明日に控えたLiella!のライブ。表参道の喧騒から一歩路地に入った場所にある澁谷かのんの実家が営むカフェは、準備の合間に集まったメンバーたちの熱気で満ちていた。
母に連れられて幼い頃からこの店に出入りしていて、もはや古株の常連とも言って良い音宮 奏(おとみや そう)は、くぐり慣れた入口から店の中に入った。
「奏くん、いらっしゃい! ちょうど今、みんなで休憩してたところなんだ」
看板娘のかのんが、エプロン姿で柔らかく微笑む。その後ろから、幼なじみの嵐千砂都がひょいと顔を出した。
「奏くん、また大きくなった? もう私、身長抜かされそうだよ」
「あはは、そうですか? 自分ではあまり実感がなくて……。あ、千砂都さん、明日のライブ頑張ってくださいね」
奏が照れくさそうに笑うと、今度は平安名すみれが素早く距離を詰めてきた。
「相変わらず可愛らしいわねぇ! ほら、ここにいらっしゃい!」
「わわっ、すみれさん!?」
強引に隣に座らされ、奏の顔が赤くなる。それを見た唐可可が、すかさずその隙間に割り込んだ。
「すみれ! 奏くんはまだ中学1年生デスヨ! グソクムシから今度は犯罪者になるのデスカ!?」
「失礼ね! ショービジネスに関わる者として、ダイヤの原石を慈しんでいるだけよ!」
可可はすみれの腕から奏を引き離し、自分の方へぐいと寄せた。仲が良いからこその喧嘩。もはやカフェの日常風景だ。
葉月恋が困ったように「まぁまぁお二人とも……」と仲裁に入る。
一方で、他のメンバーも奏の一挙一動に注目していた。
「でも確かに、男の子なのに可愛らしいっすね~。女装とかさせたら、メチャクチャ似合いそうっす」
「お……おい、きな子、何言い出すんだよ」
桜小路きな子の突拍子もない提案に、米女メイは顔を赤くして狼狽える。しかし、その瞳はどこか好奇心に満ちている。
「彼の性別はおそらく、神様の設計ミス。いっそのこと、私の作った薬で女の子に……」
若菜四季がボソリと呟いた不穏な一言は、幸いにも誰の耳にも届かなかった。
対照的に、鬼塚夏美は瞳をドルの形に輝かせている。
「オニナッツー! 美少年の女装……これはバズりますの! マネー! マネーの匂いですの!」
「姉者。未成年の性的搾取は重大なコンプライアンス違反です。垢BANされても知りませんよ」
妹の冬毬が冷ややかに釘を刺す。
ウィーン・マルガレーテは「相変わらず騒がしい連中ね……」と、呆れたようにココアを啜った。
奏はこの賑やかで温かな時間が大好きだった。
大好きな人たちが歌い、それを聴く人たちが幸せになる。そんな明日が来ることを、誰もが信じて疑わなかった。
だが、その地下深く。
宇宙の創生期から漂う不協和音の残滓──『カオス・ノイズ』が、音も立てずに侵食を始めていた。
ライブ当日。
会場は地元の多目的ホールを借りた、手作り感溢れる、けれど熱のこもった空間だった。数百人の観客がペンライトを振り、Liella!の歌声に酔いしれている。
奏も客席からステージへ向け、精一杯の拍手を送っていた。
しかし、異変は突如として起きた。轟音と共に、ステージ裏の床が大きく跳ね上がった。
「な、何っ!?」
「きゃあぁぁーーっ!」
悲鳴が上がる。土煙の中から現れたのは、巨大な異形の怪物だった。
会場の地下に眠っていた、本来は大人しく無害で、Liella!の歌に聴き惚れていただけの音の精霊が、黒い霧のような『カオス・ノイズ』に侵食され、醜悪な姿の怪獣『テルプジゴラ』へと変貌したのだ。
その身体には、精霊が受けた呪いを象徴づけるような、歪んだ音符のような刻印が刻まれている。
怪獣は苦しげに不快な音を撒き散らし、会場を破壊し始める。
「みんな、逃げて!」
