「やっと幸せになれたんだね…。碇シンジくん。」
『再会』
僕に親はない。いわゆる捨て子だ。物心ついたときには施設にいた。
いわゆる望まれなかった子供だ。
施設の中にも僕の居場所はなかった。
普通ではない見た目と名前が理由だ。
僕はいわゆるアルピノってやつだ。肌の色も髪の色も、常人離れした白さだ。
子供からしたら得体の知れない化け物にしか見えないだろう。
大人も普通ではない見た目に,腫れ物のような扱いをした。
そして名前。渚カヲル。
カヲルという名前はそうそういたものではない。
施設に捨てられた時そういう名札がついていたそうだ。
これだけ忌むべき要素の塊でも、僕が僕自身を嫌うことはなかった。自分に不思議と愛着があったし、幼い時からこの見た目でもきっといいことがあると何故か信じられた。
初めは周りから寄ってたかっていじめられたが、堪える様子のない僕に関心は薄れていき、空気と同じような扱いを受けるようになった。
誰も僕に構ってくれない代わりに、僕は音楽を手に入れた。
最初はクリスマスにもらった古いクラシック名曲集のCDだった。幼い僕はラジカセの前でそのCDを狂ったように一日中聴き続けた。聴いている間、僕は誰かに包まれるような暖かい気分になれた。
小学校に上がる前の少年がこんなにもクラシックに取り憑かれるとは誰も思わなかったのだろう。
大人たちは僕にピアノを与えた。
談話室の隅に置かれた、古ぼけたアップライトピアノ。
積まれていた楽譜とともに虜になった。
僕は始めた時から何故か楽譜が読めた。理由は自分でもよくわからない。
小学校に上がる直前、僕は1人の少女と出会った。
彼女の名前は、 綾波レイ 。
初めて名前を聞いた時、そして、初めて会った時。
感じたことのないような懐かしさを覚えたのは気のせいではない。
施設に入ってきた、僕と同い年の少女。
僕と同じ、アルピノの少女。
似たもの同士ということで、最初に引き合わされた。
僕が自己紹介をすると、彼女は目を見開いた後、ジト目でこちらを睨んできた。
多分胡散臭いやつ、とでも思われたのだろう。
いつものように僕がピアノを弾いていると、後ろが何やら騒がしかった。
あまりの騒々しさに演奏をやめ振り向くと、そこでレイが複数人の男子に囲まれていた。
大方、アルピノ特有の見た目が原因でいじめのターゲットになったのだろう。
レイの目にはなんの感情もこもっておらず、ただ縮こまるだけだ。
ついに1人の蹴りがレイに当たった時、僕の中で何かがガチャリと外れた。
「彼女は○○○君の大切な人だ。手を出さないでもらえる?」
そういうや否や、気づけばいじめっ子たちに殴りかかっていた。
多勢に無勢、その上僕は喧嘩なんてしたことない。一瞬にして殴られて終わりかとおもわれた。
しかし、気がついた時には、
僕1人が立っていた。
足元にはさっきのいじめっ子たちが悶えている。
慌てて大人たちがやってきて、僕を引きずって行った。
その最中、ふと
「○○○君って、誰?」
疑問が頭をもたげた。
散々叱られ、眠りについた後、僕は奇妙な夢を見た。
ひどく懐かしい感じがする夢だった。だけどその世界は殺伐としていた。
大きなよくわからないロボットのようなものに自分を含めた少年少女が乗り、それぞれが何かのために戦った。
僕は○○○君という少年のために戦った。
名前も、顔も靄がかかったかのようにはっきりしない。ただ、その少年も、そのよくわからないロボットに乗って戦っていた。
そんな少年のために、僕は命をかけた。でも、それはもはや当然とすら思えてしまった。
何故かその世界にはレイもいた。
正確には、レイに似た女の子かも知れない。実際のレイよりも大きくなっていた。多分中学生くらいではないか?
