篝火「アノール・ロンドの酒場」   作:上代わちき

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二品目「細雪の塩むすび」

 

 いらっしゃいませ。

 忍びのお客様。

 

 「赤目の猿」を斃したのですね。

 これでこの辺りも安全になることでしょう。

 御礼申し上げます。

 

 

 

 あの「赤目の猿」は、この「霧の山」からも逃れようとしておりました。

 幸か不幸か、山のまぼろしがそれを阻んでいたようですが……。

 しかし、まぼろしは少しずつ晴れてきている。

 

 

 赤目は、怪物の如き力と、斬られようが突かれようが死に難い体を持ちます。

 ましてやあの個体は猿特有の俊敏性を併せ持つ、類稀な強者です。

 

 万一この山からも脱せられたら、きっと少なくない被害が生じたことでしょう。

 あれに対応できる忍びの方がここを訪れたのは、本当に幸運でした。

 

 

 

 他方で。

 「赤目の猿」は、例の里に縁のある存在です。

 

 だからなのか、それとも単なる偶然か、あの「赤目の猿」が排除されたことでより里への道が見えやすくなったようにお見受けします。

 今こそが、件の里へ至る好機であるかも。

 

 

 

 それを祝して、一品用意させていただきました。

 ぜひともご賞味ください。

 

 

 

 

 葦名の特徴は、源から流れる上質で清らかな水です。

 これは以前にもお話した通りですね。

 

 この水は、人間にとって生きる活力となります。

 一方で、水は栄養のある食べ物を育みます。

 

 

 その最たる例が、まさしくお米でございます。

 

 

 

 米は素晴らしいものです。

 この戦乱の世にて戦い続ける兵士を一番に支えるのは、貴重な栄養を豊富に蓄えるお米です。

 

 また城を用いた籠城戦なども、米という兵糧の存在が戦況を左右します。

 だからか、国と国という盤上においては米そのものが通貨として機能するようです。

 故にこそ、米の収穫量がそのまま国や領地の力と見做されます。

 

 

 如何にこの地において、米が重要視されているか。

 それは、私などよりもお客様の方がご存知でしょう。

 

 

 

 しかし。

 一口にお米といっても、品質の違いはあります。

 

 同じ米でも、甘いものの方が味がよくなります。

 つめたいお米があれば、なおのこと。

 

 

 

 そこで、今回はつめたく甘い「細雪」を仕入れました。

 

 実は私、仙峯寺の方とちょっとした縁ができまして。

 その方から、ほんの少しだけ分けていただくことができました。

 

 

 いや~、未来の葦名もなかなか良いものですねぇ!

 おっと失礼、呪いとは厄介なものですね。

 ……私が時間に囚われない彷徨い人であることは、他の方には内緒ですよ?

 

 

 

 そういった品物故、全てのお客様に提供できるものではないのですが……。

 ぜひとも、お客様にはこの美味しさを共有したいと愚考した次第です。

 

 

 

 「細雪の塩むすび」です。

 つめたさ故の甘さを活かすため、「工夫」して炊いて握りました。

 塩も自慢のものを用いましたので、きっと気に入って頂けるかと存じます。

 

 少しならばお持ち帰りの分も用意できますので、いつでもご注文ください。

 

 

 

 

 実のところ、私もかつて忍びの里と一定の縁があったようです。

 当時のことはまるで記憶にないのですが……呪いとは厄介なものですね。

 

 しかし、店の蔵に当時の帳面が残っていました。

 帳面によると、当時の私は忍びの里のためにこの茶屋を開いたようです。

 今日の、各地の忍びのお客様との縁もここに起因するのでしょう。

 

 

 

 だからか、私の帳面には忍びの里についての情報が残っています。

 お客様にとっても、役に立つ筈です。

 

 

 

 

 

 さて。

 件の忍びの里ですが、現状まともな道は残っておりません。

 しかし一つだけ、ちょっとした裏道があります。

 

 

 「谷牢」という場所がございます。

 この「霧の山」の、ちょうど「赤目の猿」が仮の縄張りとした場所の奥にその入り口があります。

 

 ここは、忍びの里が管理していた牢獄です。

 巨大な谷を利用し、夥しいほどの木の足場を組み上げ、土牢を大量に掘った場所のようです。

 

 

 その底には汚物の沼が淀み腐り、故に虫の類が大量発生している不浄の地。

 お客様の忍義手なら足を踏み外しても問題ないでしょうが、それでも落下や中毒には気を付けてください。

 

 

 

 

 「谷牢」は、忍びの里が管理していた巨大な牢獄です。

 故にその足場を乗りついで登っていけば、忍びの里への道にありつけるやもしれません。

 

 

 ですが、準備は密にすることをおすすめします。

 

 

 この「谷牢」は、赤目の実験場でもあったようです。

 時には悍ましい所業も辞さなかったようで、とても痛々しい痕跡を見つけてしまうかも。

 

 それこそが人の業であるとは重々承知してはいるのですが、やはり心苦しいものはあります。

 ……おっと失礼、呪いとは厄介なものですね。

 

 

 

 もしかすれば、まだ赤目が内部で彷徨っているかもしれません。

 肉体は朽ちたとしても、山のまぼろしはその「谷牢」をも蝕んでいる筈。

 火を持ち込むことで探索が楽になるかもしれませんので、ご留意ください。

 

 

 

 

 それから、あの「谷牢」には「古い獅子猿」が囚われているようです。

 

 赤目の実験のため、忍び達が山で捕らえ牢に運んだそうです。

 その時期にはもう赤目の実験どころではなかったため、その「古い獅子猿」は赤目ではないようですが……。

 

 

 

 一方で。

 根拠のないカンですが、奴が朽ちたとはとても思えません。

 

 ともすれば、その「古い獅子猿」こそが「谷牢」における最大の脅威になるかもしれません。

 

 

 





・細雪の塩むすび

 葦名の山で茶屋を経営する、名もなき店主による料理。
 冷たい白銀のお米を炊いて、塩を用いて握った持ち帰り用の品。

 HPがゆっくりと中回復する。
 細雪よりも、その回復量は増している。

 店主の「工夫」によりいつまでも温かく柔らかい。
 これ以上の贅沢など、忍びの任においては望むべくもないだろう。



・戦いの記憶・古い獅子猿

 心中に息づく、類稀な強者との戦いの記憶。

 今はその残滓のみが残り、
 記憶は確かに狼の糧となった。

 鎖で繋がれた、獅子猿と呼ばれた一匹は実験されることなく放置された個体である。
 みんな、それどころではなくなった。

 しかし、どれだけ餓えさせて虫に集らせても、いつまでも安らかに眠らない。
 この猿もまた、死なずであった……。


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