病ンデレ女神と呪ワレ神機 作:油ゴブリン
神機起動の儀式を無事に終え、身の証を立てた僕。
そのあとはゆっくり休んで……という訳には当然、いかなかった。
操縦席から出るなり、今度は喜色満面のおじさま達に連れられて、屋敷の広いパーティー会場に連れていかれてお目通しである。
壇上のでっかい椅子に座らされて、次から次にやってくるお偉いさんたちに只管握手するだけの時間が、多分数時間は続いた。おかげで腕がパンパンに膨れ上がっている。
正直、どこの誰と話したのなんかさっぱり覚えていない。最初の数人ぐらいで、あとはもうとにかく笑顔を崩さずに耐えるので精一杯だった。山のようにあったご馳走も食べていない。
その後、一時解散となり、僕は侍女とおじさんに今日からの寝室だという部屋に案内された。
皆はまだやる事があるらしく、あとで呼びに来るのでそれまでお休みください、と言い残して居なくなる。
やっと人目から解放された僕は、襟元を緩めて大きなベッドに飛び込むように身を横たえた。
「つかれたー……」
『お疲れ様でした、ティフォン』
囁きの労いに無言で頷き返す。大きなベッドはフカフカで、早速眠気がやってくるが、僕はなんとかそれに耐えた。今眠ると、ろくでもない事になりそうなのは流石にわかる。
「何人、顔を合わせたっけ。10人から先は覚えてないよー……」
『162人ですね。大丈夫、言葉を交わした相手は私が覚えています。貴方には恥はかかせませんよ』
「ありがと……」
こういう時に囁きは本当に頼りになる。いつも彼女は、僕が困った時に助けてくれる。
思い返せばこの声とも、もう随分長い付き合いだ。
始まりは5年ぐらい前だったかな。元気だった母さんと、森に出かけた時の事だ。
母さんから逸れて迷子になった僕は、森の中で朽ちかけた祠を見つけた。もう長い間、誰にも手入れをされていないその祠を可哀そうに思った僕は、苔むした表面を軽く磨いて、中に詰まった塵を取り除き、ご神体らしき金色に輝く何かを服のすそで拭いて簡単に手入れした。
そして最後に手を合わせてお参りすると、聞こえてきたのだ。優しい囁きが。
その囁きの御蔭で僕は母さんの元に戻る事が出来(直後に母さんにゲンコツ食らってお説教されたけど)、それからずっと、この囁きは僕の傍らにあって、困った時に助けてくれた。
疑問はある。きっとこれは不思議ではない。何か特別なのだと、僕だってわかっている。
だけどそれを問いかけたら、二度と囁きが語り掛けてこない気がして、僕は真実を曖昧にしたまま、こうしてずっと囁きと語らっている。
「よっと」
ベッドに横になっているとそのまま寝てしまいそうだったので、勢いをつけて身を起こす。
「それにしても、立派な部屋だなあ」
暫定とはいえ当主の部屋だから、随分と豪華な上に大きな部屋だ。まずそもそも、部屋の広さが桁違いである。
広さは操縦席と同じぐらい……つまり、実家の家そのものより大きい。たかが寝室一部屋が、である。当然、他にも執務室とか応接室とか書斎とか、色々部屋がある訳である。お金持ちって凄い。
そんな大きな部屋にあるのだから、ベッドも大きい。幅だけで僕の背丈の倍以上あり、長さにいたっては4倍? 5倍? とにかく大きすぎてびっくりだ。
下手したらシーツの中で泳げるぐらいかも。どれだけ寝返りうっても床に落ちそうにないね。
天井には大きなシャンデリアがあって、蝋燭じゃなくて照明が部屋を照らしている。パーティー会場もそうだったし、屋敷の何所かに発電設備があるのかな。
「……本当に今日からここに寝ていいの……? なんか落ち着かないなあ……」
ベッドの端に腰かけて、足をぶらぶらさせる。……高さも結構あるなあ、こうやって座ると足がぎりぎり届かないくらいかな。
それにしても、お腹減ったなあ。
空腹にお腹を押さえて途方にくれていると、コンコン、とドアをノックする音が響いた。
「ティフォン様。今、よろしいでしょうか」
「あ、いるよ。どうぞー」
「失礼します」
寝室のドアから顔をのぞかせたのは、補助士の侍女の一人だった。黒い髪に、赤い瞳の女の子。
彼女は銀色の台車を手で押して部屋に入ると、ぺこり、と私に一礼した。
「アウギュスト様の手配で、夕飯をお持ちしました。会場では、食事を口にする機会が無かったと思いますので……」
「ホント!? ありがとう!!」
「配膳いたしますので、しばしお待ちください」
ベッドに腰かけて見ている前で、彼女はテキパキと食事の支度を始めた。ベッド横のテーブルにクロスを敷いて整えると、一人分の料理をテキパキと並べていく。その動きには淀みが無くて、よほど練習したのが見て取れる。
あれ。でもこの子、多分、御貴族様だよね?