彼女も、○○○君という少年の幸せを思って戦っていた。
夢のクライマックス。僕は○○○君とともにロボットに乗って戦った。
そこで僕の首の爆弾のついたチョーカーが作動する。
泣き叫ぶ○○○君。
「また、君に会えるさ…。」
幼いながら、あり得ない話だとわかっていた。だから、周りには話さなかった。
ただ、夢に出てきて気になったレイには話してみた。
彼女は、また目を大きく見開いたあと、悲しい目をしてしまった。
「私も似たような夢を見ることがある。」
ポツリとつぶやいた。
彼女の夢もまた、幸せなものではなかった。
反吐の出るような世の中。無責任な大人たち。大切な人1人も守れない自分。
そんな中でもひたすら優しかった○○○君。
彼女もまた、○○○君を知っていたのだ。
そして彼女もまた、名前と顔がはっきりとわからなかった。
小学校に上がっても相変わらず友達がいない僕は、学校から帰ると寝るまでひたすらピアノを弾く生活をした。
談話室はあの大立ち回りの後、人影がまばらになった。
あれ以降、レイはピアノを弾く僕のそばで読書をする時間が多くなった。
ひたすら難しそうな図鑑を眺めている。
「それなんの図鑑だい?『なんちゃら物』…?ははは、読めないや」
「植物よ、このくらい読めないの?」
彼女は僕を小馬鹿にしたような、そして少し嬉しそうにジト目でこちらをみた。
その後も、僕はひたすらピアノを弾き、彼女は読書をした。
特に言葉を交わすことはない。でも、不思議と連帯感があった。
何度も季節を重ねて、僕たちは中学2年生になった、
僕は、勉強はからきしだったが、ピアノを永遠に弾いていたからか、それなりの腕になっていたようだ。
施設に慰問に来たピアニストが驚いて施設の大人に僕をコンクールに出すよう説得していた。
正式にピアノを習ったこともない僕は断ろうとしたが、レイが背中を押した。
「あなたはあなた。あなたらしく弾けばいい。」
いつものような無表情だったがどこか暖かかった。
コンクールには、レイが1人で見に来てくれた。
結果は銀賞。全国大会へ進んだ。
全国大会では結果を残せなかったが、僕は音楽の道を目指したい、そう思った。
私立高校にはお金の面から進めそうになかったから、公立高校の音楽科に進んだ。
驚いたことは、レイも同じ高校の普通科に進んだことだ。
レイは昔から図鑑を読んでいるような子だから、勉強もよくできた。
てっきりもっと遠くの賢い高校に進学するものだと思っていたが、レイ曰く
「特に理由はないわ。」
とのこと。その顔が若干ほてっていたのは気のせいじゃないだろう。
「全く…。好意に値するよ、レイ。」
そういってから、はて、自分はこんな難しい言い回しをするだろうかという疑問が浮かんだ。
相変わらず時々変なロボットの夢を見る。
前のものとは変わって、今度は僕がそのロボットに殺される側だった。
自分は○○○君の乗るロボットにつかまれていた。
なぜか自分は○○○君の手で殺されることを望んだ。
○○○君は泣きながら拒否する。
しかし、自分は彼に殺されなくてはならない。そういう運命なのだ。
本当は自分だって泣きたかった。
もっと君といたい!君と友達として過ごしたい!君に幸せを与えたい!
