イナズマイレブン アレスの天秤 IF「もしも円堂が故障して、雷門に残っていたら」 作:レイメイミナ
ㅤ伊那国中。小さな孤島に存在する、そのまた小さい中学校に、とある転校生がやってきた。
「小僧丸サスケだ。……よろしく」
ㅤふくよかな見た目に反し愛想の悪い少年は、軽い自己紹介だけを残して席に着いた。
ㅤその放課後、小僧丸は校内を探検し、どこに何があるかを把握する作業をしていた。面倒だ、さっさと帰りたいと思っていたところ、自身の足元にひとつのサッカーボールが転がってくる。
「すいませーん!ㅤ蹴ってくれますかー?」
ㅤ体格の良い褐色の青年がそう声をかけるので、言われた通り蹴り返そうとした小僧丸。しかし、彼はただの少年ではない。ちょっとした出来心が働いた彼は、軽くボールを浮かし、炎を纏うような回し蹴りを喰らわせる。ボールは緩やかなカーブを描き、瞬く間にゴールネットへと打ち付けられる。その様子をキーパーをしていたくせ毛の少女は呆然と見ているだけだった。
「ほらよ」
「あ、ありがとう」
ㅤ小僧丸はサッカーが好きだ。しかしただ好きなのではない、本気でやっていたのだ。彼が憧れた『炎のストライカー』からの言葉を胸に、わざわざディフェンダーからフォワードに転向するほどだった。
ㅤ小僧丸が歩き出そうとすると、目にも止まらぬ速さで彼に駆け寄ってくる人影がいた。
「待って待って待って!ㅤ君、今のシュートは!?」
「な、なに」
「お、俺!ㅤ稲森明日人!ㅤサッカー部でサイドバックやってんだ!ㅤねぇ、君転校生でしょ?ㅤ良かったらうちのサッカー部に──」
「こら明日人!ㅤ困ってるだろ」
ㅤ明日人を追いかけるように現れた整った顔の少年。まくし立てる明日人の勢いに小僧丸は困惑の眼差しを向けていた。
「でもでも!ㅤ今のシュートすごかったじゃん!ㅤこの人が入ればフットボールフロンティア優勝も夢じゃないよ!」
「お前まだそんなこと……。あー、すみません。こいつ島一番のサッカーバカでして……、ほら行くぞ明日人!」
ㅤ整った顔の方は小僧丸の方を向いて会釈をすると、引きずるようにして明日人を校庭へと連れて返した。そして、入れ替わるように先程の褐色の青年がやってくる。
「すみませんね、うちのやつが」
「いえ、まぁ、入る部活も考えなきゃなんで」
「……そしたら、僕の方からも誘いたいかな。無理にとは言わないけど、君のシュートは素人のそれじゃない。良かったら見ていくだけでも──」
「いい、断る」
「……そうですか、すみません」
ㅤ青年はきっぱりと断る小僧丸を見て、残念そうな顔をして校庭に戻ろうとした。そんな矢先、突如サッカーボールが再び小僧丸の元に届けられた。
「……は?」
「打ってこいよ!ㅤどんなシュートでも俺が止める!」
ㅤ例のサッカーバカ、稲森明日人が届け人であった。
「明日人、お前いい加減に……」
「サッカー、やってたんでしょ?ㅤあんなシュート打てるのは、相当サッカーが好きなやつぐらいだよ」
ㅤ弱小サッカー部の、情熱だけは一丁前なサイドバック。そんなちっぽけな存在が自分のシュートを止めるだと?ㅤ小僧丸はそんな彼の言葉に苛立ちを覚えた。元ディフェンダーだからこそ、彼の姿が小僧丸には愚かに見えた。だったら打ってやろう、あいつが絶対に取れないようなシュートを。
「……『ファイアトルネード』!」
「なっ!?」
ㅤボールを遥か上空に打ち上げ、炎の渦を巻いて放つ必殺シュート、『ファイアトルネード』。サッカーをしている者なら誰もが知っている、『炎のストライカー』の必殺技だ。
ㅤ明日人はそれを胸で受けるが、止まることはなく即座に弾き返される。しかし、彼は転ぶことはなかった。正確に言うと絶対に転ぶ直前に踏ん張り、打ち上げられたボールをヘディングで打ち返したのだ。
「……へ、へへ。どうだ!」
「鼻血出てるぞ」
ㅤまじか、と小僧丸は思った。確かに人に向けて打つ以上、多少は手加減したが、それでもまさかブロックされるとは思わなかった。しかしシュート一発にあれだけのダメージを負うようではまだまだ全国には程遠い。
ㅤ鼻血を腕で拭った明日人は、ヘロヘロのまま小僧丸の元に近付いてくる。
「改めて、俺、稲森明日人!ㅤ君は?」
「…………、小僧丸、サスケ」
