病ンデレ女神と呪ワレ神機   作:油ゴブリン

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第一話 お飾り当主誕生

 

 

 

 ある日、とても綺麗な人を森の中で見た。

 

 森の木漏れ日の中で、踊るように小動物と戯れる、黄金の人。

 

 口元に優しい笑みを浮かべて、金の髪をなびかせて。赤い瞳は、ルビーというより血の色のよう。

 

 手に乗せたリスに小さく口づけを落とす。微笑ましい光景……だけど次の瞬間、リスはくたりと力尽きて、彼女の白い手のひらから零れ落ちた。

 

 枯れた花のように地に落ちる小さな骸を優しく視線で見送って、そして彼女は、そっと流し目で僕を見た。

 

 優しいけど、冷たい視線。

 

 僕は竦み上がって、走ってその場を逃げ出した。逃げて、逃げて、家にたどり着くと部屋に飛び込み、布団を纏ってガタガタと震える。

 

 見てはならないものを見てしまった。そんな恐怖が、後悔が、頭にこびりついて離れない。

 

 心配する母さんにも何も言えない。

 

 その日の夜、僕は高熱を出して数日寝込んで……そして。

 

 

 

『貴方は、この出会いを記憶しない』

 

 

 

◆◆

 

 

 

 ある日の夜、僕は高熱を出して数日寝込んだ事がある。

 

 その前後の事はよく覚えていない。

 

 ただ、母さんの口から、熱を出す前日の様子が変だった……という話を聞くばかり。

 

 大事なのは、熱が下がってからの事。

 

 高熱から回復して数日後、僕は誘いこまれるように森の奥で小さな祠を見つけて……そして、彼女と出会ったのだ。

 

『はじめまして。貴方のお名前は?』

 

 それから、彼女はずっと傍にいる。

 

 だけども……僕は一度も、彼女に名前を聞いたことはない。

 

 疑ったら、彼女の存在そのものが、消えてしまう気がして。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 母さんが死んだ。

 

 原因は流行り病。だけど助からない病気じゃなかった。

 

 薬。内戦のせいで、必要な薬が届かなかったせい。

 

 母さんを葬って独り、僕は誰もいない家の中でぼんやりする。

 

 そんな時だ。

 

 一人の若い、身なりの整ったいかにも御貴族様、という人が訪ねてきたのは。

 

「失礼します。ティフォン・ラウラ様はこちらにいらっしゃいますか?」

 

 大貴族の使いだという彼は、僕を迎えに来たのだと、そういった。

 

 ……その貴族の名前には覚えがあった。内戦を起こした大貴族と、同じ名前。

 

 それから数日後。

 

 今まで袖を通した事のないような上質な服に身を包んで、お屋敷に向かう馬車の中に居る僕の姿があった。

 

 馬車は信じられないほど静かで揺れなくて、まるで部屋の中に居るみたい。

 

 その中で、僕は訪ねてきた貴族のお兄さんに、礼儀作法やら最低限の常識を教えてもらっていた。

 

 机を挟んで対面するお兄さんが、にっこりと笑みを浮かべる。

 

「ティフォン様は飲み込みが早い。御母君の教育が良かったのでしょう」

 

「そ、そう?」

 

 母さんを良く言われるのは素直に嬉しい。僕は照れ臭くなって頬をかいた。

 

 若いころ、母さんはどこかの御貴族様の元で働いていた、と聞いていた。その時に受けた教育を、母さんは僕にもみっちりと指導した。普段は優しい母さんもこの時ばかりは厳しくて、僕は正直苦手だったけど、今となっては大切な思い出の一つだ。

 

 それがこうして、実際に役に立つ日が来るなんて思わなかったし、まさかその働いていた所のご当主様が僕の父親だなんてさらに思いもしなかったけど。

 

 と、そこで冷や水をかけるように、耳元で涼やかな声が小さく囁いた。

 

『これまで放置しておいて、よくもまあいけしゃあしゃあと。好きませんね』

 

「……そうだね」

 

「? おや、何か?」

 

