病ンデレ女神と呪ワレ神機   作:油ゴブリン

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第八話 急な出陣

 

 

 

 

「大丈夫ですか、ティフォン様?」

 

「な、なんとか。でも足が棒みたいだ……」

 

「あはは、ティフォン様、歩き方がつっかえ棒みたいになってますよ」

 

 訓練の後。疲労困憊の僕は、ナスターシャさんとヒルドさんの手を借りてなんとか操縦席から降りると、ふらふらと自室に向かっていた。

 

 変な感じだ、僕の体は操縦席から一歩も動いていないのに、足がパンパンに張っているような感じでうまく動けない。二人が支えてくれているおかげでなんとか自分の足で歩けているけど、正直、杖をついて歩いているようなものだ。

 

「ご、ごめんね」

 

「お気になさらず。これも私達の役目ですので」

 

「そうそう。それよりこけたら危ないから、もっとしっかりしがみついてね!」

 

 言って、ぎゅう、と身を寄せてくるヒルドさん。反対側、ナスターシャさんも無言のまま、身を寄せてきて……正直、僕としてはとても居たたまれない。

 

 いや、確かに彼女達に脇から支えてもらわないとうまく歩けないけど、密着しているせいで柔らかさとか、いい匂いとか、いろいろ、こう!

 

 なんだかとてもいけない事をしている気分になる! わあ!

 

『…………言い御身分ですね、ティフォン。触れる駄肉がそんなによろしいですか?』

 

 そしてなんか囁きも機嫌が悪いし……なんでこんな事になっちゃったの……。

 

「あんまり顔色が良くないね……。やっぱり、担架持ってきた方が……」

 

「い、いいよ、大丈夫! ほんとに! ほ、ほら、そろそろ感覚戻って来たから、一人でも歩ける……ぶわっ」

 

「ティフォン様、あぶな……あっ」

 

 このままだと重病人みたいな扱いをされそうなので、腕を振り切ろうとした結果、バランスを崩してしまう。そのまま倒れ込みそうになる僕を、とっさにナスターシャさんが体で受け止めてくれた、ん、だけど……。

 

 彼女達は僕より年上で、つまりちょっと上背があって……。そんな彼女らに僕が倒れ込むと、どこで受け止められるかって言うと。

 

 ……やわらかくて、ふわふわ。

 

 僕は慌てて退いた。

 

「ご、ごご、ごめん!!」

 

「あ、い、いえ。お怪我が無くて何よりです……」

 

『あらあらまあまあ』

 

 恥ずかしくてナスターシャさんの顔が見れない。多分今頃、僕の顔は真っ赤だ。

 

 と、今度は背後から伸びてきた手が僕の腕を絡めとり、さらに背中にむにゅん、と別の柔らかいものが押し当てられた。

 

「ひ、ヒルドさん!?」

 

「あ、さん付けは駄目ですよティフォン様。私なんか呼び捨てにしないと。それより、んふー。やっぱ男の子なんですねえ、ティフォン様も。私のはどうです? うりうり」

 

「わ、わかっててやってるでしょ!?」

 

 悪戯っぽく笑いながら、ヒルドさん。こ、これはどう見ても純粋に揶揄われてる……! とはいえ、今の僕は支えられてないと立てないぐらいへろへろだし、ど、どうすればいいの……?!

 

 困惑しきっていると、そこに思わぬ救いの声が響いた。

 

「お前達、何をしている?」

 

 はっ、と顔を上げると、そこには撫でつけた黒髪と怜悧な青い瞳の美青年。

 

 我らがアウギュストお兄さんである。

 

「アウギュスト様。いえ、ティフォン様が訓練の反動でうまく歩けないようでしたので……」

 

「何? そうなのですか?」

 

 ナスターシャさんの言葉に、お兄さんが眉をひそめて僕の元にやってくる。ちゃんと屈みこんで視線の高さを合わせるのも忘れない。気の利く人だなあ。

 

「大丈夫なのですか?」

 

「え、えと、うん。その、自分のものではない体を動かしたので、ちょっと頭がごっちゃになっちゃったというか……それで、二人に支えられながら歩いていたというか……」

 

「ふむ」

 

 僕の言葉にアウギュストお兄さんはしばし考え込むようにすると、不意に僕に背を向けて片膝をついた。

 

 え?

