篝火「アノール・ロンドの酒場」   作:上代わちき

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四品目「牙猪の鍋」

 

 いらっしゃいませ。

 不死のお客様。

 

 大ナマズを斃したのですね。

 お祝い申し上げます。

 

 

 

 もともと泥の湖では、ナマズも獲れました。

 かつてのこのもう一つのイザリスでも、よく食卓に並んでいたのです。

 以前にも申し上げた通りですね。

 

 それを、蝕みの老王も把握したのでしょう。

 奴はこのイザリスの文明の破壊を試みた者であり、故にその文化を貶める意図があったと思われます。

 その結果が、あの大ナマズであります。

 

 

 

 もとより、ナマズの中には人を食う種が存在します。

 そもそもの体長が大きな種ならば、人を襲う事例もよくあるそうです。

 

 ナマズとは、肉食の魚です。

 時の流れ次第では、人の味を知ることもあり得ましょう。

 

 おそらくは、その種をここに持ち込んだのかもしれません。

 

 

 

 ですがこの地の人は、他よりも人間性の影響が色濃く出る。

 その人間性は時として、人を食したものにも宿る。

 その悪影響により、人の手どころか蝕みの老王の手を焼く怪物へとなり果てた。

 

 こうなってしまうと、もうどうにもなりません。

 自然の生態系にも歪みが生じてしまったことでしょう。

 

 

 

 お客様は、その歪みに終止符を打ったのです。

 きっと、これでよかったのです。

 

 

 

 

 さて。

 話は変わりますが、お客様は牙猪をご存知でしょうか。

 

 

 アノール・ロンドは公爵の書庫に、数少ない生き残りの姿が見受けられます。

 その他ですと、不死教区にもいるのだとか。

 もしかしたら、いずれもお客様が駆除してしまった後かもしれませんね。

 

 この牙猪は、全身鎧が特徴です。

 それ故に制御さえできれば兵士達の優れた相棒となったのです。

 

 

 これを育てる牧場は、本来のロードランでは消えて久しい。

 しかしこのもう一つのイザリスには、その痕跡がわずかに残されています。

 

 

 

 もともとイザリスとアノール・ロンドには、一定の交流がございました。

 その一環として、牙猪もイザリスに持ち込まれたのです。

 

 そうして、牙猪の牧場が作られました。

 

 

 

 

 本来その牧場は、食用のものではありません。

 しかしその気性の荒さから、時折脱走して野生化した個体も出現します。

 そのような個体は農場を荒す害獣となり果て、しばしば狩りの対象となりました。

 

 いやー山菜を採りに行ったときはいつ牙猪に轢き潰されるかわかったもんじゃなくて、ほんと怖かったわー。

 あんなんクマと一緒よ、いっしょ。

 ……おっと失礼、呪いとは厄介なものですね。

 

 

 そのような事情故、いつしか牙猪のジビエ料理も考案されるようにもなりました。

 

 

 

 その代表的な料理が、鍋です。

 そんな伝統の品を、当店でも提供しております。

 

 「牙猪の鍋」です。

 私の方で「工夫」させていただきましたので、従来の肉よりもとろけるような甘みが楽しめます。

 香辛料を効かせたスープと共に、ご賞味あれ。

 

 

 

 

 それは……先に話した、牙猪の牧場への鍵ですね。

 

 そこも今や蝕みの老王による処刑場として荒れ果てている。

 その管理者のものを、大ナマズが飲み込んでしまったのでしょう。

 

 

 

 先に話した通り、かつて牙猪の牧場はイザリスとアノール・ロンドの交友を示す象徴でした。

 ですが、だからこそ神の打倒を試みる蝕みの老王にとっては、仇なすべき標的となりました。

 

 とりわけ、蝕みの老王は神々やその血を持つ子孫の処刑場として、牧場を再利用したようです。

 本来は神聖な儀式に用いられる「生贄刀」に禍々しい邪教の力を込めて、その儀式を真似るかのように囚人の首を断った。

 その冒涜的な意味を思えば、とても恐ろしい行為です。

 

 

 いつの頃かその「生贄刀」は役目を終え、いつしか時のよどみによりこのイザリスからは消失しました。

 それは同時に、このイザリスにいた神族が悉く殺されてしまったことでもありますが……。

 

 

 

 ともあれ、かの地を訪れるなら今まで以上の警戒が必要となりましょう。

 本来の管理者が殺されてしまったことで、牧場の牙猪はみんな野生化してしまっています。

 あの堅い全身鎧こそないでしょうが、あの気性の荒さはそれだけで脅威です。

 

 遠くから毒にすることができる毒矢などがあれば、時間こそかかりますが比較的安全に脅威を取り除ける筈です。

 一度、お試しくだされ。

 

 

 

 

 仮に野生化した牙猪達を排除して荒れ果てた牧場を通り抜けたとしても、まだ警戒は必要です。

 

 牧場の奥には、処刑者のための詰所が聳え立っています。

 そして街の資料に間違いがなければ、牙猪騎士が控えている筈です。

 

 

 

 牙猪騎士は、蝕みの老王の忠臣です。

 おそらく現在は亡者化してしまい、話すこともままならないでしょうが、その技量と理力に衰えはない筈。

 

 ……その実、もともとはシースの部下であったそうです。

 牙猪に駆る技量は、きっとその縁に由来するのでしょう。

 

 

 

 

 そんな騎士が、如何なる縁があってシースを裏切り蝕みの老王に味方したのか。

 実のところ、まだ調査が捗っておらずわかっていないのが実情です。

 

 ですが、わかっていることもわずかながらあります。

 

 

 

 彼は、最も牙猪の扱いに長けた強者です。

 牙猪の制御は、亡者化してなおも健在であると考えるべきです。

 

 実際の戦闘では、その機動力に苛まれることでしょう。

 またシースの部下なだけあって魔術の扱いにも長けている。

 

 

 もしかしたら、あの四騎士にも匹敵する戦士であるかもしれません。

 どうか、準備は怠らないよう申し上げます。

 

 

 





・牙猪の鍋

 イザリス市街地で酒場を経営する、名もなき神族による肉料理。
 異国により持ち込まれた牙猪を伝統の鍋で煮込んだ、持ち帰り用の品。

 一時的に筋力と防御力を高める。

 二つとなる前のもう一つの「イザリス」でも、アノール・ロンドとの交流は盛んだった。
 その一環として牙猪を受け入れ、育てる牧場をも拵えた。
 本来食用に適することはないが、店主の「工夫」が常識を覆した。



・牙猪騎士のソウル

 牙猪の牧場にて処刑者を担っていた、牙猪騎士のソウル。
 牙猪に駆り、槍と魔術を振るう強者であった。

 もともとシースの部下であったが、とある聖女を愛して共に書庫から逃げ出した。
 蝕みの老王はその協力者であり、彼が人間性に苦しむ聖女を介錯して尚も忠誠を捧げ続けていた。
 彼らが人を憎む所以である。


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