東京都の境界線を踏み越えたエルドギメラは、もはや飢餓感に突き動かされる破壊の権化と化していた。しかし蹂躙されるはずの街は不気味なほどに静まり返っている。自衛隊の決死の避難誘導により、周辺住民の避難は異例の速さで完了していた。
「誘導開始! 第1から第3戦車中隊、一斉射撃開始!」
指揮官の怒号と共に、ビルの合間に展開していた戦車の群れが火を噴いた。通常兵器では決定打にならない。それは自衛隊も百も承知だ。目的は、エルドギメラを特定の開けた空間へと追い込むこと。
エルドギメラは降り注ぐ砲弾を鬱陶しそうに払い退け、地響きを立てて進む。その眼前に自衛隊の切り札が姿を現した。大型の牽引車に搭載された、禍々しくも精緻な巨杭。
謎の協力者X───四季から送られたギャラクトロンの残骸データを基に、極秘裏に急造された対怪獣用アンカー『ギャラクシー・アンカー』である。
「ターゲットレーザー、照射開始! ギャラクシー・アンカー、撃てーッ!」
重厚な金属音と共に、超電磁加速されたアンカーが射出された。ギャラクトロンのパーツを応用したその尖端は、エルドギメラの強靭な肉体を突き破り、その体内深くへと突き刺さった。
「ガアアアアアッ!?」
凄まじい絶叫。アンカーから凄まじい電流が流し込まれ、ギメラ細胞が異常増殖と自壊を繰り返す。苦悶にのたうち回る魔獣を見て、隊員たちに歓喜が走った。だが、その希望は一瞬で打ち砕かれる。
「……ッ!? 駄目です! アンカーの固定が外れます!」
細胞の自壊による激しい身悶えが、逆にアンカーを固定するフックを強引に引きちぎった。血飛沫を上げながらアンカーが抜け落ち、エルドギメラは自由を取り戻してしまう。
その瞳はもはや捕食の悦びではなく、純粋な殺意に染まっていた。頭部の三本の角が、捕食したノイズ・ゴモラの特性を模倣し、赤黒い光を帯びて激しく振動を始める。
「いかん、超振動波だ! 全員、伏せろぉぉッ!!」
回避不能。至近距離で放たれる破壊の波動が、隊員たちの命を刈り取ろうとしたその瞬間───。
空を切り裂く、激しい音の衝撃(ソニックブーム)。高層ビルの間から飛び出した銀色の閃光が、エルドギメラの首筋に強烈な跳び蹴りを見舞った。
「シュワッ!」
爆風と共にエルドギメラの頭部が大きく逸れる。放たれた超振動波は軌道を変え、無人のビルを一瞬で砂へと変えた。
砂塵が舞う中ゆっくりと立ち上がったのは、かつてないほど激しく闘志を燃え上がらせたウルトラマンフォルテだった。その背中には、病み上がりとは思えぬ力強さと、守るべき人々への熱い決意が漲っている。
「……ウルトラマン…フォルテ……」
指揮官の驚愕と安堵の入り混じった声が響く。フォルテは自衛隊の陣地を守るように立ち塞がり、咆哮を上げる魔獣へと鋭い構えを取った。
「体勢立て直せっ! ギャラクシー・アンカーの再射出までに何分かかる!?」
指揮官が怒鳴るように部下に問う。
「予備のアンカーを装填し、再射出可能になるまで3分は必要です!」
「2分だ! 2分でやれ! そうしなければ、我々も、ウルトラマンも、人類も終わりだ!」
そう指示した指揮官は、フォルテに向かって叫ぶ。
「ウルトラマン! 2分……2分だけ時間を稼いでくれ! 頼む…頼む!ウルトラマンフォルテ!」
必死の形相で懇願する指揮官に頷き返すフォルテ。そのままエルドギメラに立ち向かう。
フォルテはまずシンフォニー・フェイズで牽制の光弾を放ちながら距離を詰めるが、エルドギメラの反応速度は以前よりも増していた。
『跳ねろ、自由の調べ! フォルテ・ジャズ!』
高速移動で背後を取るフォルテ。しかしエルドギメラは右腕の鞭状の触手を後方へ振り抜いた。
「デュワッ!?」
