血と鋼のデジク   作:スペシャルティアイス

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分かりづらいかと思い、本SS設定のデジクの簡単な時系列を置いておきます。

     歳
299年 21 デジクエンド→スパイ養成施設、第1次カゾルミア攻囲戦
300年 22 第2次カゾルミア攻囲戦

307年 29 #2の要人暗殺

317年 39 #3の列車の密談
317年 39 #4ダチカ独白

322年 44 #5←いまココ

最終話    エピローグ 

352年 74 プロローグ



#5

322年

 

薄暗く四角い部屋だった。どこか病院の手術室のような印象を受けるそこは、壁際に水道と

フラッシュバルブのついた大きめの桝があるだけのタイル張りの部屋。

部屋の中心には拘束椅子と机が固定され、そこに座る定年間近(プレシニア)の白髪の目立つ男性の目が開く。

 

「ここは……」

 

見慣れぬ、だがこの取調室のような雰囲気は自分も知っているとぼやけた意識で首を振ろうとして、椅子に縛り付けられていることに気づく。

 

「おはようございます。治安維持部 第三課課長殿」

「あなたは…………諜報部の、部長……?」

 

目の前の女性の正体に思い至るのに時間がかかった。なぜなら彼の知る彼女は、周辺国の人間によくある灰青色の髪だったから。それが今、ビスケット色の髪を下ろした長髪で記憶の一致がうまくいかなかったのだ。

 

そんな彼女が濡れた麻ロープの入ったバケツを片手に、キャスターの付いたメタルラックを転がして近づいてくる。

その姿も普段の凛としたスーツ姿ではなく。分厚く脛まで届く丈の前掛けに長手袋をつけた肉屋のようなものだ。

初めて見るその嬉しそう笑顔に男は奇妙な感覚を覚える。

 

彼の所属する治安維持部と諜報部は犬猿の仲といってよかった。本来は片方が国の内側を、もう片方が外側を領分とする組織の筈が、今では“外”の諜報部が“内”に大きく嘴を突っ込んでいる。

 

五年前、諜報部内で巨大な裏金と色が動いていたということで、時の政権を巻き込んだ大スキャンダルに発展した。

そのため上層部が一新され、当時の若手の中心人物だった美人官吏がトップに就いた。

メディア映えも抜群だった彼女の人気は爆発的に上昇し、一種のアイドルのような扱いすら受けているという。

 

そして見た目だけではない辣腕ぶりを発揮し、治安維持部が特に頭を痛めていた急増する革命主義者というテロリストの逮捕・鎮圧に大いに活躍していた。

治安維持部内でも彼女の功績に嫉妬しつつも、私人としては好意を抱く者も存在する。しかし彼は、彼女という存在に得体の知れなさを感じていて、これまで決して近づこうとは思ってこなかった。

 

「その髪は」

「ああ、当時の髪色に戻したんです。カゾルミアの人間としては珍しくない髪色にね」

「なっ……」

 

その言葉に意識が覚醒する。

 

「貴様、どういうことだ!この国の人間ではなかったのか!?」

「それよりも!」

 

四十代であろうに三十前後にしか見えぬ美女が、にっこり笑って顔を近づける。彼とて男。平時に麗しい女性にされたらときめきの一つも覚えただろう。しかし今は、まるで巨大な蛇が顎を視界一杯に開けているようにしか見えなかった。

 

「ダメですかねぇ……仕方ない。年甲斐なくて嫌なんですけどね、この髪型」

 

そう言って目の前の女がその長髪を二つに括って左右に垂らす。そうして向かい合って笑いながら毒を吐いた。

 

「カゾルミアを裏切り、溶鉄に尻を焦がされた雑魚ごときが、えらく出世したものですねぇ」

「な、なぜそれを」

「溶鉄の妹の借り、理不尽と一緒にお返しに来ましたよぉ」

 

口調は楽し気なのに、顔は真逆の怒りの表情の女が彼を睨む。その、己の置かれた境遇に逆襲せんとする表情と髪型が、彼の記憶の鍵を開けた。

 

「お、おまえ……まさか!あの捕虜収容病院のっ!?」

「アハッ!やっと思い出してくれたんですね!嬉しいっ♪」

 

伸びた手が拘束されたままの男の顎を鷲掴みにする。万力のような握力にミシリと骨が軋む。

 

「げ、ゴゲ……ァ!?」

「ここで思い出せなかったら即 拷 問 (フルコース)だったぞ貴様?運の良さに感謝しておけ」

 

ドスの利いた声音に変貌した女、デジクが、ついでとばかりに男の顎髭を少量毟り取る。そしてうんざりした顔でツインテールを解き、雑に一括りにして後頭部に流した。

悲鳴からうめき声に変わっていた男が俯いたまま口を開く。

 