 

「子女二人に任せるには聊か御身は重い。私が部屋まで背負っていきましょう」

 

「え、ええ?! 悪いですよ」

 

「お気になさらず。ティフォン様の僕(しもべ)という意味では、私もそこの二人と変わりませんので」

 

 淡々と促してくるお兄さん。悪いとは思うけど、正直助かった。

 

 ここは素直にお願いする事にしよう。

 

「じゃ、じゃあ、お願いします……」

 

「はい、任されました」

 

 背中に乗った僕を、ひょい、と軽々と背負うアウギュストお兄さん。普段よりずっと視線が高くなって、天井が近く……はならないな、どんだけ高いんだこのお屋敷の天井。

 

「まず間違いないとは思いますが、照明などにはお気を付けください。行く先は寝室でよろしいですか?」

 

「う、うん、ありがと」

 

 揺れる大きな背中にしがみつく。……思えば、お母さん以外の人にこうして背負われた事なんて、なかったな。それも大分昔の事で、記憶が大分曖昧だ。

 

 ……。背中、大きいな。

 

「あ、でも道中、誰かに見られたらちょっと恥ずかしいな……」

 

「問題ありません。館の人員の行動パターンは全て把握しております、遭遇する事はないでしょう」

 

「……そ、そう?」

 

 しれっと言ってのけてるけど大分怖くないかなあ、それ。ちらりと侍女達に視線で同意を求めると、二人にも硬い顔でコクコク頷かれた。

 

 揺れる背中に背負われたまま廊下を行く。本当に誰とも出くわさなくて、ちょっとだけ気持ちがひんやりする。

 

 なんか、こう、気まずい。ええと、なんか話題、話題、そうだ。

 

「ん……あの、何か用事があったの?」

 

「何故そう思われるのですか、閣下?」

 

「いやその、アウギュストって忙しい人でしょ? なのに、わざわざ出向いて僕の所に来たって事は、何か大切な用事があったのかなって」

 

 僕がそう尋ねると、一瞬だけお兄さんの足が止まる。だけどすぐに、何事もなかったかのように歩き出した。

 

「……閣下には隠し事はできませんな。仰る通り、急用がありまして。確実性と漏洩防止のために、私自ら赴いたところでした。ですが、廊下でする話でもありません。寝室に到着したら、お話します」

 

「ん、わかった」

 

 そういう訳で、部屋につくまで僕はお兄さんの背中の感触を堪能するのであった。

 

『むぬぬぬ……なんか、腹が立ちますね……』

 

 

 

 

 

「僕の出陣が早まった??」

 

 寝室に戻ると僕はすぐにベッドの上に卸され、さらにアウギュストお兄さんの指示で侍女達にマッサージされながら、事の次第について説明されていた。

 

 人と話をしているのに寝転がっているのは失礼な事だけど、お兄さんの指示なんだから仕方ない。二人がベッドの上にあがって僕の足をもみもみしているのをできるだけ意識しないようにしながら、お兄さんと言葉をかわす。……考えなくても結構間抜けな構図な気がするけど、気にしない。気にしない。

 

 そして肝心の話だけど、どうやら随分と急な予定な変更のようである。

 

「はい。閣下は、近く控えていた出陣について、どのぐらい把握しておられますか?」

 

「ええと。王様の命令で、蛮族と争っている国境線沿いに応援のために僕が神機に乗って立つ、って話だったかな。動かせる神機も操縦者も健在だぞ、アウスレーベン公爵家は未だ健在だぞ、っていうアピールの意味もあるんだよね」

 

「はい。ご理解いただけて助かります」

 

 僕の理解に、アウギュストさんは小さく肯定を返してくれる。まあ、実際はもっとややこして知らない事がたくさんあるんだろうけど。

 

 アウギュストお兄さんは僕を子供扱いしているが、それは決して軽んじているという意味ではない。この人は、多分、相手がどこまで出来るか、っていうのが分かっている人なんだと思う。逆に言うと使えるな、と思ったら使い倒すんだろうけど。

 

「国境線の防衛は、本来そこに領地を持つ子爵ないし伯爵の仕事なのですが。近年は内戦で国内の情勢が不安定と見たのか、蛮族による国境侵犯が過激化しております。件の防衛線も同様で、すでにバトルトーテム級の鬼機による攻撃が2度行われております。……蛮族どもの戦力について、ご説明は必要ですか?」

 

「出来ればお願いします」

 

「では手短に。蛮族どもは、遺跡などから発掘した動力炉や部品を組み合わせて、独自に鬼機と呼ばれる兵器を製造、運用しております。動力炉をどうやって起動させているかについては諸説ありますが、基本的には短絡などの方法で無理やり動かしており、正規の起動ではありません。その為出力は大幅に劣りますし、そもそも動力炉の使い方もおかしい上、技術力でも遥かに劣っているため、同級でやりあえば鬼機は基本的に神機の相手ではありません。ですが、それでも神機を持たない民や兵にとっては大きな脅威になります」

 

 つまり、動くだけの神機のガラクタみたいなものを使っている、という訳なんだね。ただ、動力炉の起動の大変さを身をもって味わった身としては、それを動かせるってのは凄いと思うけど……。

 

「本当に動かせるだけというか、奴らの恐ろしさは無謀な事です。一機の鬼機を動かすまでに、10は動力炉の起動に失敗して爆発、その度に何十人、何百人と死んでいます。もっとも蛮族はそれを無駄に多い人員が間引けたぐらいに思っているようですが」

 

 命が安すぎるぅ……。

 

 そこまで価値観が違うとホントに話が通じそうにないなあ……。

 