不可視の速度でしなった触手がフォルテの足首を絡め取る。そのまま凄まじい遠心力で振り回され、地面に叩きつけられる。アスファルトが砕け、衝撃が奏の病み上がりの身体を内側から削る。
エルドギメラがトドメを刺さんと鼻先の角を光らせ突進し、フォルテはそれを地面を転がって辛うじて回避する。
『鳴らせ、光の調べ……!ブルーノート・イリュージョン』
空中に光の鍵盤を生成し四方から光の矢の連撃を浴びせるが、エルドギメラは角から超振動波をまき散らし、その全てを迎撃してしまった。
「ギャラクシー・アンカー、再装填完了! 何とかエルドギメラを押さえ込んでくれ!」
指揮官の声が戦場に響き渡る。
「……シュワッ!」
フォルテはジャズ・フェイズの瞬発力を使い、光の残像となってエルドギメラの死角に潜り込んだ。密着した瞬間、身体が漆黒と濃紺の装甲に包まれる。
『揺らせ、魂の鼓動! フォルテ・ロック!』
質量が増した両腕で、エルドギメラの巨体を背後からガッチリと羽交い締めに捕らえた。
「今だッ、撃てーッ!」
二本目のギャラクシー・アンカーが吸い込まれるようにエルドギメラの胸部に突き刺さる。先ほどを凌ぐ電流が奔り、エルドギメラは断末魔のような叫びを上げた。
「ギギ……ガガアアア!」
細胞が限界を超えて自壊し、身体がみるみる萎んでいく。ゴモラの角は崩れ落ち、触手は元の右腕へと戻る。ノイズ・ゴモラ吸収前の姿にまで弱体化することに成功したのだ。
しかし、歓喜は長くは続かなかった。
「アンカー、過負荷により停止! 回路も焼き切れました!」
突貫工事の兵器が火花を散らして沈黙する。同時に、無理がたたった奏のコンディションが限界を迎えた。
『はぁ……はぁ……!』
力が抜け、ロック・フェイズを維持できなくなったフォルテは、エルドギメラに振り払われ、転がるようにシンフォニー・フェイズへと戻ってしまう。
ピコン、ピコン、ピコン……。
静まり返った戦場に、カラータイマーの悲痛な点滅音だけが鳴り響く。膝をつき、肩で息をするフォルテ。目の前には、弱体化したとはいえ、未だ殺意を失わぬ捕食者が立ち上がろうとしていた。
絶望が支配しようとしたその時。
上空から聞き慣れた機械音が近づき、一体のドローン───リエラドロンがフォルテの目の前に静止した。スピーカーを通じて、聞き間違えるはずのない声が届く。
『フォルテ……聞こえる?』
それは、昨日まで奏の手を握り続けていた、かのんの声だった。
『……私たちはもう、知っているよ。あなたの本当の姿も、どんな思いで戦ってきたのかも』
千砂都の震える、けれど確かな決意を宿した声が戦場に響く。フォルテの肩がびくりと震えた。
『いつもきな子たちに元気をくれたっす。今度はきな子たちが、あなたの力になる番っす!』ときな子が叫ぶ。
『計算外の熱量に、何度も驚かされました。あなたのその非合理な優しさを、今は誇りに思います』冬毬の冷静な声に、熱い信頼が混じる。
『誰にも言わずにボロボロになって……本当、カッコよすぎるのよ。あんたのステージは、一人なんかじゃないわ!』とすみれが叫ぶ。
『可可たちはフォルテを……あなたを独りにはさせまセン! 私たちの歌を力に変えて下サイ!』可可の絶叫。
『……データ収集完了。あとは君を信じて最大出力で送るだけ。受け取って』四季の理知的な声。
『一人で抱え込まなくていいんだよ。アタシら、仲間だろ?』メイのぶっきらぼうなようで優しい声。
『どんな苦しい時も、この歌があなたを支えます。さあ、立ってください!』恋の気高い声。
『今まで何度も守ってくれたお礼、利子付きできっちりさせてもらいますの!』夏美の陽気な激励。
『この私が、あなたのためだけに歌ってあげるんだから、さっさと立ちなさいよ!』マルガレーテの高慢な…それでいて優しい激励。
そして最後に再び、かのんが言葉を紡ぐ。
