平穏な午後の空を切り裂き、都内上空に巨大な幾何学模様の魔法陣が展開された。それは白昼夢のように美しく、そして不気味なほどに静謐だった。
そこからゆっくりと、まるで天から降り立つ神の如く舞い降りたのは、純白の装甲を纏った、人型ドラゴンのようなフォルムの巨体。金と黒の装飾が施されたその姿は、現代の科学技術を遥かに凌駕する神秘性を湛えていたが、その表面には数多の星々を渡り歩いてきたであろう激戦の傷跡が深く刻まれていた。
右腕のクローは三本のうち一本が根元から欠け、左腕の回転剣も半ばから無残に折れてしまっている。装甲の隙間からは時折、バチバチと青白い火花が散り、その巨体が限界に近い状態であることを示唆していた。
「……何、これ。CG…じゃないわよね?」
「統計学的に見て、現存するどの国家の兵器とも一致しません。……未知のオーバーテクノロジーです」
トレーニングの休憩中だったLiella!のメンバーも、急遽報じられたその姿をスマホの画面で確認して、その圧倒的な存在感に息を呑んだ。
法改正により迅速な出動が可能となった自衛隊が、戦車や戦闘ヘリでその巨体を幾重にも包囲する。しかしその巨体は沈黙を保ったまま、微動だにしない。ただ周囲の空気を震わせるような不可視の超音波を発し、この世界の文化、言語、そして「音」を精査しているようであった。
だが翌日。その沈黙は最悪の形で破られた。
突如、その瞳を真紅に発光し再起動したロボットは、自衛隊の浴びせる砲弾を雨あられと被弾したにも関わらず、全くの無傷。子供をあしらうかのように戦車を蹴散らし、冷徹な侵攻を開始した。
その進路の先には、皮肉にも平和と音楽の象徴であるスクールアイドルのイベントに参加していたLiella!の姿があった。
「ア、アレって例のロボット…!? 私たちの歌を邪魔しに来たっていうの!?」
パニックに陥り逃げ惑う群衆。悲鳴と怒号が飛び交う中、ロボットは正確なセンサーで澁谷かのんをロックオンした。
「え……私?」
逃げ遅れた子供を庇おうと立ち止まったかのんの頭上に、巨大な影が差す。ロボットは胸部のハッチを静かに展開すると、吸い込まれるような光の帯を放ち、抗う術のない彼女を内部へと取り込んだ。
直後、街中のスピーカーや巨大ビジョンがジャックされ、かのんの声が冷酷に機械合成された無機質な宣言が響き渡った。
『この世界の解析は完了した。各地で起きている不協和音、紛争、差別、残虐さを理解した。この世界のために、争い全てを停止させる。別の世界でもそうさせてきたように、全ての争いを止める。すなわち、この世界をリセットする。それが我が正義……我が名は、ギャラクトロン』
「何が正義デスカ! あなたの言ってる事はおかしいデス! かのんを離しなさい!」可可が涙を浮かべて絶叫する。
「かのんちゃんを返して! お願い、返してよ!」千砂都が、鋼鉄の足に縋り付かんばかりの勢いで声を荒らげる。
「かのんを返して! 主役を奪っていいのは、私だけなんだから……!」すみれも声を枯らして訴えかける。
恋は拳を震えるほど握り締め、メイやきな子、四季、夏美、冬毬も「かのん先輩!」と悲痛な叫びを上げた。
「しっかりしなさい、澁谷かのん! そんなガラクタに負けるんじゃないわよ!」マルガレーテの厳しい激励さえも、厚い装甲に跳ね返され、空しく霧散していく。
「……ふざけるな」
現場に駆けつけた奏の胸中に、かつてない激しい怒りが燃え上がった。怪獣とは違う。これは明確な「意志」を持って、大好きな音楽を、大切な居場所を、自分勝手な理屈で踏みにじろうとしている。
(行こう、フォルテ……!)
奏は人混みを走り抜け、光を掲げた。
「響け、勇気の旋律! フォルテ・シンフォニー!」
光の中から現れた巨人、ウルトラマンフォルテ。彼は着地の衝撃を待たず、迷わずギャラクトロンへ突進した。だが満身創痍に見えたその機械神は、想像を絶する戦闘力を秘めていた。
折れた剣はなおも鋭くフォルテの腕を弾き、巨大なクローが胸の装甲を深く切り裂く。さらに後頭部から伸びるアーム『ギャラクトロンシャフト』が生き物のようにしなり、フォルテの首を絞め上げ、容赦なく地面に叩き伏せた。
『ガハッ……!』
奏は苦悶の声を上げる。反撃しようにも内部にはかのんが囚われている。一撃でギャラクトロンを粉砕できるスタッカート・モードも、大地を揺らすロック・フェイズも、彼女を巻き込む恐れがあるため使えない。
(せめて、みんながいない場所へ……!)
