病ンデレ女神と呪ワレ神機 作:油ゴブリン
アウスレーベン公爵家は300年続いた名家である。
保有する神機も30を超え、複数の宗家を取り込んだ大貴族であった。
ほんの数十年前までの事である。
今はまともに動く神機は数えるばかり。操縦者に至ってはさらにそれを下回る。
かつては人に溢れていた本家の屋敷も、今は伽藍と静まり返るばかり。
その本家の会議室で、数名の貴族達が、顔を連ねて声を潜めるようにして語り合っていた。
「……して……王家からはなんと……」
「……此度の蛮族討伐に予定変更はないと」
「そうか……」
会議室に満ちるのは陰鬱なため息ばかり。
この場において最も立場が上であり、それでも本家から遠く離れた傍流の家長が、失望に落ち窪んだ瞳で壁を見上げる。
会議室の壁には、これまでアウスレーベン公爵家が築き上げてきた栄光を誇示せんが為、輝かしき勲が飾られている。
黄金に輝く戦旗、かつてへし折ったというドラゴンの牙、暗黒神の差し向けた大悪魔の鎧の破片……しかしそれら輝かしき勲章も、今となっては虚しく輝くばかりである。
「……長年にわたる平穏が、我らを増長させた……そう思いたくは無いが……」
事の始まりは僅か5年前の事。
時の伯爵家当主が急死した事にある。それそのものは何ら訝しむ事のない急逝ではあったが、遺言状の文面が不味かった。
亡くなった当主の遺言状にははっきりと後継者を指定するものではなく、「最も栄誉を立てた者を新たなる当主とせよ」という曖昧な文面が綴られるのみ。
当主の子供は二人。粗暴で貴族としての品格に欠く長男、冷静沈着だが冷酷な次男。支援者はこの二人の元にそれぞれ集い、公爵家は真っ二つとなった。
さらに時は平穏の時代。蛮族の侵略も鳴りを潜め、他国との関係も悪くはない。仮にも公爵家ともあろうものが国境線をにぎやかすのは許されず、栄誉を打ち立てるべき剣の切っ先は自然と、敵対する派閥へと向いた。
内戦の始まりである。
公爵家の有する30を超える神機が二手に分かれ、相手の首を勲にせんと相争ったのだ。
決戦の場となった大平原は、大地は炎に覆われ、空は黒煙に覆われ、この世に現出した地獄そのものだったという。
血で血を洗う大戦の結果は、相打ち。
勝利者などおらず。互いに神機を駆って争った長男、次男は共に戦死。付き従って戦った有力貴族達の神機も荒野に累々と骸をさらすばかりであり、さらにはその数倍以上の機甲戦力、数百倍の兵士の命が失われた。
盛大な内輪もめの結果は何も生み出さぬ虚無であり、結局、後継者の全滅と同時に、公爵家は公爵家たらしめる全てを失った。
さらに最悪だったのが、大規模な神機の激突が周辺の蛮族を刺激したのか、それ以降彼らの侵略は急激に活発化した。それに抗うべき神機そのものが大量に失われたのもあり、近年国境線は非常に危うい状態が続いている。
この窮状を、残念ながら王家は見逃してはくれなかった。
かねてから権勢の過ぎる公爵家を白眼視していた王家は、この危機を公爵家の軽率な行いにあると糾弾。自らの勲を持って、蛮族の侵略を撃滅せよ、と王命を下した。
これを断る事はできない。
何にせよ、公爵家は至急、仮の当主を立て、王命に応じる必要があった。
しかし……。
「……戦力そのものは何とかなる。参加の貴族から通常戦力と、神機を数機、融通する事は可能だ。だが、肝心の公爵家の神機が……」
議長を務めている男とて本来ならば、この会議室に入る事も出来ない傍流の家。されど今現在のアウスレーベン公爵家派閥においては、神機を動かせ当主として一定の責務を果たせる、というだけでこの場に座れてしまう。
アウスレーベン公爵家がどれほどの損害を受けたか、その事実が言葉よりも重くのしかかる。
「して。候補者の選定は? 動かせる神機は何機ある」
「……残念ながら、3頭身以内の血縁者は一人も。偽ってきた者はいましたが、一人も承認には反応せず。神機も辛うじて動かせるのが2機、しかし戦闘どころか歩行にすら耐えないあり様で……」
「そうか……」
返って来た報告に溜息をつく議長。
神機は製造方法の失われた超古代の兵器であり、それを動かせるのは登録された初代の血筋の者だけだ。それも男系に限られ、女系は反応しない。
動かせる者は内戦で全て死に絶え、唯一生き残っているのは長男の嫡子のみ。
だがその子はまだ生まれたばかりの赤子。目も開いていない、歩く事も喋る事もできない赤子を駆り出す訳にはいかなかった。