『もう、独りじゃないよ。……私たちの歌を、全部あなたに届けるから!……だから負けないで!私達の大好きな、私達の信じる、私達のスーパースター!ウルトラマンフォルテ!』
一斉に響き渡る、11人が心を一つにして歌う奇跡の合唱。
【スーパースター!!】
その歌声が暖かな輝きとなってフォルテを包み込む。力尽きかけていたフォルテの身体に、かつてないエネルギーが充填されていく。その身体はLiella!のメンバーカラー11色が混ざり合った虹色に輝きだした。
弱体化したエルドギメラが、その光の奔流に恐怖し、後ずさる。
「……シュワッ!!」
力強く立ち上がるフォルテ。その瞳にはもはや疲弊の色はない。背後で自分を支えるかけがえのない仲間たちの鼓動を感じながら、彼は再び魔獣へと向き直った。
戦場を包んでいた重苦しい空気は、いまや11色の眩い虹によって浄化されていた。
11人の少女たちが魂を削るようにして紡ぐ【スーパースター!!】の旋律。その全てを力に変え、ウルトラマンフォルテは究極の進化形態『アンサンブル・フェイズ』へと至った。
奏の意識はLiella!のメンバー一人ひとりの鼓動とシンクロしている。
『……ありがとう。みんなの想い、全部届いているよ! 行こう、フォルテ!』
生き延びるため、そして全てを喰らい尽くすために、死に物狂いで牙を剥くエルドギメラ。しかしその凶行もいまや、完成された合奏を乱すノイズに過ぎない。
「シュワッ!」
フォルテが動いた。ジャズ・フェイズを遥かに凌ぐ神速。魔獣の網膜に焼き付いたのは光の残像のみ。気づいた時には、フォルテの拳がエルドギメラの腹部を深々と抉っていた。
ロック・フェイズの剛力をさらに増幅させた衝撃が、数万トンの巨躯を木の葉のように打ち上げる。そこから始まったのは、全フェイズの特性を極限まで高めた怒濤のラッシュだった。
空中に生成された11色の光の鍵盤を跳ね、フォルテは重力すら無視した軌道で連撃を叩き込む。一撃が放たれるたび、打撃音は力強いビートとなり、戦場に響く歌声と重なっていく。
「デュワッ!」
空中で反転したフォルテが虹色の光を右足に収束させ、彗星のごとき急降下キックを放つ。
「グ……グアッ……!」
エルドギメラは後方の廃墟まで吹き飛ばされ悶絶する。だが、混沌をも糧とする魔獣の生命力は、なおも底知れなかった。追撃に動くフォルテのスピードを逆手に取り、野性的な本能でその軌道を読み、カウンターの爪でフォルテの胸部を切り裂く。
「グワッ!」
激しい火花とともに地面に叩きつけられるフォルテ。エルドギメラはその狂った本能のまま、フォルテの光すら飲み込もうと、尻尾の先端にある第2の口を禍々しく展開した。
(負けないで! 奏くん!)
(可可たちの最高のアイドル、頑張ッテ!)
(私達が付いてる! マル!)
(あんたのギャラクシーな輝きは、こんなところで消えていいものじゃないわ!)
(奏さんは一人ではありません! 私たちがついています!)
(きな子たち、まだお礼を言えてないっす! 頑張って帰ってくるっす!)
(奏! お前の根性、こんなもんじゃねえだろ!)
(科学も計算も超える奇跡……私達に見せて)
(奏くんなら勝てる! 夏美の太鼓判付きですの!)
(負けたら絶対に許さないわよ! さっさとその化け物を黙らせなさい!)
(あなたの勇気を、データではなく心で信じています)
かのんたちの魂の絶叫が、フォルテの心核に火をつけた。その瞬間、フォルテの身体から11色の虹が分離・実体化し、美しく輝く11枚の「光の羽」となって展開。羽は即座に魔法陣を形成して鉄壁のシールドとなり、エルドギメラの捕食を完全に遮断した。
それだけではない。羽は意志を持つ刃と化し、空中を自在に舞いながらエルドギメラへと殺到した。
ザシュッ! ザシュッ!!