フォルテはギャラクトロンの重い胴体を強引に抱え上げ、残された力を全開にして飛翔。激しく暴れるギャラクトロンを何とか抑えつけながら、市街地を離れた場所へと戦場を移した。しかし、着地した瞬間に奏の限界が訪れた。エネルギーをほとんど使い果たした身体に、ギャラクトロンの冷徹な一撃が重く響く。
カラータイマーが激しく明滅し、光が粒子となって崩れていく。
人間の姿に戻った奏は、衣服を引き裂かれ地面に這いつくばりながら、目前に立つ白銀の脅威を見上げた。
『かのん、さん……。ごめん、なさい……っ……力、が……』
動けない奏。振り下ろされるであろう無慈悲な一撃。
だが、その時。ギャラクトロンの全身からプシュッ、と高圧の白い蒸気が噴き出した。
(……?)
各部の発光が明滅し、弱まっていく。重苦しい金属音と共に、機械神はその動きを完全に停止させた。あまりに激しい損傷の蓄積か、あるいはこの世界の「複雑な感情」を解析しようとして莫大なオーバーロードが発生したのか。
静まり返った森の中、墓標のように動かなくなった白銀の巨体と、荒い息をつく少年だけが残された。
しかしかのんは未だ、その冷たい鋼鉄の檻の中に閉じ込められたままであった。
澁谷かのんの実家のカフェには、重苦しい静寂が満ちていた。普段なら焙煎された豆の香ばしい匂いが鼻をくすぐり、客の談笑が絶えないはずのその場所は、いまや古びた墓標のように冷え切っている。愛娘の危機に母は顔を蒼白にして震え、妹のありあはその手を必死に握り締めていた。
「……お姉ちゃん、大丈夫だよね?」
ありあの震える声に、誰も答えることができない。Liella!のメンバーたちも鋼鉄の巨人に連れ去られたかのんを思い、かつてない絶望感に沈んでいた。
沈黙を破ったのは、タブレット端末の画面を鋭い目付きで凝視していた四季だった。
「あのロボット……ギャラクトロンは、冷却機能が故障している」
淡々と、けれど確信に満ちた声が響く。彼女が放ったステルス機能付き高性能ドローンの解析によれば、ギャラクトロンは激戦の傷跡ゆえか、熱排出が正常に行われていないという。
「長時間全力で稼働すれば、オーバーヒートして停止する。前回山奥で止まったのもそれが原因。……でも、今回は市街地。アイツが本気を出せば、冷却が追いつく前に街は消滅する」
「じゃあオーバーヒートさせればかのんちゃんを助けられるの!?」
千砂都が身を乗り出すが、四季は首を振った。
「自衛隊でも、私たちでも、かのん先輩を救い出すのは不可能。……できるとすれば、やはりウルトラマンフォルテだけ」
その言葉を、奏は奥歯を噛み締め、拳を握り締めて聞いていた。
(スピードが必要だ。でもあのロボットはボロボロの状態でも、今までのどの怪獣よりも強く、僕の動きを完全に見切っていた……。もっと速く、もっとトリッキーな動き。そう、音楽で言うなら、予測不能なジャズのようなリズムが必要なんだ!)
翌日。冷却を終え、再び不協和音を撒き散らしながら「リセット」のために進撃を開始したギャラクトロン。その進路には、避難しきれなかった人々が逃げ惑う市街地が広がっていた。
地響きを立てて歩む鋼鉄の魔神の前に、まばゆい銀色の光と共にウルトラマンフォルテが舞い降りた。同時に、四季の高性能ドローン『リエラドロン』が周囲を旋回し、戦況をモニターする。
『フォルテ……奴の弱点は冷却機能。力押しではなく、攪乱して。奴の演算をオーバーフローさせて、強制的にオーバーヒートを狙って!』
四季の声に応え、フォルテは鋭い眼差しで頷いた。戦いの火蓋が切られる。
フォルテは猛烈な連撃を加えるが、ギャラクトロンは破損した剣とクローを、機械的な無慈悲さで振るい、冷徹にそれを捌き続ける。
カオス・ノイズに侵されていないギャラクトロンに効果は無いが、それでも少しでもフォルテの支援になれば、そして囚われの身のかのんに届けば…と願い、Liella!の歌声が戦場に響き渡る。
【青春HOPPERS】
かのんを欠き、本来の形からは不完全だが、それでもその軽快かつ自由な旋律は、奏の魂を後押しし、加速させる。
(もっと速く! ジャズのように自由な、僕だけのステップで!)