 目敏く呟きを聞き咎めたお兄さんが首を傾げるが、僕が笑って誤魔化すと彼は特に問いただす事もなく、窓の外に目を向けた。

 

「この天気なら明日には屋敷に到着するでしょう。必要な事は一通りお教えしましたが、もう一度確認しましょうか」

 

「はい」

 

 まず第一に、今僕達が向かっているお屋敷の事。

 

 アウスレーベン公爵家。王国の建国伝説にも名を残す、押しも押されぬ大貴族である。

 

 莫大な領地とその収入を持っているが、何よりもまず一番凄いのが、その神機の保有数である。

 

 その数、実に30を越える。

 

 神機は遥か古代に製造法が失われ、当時の登録者ないしその子孫にしか動かせないから、保有する神機の数は減る事はあっても増える事はない。

 

 それを考えると、30というのは一貴族としては破格の数である。一般的に大国、と呼ばれる規模の国の総戦力が100ぐらい、といえば、どれぐらいのものか分かるだろう。

 

 そんなアウスレーベン公爵家だが、しかし今現在危機に陥っている。

 

 先代当主が急逝し、その跡継ぎを巡って勃発した内戦で継承権を持つ人間が一人を残して皆死んでしまったのだ。残った一人も、まだ揺り籠から動かせない赤子であり、到底当主の役目を果たせない。門閥貴族が代行しようにも、貴族の力とは神機を動かせる事だ。アウスレーベン公爵家の血を引かない、あるいは薄まりすぎた者には権力の象徴である神機を動かせず、それは貴族の役目を果たせないという事。

 

 それで急遽、市井に下った貴種を求めて八方手を尽くした所、先代当主の落胤である僕を見つけた、という事である。

 

『全く嘆かわしい。自らの愚かさの招いた結果でしょうに』

 

 耳元の声が呆れかえったように囁く。まあ正直、それは僕も同感である。

 

 それに不安もある。

 

「しかし、他の皆さまは納得なさるのですか? 僕はその、妾の子ですらない訳です。貴族の皆さまからすれば、半分農民の血が混じっている子供に頭を下げるなど耐えがたいのでは? 再び内戦を招く事になりはしませんか?」

 

「それについてはご安心ください、ティフォン様をお招きするのは我々の総意として会議で決まった事。今更それを蒸し返すような事はありません。不満を持つ者はいらっしゃるでしょうが、それを表に出す者はおりませんよ」

 

 にこりと笑うお兄さん。だけど、彼の内心は穏やかではない事は僕でもわかる。

 

 不安。焦り。彼の心はネガティブな感情で一杯だ。幸いな事にそれは僕に向けられたものではないけれど、お兄さんもなかなか大変な立場の様子。

 

『早い話が、件の赤子が使いものになるまでの暫定的な当主、という事でしょう。全く人を馬鹿にするのも大概にしてほしい所ですが、まあ、そう悪い話ではないかもしれませんよ、ティフォン。逆に言えば、用済みになれば馬鹿馬鹿しい貴族の諍いから距離を置けるのですから』

 

「う、うん、それならいいんだけど」

 

 お兄さんと、囁き声の両方に頷き返す。

 

 僕としては貴族の権力とか、そういうのは興味がない。いやまあ、この数日で乗り心地のいい馬車とか美味しいご飯とか覚えちゃったから、正直、本当の所を言うとちょっとこう、貴族っていいな……という気持ちもあるのだけど、こうやって囁きがその度に冷たい現実を教え込んでくるから、調子に乗らないで済んでいる。

 

 人間、身の程を知るって大事だよね!

