病ンデレ女神と呪ワレ神機 作:油ゴブリン
「練習用の機体の準備が出来ました」
その知らせが来たのは、僕が館に来てから5日ほど経過しての事だった。
自分で料理したご飯を侍女と共に自室で食べている所への知らせ。早速、その日の午後の予定は全部キャンセル、練習機を動かすことになった。
侍女の手を借りて、正規の操縦服に袖を通す。
鏡を前に、自分の姿を確認している私の耳元に上機嫌そうな囁きが聞こえる。
『うふふ、よくお似合いですよ、ティフォン』
「え、えと。そうかな?」
姿見の中には、灰色のちょっとダブついた服に袖を通した子供が、困惑顔で写りこんでいる。沼に住む大ガエルの皮を使ったという操縦服は分厚くてぶよぶよしているが、柔らかくて頼りないという事はなく、むしろナイフを突き立てても跳ね返す程に強度と弾力に優れている。衝撃吸収力も高く、激しく動き時に内装が刃のように飛び散る操縦席にはもってこい、という訳だ。また、肩や腹部には鎧のように鉄の防具が縫い付けてあり、なんだったらこのまま白兵戦にも応じられる造りになっている。
伝説では、機体が各座するも操縦席から飛び出して相手の機に乗り込み、見事操縦者を討ち取って見せたご先祖もいるそうだ。ワイルド。
ちなみに継ぎ目がなくて、とてつもなく着づらい。こればっかりは手伝って貰わないと駄目そうだった。
「よくお似合いでございます、ティフォン様」
「うんうん、男らしさが上がったね!」
着付けを手伝ってくれたナスターシャさんとヒルドさんも、うんうんと満足気だ。まあ彼女らは僕の事を全肯定するのが仕事だから、話半分に聞いておくべきだけど。
準備が出来たら、館の中庭に。とんでもなく大きい屋敷の中庭はやっぱりとんでもなく大きいのだけど、今日ばかりはその広い中庭もちょっと手狭に見える。
何故なら、その中庭の中央には大きなクレーンが据え付けられ、そこに鎖で巨大な神機が吊るされているからだ。
装甲の無い、内部骨格がむき出しになっている神機。練習用の、大破した機体のパーツをつぎはぎして急遽復元したというその機体は名前もなく、人体模型のように衆目にその内臓を晒しながらも威風堂々と佇んでいた。
「……ちょっと小さい?」
「左様でございますな。機帝カリギュラに比べると、2ランク下になります。ですが、機帝カリギュラは全8ある神機の階級においては最大級のグローリアス級。あれが特別大きいのですよ」
そのあたりは座学でもちょっと習った。グローリアス級、というのは、公爵家だからこそ保有できるものであって、その下の侯爵家級になると一機持っているかどうか、という話になるらしい。逆に言うとそのグローリアス級を何機も保有していた全盛期のアウスレーベン公爵家はマジで凄かった、という事である。
今は見る影もないけど。
『一応、伝説によればそれより上の階級もあったようですが、少なくともこの王国では現存していないようですね』
「それでは、お乗りください。まずは登録をしなければ」
促されて、タラップをのぼって操縦席に向かう。地下では気にならなかったけど、こうして日の当たる所だと高い所にあるなあ、操縦席。脚を踏み外したら一巻の終わりだ。
ちょっと肝を冷やしながら、開かれた操縦席に乗り込む。この機体のコクピットは横に広くて、補助士は二人乗り込む造りになっているらしい。息を吸うと、油のにおいと、新しい革の香りがした。クッションを触ってみると、ひび割れていない艶々の革だ。僕が乗るためにわざわざ新調したのかな。
ベルトを閉めたりして準備していると、当然のような顔で後についてきたナスターシャさんとヒルドさんが、侍女服のまま席に着く。
「え、二人はいいの? 操縦服」
「操縦服は高級品でございますので」
「それに私達は所詮、替えの効く補助士でございます。お気になさらぬよう」
しれっと言うけど……操縦服は衝撃吸収の役割もあると聞いた。つまり、それを着ていない彼女らが無事で済むかどうかは、僕の操縦次第、という事になってくる。もし、全力でこけたりしたら……考えたくもない。
俄かに圧迫感を感じて、僕はきゅう、とお腹が痛くなってきた気がした。
『そう恐れる事はありませんよ、ティフォン。あちらも練習なのはわかっていますし、ほら、転倒しないように鎖でつないでいるのが見えたでしょう? 気軽に行きましょう。それに代わりがいるのは事実ですし』
んもう、囁きはいつもなんていうか、僕以外に辛辣じゃないかな。
「それでは起動準備始めます」
「う、うん、初めて」
少しだけ緊張する。
機帝カリギュラの時は上手くいったけど……正直自信がない。しばらく館で暮らしていても、自分が公爵家の血を引いているなんて実感は全然沸いてこなかった。今でも何かの間違いじゃないかと思えていて……もしかすると、この神機は起動できないんじゃないか、っていう不安も心に過ぎる。
「動力炉、出力安定……規定値を維持」
「起動ルーンの更新を確認。ティフォン様の登録完了」
だけどそんな事はまったくなくて、起動準備は順調に進んだ。
