ばれる場所まで空を飛んで行き、ブラックワイバーンなどを狩っては、素材や魔石を冒険者ギルドに卸して収入を得ていた。
ちなみに私はヤグモ地方という地域の出身なので、向こうではシュトラール地方とは異なる魔法がある、などと適当に誤魔化していた。
「いえ、いたずらに刺激して船が危険に晒される可能性もあるので、大人しく地上に降りて馬車で移動しましょう」
ロッテが否を告げる。残念、デカい亜竜狩ってみたかった。
地上に降りて馬車での移動準備をしていると、ユグノー公爵という、ベルトラム王国の勢力争いに敗れ、同国の第二王女フローラを旗頭に本国から離反し、ガルアーク王国と国境を接するロダン侯爵領都ロダニアを拠点にした「ユグノー公爵派」、という組織を立ち上げた貴族がロッテに話しかけて来た。
どうやら彼らも同じ理由で馬車で移動することになったようで、ロッテの護衛を申し出ているようだ。
正直いらないんだが、先日この世界に召喚されたシュトラール地方の神の象徴である勇者も一緒らしく、ロッテは断り切れなかった。
アマンドまで馬車で移動中の車内、ロッテや私の乗る馬車に同乗しているヒロアキ=サカタという名の勇者が、両脇にベルトラム王国の第二王女と公爵令嬢を侍らせ、やたらと自分の事を得意げに語ってくるのに辟易しながら適当に相槌を打っていた。
私の顔や胸元をチラチラ見るな、気色悪い。
などと考えながら馬車に揺られていると―――「戦闘態勢を!」外からアリアが魔物の襲撃を告げてきた。
即座に愛刀を抜いて外に出ると、何らかの攻撃でベルトラム王国の騎士複数人が負傷していた。
「げっ、何だこの数……」
数百もの魔物が我々の馬車列を囲んでいた。魔物がこんな計画的な襲撃をするか? ロッテの侍女達が馬車の周囲に魔法で障壁を張っているが、この数相手では焼け石に水だ。
「アリア、
「お嬢様?」
「シュリナさんに従って」
「承知しました、出ます」
こうして魔物の群れに突貫する私と、主の許可を得たロッテの侍女達。
「―――三ノ太刀、絶空!」
私は刀を真横に振りぬき、発生させた真空の刃により周囲の木々ごと数十匹の魔物を真っ二つにする。
「うわっ、さすが剣姫、相変わらずえげつない……」
いいから仕事しろコゼット。
こうして私の切り札、「風ノ太刀」によってどんどん魔物の数を減らしていく。数だけ揃えても私の敵ではない。
「グアアアア!」
気になるのが見たこともない人型の魔物だ、他の魔物に比べてすばしっこく異常に硬い。そこに、
「ブモォォォォォ!」
「……っ」
なんだ、あの牛頭の巨人、一、二……五体! 円を描くように馬車列を囲んで現れた。「ミノタウロスですわ!」と、ベルトラム王国の令嬢が叫ぶ。ミノタウロス……?
目の前の一体が、岩から削り出したであろう巨大な斧を振り上げ、私を潰そうとしてくる。
それ誰に作ってもらったの?
「がっ!?」
愛刀で斧を受け止めるものの、予想以上の力に足が地面にめり込んでしまう。まずい、こいつらだけ桁が違う。
「アリア!、ロッテを抱えてこの牛頭の包囲から外に抜けろ!」
ベルトラム王国の騎士と連携して魔物を対処していたアリアに、ロッテの命を優先させる。ベルトラム王国側に多少犠牲が出ようと知った事ではない。勝手に付いて来た連中だ。
「承知しました」「ちょっと!?」
立場上そうは出来ないだろうロッテを無理やり包囲網から離脱させる。悪いなロッテ、私にはロッテの命より優先するべき事なんてないんだ。
「うわぁあああ!?」
アリアという主戦力を失ったベルトラム王国の騎士達は途端に劣勢に陥る、すまない。と言うか、あれだけ雄弁に語っていた勇者は何してんだ。
―――と、一筋の風が吹き抜け、魔物達が吹き飛ばされる。
「助太刀します」
ふわりと、一人の剣士が地面に降り立った。……先日の精霊術士!