ㅤ小僧丸は決して流されたわけでも、考えが変わったわけでもない。自身にそう言い聞かせながら、一週間だけサッカー部の練習を見ることにした。
伊那国中のメンバーは決して強くはない。せいぜい気合とまぐれを重ねて予選を一、二回勝って敗退が関の山だろう。しかし、光るものは感じる。特に例の二年・稲森明日人、氷浦貴利名は出身校によっては全国クラスになれるポテンシャルがある。
何よりも、やつらには誰よりもサッカーを楽しみたいという"熱"を感じる。次第に小僧丸は心を許すようになった。
一週間後。
小僧丸はサッカー部への入部届を持ってグラウンドに向かっていた。しかし……。
「どういうことですか⁉ いきなり廃部なんて!」
「決定事項だ。お前もサッカー部の部長なら理由もわかってるだろう」
「それはそうですけど、納得いきませんよ!」
小僧丸は何やら教員と揉めている褐色の青年、もとい道成達巳の姿を見かけた。
「どうしたんだ?」
「あ、小僧丸……」
道成は事の顛末を話した。
去年、中学サッカー大会「フットボールフロンティア」での雷門中の優勝から、中学サッカー界は隆盛を極めた。国内外からの出資が後を絶えず、サッカー部にはスポンサーがようになった。しかし、それらは決していいことではない。
「スポンサーがつかなかったのか」
「一応、万作の家が寿司屋をやってるんだけど、スポンサーになれるようなとこじゃ……」
「なるほどな。逆に今までよく続いてたぐらいだ。それもあいつのせいか」
「明日人、大丈夫かな……」
スポンサーがつかないサッカー部は他校との格差が広がり、力をつけることが難しくなる。さらには機材すらも満足に買えなくなり、資金難によって廃部することが多い。この意図的とも見れるシステムの渦に、この学校も巻き込まれたのだ。
「キャプテン! 明日人が、明日人の母さんが……!」
「えっ」
稲森明日人はサッカー部廃部の知らせを受けたとき、他の誰よりも食い下がった。しかし、この寂れた孤島のサッカー部を助けてくれるスポンサーなど存在しない。ほかの仲間からの静止もあり、彼は渋々廃部を受け入れた。授業では引き続きサッカーを取り扱うし、例え部活でなくともサッカーはできる。その言葉に明日人は頷くしかなかった。
サッカーボールを抱え、ひとり帰路につく明日人。正確に言えば向かっているのは自宅ではなく、島に一つだけ存在する病院だ。ここに、明日人の母が入院している。毎日、日が暮れるまでサッカーをして、その様子を入院中の母に教えて会話するのが彼の日課であった。この話を聞けば母は悲しむかもしれない。それでも、言わなければならないのだ。それに、サッカーはどこでだってできる。そう、自分に言い聞かせながら。
「え……」
「……お母様は、最期まで息子さんのことを気にかけていました。あの子のサッカーを楽しんでる姿を見るのが好きだと」
もう限界だったのだ。そんなことは、明日人にもわかっていた。
明日人には、両親と妹がいた。父親にサッカーを教えてもらい、兄妹で楽しくサッカーをして暮らしていた。その最中、突如父と妹と別れることになったのだ。──『アレスの天秤』によって。
それからは明日人と母、二人だけになった。それからすぐ明日人の母は病気にかかり、そして…………とうとう明日人は独りになった。
明日人は膝をつき、ただ虚空を見つめた。これからもあるはずだった道、あるかもしれなかった道、それらすべてが虚空に消え、明日人から何もかもを奪っていく。
「ぐっ、うう、あ────‼」
「どうすんだよ、これから」
「……」
「なぁ、明日人」
「……」
「明日人!」
小僧丸が呼びかける。
明日人らしさなど、一週間そこらの付き合いでわかるものでもないが、あまりにも明日人らしくないしおらしい姿に小僧丸は苛立っていた。
「ごめん、小僧丸」
明日人が口を開いた。
「俺、もう……無理だ」
「ふざけ──」
「明日人、小僧丸!」
小僧丸が明日人に掴みかかろうとした瞬間、氷浦が二人のもとに駆け寄ってきた。
「……氷浦」
「道成さんと、校長から話があるって」
三人は学校に向かった。
「転校、ですか」
「……君たちがサッカーを愛していること、それは島中の人間が知っている。だからこのような結果になったことは残念でならない。それは私からのせめてもの償いだよ」