奏の魂が限界を超えたエネルギーを欲した。その時、フォルテの心核に宿る光が変質を始める。身体から紫と水色の、電気信号のような鋭い光が迸った。
(もっと、もっとだ! もっと速く! 奴の予測を、僕の限界を超えるんだ!)
フォルテボイサーから軽快な、跳ねるような自由の調(しらべ)が鳴り響く。
「シュワッ!!」
フォルテから迸る閃光が太陽のごとき輝きを増した。
(見えた!これが、僕の新しい姿!)
フォルテボイサーに力強く、自由への咆哮を叫ぶ奏。
『跳ねろ、自由の調べ! フォルテ・ジャズ!』
眩い光の中から現れたのは、細身でスタイリッシュな、風のように軽やかな新たな姿。
フォルテは空間に浮かび上がった光の五線譜を、音の足場として軽やかに踏み抜いた。一歩ごとに加速し、もはや肉眼では紫の残像しか捉えられない。
右、左、そして頭上。予測不能な角度からの超高速ヒット・アンド・アウェイ。
「ギ……ガ……ガガガ……致命的、エラー」
ギャラクトロンのセンサーがフォルテの座標をロストする。演算回路は極限負荷により暴走し、装甲の隙間から真っ赤な火花と絶叫のような蒸気が噴き出した。
『今だ!』
フォルテは動きを止めた巨体の胸部装甲を、光を纏った鋭い手刀で精密に切り裂く。内部の空間にそっと手を差し入れ、囚われていたかのんを壊れ物を扱うような優しさで救い出した。彼女を安全なビルの屋上へ横たえると、フォルテは再び、火を噴く機械神と向き合う。
オーバーヒートしながらも、なお「文明のリセット」というプログラムに従い、震える足で立ち上がろうとするギャラクトロン。奏はその虚無な瞳に、一抹の憐れみを感じた。
(……君も、誰かに利用されているだけなんだね。さよなら)
奏は憐れみを込め、フォルテボイサーに叫んだ。
『鳴らせ、光の調べ……!ブルーノート・イリュージョン!』
空中に無数の虹色の鍵盤が展開される。フォルテはそれを超高速で駆け抜け、全方位から光の矢を浴びせた。
「ガガ……リセット、失敗……」
無数の矢に貫かれ、ギャラクトロンは最後に静かな駆動音を残し、大爆発と共に夜空へ散った。
数日後。
「………では、かのん先輩! 退院おめでとうございますっす〜!」
カフェは貸し切りにされ、賑やかな笑い声に包まれていた。衰弱していたかのんも無事に退院し、主役として少し照れくさそうに、けれど元気よく笑っている。
「もう、みんな大げさだよぉ。ちょっと寝込んでただけなのに」と言いながらも、その瞳には、再び仲間と囲む食卓への嬉しさが滲んでいた。
「かのんが助かったのは、私の日頃の行いがギャラクシーだったからね! 私の美しさが神様に通じたのよ!」
「何言ってマスカ! すみれじゃなくてフォルテのおかけデス! 奏くんもそう思いマスよね!?」
いつも通りのすみれと可可の喧嘩が、ようやく日常の帰還を告げる。千砂都や恋も張り詰めていた糸が解けたように、心からの穏やかな笑顔を見せていた。
「べ……別に、私は心配なんかしてなかったし!ただ、かのんがいないと練習もできないから困ってただけよ!」
顔を背けて強がるマルガレーテに、冬毬が紅茶を注ぎながら容赦なく追い打ちをかける。
「おや、かのん先輩の無事が伝えられた瞬間、膝から崩れ落ちて号泣していたのは誰でしたか?」
「ちょっと、冬毬! 余計なこと言わないで!」
真っ赤になって怒るマルガレーテと、それを見て笑う仲間たち。その賑やかさを眺めながら、奏は温かい紅茶を啜った。窓の外には、怪獣の傷跡が残る街が広がっているが、人々は明日へ向かって歩き始めている。
失われるかもしれなかった、この幸せな音楽。
(守れて……本当によかった)
奏は窓の外の透き通った青空を見上げ、自分の中に宿る勇者の鼓動を感じていた。彼は誓う。これからもこの歌声が響き、誰もが笑い合える世界を、フォルテと共に守り抜くことを。