八方手づまりの状況。
その中にあって、顔を寄せて密談する者達から少し距離を置いて座っていた男の姿があった。
若い男だ。黒い髪に、青い瞳。整った、されど情が薄く酷薄そうな横顔。
アウギュスト・D・ブリタニカ。ソリュート侯爵家と対を成す、ブリタニカ侯爵家の若獅子。彼もまた、この混乱の中でのし上がってきた一人である。
彼は会話が途切れた静寂を狙ったように口を開いた。朗々と響く声。
「ご安心を、各々がた。私の調査で、先代当主の落胤を発見いたしました」
「それは誠か?!」
思わぬ報告に、俄かに集まった者達が声を荒げる。中にはひっそりと舌打ちをした者もいたが、アウギュストは記憶に留めておくのみに努め、指摘はしなかった。
議長が身を乗り出すようにして問いただしてくる。
「それで、どのような者なのだ? 保証は?」
「12年前に、当主のお戯れでお手付きになった侍女の子のようです。屋敷を追い出された後は故郷に戻り、母子二人暮らし。しかしつい先日、母親が病死し一人になった所を、配下で保護しておりました。機密事項故、ご報告が遅れた事はどうかご容赦ください」
言いながら、調査報告書を差し出す。そこには、出生に伴う病院の検査記録も伴われている。かの子供の血が、確かに神機の認証に反応したという、明確な証拠も共に。
議長がそれを手に取り、目を血走らせて確認する。一方、傍らの貴族の中には、不愉快そうに顔をしかめる者達もいた。
「む……。妾の子ですらないのか。いや、この際贅沢は言っておれんか」
「正気か?! そのような穢れた子供を、当主と仰ぐつもりか?!」
「あくまで現状を乗り越えるための暫定的な処置だ! どの道そのような子供に当主など務まらん、この場を乗り切りさえすれば、後はどうとでもなる! 数年、ただ当主の席に座っておけばそれでよい」
不満を示す諸侯を手振りで黙らせる議長。
今はそんな事を言っている場合ではないのがわからないのかと内心の落胆を隠して、議長はアウギュストに肝要な事を問いただす。
「それで、動かせる神機の当てはあるのか?」
「……一つ。たった一つだけ、完全な動作保証のされた神機があります。皆さまもご存知のはず」
男の言葉に、一同に満ちつつあった熱が一瞬にして冷え去った。
彼らの脳裏に一様に浮かぶのは、忌まわしき呪われた神機。
機帝カリギュラ。
「まさか……アレを動かすつもりか?!」
「馬鹿な。その意味がわかっているのか?!」
慄くような震える声で、議長が男を問いただす。
「ええ、勿論。むしろこの状況でアレを動かさずしていつ動かすのです?」
「だがしかし……」
「分かっているのか? あれは……呪われているのだぞ!?」
そう。神機であれば一機でも欲しい、というこの状況で捨て置かれたのには理由がある。カリギュラには、あまりにも不吉な伝承が多すぎる。故に、かの機体は屋敷の地下深く、動けぬようにして封印されてきたのだ。逆に言えば、その御蔭で内戦の狂気の最中ですら、持ち出されもしなかったのだが……。
しかし彼らの不安をアウギュストは一笑した。
「問題ありません。どうせ、一時の看板に過ぎないただの代用品。呪われようとどうしようが、我々には何の損もない。それに何も、戦って勝て、という訳でもないのです。王国への建前として歩かせて立たせるだけ……戦闘そのものは通常兵器で十分。看板として突っ立ってる分には、搭乗者への悪影響もないでしょう」
「む……それは、そうだが……」
「それにあれは腐ってもグローリアス級。神輿は軽くて派手な方が良い……あれほどの内戦を経ても、公爵家いまだ健在、と示すにはちょうどよいのではないでしょうか」
会議の流れは、ほぼアウギュストの望む方向に流れているようだった。諸侯は不満を示そうにも、代案の一つも持ち合わせずに口を開く程愚かではない。
そしてそれは現状、アウギュストの案に従う他に道は無いという事を意味している。
「……よかろう。アウギュスト・D・ブリタニカ。君の案を採用する事にしよう。皆もそれでよろしいな?」
「ありがとうございます」
「ふむ。話がまとまった以上、我々は運命共同体だ。この期に及んで足を引っ張らず、互いに協力しあってこの難局を乗り切ろうではないか。差し当たってはまず、その子供の招聘だ。ぬかるなよ」
そうして、本人の全くあずかり知らぬところで、一人の少年の運命がそうして決まってしまったのだった。