操縦者である僕と機体の感覚がリンクして、巨大な鉄の塊に血が通う。だけど、機帝カリギュラの時のような全能感、高揚感、そして破壊衝動のようなものは沸いてこない。非武装に加え装甲も張られていない機体だからかな、どちらかというと頼りなさのようなものを強く感じる。
僕はガチガチになっていた肩を緩めて、小さく深呼吸した。
いけないけない、ここで気を抜いてしまっては。今日はここからが本番だ。
「起動準備完了。どうでしょうか、ティフォン様。同調の方は安定していますか?」
「う、うん。順調だけど……」
「! 何か不具合や違和感が? 起動を中止なさいますか?」
煮え切らない言葉に、ナスターシャさん達が顔色を変えて振り返る。
言葉遣いが悪かった。僕はふるふると手をふって、特に問題ではない事を彼女達に伝える。
「ううん、なんともないよ。ただ、その、なんていうか」
「?」
「か、間接に違和感があって……」
恐らく、元々は違う機体のパーツを無理やり繋ぎ合わせているからだろう。調整不足の違和感が、僕自身には筋肉や関節の軋みのように感じられて、どうにも体がぎくしゃくする。
「おじいさんになってしまったみたいで、その」
「ぶふっ、お、おじいさん、ですか。あははっ」
「こら、ちょっとヒルド」
僕の例えが面白かったみたいでからからと朗らかに笑うヒルドさんを、ナスターシャさんが青い顔で宥めている。
勿論僕はそんな事で機嫌を損ねたりはしないよ。というか、ヒルドさんぐらい明け透けに接してくれた方が、僕としてはやりやすい。
『まあ、それも演技かもしれませんけどね。腹のうちは読めたものではありませんが』
「……そうだね。じゃあ、とりあえずこの練習機の事はグランパ、って呼ぶことにしよう。名前がなかったし丁度いいや」
「ふふふ、わかりました。神機名グランパ、登録しておきますね」
「全くもう……」
ちょっとした騒動はあったが、同調そのものはこれで完了だ。違和感はあるけど、動かす分には問題ない。
ただ、動かせるというのと乗りこなせるのは全く別だ。果たして僕に、この巨大な神機が上手く動かせるだろうか?
「……ティフォン様、合図が来ました。まずは歩行訓練からしましょう。大丈夫、まだ神機はハンガーに鎖で吊るされていますから、バランスを崩しても転倒する事はありません」
「気軽にいこうよ、気軽に。正規の訓練を受けた操縦者様でも、最初の数歩を踏み出すのに何週間もかかるって事はザラらしいよ。ましてやティフォン様はここにきて一月も立ってないんだから、失敗して当然! 気負わずに行こうね」
侍女二人は私を気遣ってか、そんな事を言ってくる。
ただ、僕としてはそういう訳にもいかない。本心を知る囁きが、そっと耳打ちしてきた。
『でもここで、貴方が他とは違う……という事を示せれば、立場の安定につながります。気負いすぎてはいけませんが、簡単に考えてはいけませんよ、ティフォン』
「……わかった。じゃあ、行くよ。衝撃に備えて」
深く深呼吸して、機体との同調に集中する。自分の体は玉座に座ったまま、神機の足だけを動かす。簡単なようで、なかなか難しい。右手を動かす事を考えながら左手で作業するみたいな。
それでも、なんとかぎこちないながらも右足が上がり、それで前に踏み出そうとした、その時の事だ。
「い゛っ!?」
残った左足の関節に異様な負担を覚えた途端、ガクン、と機体が大きく傾いだ。あわやそのまま地面に叩きつけられる、という所で、鎖が辛うじて機体を支えた。見守っていた周囲の人々から、わああ、とどよめく声が聞こえる。
メキメキと音を立てながらも、太い鎖が神機を吊り下げている。その操縦席で、僕らは衝撃につんのめってガクガクと激しく揺れていた。
「あ、あぶなっ……ナスターシャ、ヒルド、無事?!」
「大丈夫です」
「なんともないよっ」
操作盤に手を突くようにしていた二人が、振り返って無事な顔を見せてくる。僕はその事に安堵しながらも、同調した体に感じる違和感に眉をしかめた。
膝が熱い。機体の膝関節が、過負荷に熱を持っている。
「鎖の巻き取りをします。右足を低位置に戻してください、ティフォン様」
「ゆっくり、ゆ~~っくりでいいからね」
「う、うん」
言われた通り、右足を元にもどして気を付けの姿勢へ。ぐぐぐ、と鎖に引っ張り上げられて、グランパは最初の位置、最初の姿勢に戻った。
とりあえず、破損や怪我人が出なかった事にほっとする。だけど、どうしてうまくいかなかったんだろう。僕は慎重に動かした筈なのに……。
「も、もう一回、お願い」
「はい」
「何度でも付き合うよー!」
頼もしい侍女達の返事に頷き返しながら、再び同調に集中する。ただ歩くだけでいきなり躓くなんて……。
とりあえずさっきの失敗は、関節に異様に負担がかかった感じがあった。支えてはいけない重量をかけてしまったというか。考えてみれば、右足を前に出して浮かせて、左足で体を押し出す……という人間の歩き方をしたら、神機の全重量が左足の膝関節にかかってしまう。人間では大丈夫でも、巨大な鉄の塊である神機のそれは、自分自身の関節が耐えられないほどになるんだ。でもじゃあ、どうすれば?