「ふっ!」
ミノタウロスの一体の懐に飛び込み、岩の斧を剣で振り払いその巨体を切りつける。
「ブモォォォォォ!?」
おぉ、やるな。
「そちら側の牛頭任せられるか?」
お任せを、との返事が聞こえた。私は目の前にいるミノタウロスの斧を振り払いその巨体を切り捨てる。
「一ノ太刀、断空!」
「ブモォォォォォ!」
硬いな、一撃で倒せないか。ならば、
「二ノ太刀、閃空!」
「おおおおおおお!」
ベルトラム王国の騎士達から歓声が上がる。私がもう一体倒している間に彼は三体ものミノタウロスを倒していた。……凄いな、もしかして私より上か?
ロッテやベルトラム王国の貴族達が彼に近づいていくと、彼はうやうやしく礼をする。こんなとんでもないのが何で今まで在野に埋もれていたんだろう。
ハルトと名乗った精霊術士は、我々と共にアマンドまで馬車で向かう事となった。ロッテが色々とハルトから話を聞き出そうとするが、勇者がすぐ話に割り込んでくる。
……こいつホントうっとうしいな。
◇ ◇ ◇
「すみません、シュリナさんはこの後何かご予定はありますか?」
アマンドに到着後、ハルトが私に尋ねてきた。はて?
「冒険者ギルドに護衛依頼達成の報告をした後は特に用事はないけど……」
「ではその後お会い出来ませんか?」
私はロッテの方を見る。
「ハルト様にはリッカ商会が運営する宿のスイートにお泊まりして頂く予定です」
「分かった、後で訪ねよう」
「ありがとうございます」
さて、私にいったい何の用だろう。冒険者ギルドに報告をした後、ハルトが泊まっている部屋のドアをノックする。
「どうぞ」
と、ハルトが私を部屋へ招き入れる。中には桃色髪と金髪の少女が二人。二人とも凄い美少女だ。
「さて、その顔立ち、髪の色は灰色だから、ご両親のどちらかがヤグモ系かな?」
「あぁ、これは魔道具で髪の色を変えているだけです。ハルトという名も偽名で、本名はリオといいます」
そう言って何かの魔道具を触ると私と同じ黒髪になる。
「魔道具……なるほど、という事はそちらにいるのはセリア=クレールかな?」
「あ、やっぱり分かっちゃいます?」
セリア=クレールが苦笑いしながら答える。
「まぁ、私は精霊術や魔道具といった事前情報があったので。普通ならご家族でもない限り気付かないと思いますよ?」
「なら良かった……」
ホッと胸をなでおろすセリア嬢。
「あの誘拐劇自体が茶番だったんだ?」
ハルト改めリオにそう尋ねる。
「えぇ、彼女から頼まれまして」
「まぁ、あんな無能に嫁ぐくらいなら賢い選択だと思いますよ?」
セリア嬢を見ながらそう評した。
「そう言って貰えると嬉しいかな」
嬉しそうにセリア嬢が答える。
「それで?、私に何の用かな? そもそもリオが身分を偽っているのは何故?」
「その話はまた後でという事で……シュリナさんはアヤメという女性の名前に聞き覚えはございませんか?」
アヤメ……。
「私が産まれる何年か前に亡くなられた叔母の名前がアヤメだったかな?」
「実はその女性、政治的な理由で表面上死亡した事にして、護衛の上級武士ゼンと共にここシュトラール地方に渡って来たんです。そこで二人の間に出来た子供が俺です」
……え。
「俺とシュリナさんは、いとこ同士なんです」
「……驚いた」
「二年ほど前、両親の軌跡を追ってヤグモ地方にあるカラスキ王国を訪れた際、祖父母である国王夫妻や伯父である王太子殿下にお会いしまして」
あちゃ~……。