かのんの叫びが響く。観客が出口へ殺到する中、奏は逃げ遅れ泣きじゃくっている幼い少女の姿を目にした。
「危ない!」
奏は少女を抱きかかえ、無我夢中で走り出す。
そんな2人に無情にも振り下ろされる怪獣の爪。
逃げきれないと悟った奏は少女に覆いかぶさり、せめて盾になろうとする。
Liella!のメンバーも、奏本人も死を予感したその瞬間――。
パチン、と指を鳴らすような音が響き、世界の色彩が反転した。怪獣の爪も、逃げ惑う人々も、ステージの上で凍りついたかのんたちの表情も、すべてが静止する。
「フム、なかなか見所のある少年ではないか。魂のハーモニーも彼のものと一致している」
静寂の中、一人の男が歩いてきた。
黒ずくめのスーツに帽子を被った、奇妙な威厳を放つ男。
宇宙賢者サスカルである。
「……誰、ですか?」
「少年。おそらく、このままではこの場にいる人々の多くが傷つき、倒れるだろう。また、あの宇宙から飛来した混沌の音に蝕まれた精霊も、怪獣となったまま苦しみ続けるだろう」
サスカルは奏の瞳をじっと見つめる。
「だが、君がここにある、かつて戦いの果てに肉体を失った勇者の魂と一つになれば、彼らを救うことができる。辛く険しい道になるだろうが、どうするね?」
奏は震える手で、腕の中の少女を、そして止まった時間の中で自分を心配そうに見つめているかのんたちを振り返った。
音楽が好きだ。歌が好きだ。この人たちが作る、輝くような世界を守りたい。
「……僕が、みんなを守れるなら。あの精霊さんを、助けてあげられるなら……やります!」
奏の言葉に、サスカルの口角がわずかに上がった。
「……分かった。君の勇気と彼の魂、共に響かせたまえ!」
サスカルが放った眩い光球が、奏の胸へと吸い込まれる。
その瞬間、奏の左手首に銀色のブレスレット──フォルテボイサーが出現した。
奏は本能的に理解する。自分の中に、もう一つの高潔な意志が宿ったことを。
彼はフォルテボイサーのボタンを押し、自身の決意を叫んだ。
「響け、勇気の旋律! フォルテ・シンフォニー!」
溢れ出した光が奏を包み込み、巨大な巨像へと変えていく。
止まっていた時間が動き出した瞬間、会場を照らしたのは怪獣の破壊の炎ではなく、神々しいまでの銀色の輝きだった。
「あれは……何?」
ステージの上で、かのんが呆然と呟く。
そこには、赤と銀のラインを纏い、胸に「f」の文字を刻んだ光の巨人が立っていた。
『これが……僕……?』
視界が数十メートルの高さへと跳ね上がり、奏は困惑に震えた。
見下ろせば、逃げ惑う人々や呆然と立ち尽くすLiella!のメンバーが、まるで指先ほどに小さく見える。
赤と銀のラインが走る自身の巨大な手を見つめ、彼は自分が人智を超えた存在──「光の巨人」になったことを悟った。
だが、戸惑っている暇はなかった。
ノイズに侵食された怪獣『テルプジゴラ』が、耳を劈く不協和音を撒き散らしながら迫りくる。
『みんなを、守らなきゃ……!』
奏は巨躯を震わせ果敢に地を蹴った。格闘の経験などない。ただ、目の前の脅威から大好きな人たちを遠ざけたい一心で、怪獣の太い腕を掴み、押し返そうとする。
鋭い爪の連撃を辛うじて腕の装甲で防ぐが、テルプジゴラの真の脅威は物理攻撃ではなかった。
怪獣が大きく口を開け、三百万サイクルの超高周波衝撃波を放つ。
『うああああっ!』
鼓膜を突き刺し、脳を揺さぶる破壊的な音波。
まともに浴びたフォルテの巨体が崩れ落ち、会場の地面を揺らした。
それと同時に胸に刻まれた「f」の形をしたタイマーが、警告を告げるかのように赤く点滅を始める。
その様子を建物の影から見守っていたサスカルは、帽子を深く被り直し、低く呟いた。
「むう……あの少年の初戦の相手には、ちと厳しすぎるか。やむを得ん、少し手助けをしてやろう」