「ギィィィヤアアアアアアアアアアアッ!!!」
エルドギメラの絶叫が、街中の空気を震わせる。
両腕を、脚を、腹部を。光の刃は容赦なく魔獣の肉体を削ぎ、そして最大の武器であった醜悪な尻尾を、根本から鮮やかに切り離した。
フォルテは舞うように距離を取り着地し、深く腰を落として構える。11枚の羽はフォルテの眼前に再集結し、巨大な光の魔法陣を編み上げた。
『これで……終わりにする!』
フォルテの両腕が、カノンの優雅さとスタッカートの破壊力を併せ持った複雑な円を描く。奏とLiella!の絆が、一点に収束する。
『鳴り響け、永遠の聖歌……!リエラ・エターナル・チャント!!』
フォルテの放った光線が魔法陣を貫き、巨大な11色の虹の奔流となる。それはエルドギメラの全てを包み込むように飲み込んだ。
「グガッ……ガ……オオォォォォォ……ッ!!」
エルドギメラの身体は、細胞の一つひとつが浄化の光に焼かれ、霧散していく。捕食と増殖を繰り返した呪われた命の形は、もはやどこにも留まることはできなかった。
断末魔はやがて、柔らかな風の音へと変わる。
エルドギメラは、その一片の残骸すら残さず、美しく輝く光の粒子へと分解された。それはかつて犠牲になった命たちの安らぎのように、静かに天へと昇っていった……。
かのん達が待つ結ヶ丘女子高等学校の屋上。その上空にフォルテが飛来し、光の粒子とその身を変え降り注いでいく。やがて光は収束し、一人の少年の姿を成した。
ボロボロの衣服、煤けた顔。しかし、その瞳には澄み渡った空のような優しさが戻っていた。
「……奏くん!」
11人の少女たちが彼に駆け寄る。かのんは、力尽き倒れ込みそうになる奏の身体を支えると、溢れ出す涙を拭おうともせず、その小さな肩をぎゅっと抱きしめた。
「奏くん、奏くん……! 良かった、本当に良かった……!」
「かのん、さん……。みんな……」
奏は、駆け寄る一人ひとりの顔を見た。みんな泣き笑いの表情で、自分を見つめている。
「ごめんなさい、ずっと黙っていて。心配させたくなくて……」
奏が弱々しく、けれど精一杯の誠実さを込めて呟くと、彼女たちは次々に言葉を贈った。
「謝る必要なんてありまセン! 奏くんが守ってくれたこの世界で、今度は可可たちが奏くんを甘やかす番デス!」
可可が涙でぐしゃぐしゃの笑顔で宣言する。
「そうよ。あんたが一人で背負い込むなんて、500億年早いのよ! これからは私のギャラクシーなプロデュースで、もっと楽させてあげるから!」
すみれがいつもの調子で、けれど優しく奏の頭を撫でた。
「奏さん、あなたの奏でる勇気は、誰よりも気高く美しいものでした。その音色を絶やさぬよう、これからは私たちが共鳴(レゾナンス)します」
恋が聖母のような微笑みを浮かべ、奏の泥だらけの手を包み込む。
「奏くんが戦う時、きな子たちの歌が追い風になるっす! もう、怪獣なんて怖くないっすよ!」
きな子が袖で涙を拭い、力強く胸を張った。
「……奏。あんた、最高に格好よかった。でも、次からは絶対に一人で行くなよ? アタシら、チームだろ」
メイが照れ隠しに鼻をすすりながら、奏の拳に自分の拳を軽く合わせた。
「……データ外の奇跡、見せてもらった。でも、私の分析によれば、奏くんの休息時間は今の1万倍必要。……今日は、もう寝て」
四季がクマの浮いた目で、けれど満足げに僅かな微笑を漏らした。
「奏くんの勇気、しっかり記録しましたの。でも、命より大事なお宝なんてこの世にありませんのよ。……生きててくれて、感謝ですの」
夏美が珍しく「銭勘定」を忘れた、心からの言葉を紡ぐ。
「正直、あんたがウルトラマンなんてまだ信じられないけど……。でも、認めてあげるわ。あんたは、私たちが認めた唯一の『スーパースター』よ」
マルガレーテが顔を背けつつも、奏のボロボロの裾をそっと握りしめた。
「奏くんの生存確率は、私たちが隣にいることで100%に固定されました。これが、これからの新しい『必然』です」
冬毬が瞳を潤ませながら、確信に満ちた声で告げる。
「……奏くん、ずっと、ずっと言いたかったんだよ」
千砂都が、奏の頬を両手で包み込み、額を合わせた。
「おかえり。私たちの、大切で大好きな……最高のスーパースター」
最後に、かのんが奏の目を見つめ、慈しむように微笑んだ。
「奏くん。私たちが歌い続ける限り、君の力は消えない。だから……もう一人で泣かないで。これからは一緒に、新しい歌を作っていこう?」
「……はいっ……!」
奏の目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。
それは恐怖や痛みではなく、孤独から解放された喜びの雫。
夕焼けに染まる屋上。11人の少女たちに囲まれた少年の姿は、どんな巨人よりも大きく、どんな星よりも輝いて見えた。