ウルトラマンフォルテ   作:骨切りアギーラ

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第2話

巨人と怪獣が出現したあの日から数日。世界は未曾有の事態に揺れていた。テレビやSNSでは連日連夜、赤と銀の巨人の話題で持ちきりだ。

 

そんな中、鬼塚夏美が「バズるチャンスですの!」と匿名掲示板やSNSに密かに流した『ウルトラマンフォルテ』という呼称は、まるで最初からそう決まっていたかのように、瞬く間に世間へと浸透していった。

 

一方、結ヶ丘女子高等学校の近隣にある結ヶ丘大学では、米国製の最新型スーパーコンピューターが導入され、IT界隈の注目を集めていた。

 

「一度拝んでみたい……。できれば中身をすべて分解して、構造を解析したい。超並列処理による演算限界値が、私の知的好奇心を加速させる……」

 

科学マニアの若菜四季などは怪獣騒動の中でもなお、その新機体に異常なまでの執着を見せていたが、この文明の利器が不協和音の苗床になろうとは誰も予想していなかった。

 

「はぁ、はぁ……っ……!」

 

早朝の公園。

朝霧が立ち込める中、奏は泥だらけになりながら、一人トレーニングに励んでいた。初戦での苦い記憶が、重い楔のように彼を突き動かしていた。

 

自分がもっと強ければ、みんなを怖がらせずに済んだのではないか。

怪獣になった精霊をもっと早く、傷つけずに助けられたのではないか。

エルチューブで格闘技の解説動画を漁り、見よう見まねで拳を振るうが、付け焼き刃の訓練は思うようにいかない。体は悲鳴を上げ、鋭い焦燥感ばかりが胸を掻き乱す。

 

「あ、奏くん。こんなところで何してるの?」

 

不意に背後から声をかけられ、奏は心臓が口から飛び出すほど驚いた。そこには、軽やかな足取りで近づいてくるランニングウェア姿の嵐千砂都が立っていた。

 

「あ、千砂都さん! ええと……ちょっと運動を、と思って」

 

「顔、真っ赤だよ? はい、これ。喉渇いてるでしょ」

 

千砂都は屈託のない笑顔で、自分が一口飲んだばかりのスポーツドリンクを差し出した。

 

「えっ、あ、ありがとうございます……」

 

奏は激しくドギマギした。姉弟同然に育った仲だ。

千砂都には一片の他意などないだろう。だが、思春期の男子にとって「間接」はあまりに刺激が強い。断るのも意識しているのがバレそうで、彼は茹で上がった顔を伏せぎこちない動作でそれを受け取った。

 

隣のベンチに座った千砂都は、奏の震える手を見て、その小さな掌を彼の手の上にそっと重ねた。

 

「焦ってる? 何に対してかは分からないけど……今の奏くん、昔の私に似てるかな」

 

「千砂都さんの、昔……?」

 

「うん。私ね、小さい頃は本当に弱気で泣き虫で、いつもかのんちゃんに庇ってもらって。でもそんな自分を変えたくて、守られるだけじゃない強い人間になりたくて、ダンスを始めたんだ」

 

彼女は昇り始めた朝日を見つめ、懐かしむように目を細めた。

 

「でもね、一朝一夕にはいかなかったよ。最初は全然体が動かなくて、何度も転んで、自分の不器用さに泣いた夜もあった。結局、少しずつ積み重ねるしかなかったんだ。それに……奏くん。その途中で誰かを頼ることは、全然悪いことじゃないんだよ。奏くんも、もっと私達や、君の側にいる誰かを頼っていい。」

 

千砂都の柔らかい手が、奏の髪を優しく撫でる。その温もりに、奏の強張っていた心が氷解していくのが分かった。独りで背負う「勇者」の重荷が、彼女の言葉で少しだけ軽くなった気がした。

 

その数日後、恐れていた事態が起きた。

 

結ヶ丘大学に導入されたスーパーコンピューターに『カオス・ノイズ』が憑依。無機質な機械の集合体はサーバーラックを装甲のように纏い、巨大な電子の怪獣『ノイズバス』へと変貌し、校舎を内側から突き破って出現した。その身体には『テルプジゴラ』と同様に、歪んだ音符の紋章が黒く輝いている。

 

「計算外の事態。私の愛したスパコンが、あんな醜悪な不協和音を奏でるなんて……非合理的」

 

部室からその光景を見た四季が、苦い表情で呟く。

中学校が急遽休校となり、奏は人混みを縫って現場へ急行した。

ノイズバスは無機質な電子音を街中に響かせながら、結ヶ丘女子高等学校の方角へ、冷徹な足取りで進撃を開始している。

 

「行かなきゃ……! 響け、勇気の旋律! フォルテ・シンフォニー!」

 

光と共に現れたフォルテ。しかし、ノイズバスは想像以上の難敵だった。最新型コンピューターの予測演算機能により、フォルテの動きはすべてデータ化され、パンチやキックは紙一重で回避されてしまう。逆に、予測の死角から放たれる正確無比なレーザー攻撃が、フォルテの胸部を何度も射抜いた。

 

ピコン、ピコン……。

早くもカラータイマーが悲鳴を上げ始める。

 

『くっ……攻撃が読まれてる……!』

 

苦戦する巨人の姿に、校舎の屋上へ駆けつけていたLiella!の少女たちが叫ぶ。

 

「私たちが、あの巨人の───フォルテの力に! 歌おう、みんな!」

 

かのんの号令で、再び十一人の歌声が響き渡った。

 

【始まりは君の空】

 

未来へと続く夢を歌ったその旋律は、空を震わせ、ノイズバスの演算回路に「調和」という名の致命的なバグを叩き込む。

 

『ピ、ピピ……ガガッ……! エラー……予測不能な……波長を確認……!』

 

完璧な論理(ロジック)で動いていた怪獣が、歌声が紡ぐ感情のエネルギーに翻弄されその動きを止めた。

 

(今だ!)

 

千砂都の言葉が、奏の脳裏を駆け巡る。

 

『積み重ねること。そして、誰かを頼ること。』

 

今の自分は一人じゃない。11人の歌声が、千砂都の温もりが、僕を支えてくれている。

動きの鈍ったノイズバスに、フォルテの渾身の拳が初めてクリーンヒットした。衝撃波が電子の装甲を粉砕し、不気味な不協和音をかき消していく。

 

『響け、安らぎの旋律……! フォルティシモ・レゾナンス・カノン!』

 

フォルテが両腕を十字に組む。放たれた黄金の光線は暴力的な熱ではなく、深い慈愛に満ちた旋律となってノイズバスを包み込んだ。

 

電子の不協和音は瞬く間に浄化され、怪獣は再び、静かに眠るスーパーコンピューターへと戻っていった。

幸いにも四季が望んだ「中身」は無事であり、大学の被害も最小限に食い止められた。

 

夕暮れ時。

 

激戦を終え、土手のベンチで一人佇む奏は、赤く染まった左手首を見つめていた。

そこにはもうフォルテボイサーはない。

けれど、肌から伝わる熱の中に、自分の中に宿る勇者の魂を確かに感じることができた。

 

「……フォルテ。僕、もっと頑張るよ。一人で焦るんじゃなくて、みんなと一緒に、少しずつ強くなっていこう」

 

自身の心に語りかける奏。その言葉に呼応するように、胸の奥で小さな光がトクンと温かく灯った。

顔を上げると、遠くから「奏くーん!」と手を振る千砂都とかのんの姿が見えた。

 

一歩ずつ、けれど確かな足取りで、奏は彼女たちが待つ、光り輝く場所へと歩き出した。

 

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