いらっしゃいませ。
不死のお客様。
羊頭のデーモンを斃されたようですね。
その羊肉を見れば一目瞭然です。
デーモンを食することはなくとも、まだ牧場には羊が残っています。
もうしばらくの間だけは、まだまだお店で羊の料理を提供できそうなのが救いです。
あの牧場の羊は、この界隈では有名なものでした。
羊の毛は、布や皮鎧のよい材料になり重宝します。
また、羊からはミルクを採ることができて、チーズやヨーグルトといったものの原料になります。
特にヨーグルトはなかなか面白い使い方ができますよ。
羊の肉は、独特の臭みがある食材です。
そのまま食べるには苦手な方も多くみられます。
ですが、ヨーグルトを使うことで臭みを緩和する調理法があるのです。
厳密にはいくつか他の調味料も用いるのですが、運のよいことにまだ店にヨーグルトと調味料の在庫が残っています。
どうでしょう。
その羊肉、私の方で調理させていただければと存じます。
◆
手帳の中の私は、かつての友と共に「羊飼いの国」を長らく旅しておりました。
羊飼いの国というだけあって、羊の飼育が文化の中心でした。
どこにいっても羊、羊、羊……。
地平線まで続く草原を、羊の群れが横断する姿は、実に牧歌的なものだったのです。
たまに羊と一緒に春の草原でお昼寝して、そのまま牧羊犬に吹っ飛ばされたり。
あのいぬっころ、今度会ったらもふもふの刑にしてやらないとな~。
……おっと失礼、呪いとは厄介なものですね。
ともあれ、そのような国だったので、羊はよく食されていました。
羊のミルクからヨーグルトを作り出し、肉を味付けして食べていたのです。
そんな羊料理の一つが、ケバブと呼ばれるもの。
ヨーグルトや香辛料などで下味をつけた肉を切り分け、専用の串に何枚も刺して大きな肉塊を作り上げるのです。
そのまま串ごと回転させてあぶり焼きにして、焼けた外側の肉を薄くそぎ落とします。
その肉をピタパンなどに野菜と一緒に挟むことで、美味しく食することができます。
本来ならお時間を頂くところですが、そこは私の方で「工夫」させていただきました。
「羊のケバブ」です。
どうぞお召し上がりください。
残りの分は、お持ち帰りとしてお楽しみいただけます。
それでもまだまだありますから、またいらっしゃった時にもお出ししますね。
◆
おや、それは……「黄金の塔」への鍵?!
驚きました……それが、あの牧場にあったとは思いもよりませんでした。
その鍵は、塔に出入りする聖女のためのもののようですね。
聖女達は、塔の中で神族達を安らかな眠りへ導く役割を担っていたのです。
ですが、その儀式は絶えて久しい。
自然、聖女達も役割を失うこととなりました。
行き場を失った聖女達は、シースに引き取られたと聞きましたが……。
……いや待て。
そういえば、牧場は庭園から流れる水を用いていました。
庭園の湖から一部の水が、小川となってあの牧場へ流れるのです。
そして今の庭園は、シースの手のものが迷い込む危険地帯。
ともすれば、そこに奇縁があったのかもしれません。
黄金の塔は、神聖な場所です。
そこを暴くことは何人たりとも許されぬことですが……今や「名もなき神」の拠点となっています。
それに、今はアノール・ロンドは棄てられて久しく、世界は起こるべきでないことが起こっている。
陰の太陽グウィンドリンも、ここに干渉することはない。
どうして大罪が、大罪のままであると言えようか。
不死のお客様。
もし貴方の旅が過酷なもので、より助けを必要とするならば……。
あるいは黄金の塔に眠る宝が、使命を遂げるヒントになるやもしれません。
◆
黄金の塔は、もともと呪いに冒された神族達の寝所です。
呪いにより名を失った神族は、塔で安らかな眠りに入ることで、その名誉と友を護ったのです。
本来であれば、私もそうなる筈でした。
しかし、事情が大きく変わりました。
実のところ、黄金の塔を暴くという大罪は、すでに一度犯されているのです。
何らかの思惑があるのか、墓王ニトの手のものが、黄金の塔へ入り込んだようなのです。
それからというもの、塔の内部は地獄のようになったと聞きます。
罰を下そうにも、既に当時のアノール・ロンドは都市としての機能を喪失しつつありました。
神々の勢力は大王グウィンの城館を護るのみであり、故に墓王ニトへの追及もできない状況でした。
それどころか、墓王ニトの罪を把握している者すらどれだけいるのか……。
結果、黄金の塔は閉鎖されました。
もうずっと前のことです。
今や、塔内部で何が起きているかは何一つわかりません。
どうか、塔に入る際はお気をつけて。
・羊のケバブ
アノール・ロンド市街地で酒場を経営する、名もなき神族による料理。
ヨーグルトや香辛料などで味付けしてあぶり焼きにした羊肉を、ピタパンで挟んだ持ち帰り用の品。
一時的に筋力を高める。
本来過ぎた力は、母体の生命力を蝕む。
だが酒場の店主は「工夫」による一時的な薬効として、肉体を傷つけず内なる力を活性化させることができる。
酒を酌み交わす客への、ささやかな心付けだ。
・三人羽織のソウル
アノール・ロンドの市街地に建つ、黄金の塔にいた三人羽織のソウル。
墓王ニトに仕える眷属の中でも、とりわけ能力に優れた者であった。
その三人羽織は、火の陰りを見た時、全てに失望して墓王ニトのもとを去った。
新たな薪の王を作り出すために。