「復讐、ということか。だがいいのか?私を拉致など、公になればお前とて———」

「だから治安維持部は無能なのだよ。私を舐めているのか?ここにいる時点で、すでに貴様が詰みであることに何故気づかない」

「なんだと……」

「おい、そんな当たり前の事に煩って私をイライラさせるな。お前が答えるべきことは他にあるだろう」

 

デジクの形相から怒りの色が消える。何の感情も浮かばぬそれは能面のようだ。

 

「なぜ加工しなかった?」

「…………?」

「二十三年前、スネジンカさんの脳を加工させず、殺したのは何故かと聞いているんだよ」

 

静寂が場を支配した。

 

「わかっているだろうが、私の権力はこの国に限ればできぬことはそうない。貴様の身内であってもだ。専業主婦の貴様の妻も、教職員である娘も、私の指先一つで革命主義者として断罪することもできる。さあどうする?大切な存在に、理不尽が押し付けられてしまうぞ?」

「お、お前!?」

「いいから答えろ」

 

無表情のままの女と男が睨み合う。

 

「いま、お前が言ったのが答えだよ」

「続けろ」

「……娘だ。当時の私の娘が彼女と、溶鉄の妹と同じくらいの年齢だった」

 

その回答に、デジクの顔が嗤いの表情に歪む。

 

「くふ、ふっふふふふ……それじゃ何か?貴様は娘と同じくらいの年頃の少女を犬のように追い立て、優しい優しい彼女を苦しめて苦しめて殺したのは、娘に重ねてその尊厳を汚す真似ができなかった、こういうことか?」

 

その問いに男が頷いた。それを見るや否やデジクは再度無表情に変わり、メタルラックにのった無線機を掴み口元に引き寄せる。

 

「私だ。学校に突入して革命主義者を確保しろ。抵抗するなら死なぬ程度に痛めつけろ」

「なっ、まさか!?やめろぉぉ!!私は正直に答えた、約束が違う!?」

「そんなウソに私がひっかかると思うのか?貴様も治安維持部なら情に訴える犯罪者なぞ腐るほど見てきただろう?」

「そ、そんな?!じゃ、じゃあどうすれば」

「正直に答えろ。これだけでいいんだよぉ」

 

優しく呼びかけるデジクに男の顔が歪む。通信が入り、デジクがそれに答えた。

 

「……ふむ、結構だ」

「む、娘をどうしたんだ!?」

 

その問いを無視し、無線機を元あった場所に放り投げて耳障りな音が部屋に響く。

 

「さて続けよう。加工しなかったのはなぜだ?」

「ほ、本当なんだ!!?あの時、私の娘と妻はこの国にいた!会社の命令に逆らえば、妻と娘に危害を加えるって!で、でもいざ確保したら、忍びなくッ」

「それ以上ウソを重ねるのなら、妻も革命主義者になってしまうなァ」

「あ、あああぁぁぁぁあああ!!?」

 

男が発狂したように叫んで首を振りたてる。

その姿を面白くなさそうに眺めるデジクは、書類を取り出して男の目の前の机に広げる。

 

「さて本題に入ろうか課長殿。貴様はこの紙面にある通り、革命主義者どもへの便宜を図るとともに、他国からの不正送金ならびに政府内に親帝政国家勢力の拡大および渡りをつけるための工作活動に従事していた、そうだな?」

「ぅあ、ああ……何、を」

「公職の者のこのような不正は実に残念だ。だがこの国には素晴らしい制度があるだろう?貴様はこの売国奴の面々の汚れたカネと女、それらを国に明らかにすることで、罪を減じられる立場に浴している」

 

その書類には詳細な、それこそ身内でしか知りえないはずの汚職や不正の情報が羅列していた。そしてその名前は、この国における政財界の大物であったり、司法や軍事を預かる高官の名前まである。

 

「お、お前、まさか……?!」

「この内容の通りに神の御前で司法の裁きを受けるのなら、しばしの牢暮らしと免職で済むよう取り計らおう。あぁ、親族の身の安全もオマケするか」

「で、できるわけがない!?」

「御息女はお若いゆえ大丈夫だろうが、奥方については貴様より年嵩だな。諜報部仕込みの尋問に耐えられるのか?」

 

その言葉についに男の両目から涙がこぼれた。つばと鼻水をまき散らし喚きたてる。

 

「づ、ぅああ……あああぁぁぁ!!?お前ぇ!!お前は悪魔だ!そんなに、そんなことをやれる人間がどこにいる!!!この人でなしがぁぁぁぁ」

 

デジクは無表情のまま無言で男を見つめる。喚き、詰り、すすり泣きが止んだ末に、男がようやくこぼす。

 

「…………私………だ」

「繰り返せ」

「……私が、やったんだ」

「何をだ」

「……か、革命派に与し、情報を流して、そして……不正にも、加担した。そ、その書類の内容は真、実です」

「結構。それにしても準備が無駄になってしまったか。地下仕込みの拷問を久しぶりに披露しようと思ったのだがな」

 

