ウルトラマンフォルテ   作:骨切りアギーラ

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第8話

病院の廊下には、消毒液の匂いと、行き場のない沈黙が漂っていた。

 

あの後、救急隊の手で運び込まれた奏は、今は蒼白な顔で眠りについている。全身に巻かれた包帯と、時折苦しげに歪む眉根が、彼が潜り抜けた地獄の凄まじさを物語っていた。

 

「……命に別状はない、か」

 

メイが絞り出すように呟いた。その拳は怒りと情けなさで、白くなるほど握りしめられている。

 

顔面蒼白で駆け付けた奏の母親は、入院の準備を整えるために、震える足取りで自宅へ戻った。出張中の父親も急いで駆け付けている最中だという。病室にはLiella!のメンバーだけが残された。

 

「ねぇ……おかしいよ」

 

千砂都が耐えきれないといった様子で顔を上げた。その瞳には今にも溢れ出しそうな涙が溜まっている。

 

「事件が起きた時、奏くんはカフェにいたんだよ? それがどうして、あんなに遠い森の中で、あんなに傷だらけで見つかるの? 普通に考えたら絶対にありえない」

 

「……それは偶然ではありません」

 

冬毬が冷徹なほど静かなトーンで口を開いた。彼女の持つタブレットには、これまでの戦闘記録と奏の足取りを照らし合わせた、完璧なまでの解析データが表示されていた。

 

「以前から私が温めていた推論……確率論的な必然性が、今日の事件で臨界点に達しました。かのん先輩、皆さんも薄々感じていたはずです。怪獣が現れる時、必ず彼が不自然に姿を消すことに」

 

「冬毬ちゃん、それって……奏くんが、あのウルトラマンだって言いたいの?」

 

かのんの震える問いに、冬毬は残酷なほど冷静に、けれどどこか悲しげに頷いた。

 

「ええ。そして四季先輩。あなたもあの場所で『答え』を見たのでしょう?」

 

問いかけられた四季は、視線を落としたまま絞り出すような声で語り始めた。

 

「……見た。フォルテが光になって崩れ、あの森へ落ちていくのを。私たちが真っ先に駆けつけた時、そこにはボロボロになった奏くんしかいなかった。……それが、すべての真実」

 

静まり返る病室。

 

自分たちがヒーローと呼び救いを求めてきた巨人の正体が、自分たちが守るべきだと思っていた、年下のあどけない少年だった。その事実が彼女たちの心に鋭い楔のように打ち込まれた。

 

「あらゆるデータは彼がフォルテであることを示していました。ただ、一つだけ計算が合わないことがあったんです」

 

冬毬が彼女には珍しく、声を震わせながら奏の寝顔を見つめる。

 

「なぜ、ただの中学生に過ぎない彼が、命を懸けてまで『見返りのない守護』を続けられるのか。その死すら恐れない非合理的な熱量だけが、私の数式を狂わせていました」

 

合理性だけでは測れない、一人の少年の献身。かのんがそっと、奏の冷たい頬に手を添えた。

 

「……昔からそうなんだよ、この子。女の子みたいに華奢で、喧嘩だって強い方じゃない。でも誰かが泣いていると、自分の痛みを忘れて駆け寄っちゃうの。何とかその人を笑顔にできないかって、ボロボロになりながら頑張っちゃう子なんだよ……」

 

「私、全然気づいてあげられなかった……!」

 

千砂都がついにこらえきれず涙をこぼした。

 

「前に公園で話した時、奏くんに『誰かを頼っていいんだよ』なんて言ったのに。彼がこんなに重いものを一人で背負って、怪獣と戦っていたなんて……! 近くにいたのに、何もわかってあげられなかった!」

 

「ちぃちゃん……」

 

恋が千砂都の肩を優しく抱きしめ声をかける。

 

「奏さんは私たちが心配することを一番恐れていたはずです。だからこそ、独りで戦う道を選んだのでしょう。その優しさに私たちは甘えてしまっていたのかもしれません」

 

「……許せナイ」

 

可可が、強い意志の宿った瞳で奏を見つめた。

 

「奏くんをこんな目にあわせた怪獣も、奏くん一人に戦わせているこの状況も、可可は絶対に許せまセン! 奏くんは可可たちの、Liella!の、大切で、かけがえのない……」