 

「お屋敷につき次第、すぐに継承の儀に移ります。何、そんな難しい事ではありませんよ、屋敷に安置されている神機の操縦席に座り、起動できる事を証明するだけです。何も難しい事はありませんよ」

 

「あ、あの……それでもし、動かなかったら……?」

 

 僕は正直、半分貴族の血が流れているといわれても今だに実感がない。何かの間違いなのではないかという考えが、ずっと頭にある。

 

 もし、その操縦席に座って何も起きなかったら。考えるだけで怖気が走る。

 

 そんな僕の不安を、お兄さんは笑って受け流した。

 

「ははは、ご心配なさらぬな。こちらでちゃんと調査済みですから、そのような事はありえません。ええ、決して。絶対に」

 

『つまり、逆に言えば動かなかった時の事は考えたくないと、そういう事ですね。これはアウスレーベン公爵家も、大分追いつめられているようですね』

 

 お兄さんの笑いは乾いていて、囁きに補足されなくともまずそうなのが伝わってくる。

 

 これから僕、どうなっちゃうんだろ。不安に駆られて、窓の外に視線を向ける。

 

 空模様は、相変わらず、小憎たらしいほどの快晴。

 

 屋敷への到着は予定通りになりそうである。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 そして、お城と見まがうような屋敷に着いた後。

 

 出迎えに出てきた、すんごい高そうな服を来たたくさんのおじさん達にわあわあと自己紹介されて、そのままの流れで僕はお屋敷の地下に案内された。

 

 動く足場が只管地下に降りていく間、前後を知らない人達に囲まれて、じっと黙ってその時を待つ。

 

 意外な事に、連れそうのは遥か年上のおじさん達だけではなかった。僕と同じがちょっと年上ぐらいの、品のよいメイド服に袖を通した女の子が四人一緒だ。だけど周囲のおじさん達が張り付けたような笑みを浮かべているのに対し、彼女達の表情は硬く、必死に笑みらしき頬の形を維持するべき努めているように見えた。

 

『彼女達は補助士のようですね。それも少女ばかりとは……貴方への下賤な気配りか、あるいはそれほど人材がいないのか。両方でしょうかね』

 

 補助士とは、操縦者の助けをする者だ。話に聞く限りだと神機の操縦は精神的に凄くしんどいらしいので、乗り降りを手伝ったり、武器の操作をする人がいるらしい。

 

 随分と時間をかけて足場は目的地に到着し、張り付けたような笑みのおじさん達に案内されてエレベーターから降りる。

 

 暗闇の中、ひんやりと空気は冷たく、そして同時にどこか薬っぽい据えた匂いがする。

 

「こちらにどうぞ、後継者様」

 

 おじさんに呼ばれて進むと、ぱっ、と申し合わせたように一斉に明かりが灯った。

 

「あ……」

 

 そして、僕はその神機と対面した。

 

 明滅する頼りない明かりに照らされる、黒光りする巨人。

 

 色は漆黒。装甲には芸術的な装飾が施されていて、多分何か権威的な意味があるのであろう図形や模様が描かれている。装甲の縁はエングレービングに飾られ、青緑色に薄らぼんやりと発光していた。

 

 形状はちょっとずんぐりむっくり。両足は太く、胴体も大きい。それ以上に左右に大きく張り出した肩幅は股の倍ぐらいあって、お城の塀みたいなそれから、右側は巨大な拳が、左側は大きな大砲がぶら下がっている。

 

 顔は、胴体の上部にめり込み一体化するように存在している。表情の無い、つるりとした鉄仮面のようなそれは処刑人のような、感情の存在しない冷たい無機質な敵意を形にしたようで、僕はぶるり、と背筋を震わせた。

 

「これが……僕の?」

 

「はい、後継者様。アウスレーベン公爵家に伝わる秘蔵の神機(ゴッドマシーン)、機帝カリギュラでございます」

 

『秘蔵? 死蔵の間違いでしょう。この禍々しい気配、どう見ても出自は忌まわしきものに見えますが』

 

 正直、囁きに僕も同意だ。

 

 僕だって、全く神機を見た事がない、という訳ではない。昔見かけたのはもっともっと遥かにクラスが低い、小さくて弱い神機だったけど、それでも確かにその名にふさわしい品格と気品を持ち合わせて居たものだ。

 

 それに対し、これはどうだ。

 

 確かに素人目でもクラスは高そうだし、立派なものではあるけど同時にあまりにも禍々しい気配を感じる。とてもではないが、神秘的とか、気品がある、なんて口が裂けても言えやしない。

 