頭を捻っていると、耳朶を囁きが擽った。
『ティフォン、神機は意味もなく人型をしているのではないのです。二本の足で歩くのは、それが一番、重量を支えられるです。例えば木の棒で、重たい石を吊り下げるとぼきりと折れてしまうでしょう? だけど木の棒をまっすぐ立てて、その上に石を置くのならば、相当な重量にも耐えられます。ただの棒、というのは実の所、最も重さに耐えられるのです。ですが、移動の時、迂闊に足を曲げてしまうと……』
関節の所に、重量が集中する?
理屈は分かったけど、でもそれじゃどうすればいいんだろう。
負担が関節の所に来るのが駄目、といわれても、曲げないと歩けないし……。
あ、でも、膝ってそんなに頑丈じゃない、とも聞くな。だったら、もっと頑丈な所にだけ、負担がいくようにすれば……どこだろう?
「……ナスターシャ。神機の下半身の関節で、一番重量に耐えられるのって、どこ?」
「え? それは……そうですね。神機の構造で負担が大きいのは股関節だと聞きます。だからその分、頑丈に作られていると、確か」
「そうか、ありがとう」
乗り込む前に見た神機の全体図を思い返す。確かに膝や足首に比べて、股関節はかなり大きく作られていた。人間でも、膝や足首を悪くする人はそこそこ聞くけど、股関節を悪くするってのはよっぽどのお年寄りじゃないとそうそう聞かない。手足で一番太いのも太ももだし、人型というのは腰回りが一番頑丈に出来ているんだ。
ならば、その股関節にだけ負担を駆けるようにして、膝と足首はほどほどに、という歩き方をすれば、いけるんじゃないか?
「よし、やってみよう。いくよ!」
侍女達に合図して、再び訓練を開始する。
右足から踏み出すのは一緒。でもさっきみたいに、関節を曲げて普通に歩こうとするんじゃなくて、右足をまっすぐ伸ばしたまま、斜め前に突き出す。そしたら、股関節だけ動かすようにして、機体を倒れ込むように前に踏み出す!
ぐらり、と操縦席が揺れて、補助席に座る侍女達がきゅっと身を硬くするのが見えた。
だけど、今度は大丈夫なはず。機体がバランスを崩して転倒する前に、伸ばした右足の踵が地面に触れた。ずずん、とややつんのめり気味になりながらも、斜めに傾いだ機体が停止する。
念のため、操縦を補助している侍女達に確認する。
「そっちから見て、機体の状態はどう?」
「ええと……はい、大丈夫です! 関節部の負担、許容範囲です!」
「よし!」
あとは横に倒れたりしないように気を付けながら、体を引き起こしながら左足を前に引っ張る。そして半歩踏み出した状態で、まっすぐ機体が直立した。
「やった、一歩踏み出せた!」
「ティフォン様、おめでとうございます!」
「凄い、凄いよティフォン様!! 初めて二度目でもう歩けるなんて、聞いた事がないよ!」
ガッツポーズに、侍女二人が手をぱちぱちと叩いて快哉を送ってくる。見れば、外で見守っていた人達も、次々に手を叩いて拍手している。
『素晴らしいですよ、流石は私のティフォンです。甘やかされのお坊ちゃまとは違いますね』
囁きさんまで、なんだかすごくうれしそうだ。
なんだか照れ臭いなあ、まだ一歩しか歩けていないのに。
でも、今のでちょっとコツは分かった。
「よし、このまま歩き続けてみる」
「了解しました」
「鎖の長さは、5歩分ぐらいあるよ! 端まで歩いたら反転して、ハンガーに戻ってみよう!」
ヒルドの提案に頷き、僕は今度は左足を突き出した。倒れ込むようにして地面を踏みしめて、ぐぐぐ、と右足を引き寄せる。要領はつかめた、あとはこの動きをいかにスムーズに、かつ、安定して繰り返すかどうかだ。
「よおし、行けるぞ!」
そしてその日は、夕方になって日が暮れるまで、僕は歩行訓練に勤しんだのだった。
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