サスカルが意識を集中させると、ステージ付近で身を寄せ合っていたLiella!のメンバーたちの脳裏に、直接その声が響き渡った。
『……聞こえるかね、少女たちよ』
「え? 頭の中から声がする? 誰? 誰が話しかけてるの!?」
かのんが周囲を見渡すが、声の主は見当たらない。
可可は目を白黒させながら隣のすみれに詰め寄った。
「頭の中に知らないおじさんの声が響いてマス! すみれ、可可の頬をつねって下サイ!」
「痛たたた! 急に何するのよ!」
可可が言葉の途中で我慢できずにすみれの頬を思い切りつねり上げ、すみれが悲鳴を上げてつねり返す。
「痛いデス! でも、この痛み……今、目の前で起きてる事も夢じゃないデス!」
混乱する彼女たちに、サスカルの声が再び厳かに響く。
『私が誰かなんてどうでもいい。それより君たちの歌であの巨人を……ウルトラマンフォルテを助けてやってくれ。君たちの歌声がフォルテの力になり、逆に精霊を怪獣に変えている宇宙の不協和音【カオス・ノイズ】を中和するのだ』
「私達の歌が……?」
恋が、そしてきな子たちが、倒れ伏して苦しむ巨人と、暴れる怪獣を交互に見つめた。
「……やろう! みんな!」
かのんの力強い掛け声に、十一人の心が一つに重なる。イントロなどない。彼女たちの喉から溢れ出したのは、彼女たちを結ぶ絆の旋律──。
【Let's be ONE】
その歌声が会場に響き渡った瞬間、空気が変わった。
テルプジゴラが耳を押さえるようにして動きを止め、戸惑うような声を漏らす。自分の中の「ノイズ」と、美しい歌声による「調和」が衝突し、苦しんでいる。
逆に、フォルテの全身には温かな光の粒が降り注いだ。
『力が……溢れてくる。みんなが、歌ってくれてるんだ……!』
奏はゆっくりと立ち上がり、左手首のフォルテボイサーに指をかけた。
歌声と共鳴し、ボイサーが黄金色に輝く。
『響け、安らぎの旋律……! フォルティシモ・レゾナンス・カノン!』
奏が指揮棒を振るうかのように優雅に右手を回すと、黄金の光線が円を描いて放たれた。
それは破壊のための光ではない。
包み込むような聖歌の調べと共に、怪獣の体内に渦巻く不協和音を優しく解きほぐしていく。
光に包まれたテルプジゴラは、やがて元の清らかな音の精霊へと姿を変え、光の粒子となって空へと溶けていった。
ライブ会場から少し離れた路地裏。
光の中に消えた巨人の代わりに、肩で息をする奏の姿があった。
「……終わったんだ」
「サスカッチ!」
聞き慣れない言葉と共に、サスカルが静かに姿を現した。
「サスカッチ……とは?」
「私の故郷、ディグル星の言葉で『合格』という意味だ。少年、いや音宮 奏。君はこの地球を蝕みつつある混沌――カオス・ノイズの脅威に対し、これからも抗っていく覚悟はあるかね?」
奏は一瞬、遠くで自分を呼ぶかのんたちの声を聞いた気がした。自分にしかできないことがある。この歌声を、この笑顔を守るために。
「……あります。僕、みんなを守りたいです」
迷いのない瞳。サスカルは満足げに頷いた。
「とは言え、君はこれまで私が見てきた勇者たちと比べても、まだあまりにも若い。私も君達の動向はなるべく気にかけるようにしよう。ではな」
「あ、待って……ありがとうございます!」
奏が礼を言い終わるより早く、サスカルの姿は霧のように掻き消えていた。
一人残された奏は、自分の左手首をそっと撫でる。そこにはもうボイサーの姿はないが、確かな熱が残っていた。
不安がないわけではない。
けれど、胸に宿った勇気という名の旋律が、彼を突き動かしていた。
「……早く行かなきゃ。みんなのところに」
奏は土埃を払い、笑顔を作る。
大好きなLiella!のメンバーたちが待つ、会場へと走り出した。