「あなたの御父上である王太子殿下から、自分にはヤグモ地方から出奔した娘がいると聞いてまして」
「だろうねぇ……」
「もしシュトラール地方で貴女に会ったらカラスキ王国に帰って来るよう説得して欲しいと頼まれてまして」
「悪いけど帰る気は無いなぁ……」
ちゃんと『剣の修行の為にヤグモ地方を離れます、探さないでください』って書き置きしてきたのに。
「その、理由を聞いてもいいですか? 出奔する直前まで普段通りの生活をしていたので、出奔する理由が全くわからないと仰ってたので。幼い頃から剣の修行に明け暮れ、ゴウキさんに打ち勝てるほど強い貴女が拐かされるとは思えないので、貴女の意思で出ていったとしか考えられず、だとするとやはり理由がわからないと」
まぁ分かる訳ないよなぁ。
「う~ん、別に信じなくて構わない。そういう妄想癖がある女だと思って聞いてくれ」
「え、えぇ」
既に何言ってんだこいつって顔だな。
「私には前世の記憶があるんだ、転生ってやつだな。前世の私は四十歳近い男だったんだ、妻子までいた。普段意識しなければ自分は十八歳の女性という感覚の方が強い。だが王女である以上いずれは殿方に嫁いで子を成さなけばならない。……それだけは生理的に絶対無理だったんだ! だから七歳の頃に前世の記憶を思い出した直後から剣の修行に明け暮れ、空を飛ぶスキルも身に着け、ゴウキにも打ち勝てたので、これなら大丈夫だとヤグモ地方から出奔したんだ」
……何だ? リオとセリア嬢が驚いたような顔をしている。
「……ちなみに、前世ではどのようなお仕事をされてましたか?」
え、信じちゃうの?
「バス、こっちでいう乗合馬車のような物の運転士、まぁ御者のような仕事をしてたよ」
「そのバス、踏み切りの手前で停車中、何かに追突され線路に突っ込み列車に衝突されませんでしたか?」
「えっ……」
「俺にも前世の記憶があるんです。前世のあなたが運転するバスに乗っていた大学生の記憶が」
えぇえええええ……。
「……驚いた、そんな偶然ってある?、今生でも前世でも関わりがあるなんて」
「俺も驚いてます」
「ちなみに前世の私は今井冬真って名前だった。事故っちゃて本当にすまない」
後ろから追突して来たトラックの野郎……ん? これも一種のトラック転生?
「いえ、あれは避けようの無い事故だったと思うので。俺の前世は天川春人という名前でした」
「そう言ってくれるとありがたい。そうか、それで偽名がハルトなのか」
「えぇ」
う~ん……。
「リッカ商会を利用した事はある?」
「? えぇ、何度か……」
「リッカ商会の商品名を見て、何か気付いた事は?」
「……あぁ、ワコ〇ルやシセ〇ドーですか」
「そこまで知ってるなら教えてもいいかな。ロッテ、リーゼロッテ=クレティアにも前世の記憶があるんだ。あのバスに乗っていた女子高生だったらしい」
その事をロッテに聞いた事がきっかけで私達は友人になったのだ。
「やはりそうでしたか。彼女も俺と同じ存在なのではないかと、薄々は感じてました」
それが目的でそういった商品名を付けているらしいからな。
「ロッテの前世の名前は源立夏、リッカ商会は彼女の前世の名前から付けたそうだよ」
「そうだったんですね」
「こうなると他にもあのバスの乗客の中に、この世界に転生してる人がどこかにいるのかな」
「いますよ? 今は別行動をしてますが、十三歳の女の子が俺の義理の妹になっているんですが、前世はあのバスに乗っていた小学生の女の子だったそうです」
なんですと……?