「ねね。そういえば、君の名前、聞いて無かったよね。教えてよ」
「……一介の侍女の名前など、お気になさることはありませんが……御命令とあらば。私は、ナスターシャ・ストラチカ。ストラチカ家の長女でございます」
ストラチカ……どういうおうちだっけ。
大貴族様は勢力図が複雑でわからない。一言でアウスレーベン公爵家といっても、その傘下にいくつもの貴族を抱えていて、さらにその貴族の下に貴族が……みたいな感じなのである。
『ストラチカ家といえば、ソリュート侯爵家派閥の子爵になります。内戦において、次男側についた勢力の一つですね。あまり位の高い家ではなく、歴史もまた短い、力の弱い家です。ちなみに貴族は、一番上が公爵で、そこから侯爵、伯爵、子爵、男爵と下がっていきます。覚えていますね?』
「御貴族様なのに、どうして侍女の恰好を?」
「私達のような下級貴族の息女は、上級貴族の元に奉公に出るものなのです。貴族といっても、上流階級の皆さまから見れば、私達など一般市民も同然。身元がはっきりしているだけマシというものでしかないのです」
なるほど。それで侍女としての振舞も堂に入っているのか。
そんな雑談に興じている間に、食事の準備は出来たようだ。
ほかほか湯気を立てるスープに、しゃきしゃきのサラダ。そして肉厚のステーキ。
田舎ではとても食べられるものではないご馳走に、ごくり、と唾を呑む。
「そ、それじゃ早速……」
「いえ、お待ちください。毒見が先です」
「え?」
失礼します、と一言断り、彼女は器に盛られた料理を一口ずつ、小さな皿にとって口にした。
囁きさんが僕に説明してくれる。
『御貴族の偉い人は敵も多いですからね。食事に毒を盛られるなんてよくある事です。よって、食事の前に毒見薬が口にして、安全かどうかを確認するんですよ。目の前でやるのは、器に毒が盛られている可能性を考慮してですかね。まあ本来はもうちょっとちゃんとした流れがあるんですが、公爵家も人が足りないのでしょうね』
「ちょ、まって、毒!? 毒があるかもしれないの!?」
「はい。申し訳ありませんが、しばらくお待ちください。遅効性の毒の可能性もありますので」
ナスターシャさんがしれっとそんな事を言う。僕は目を白黒させた。
「毒が入ってたらナスターシャさん死んじゃうよ!?」
「どうか呼び捨てになさってください、ティフォン様。目下の者に敬称など不要です」
「あ、うん……そうじゃなくて! 本当に毒が入ってたらどうするのさ!?」
僕の懇親の指摘に、しかしナスターシャさんは小さく微笑むばかり。
「ご安心ください。我がストラチカ家は子爵と言っても名ばかりで、年老いた父と病弱な兄を残すばかり。ここで、後援者であるアウギュスト様を裏切る事など出来ようはずもありません。死を持って忠誠を証明した暁には、我が家の支援を確約して頂いております。これではまだ、不安でいらっしゃいますか?」
「い、いや、そうじゃなくて……」
おかしい。言葉は通じてるのに会話が成立していない。
戦慄する僕の耳に、囁きがひそひそと説明してくれた。
『どうやら、侍女達は立場の弱い貴族の家から集められた息女で固められているようですね。実家の命運がかかっている以上、彼女達は死を問わずして貴方に忠誠を尽くす、と。そのうち切り捨てる当主であっても、現状では決して失う訳にはいかないですからね。アウギュストという男、冷酷ですが出来る男のようです』
話は理解できない訳じゃないけど、僕はそのアウギュストという人、とてもじゃないけど好きにはなれないな。要はそれって実質、家族を人質に取ってるって事じゃん。
『同感ですね。位の低い家の子女というのは、いつでも切り捨てられる程度の人材という事。あからさまにティフォンを軽く見ている、やはり好きになれません』
僕は時々君がちょっとわからないよ。
とりあえずはっきりしているのは、僕が晩御飯にありつくにはもう少し時間がかかるという事だけだ。
湯気が少しずつ小さくなっていくスープを恨めし気に眺めながら、僕はベッドの上で足をぱたぱたとさせた。
「まだ駄目なの?」
「はい。最低でもこの懐中時計の針が一巡するまでは、待つようにと」
「ナスターシャさ……ナスターシャは大丈夫? 具合悪くなったりしない?」
僕の問いかけに彼女は一瞬目を丸くして、小さく笑った。
「ありがとうございます。今の所、体調に異変はありません。お気遣いありがたく」
「じゃあさあ、もう食べようよぉ。大丈夫なんならさ。ご飯が覚めちゃう」
「それは……申し訳ありません。規則ですので……」
申し訳なさそうにしながらも、ナスターシャさんは梃子でも譲らない。
仕方ない、このあたりで諦めよう。あんまりいうと、彼女を困らせるだけだし。無理に食べたら、きっと彼女があとで怒られるんだろうな。それは流石に可愛そうだ。
「じゃあさ、ただ待ってるのも暇だからさ。いまこの家で何が起きてるか教えてよ」
「えっ」
『それは良いアイディアですね。時間を潰せるし、何よりこの侍女が本当にティフォンの為になるのか試す事にもなります。素晴らしいです、ティフォン』
いや、別にそんな顔を踏ませるようなつもりはないんだけど。
一応基本的な話はここに向かう途中で教えてもらったけど、あからさまに都合悪いとこは隠してる感じだったんだよね。騙されて酷い目に合わない為にも、出来るだけ色んな人から話を聞いておきたい。
「あくまで、ナスターシャさんの話を聞きたいんだ。その内容でどうこうするつもりはないから、お願い」
「……分かりました。私が話せる限りの事を、お話します」
根負けしたというよりは、あるいは彼女の背後に居る人間から指示が出ていたのか。
彼女は躊躇いつつも、あっさりと此度の御家騒動について僕に説明してくれた。
◆◆