「明日人、『サッカー強化委員制度』は知ってるか?」
「あの、優秀なサッカープレイヤーを各校に派遣するっていう……」
「あぁ。うちには来ないと思ったが、校長がサッカー協会と掛け合ってみたんだ。そしたら、ひとつだけ条件を出された」
「君たちサッカー部を全員、あの雷門中に派遣する」
「雷門に⁉」
その言葉は明日人、小僧丸、氷浦の三人にとっては衝撃そのものだった。
「待てよ、今の雷門ってその強化委員制度で、もぬけの殻になってんじゃ……」
「一人だけ、いるんだ」
「え?」
小僧丸の問いかけに、道成が答える。
「一人だけ、あの雷門に強化委員が残っている。去年、海外チームとの親善試合で故障を起こしたあの……」
「円堂、守……」
道成の言葉を待たずして、明日人はつぶやいた。
円堂守……雷門中のキャプテンにして、数多の必殺シュートを食い止めてきた守護神。今は腕の骨折で現役を退いており、雷門中のメンバーが強化委員として派遣されていく中、ひとり雷門に残った人物。そんな彼がいる雷門中に伊那国中サッカー部を派遣することが、サッカー協会が打ち出した提案だった。
「雷門中サッカー部として、他校に対し一勝する。そうすれば雷門中のスポンサーとして、君たちにスポンサーを斡旋する。それがサッカー協会からの条件だ。悪くはない条件だと思っている」
「俺も同じ意見だ。だが、俺だけの一存で決めていいことではないだろう」
お前が決めてくれ……と、明日人は問いかけられた。
明日人にとっても、これはまたとないチャンスだ。今のまま燻っているより、都会に出てサッカーをすること、それもあの雷門でサッカーをすることの方が絶対に良い。
けれども、今の明日人には……サッカーのために故郷を離れる理由はなかった。
校長室の窓から、空を見上げる。
天国の母に言うように、自分の思いを思い浮かべる。
サッカーが好きだ。でも、その前にこの島のことが好きなのだ。そして、自分をサッカーへと導いてくれた家族は…………もういない。
そこまで考えて、はっとした。
……まだいる。
ユリカ……明日人の妹は、きっとアレスの天秤のもとで、都会で暮らしているはずだ。父と一緒に。
見つけるのはきっと困難だ。でも、ユリカだってサッカーをしているはず。だったら……。
「──てっぺん」
「え?」
「フットボールフロンティアの、てっぺん」
「は、まさかお前……優勝しようなんて言うんじゃないだろうな⁉」
「そのまさかだ。優勝すれば、世間の注目は俺たちに集まる! そうすればきっと……都会に行ったユリカと、父ちゃんに会えるかもしれない!」
それに、と明日人は心で付け足す。
(母ちゃん、俺…………やっぱりサッカーがしたいよ)
「校長、俺やります!」
「待てよ明日人! 話に乗るだけならともかく、優勝なんて、それ本気で……」
「今日が駄目でも、諦めなければきっと明日はやってくる! でしょ、キャプテン」
「……お前の母さんの言葉だな」
明日人の名の由来。明日人はその言葉が好きだった。
そうして、伊那国サッカー部の雷門中への派遣が決まった。
「まさかまた転校することになるとはな……」
「親の説得が大変だったよ、『手伝いどうすんだ』ってさ」
「な。しこたま怒られたぜ」
小僧丸のぼやきにキャップを被った青年・万作が同調する。
「都会って、一回行きたかったんだよねぇ」
「へっ、田舎者の言葉ですね……」
「奥入、お前人のこと言えないだろ」
くせ毛の少女。のりかを笑うメガネの少年・奥入に兄貴肌の三年・剛陣が釘を刺す。
「みんな、これはまたとない機会だ! 故郷を出るのは名残惜しいけど、これからの経験を糧にもっと強くなっていこう!」
『はい!』
道成の言葉に、みんながついていった。
明日人は、天国の母と、都会にいるであろう父とユリカに思いを馳せた。
「母ちゃん、いってきます」
そうして始まる、新たな物語。
バンダナを頭にし、いつも砂っぽさが残るやや褐色肌の青年……円堂守が校門に立っていた。
「楽しみだなぁ、どんなやつらなんだろ! わくわくしてきたぜ!」
今日の格言!
『今日が駄目でも、諦めなければきっと明日はやってくる!』
以上!