 魔神機、とでも呼ばれた方がしっくりくる。

 

『大丈夫です、ティフォン。貴方には私がついています。心配はいりません、何があっても必ず私が貴方を守ります』

 

「さ、後継者どの、こちらへ」

 

「う、うん……」

 

 頼もしい囁きに勇気づけられて、導かれるがままに神機の前へ。

 

 ガコン、と低い音がして、神機の喉元の扉が開く。そっからカタカタと階段が伸びてきて、僕の目の前で止まった。

 

「お前達。後継者様が玉座に座られる、準備をしろ」

 

「はい」

 

 おじさんが侍女達に命じると、三人の侍女がタラップを昇って操縦席に向かい、一人はこの場に残って、僕に手を差し出した。

 

「後継者様、お手を」

 

「う、うん」

 

 僕とそう変わらない背丈の彼女の手を握り返す。白い手袋越しでも、彼女の手は小さくて柔らかかった。

 

 手を引かれて、操縦席に向かう。

 

 神機の操縦席は、僕の実家ぐらいの広さがあった。前に四つ、机と椅子があって、そこに補佐役が乗り込むようになっているらしい。そして最奥に、一際大きな座席があった。

 

 玉座、と呼ばれる操縦者の席だ。言葉通り大仰な造りの椅子で、分厚い背もたれの中央には丸いレンズのような物が埋め込まれ、何本ものケーブルが這いまわっている。

 

 ちぃい、と音を立てて、レンズが僕に焦点を合わせた……ような気がした。

 

「どうぞ、玉座に」

 

 促されるようにして、席に腰かける。思ったより座り心地は良くない。

 

 何度かお尻の位置を調整して、背もたれに深く身を預け、手すりに腕を置いた。

 

「操縦席、閉じます」

 

 ぷしゅう、と空気の抜けるような音をして、ゴンゴンゴン、と操縦席の壁が上がっていく。蝋燭の灯も閉ざされ、真っ暗な操縦席……その中で、補助席の机が小さな光を放っている。

 

 僕には意味が分からない、無数の計器を侍女達が操作し、神機の起動準備を整えていく。

 

「準備整いました。神機、起動します」

 

「ご準備を」

 

 準備、と言われても……。困惑している僕に、囁きが語り掛けてくる。

 

『いいですか。神機と操縦者は、感覚を同じくします。神機の鼓動に、引きずられないように』

 

「わ、わかった」

 

「……起動します」

 

 バチン、と侍女の一人が、大きなスイッチを押し上げた。

 

 途端、どくん、と僕の心臓が大きく跳ねた。胸を突き破って破裂しそうなほど、大きな心音が躰に響く。

 

 いや、違う。

 

 これは、神機の……。

 

「すごい……これが……」

 

 ウォンウォン、と音を響かせて、神機に力が満ちていく。

 

 僕の心臓は今や無限のエネルギーを生み出す動力炉であり、小さな拳は城壁をも握りつぶす鋼鉄の拳だ。村一番の家でさえ片足で踏みつぶせる巨体と、大砲の弾をも弾く硬い鎧が、今の僕の肉体だった。

 

 はち切れそうな力が、身体の隅々まで満ちている。そしてそれは僕の意のままに、どんなに繊細なコントロールも簡単だ。鶏の卵を割らずに摘まみ上げる事もできれば、森一番の大木をへし折る事も朝飯前だ。

 

 僕の意思を受けて、神機が身じろぎする。ちゃっちい拘束具がミシミシと音を立てて、地下空間に積もった埃がぱらぱらと降り注いだ。揺れる床に、偉そうなおじさん達が声を上げて這いつくばる。

 

 なんだ、みっともない。大きな僕が、ちょっと身動ぎしたぐらいでそんあ有様。貴族様だ、公爵家だ、と威張り散らしておいて、その実そんなものか。

 

 思わず口の端に笑みが浮かぶ、その直前。耳元に諭すような声が響いた。

 

『いいえ。貴方は小さく優しい”私の”ティフォンです。私の声に耳を傾けて。気持ちが落ち着いたら、目の前を見て。彼女達の顔を見なさい』

 

「え……?」

 

 優しい語り掛けに耳を傾けて、僕は補助席に座る侍女の顔を見た。

 

 彼女達は一様に振り返り、硬い表情で僕の顔をじっと見つめていた。きつく引き結んだ口元には、はっきりと怯えすら浮かんでいるように見える。

 

 桶一杯の水を顔にかけられたようだった。

 

 どうして、そんなに怯えているの。そんなに、今の僕は、おかしいの?