 

「……弟分、だもんな」

 

メイが鼻をすすりながら言葉を繋いだ。

 

「あいつ、いつも笑ってたじゃねーか。アタシらがバカやってるのを、楽しそうに見てた。その裏で、あんな化け物と命のやり取りしてたなんてよ……」

 

「オニナッツですの……」

 

夏美がいつになく真剣な表情で言った。

 

「こんなにボロボロになってまで守ってもらって、お礼も言わずに寝かせておくなんて、商売人として……いえ、一人の人間として、あまりに不義理ですの」

 

「奏くんが目を覚ましたら、皆で伝えよう」

 

かのんが、涙を拭って力強く宣言した。

 

「もう一人じゃないって。私たちがいるって。ウルトラマンとしてじゃなくて、音宮 奏くんとして、私たちがあなたの力になるって」

 

「……そうっすね。きな子たち、彼に元気をもらってばかりだったっす」

 

きな子が腫らした目を拭い、奏の手を握った。

 

「今度はきな子たちが、奏くんの力になる番っす!お返しする番っす!」

 

「私からも言うわ」

 

すみれが、いつもの高飛車な態度を捨てて、神妙に呟く。

 

「あんたが主役のステージを、一人だけで踊らせたりしない。世界一のショウにするためには、最高のバックアップが必要でしょ?」

 

「……フン、当たり前じゃない」

 

マルガレーテが顔を背けながらも、その瞳には熱いものが宿っていた。

 

「かのんを救ったのが、こんなひ弱な子供だったなんて……。本当、ムカつくわ。だから、今度は私が認めさせてあげる。私たちだって、Liella!だってあんたの力になれるんだって」

 

奏の寝顔を囲む、十一人の少女たちの決意。

 

それは孤独に戦い続けた銀色の巨人に、初めて贈られる心からの合唱(コーラス)だった。

 

 

 

 

奏のために自分たちにできる限りのことをする───。

 

病室で眠る彼の手を握り、静かに誓い合ったあの日から一夜。結ヶ丘女子高等学校スクールアイドル部の部室には、張り詰めた緊張感が漂っていた。

 

プロジェクターの前に立つ四季が、幾何学的なデータが並ぶ画面を指し示す。

 

「あの怪獣…政府はエルドギメラと呼称することを発表した。今は地中に身を隠しているけど、空腹を感じればまた出現すると思う。アイツはそれこそ、自分以外の生き物が地球からいなくなるまで、他の生物を食らいつくすと思われる。考え得る限り、最低最悪の生態の持ち主」

 

普段はクールな彼女ですら嫌悪感を隠しきれず語るその生態に、他のメンバーも悍ましさを感じずにはいられない。

 

「私がドローンで採取したエルドギメラの細胞───仮に『ギメラ細胞』と呼称する───を分析した結果、一つのことが分かった」

 

さらに話を続ける四季。見ればその目の周りにはクマが濃い。おそらく徹夜で研究を続けていたのだろう。

 

「ギメラ細胞は捕食した怪獣の遺伝情報ごとその特性を取り込み、捕食対象の能力を再現して増殖する性質を持つ、極めて危険な細胞。ただし、一度に過度なエネルギーの供給を受けるとキャパシティを超えて細胞が自壊してしまい、獲得した能力を失ってしまうという弱点がある」

 

理路整然とした説明。しかしその内容が高度になるにつれ、部室の端で聞いていた二人の表情は目に見えて怪しくなっていった。

 

「…………え、えっと、つまり……?」

 

きな子がぐるぐると渦を巻いたような目で言葉を漏らす。

 

「遺伝……遺伝……? 食べたもののパワーを自分のものにするまでは分かったっすけど、キャパ……自壊……? 難しい言葉が多すぎて、きな子の頭がパンクしそうっす〜!」

 

「……オニナッツですの」

 

夏美もまた、真っ白な灰になったかのような顔で天井を見つめた。

 

「エネルギーの過剰供給……。要するに高級料理を食べすぎてお腹を壊すみたいな話ですの? ミリオンどころか一円の計算も合わないくらい、話が宇宙規模すぎて耳が滑っていきますの~!」

 

二人の困惑をよそに四季は冷静に話を続ける。

 

