篝火「アノール・ロンドの酒場」   作:上代わちき

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 ヤーナム編最終回です。


四品目「パパナシ」

 

 いらっしゃいませ。

 狩人のお客様。

 

 「鴉刃の魔物」を斃したのですね。

 これで、悪夢は打ち破られました。

 

 

 いずれこの「狩人の墓場」も消え去り、囚われていた者達も成仏することでしょう。

 悪夢を彷徨う狩人達も、"王子"となった者達も、獣達も。

 

 そして「鴉刃の魔物」自身や、奴に抱かれていた赤子も。

 みんなこの悪夢から解放される。

 

 

 

 まぁこの酒場がある間は、空間として成立しますけどね。

 ほら、私もまた人ならざる身ですから。

 

 

 ……ご安心を。

 私は赤子を求めることはいたしません。

 

 もとより私と奴らは別物ですが……それ以上に、私の同族はもう殆ど滅びました。

 その運命を覆すつもりはないのです。

 

 

 ただ、少しだけわがままが許されるのなら。

 人の身に偽って各地を旅して得た、様々な料理の味を皆様にお伝えしたい。

 

 それぞれの料理に込められた意志を、どうか人々に継承されていってほしい。

 ただそれだけなのです。

 

 

 

 

 かつて一時期、私はこの辺りを旅しておりました。

 人の文化を知り、食べ物を知り、そして意志を知るための旅でした。

 

 その一環として、小高い丘の木の家のご厄介になっていました。

 前々からお伝えしている通りです。

 

 

 

 暖かい木の家の家主には、奥様がおられました。

 なんでも、教会の狩人として西へ遠征した際に出会ったのだとか。

 

 教会の狩人は、西に潜むある血族の族滅を命じられ、その任を果たしました。

 その血族は獣の病の根源とされ、そして事実西の地では獣が蔓延っていました。

 

 家主の奥様は、その西の地から生き延びた数少ない一人です。

 

 

 

 西の血族は確かに族滅し、狩人と奥様は東へと帰り、そしてあの小高い丘に木の家を建てられました。

 あの暖かく牧歌的な景色が、凄惨な悲劇と返り血により傷ついた二人の心を癒したのです。

 

 

 そんなお二人の大好物が、パパナシです。

 この辺りにおける伝統的な揚げ菓子でして、サワークリームやジャムをかけて楽しめます。

 

 あの家で食べるパパナシは、本当に絶品でした。

 その味を、この度再現いたしました。

 

 

 

 「パパナシ」です。

 酒に合うよう「工夫」いたしましたので、おつまみとしても楽しんでいってください。

 

 

 

 

 悪夢は狩り取られました。

 私がこの店を閉めてしまえば、空間としても霧散することでしょう。

 

 ……ご安心を。

 お客様が狩りを全うするまでの間ぐらいは、しばらくこの地で経営を続けます。

 また酒が飲みたくなったら、ご来店ください。

 

 

 

 尤も、別の世界においてはその限りではないでしょう。

 それだけこの悪夢の根は深い。

 

 この世界だけでも、報われてよかった。

 

 

 

 一方で。

 その実、まだ報われていない人が一人だけ残っています。

 

 「狩人の墓場」の最下層にいる獣、「赤ずきん」です。

 

 

 

 もしかしたら、お客様も既に挑まれているのかもしれません。

 ですがあの獣は生存本能が強く、狩猟に至らなかったと存じます。

 

 彼女は、もうずっと赤子を求めてさまよい続けているのですから。

 自身の赤子を見つけるまで、死ぬわけにはいかないのです。

 

 

 

 ……彼女は、「赤ずきん」は。

 かつて私がお邪魔した、小高い丘の木の家に住んでいた、家主の奥様です。

 

 私が再び旅へ出た後、奥様は家主との子を産みました。

 その赤子には、かつて家主が浴びた"血族の返り血"が流れていたのです。

 

 

 

 だからなのでしょう。

 あの小高い丘の地もまた、悲劇の地となりました。

 凄惨な悲劇は多くの狩人をも巻き込み、ある狩人狩りが事態を治めるに至ります。

 

 そして狩人であった家主も悪夢に囚われ、赤子と共に「鴉刃の魔物」に狩られました。

 西の悲劇は、まだ終わっていなかったのです。

 

 

 

 

 お願い申し上げます。

 狩人のお客様。

 

 どうか、あの燃え盛り血に渇いた獣「赤ずきん」をおくっていただけないでしょうか。

 

 

 血族の返り血は彼女をも蝕み、獣としての「赤ずきん」は燃えている。

 故に並大抵の狩人では太刀打ちできず、そしてあの生存本能故に仕留めることもできない。

 

 ですが

 「鴉刃の魔物」が抱く赤子をおくったお客様ならば、話は変わります。

 

 

 私にもわかります。

 お客様は、赤子の意志を受け継いでいる。

 彼女がそれに気づかないことはないでしょう。

 

 

 

 燃えて苦しみながらなおも生き続ける「赤ずきん」は、お客様からその意志を取り戻そうとするでしょう。

 逃げることなく、命をかけて、死力を尽くす筈です。

 

 その条件下であれば、きっと「赤ずきん」もおくれる筈です。

 

 

 

 

 ですが、だからこそ。

 どうか気を付けてください。

 

 強い意志を持つ人間は、聖職者よりもよほど恐ろしい獣になります。

 「赤ずきん」もまた、その一人です。

 

 

 今までお客様が斃されてきたどの獣や怪物のものよりも、きっと苛烈で凄まじい狩りになることでしょう。

 それでも、私ではなくお客様こそが適任と存じます。

 

 

 

 私に、慈悲の葬送はできない。

 それは狩人である、お客様だからこその刃です。

 

 

 

 

 行かれるのですね。

 

 どうか、貴方の旅に寄る辺があらんことを……おっと失礼、呪いとは厄介なものですね。

 やはりお客様に対しては、こちらの方が相応しいでしょう。

 

 

 またのご来店、心よりお待ちしております。

 事が終わった後もお立ち寄りくだされば、またお酒や料理をお作りいたしますよ。

 

 ここはヤーナムの酒場ですから。

 

 

 





・パパナシ

 悪夢のヤーナムで酒場を経営する、名もなき店主による揚げ料理。
 旅に強い包み紙に包まれた、持ち帰り用の品。

 HPを消費することなく、血の弾丸を補充できる。

 チーズを練り込んだ生地を揚げたもので、サワークリームとジャムをかけた伝統の菓子。
 だが店主の「工夫」により、狩人の生きる力、その感覚を刺激する。
 その力は、銃や秘儀などの触媒に向く。



・怨念の魔剣

 特に医療教会の狩人が用いる「仕掛け武器」。
 燃え盛り血に渇いた獣「赤ずきん」が持つことでも知られている。

 本来は教会の最初の狩人、ルドウイークに通じる大剣。
 だがこれは「ある血族」の虐殺に加担した狩人のものであり、その返り血により怨念を色濃く纏っている。
 変形することはできないが、代わりに赤黒い怨念を刀身に纏い、悍ましい光波を飛ばすことができる。

 その刃は悍ましい虐殺の象徴であり、その返り血の怨念は特別な赤子を産むほどに濃いものだった。
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