「……不公平じゃないか?」
「えっ?」
「何でみんな前世と同じ性別で、しかも似たような年齢なのに、私だけ前世がアラフォーのおっさんなんだ!?」
「あはは……」
何か作為的なものを感じるんだが。未来予知の権能を持った賢神が何か仕組んでたりしないだろうな……。
「ところで、叔母様は今どちらに?」
途端にリオの顔が険しくなる。な、なんだ?
「……殺されました」
は……?
「殺され……た? 何で?」
セリア嬢も初耳だったのか、驚いた顔をしている。
「意味など俺には分かりません」
「え、どういう事だ、強盗にでもあったのか?」
「違います、ルシウスという傭兵に惨殺されました。幼かった俺の目の前で」
ルシウス……?
「それは、天上の獅子団の団長、ルシウス=オルグィーユの事か?」
「やはり知ってましたか」
「冒険者やってればたまに耳に入るからな。卑劣な戦術を使う事で悪名高い連中らしいが、まさかそんな事までしてたのか」
「えぇ、ですので、あの男を殺すのが俺の目的なんですが、奴が今どこにいるのか分からなくて……」
「確かにここ二年近くは話を聞かないな、だが、叔母様の仇というのなら私も協力しよう。もし見つけたら代わりに殺してやる」
「……シュリナさんの強さなら勝てるとは思いますが大丈夫ですか?」
「あぁ、余裕だろうさ。王の剣の選定に落ちるような奴が、王の剣アルフレッドに決闘を挑んで圧勝した私に勝てるわけがない」
シュトラール地方最強の剣士がどれ程のものかと、ベルトラム王国の近衛騎士団の練兵場に乗り込んで、魔剣を持っていたアルフレッドに決闘を挑み勝利した事がある。
そしてそれが冒険者ギルドの耳に入ったらしく、何故か私はランクS冒険者に昇格した。
「王の剣の選定……ですか」
どうやらリオはルシウスについてそこまで詳しい情報は持ち合わせていないようだったので、あの男の生い立ちについて説明した。
「そうだったんですか、ベルトラム王国の元貴族……」
ま、知ってた所で役に立つ情報でもないんだが。
「……取り敢えずルシウスについての情報の共有はこんな所かな。それじゃ最初の話に戻ろう」
「最初の話……ですか?」
「リオが身分を偽ってるってやつ」
「あぁ、それについてはですね……」
リオが身分を偽っている理由についての話を聞くと、そのあまりにもくだらない内容にあきれ返ってしまう。
「スティアードって、ユグノー公爵の息子だっけ? 馬鹿なんじゃねーの?」
「まぁ実害はないので別に俺はこのままでもいいかなと」
「セリア先生の教えでも馬鹿は治せなかったと……」
「お恥ずかしい限りで……」
しゅんとするセリア嬢。ごめん別に貴女を責めてる訳じゃないんだ。
「まぁ、リオがそれでいいなら私から言う事は何もないけど」
「えぇ、ですので外ではこれまで通りハルトと呼んで下さい」
「了解、ところで私達がいとこ同士だというのは他人に話しても構わないのか?」
「えぇ構いませんよ、シュリナさんはこちらでは身分が王女だという事は隠してますよね?」
「あぁ、言う意味もないし」
ロッテにだけは話してるけど他言無用をお願いしてるから問題ないだろう。その後、いくつか細かい情報の共有を行った後、お暇する事になった。
「私は長期不在になる時以外はこの宿に泊まってるから、いつでも遊びに来てくれ。居なかった時はこの街の冒険者ギルドに言付けを残していって貰えると助かる」
「了解です、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく、それじゃまた」
「えぇ」
こうして私はリオの部屋を後にした。
……この後スティアードがまたリオを相手に馬鹿な真似をしたらしい。馬鹿は死んでも治らないとはこのことか。