「鬼機は大きく分けて三つ、バトルトーテム(戦闘象徴)級、バトルオールター(戦闘祭壇)級、バトルテンプル(戦闘神殿)級になります。これより上の、バトルパルテノン(戦闘大神殿)級もありますが……これに関しては、まあ気にしなくていいでしょう。そんなものが動くのを見逃すほど、偵察隊も馬鹿ではありません。そして、仮にバトルオールター級が出てきたところで、今の防衛線の戦力なら余裕で撃退できます」

 

「戦力的には問題はない、と。じゃあ、僕の出陣が早まったのは……王様の都合?」

 

「そういう事です。表向きは、蛮族の攻撃が過激化している事に対しての対応、という事になっていますが本音は我々が正規の後継者を見出して目算が狂った事への焦りでしょう。王国側は、長年に渡って公爵家の弱体化を目論んでいましたから。公爵家の責務を盾に未熟な後継者を無理やり前線に引きずり出し、恥をかかせる事でその影響力の弱体化をもくろんでいるのだと思います」

 

 なんていうか、大人の足の引っ張り合いだなあ、やな感じ。

 

 それ、ダシに使われてる当事者の諸侯からしたら、凄く迷惑なんじゃない?

 

「そうですね。蛮族と戦っている者達からすればいい加減にしてほしい所でしょう。しかしながら、彼らにとっても後ろ盾となる家の弱体化は死活問題です、彼らにとっては名誉よりも実益ですからね。目論見通り、まともに神機を歩かせる事も出来ない後継者が前線に送られて来れば、彼らの心は公爵家から離れていたかもしれません。しかし、そうはならない」

 

 そこでにっこりと、アウギュストお兄さんは僕に笑いかけた。

 

 いや、にっこり、は違うか。もっとこう、ひんやりした感じの笑み。

 

「まさか、数日と起たず歩行できるようになられるとは。このアウギュスト、感服いたしました。これはまさに奇貨というものです。この機を逃す訳にはいきません。閣下の立派な姿を前線に見せつけ、公爵家健在の様を知らしめれば、閣下の御立場も盤石なものとなりましょう」

 

「そ、そう? えへへ……」

 

 アウギュストお兄さんに褒められて、僕はベッドの上で照れ笑いする。もっとも囁きさんは色々気に入らないようだけど。

 

『調子がいい事です。騙されてはいけませんよティフォン、この男だって貴方を利用する為に担ぎ上げているだけです。貴方だって、彼をうまく利用するつもりなのでしょう? あまり情を抱いてはいけませんよ』

 

「……うん。わかった。出発はいつ頃?」

 

「早ければ明後日にでも。閣下にはそれまで、訓練を重ねて盤石を望んでいただければと。大丈夫、戦力的にも戦況的にも、閣下が戦うという事は万が一にもあり得ません。ただ歩いて、立っているだけで十分すぎるほどです。グローリアス級は山の向こうからでもよく見えますからね」

 

 逆に言うとずっこけたりしたら前線全員に知られちゃう訳かあ……ちょっと不安になってきたぞぅ。

 

「了解したよ。お話はそれで終わり?」

 

「はい。お疲れの所、失礼いたしました。それでは私はこれにて。ごゆっくり、お休みください」

 

 一礼して部屋を後にするアウギュストお兄さん。これから忙しいのは彼もまたそうだろう、前倒しになった予定を再編しないといけない。ちょっと考えただけで頭がくらくらしてくる、お気の毒に。

 

「アウギュストおに……アウギュストも大変だあね」

 

「はぁ……」

 

 侍女の二人はきょとんとした顔。いまいちピンと来てない感じかな。二人とも位が低い貴族の家出身だからだろうか。

 

「それより閣下、足のマッサージは終わりましたので、今度は俯せにおなり下さい。背中もマッサージしますので」

 

「え、い、いいよ、なんか恥ずかしいしそれ以上は……」

 

「駄目ですよー、若いからってそういうの蔑ろにしちゃあ。ほらほら、転がって転がって」

 

 遠慮なく絡んでくるヒルドさんに、あれよあれよとひっくり返されてしまう僕。うつ伏せになった背中や腰を、細い指先がくっと押さえてくる。

 

 こ、これ、相手の顔が見えないからなんか落ち着かないぞぉ……。て、うひぃっ!

 

「ちょ、それ、くすぐった……あはははは!」

 

「むむ、この辺り、すこし凝っているようですね。うりうり」

 

「ちょ、ヒルド……あははははは!!」

 

 その後しばらく、僕の寝室には小さな笑い声が継続的に響く事になったのであった、まる。

 

 

 

 そして、通達があった日から三日後。

 

 四人の侍女とたくさんの召使を伴って、僕は蛮族との最前線に向かうべく、館を発った。

 

 そこで待ち受けている運命が、如何様なものであるのか。

 

 少しの希望とたくさんの不安を胸に抱いて。

 

 

 

◆◆

 

 

 

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