 

 僕の動揺に同調するように、神機のギアがギシギシと鳴る。

 

 宥めるように、優しい声が耳を擽った。

 

『落ち着いて、優しい貴方。多くの操縦者は、神機と同調した際、その圧倒的な力に飲み込まれて人格が変容してしまいます。自分を神機と同一視して、尊大になったり、粗暴になったり、冷酷になったり。文字通り、人が変わってしまうのです』

 

 そうか。あの侍女達は多分、アウスレーベン公爵家に関わる中でも、位の低い家の者なのだろう。公爵家に仕える中で、変容した操縦者に虐げられる家族を見てきたのかもしれない。

 

 そして今、僕がおかしくなったら、真っ先にその牙を向けられるのは同じ空間にいる自分達だ。彼女の怯えは、得体のしれない神機だけでなく、僕自身にも向けられている。だから最初からずっと、浮かない顔だったんだ。

 

 力の高揚が、一瞬でどこかへ過ぎさる。

 

 人に恐れられるのは、好きではない。

 

「ふぅー……」

 

 小さく息を吐く。吐き出されるのは、高熱の蒸気じゃない。小さな胸の、ちっぽけな胚に納まっているばかりの僅かな吐息だ。

 

 僕は神機じゃない。

 

 神機は僕じゃない。

 

 圧倒的な力の前に融けかけていた自他境界線を、新たにしっかりと引き直す。

 

『そうです、小さなティフォン。貴方は、あのような禍々しい神機と同じ存在ではありません。貴方は優しい、“私の”ティフォンでしょう?』

 

 囁く声が、心にこびりついた微かな違和感をぺりぺりと剥がしていく。

 

 気持ちを落ち着かせた僕は、こちらを不安そうに見つめる侍女達ににっこりと微笑みかけた。

 

「どうだい? 起動は無事に出来たかな?」

 

「あ……は、はい。動力炉、出力安定……規定値を維持」

 

「起動ルーンの更新を確認。後継者様の登録完了しています」

 

 僕の声に、はっと我に返ってそれぞれの仕事に戻る侍女達。彼女らの報告を聞きながら、僕はうーん、と背もたれに身を預けた。

 

 さっきまであった違和感を今は全然感じない。その事が逆に、不気味ですらある。

 

 そうこうしている内に、確認は全て完了したらしい。

 

 これにて、起動の儀式は全て完了、という訳である。よって、今日から僕が、大貴族の当主という事になるらしい。全然実感ないけど。

 

「……起動の儀式、無事完了しました。後継者様」

 

「あ、うん」

 

 玉座の前に、侍女達が補助席から立ち、整列する。そして彼女らはその場に跪いた。慌てる僕を他所に、地面にキスをするかのように深々と頭を下げる。

 

「後継者様……当主ティフォン様」

 

「私達は貴方様の僕でございます。どのような事でもお申し付けください」

 

「どうか私達を御導き下さい。アウスレーベン公爵家をお守りください」

 

 鈴のような声で語られるのは、言葉選びは卑屈ながらも僕に期待する“願い”達。

 

 正直、勘弁してほしい。僕はそんなに偉い人物じゃないんだ。

 

 這いつくばるようにして次々に恭順を誓う侍女達を前に、僕は居心地の悪さに思わず頭を抱える。そんな風に期待されても、正直応えられるかどうか、自信はない。

 

『まあ、これも一時の事です。心ないおべっかなど、気にする必要はありませんよ、ティフォン』

 

「……まあ、頑張らせてもらうよ」

 

 こうして、僕は大貴族様の、お飾り当主に就任したのであった。

 

 

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