「分かりやすく言えば……『無理やり食べさせればいい』ということ。アイツの限界を超えるほどの熱量を、一度に」

 

「……私たちの歌で、ってこと?」

 

千砂都の問いに、四季は静かに首を振った。

 

「エルドギメラは混沌の不協和音=カオス・ノイズに取り憑かれたのではなく、逆にそのエネルギーを怪獣ごと『吸収』した。身体に音符の刻印も出現していない。おそらく、私たちの歌自体はアイツに直接的なダメージを与えられない」

 

「じゃあ、どうすれば良いっていうのよ!?」

 

焦れたようにマルガレーテが問い詰める。

 

「今回は私たちの歌はあくまでフォルテに……奏くんに力を与えるためのもの。本命はこれ」

 

画面が切り替わった瞬間、一同の間に戦慄と困惑が走った。そこに映し出されていたのは、禍々しくも精緻な、巨大な杭のような機械の設計図だった。

 

「これは以前フォルテが倒したロボット───『ギャラクトロン』の残骸から回収されたパーツを流用した、対怪獣用アンカー。これを打ち込み大量の電気エネルギーを流し込んで、細胞増殖を過度に促進させギメラ細胞を強制的に自壊させる。ギャラクトロンのパーツを流用したこれなら、エルドギメラの皮膚や筋肉も破れるはず」

 

「ちょ……ちょっと待って四季」

 

メイが引きつった顔で設計図を指差す。

 

「ギャラクトロンって、あの竜みたいなめちゃくちゃ強いロボットだろ? そのパーツを解析して、しかも別の兵器に作り変えたっていうのか? 一晩で!?」

 

「アンビリバボー。……四季先輩、あなたの脳細胞はどういう統計モデルで動いているんですか?」

 

冬毬ですらその表情に驚愕の色を隠せない。

 

「四季……あんた、もしかして宇宙人じゃないの?」

 

すみれが呆然と呟くが、四季は構わず続ける。

 

「もちろん、これを私が直に作るのは無理。ギャラクトロンのパーツも自衛隊が管理してる。だからギメラ細胞のデータと一緒にこの設計図を、身元を隠して送っておいた。奏くんが目を覚ました時、最高のバックアップができるように。……これが、私にできる精一杯の『合唱』」

 

四季の言葉に、メンバーたちは強く頷いた。

 

病室で戦い続ける小さな勇者のために、彼女たちは自分たちの戦場を整え始めたのだ。

 

数日は穏やかな日々が続いた。エルドギメラは地底に消えたまま潜伏を続けていた。まるで次の食事をより美味にするために、あえて空腹を選んだが如く。だが、ついにその沈黙が破られる日が来た。

 

東京都と千葉県の境目にある牧場付近に出現したエルドギメラは、そこでたらふく家畜達をたいらげると、そのまま東京方面へと進撃を開始した。

 

 

 

 

病室で眠り続ける奏。彼は夢を見ていた。夢の中でフォルテが自分を見つめている。その表情は仮面の如く変化は無いものの、彼の持つ感情は痛いほど奏に伝わってきた。

 

自分が肉体を失ったばかりに、奏に戦士としての使命を託す事になり、結果、死に直面するような危険な目にあわせてしまったことに対する、後悔・贖罪の気持ち。奏はそれに対して心の中でこう返す。

 

(僕は…全然後悔してないよ。君があの時、力を与えてくれなかったら、僕も、僕の大切な人達も死んでいた。それに…僕はみんなの…僕の大好きな人達と、彼女達が奏でる音楽と、それを楽しそうに聞く人達の笑顔が、心から大好きなんだ。だから何にも後悔なんかしてないし、これからもこの道を歩み続ける。この世界を幸せな音で満たしてみせる)

 

やはり表情は変わらないフォルテ。しかし今度は先ほどまでとは打って変わった、暖かい風のようなものが伝わってきた。それは奏の身体を突き抜けるように吹き抜け、その心に熱い炎を灯す。

一人っきりの病室で目を覚ました奏。ニュースを見たわけでもない、誰かに教わったわけでもない。だがその心には、今自分が成さなければならない使命がハッキリと刻まれていた。

 

 

「─────行こう、フォルテ」

 

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