前掛けと手袋を外してメタルラックに放り投げ、部屋を出ていこうとするデジクに男が叫ぶ。

 

「む、娘と妻は?!」

「貴様が義務を果たす限り、我々には責任が生じる、とだけ言っておこう。…………ああ、言い忘れていたことがあったな」

 

戻ってきたデジクが楽しそうに男の耳元でささやく。

 

「貴様の娘は三ヶ月だそうだ。相手は同僚の教師。おめでとうお爺ちゃん、守るべき命が増えたなァ」

 

愕然とする男を残し、デジクは部屋を出て行った。

 

 

 

諜報部のトップである部長室にて、その部屋の主が無表情のまま肩を回してデスクに座り込む。懐を探ってシガーボックス、葉巻を取り出しその先を切る。

 

「どうぞ」

「ありがとう同志」

 

すると影すら気取られず、デジクの傍にもう一人のデジクがジッポライターを持って控えていた。その頭髪は灰青色で、この国の人間の知っているデジクの姿だった。

 

「私の代役、感謝するよ。尋問は終わった、短いくらいだった」

「お疲れ様です。それにしては嬉しそうな表情ではありませんね、満足のいくものではなかったのでしょうか?」

「わかってて言っているだろう?喜びや怒り、他人の前で感情の昂る時こそ無表情に努めろ、今は亡きトレーナー殿の御言葉だろうが」

「失礼、失念していました。くくっ」

 

くすくす笑う偽デジクに、本物のデジクは無表情のまま流す。

 

「それにしても鞭の一つも与えずに済ますとは、同志スタリナは相変わらずお優しい」

「証人に拷問痕はつけたくなかったのでな……まあ、脳に手を出していれば、血縁全てフルコースでもてなしたが、まあよかろう」

「貴女がいいのなら構いませんが。しかし今回の件でようやく邪魔な()()()()を無力化できそうですね」

「全く嘆かわしい。栄えある護国の砦から売国奴が現れるなど」

「絵図を描いた方がそれを仰るので?本当にあなたは面白い人だ同志」

 

楽しそうにしなだれかかる偽デジクに好きにさせながら、彼女は大量の煙を吐く。

この周辺国で革命運動を扇動し操っているのはデジク自身に他ならなかった。と言っても実際にデモやテロを起こしている革命主義者には気取られず、時に情報と物資を援助し時に弾圧しながら、その勢いや方向性をコントロールしてきた。

 

そしてそんな彼女の敵というべき体制派の治安維持部や政財界の保守派、司法の反革命派が夥しい不正と売国に手を染めていた!という不祥事を擦り付ける作戦である。

これまでデジクが行ってきた工作、脅迫、懐柔、汚職を、体制派がやったように捏造し証拠付きで開陳。偽の密告者を仕立てあげて反革命派を窮地に陥れる策略である。

五年前の諜報部の膿出しも記憶に新しく、これで政府への国民の信頼はより下を見ることになるだろう。

人気のあるデジクがマスコミを利用して弾劾する側に立つことで、国民感情に火をつける準備も既に完了している。

 

「いいか同志?私はな、手元に便利な鋏があったから使っているに過ぎない。革命主義という鋏をな。王権主義だろうが民主主義だろうがなんでもいいのだよ、使い勝手がよければ。だが鋏の切れ味に感心することはあっても、鋏を愛し、礼賛し、そのために殉じるような異常者と一緒にしてくれるな」

 

その言葉に偽デジクが一礼する。

 

「それと尋問のほう、拝見させていただきました。家族を人質に要求を呑ませるなぞ、古来から使い古された手ですが、相手の罪悪感や弱みをああまで抉りほじるなんて、見てられませんでしたよ、ふふっ」

「思った以上に奴がやわだっただけだ。磨かぬ刃が鈍らになるのに、二十年は十分だったようだな。奴はこの先、金に魂を売った売国奴と歴史に名を残す。やってもいない罪をやったと言わされ、生涯を後ろ指を指され死後も貶められるのだ、これ以上の理不尽はそうあるまい」

 

デジクは無表情で煙を吸う。

 

(結局、あの男の言うことは真実であった。『力とは国、企業、個人、いずれも能力で決まるものじゃない。その時、いる立場で決まる』そう宣った貴様も、私より弱い立場なために理不尽を押し付けられた。ならば私はどこまでも昇ってやろう。理不尽を押し付けられぬ高みまで)

 

吐き出した煙でデジクの顔の周りが煙る。その薄靄の中で、エメラルドグリーンの瞳がギラギラと輝く。

 

(さしあたりはこの国、いや周辺国をいただくか)

 

その結果に至るまでの道筋を考えつつ、デジクは次の一手を頭の中で組み立て始めた。

 




次回で完結です

作中の対人デジクは無表情以外の表情は演技も入ってる設定です。
不自然な無表情時はキレてるか喜んでるかです。
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