でも、それを時は許さない。
僕は、そのまま握りつぶされて、殺された。
目が覚めた時、僕は泣いていた。
「○○○君、君は幸せになれたのかい?」
口に出すのに、名前も、顔も、思い出も靄がかかったようにはっきりしなくて、それが悲しくてまた泣いた。
高校生になったこともあって、施設に迷惑をかけっぱなしなのも気が引けたことと、施設に自分の居場所がなかったことから、僕とレイは近くのレストランでバイトを始めた。
オーナーは僕たちにとてもよくしてくれた。
境遇の良くない僕たちによくご飯を食べさせてくれたし、バイト代もだいぶ弾んでもらっていた。
他のバイトの高校生、トウジ、ヒカリ、ケンスケとも同い年という事もあって仲良くなった。もしかしたら僕にできた初めての友達かもしれない。
そうこうしているうちにあっという間に時が過ぎ、
僕らは高校3年生になった。
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「シンジったらすごいのよ!『こっち』に来てまだ1か月もたっていないのにもう高校の勉強全部理解しちゃったのよ!」
「そんなにすごくないよ。僕はただ、大学受験があるっていうから勉強してみただけで…。第一、今年は受けるつもりなくて、もう1年頑張るつもりしてたんだけど…」
「にゃはは!!それで校内模試1位ってすごいじゃないかワンコ君。まあさすが『あの2人』の子供、ってことだわな。もう前みたいに『バカシンジ』なんて馬鹿にできないんじゃないんですか?”奥さん”?」
「やめてよ恥ずかしい…///第一私だって2位だったんだから、なめてもらっちゃ困るわよ!ただ問題文がよくわからない所があっただけで…」
「醜いぞー姫ぇー」
この世界に来てから1か月、1月の寒空の下、碇”夫妻”は久しぶりにコネメガネことマリと会って近況を教えあっていた。
山口県宇部市。瀬戸内海の臨海部に位置する工業都市。
この町で目覚めたシンジとアスカは、なんと18歳だったのだ。
「どっしぇー!!学生結婚!?しかも高校生で!?」
となったのは言うまでもない。
しかし18歳、高校3年生で待ち受けているのは、大学受験である。
この世界について衣食住の最低限の知識しか持たなかったため、14歳で大学を出ているアスカはともかく、この前まで中学生だったシンジには無理難題に思われた。
が、そこはさすが碇ゲンドウとユイの息子である。
1か月で高校範囲の勉強をマスターしてしまった。
その勢いのまま全国模試で校内1位、全国でもいい位置につけたのだ。
「コネメガネこそ、今何やってんのよ!」
「んー、結局こっちでも研究員やってるわー。結局この仕事が性にあうのよー。」
エヴァンゲリオンの世界でも研究をしていたマリは結局その仕事から逃れられないようだ。
「しっかし本当にその見た目でよんじゅ…」
「わー!言うな言うな!年齢不詳ってことで通ってるんだから。」
「でもシンジのママと同級生だったんでしょ?いくらあんたが飛び級で大学入学してるからってもう相当いい年…」
「いいじゃないか!さ、お店いこお店…。」
明らかな焦りが見える。
「しかしあんたがランチおごるってどういう風の吹き回しよ。」
「いやあ、大学受験が近いであろう諸君を応援するためだよ。おごったからには君たちには受かってもらわねばならない!」
「なんじゃそりゃ…。」
「ははは…。」
「変に虚勢を張ったり、ごまかしたりしなくていいですよマリさん。正直に言ってください。道に迷ってますよね…?」
「ははは…。面目ない。確かこの辺のはずにゃんだけどにゃあ…。」
「あんたは地図も読めんのかい!」
その時だった。
「フロイデ シェーナー ゲッターフンケン トホター アウス エリージウム ヴィアー ベトレーテン フォイアートゥルンケン ヒンムリッシェ ダイン ハイリッヒトゥム」
印象的な歌。
ベートーヴェン 交響曲第9番 ニ短調 作品125 第4楽章合唱 通称「歓喜の歌」
そして、忘れもしない、『あの少年』が好きだった曲。
「ちょ、シンジ!どこいくのよ!」「おーいワンコくーん!」
少年は走り出す。こんどこそ後悔しないために。そして、ありがとうを言うために。
「見えた!」
その少年の背中は、あるレストランの中に消えた。
「あー、ここだここ。私が探してたレストラン。ワンコ君名前の通りすごい嗅覚だねえ。」
冷やかすメガネをよそに意を決す。
過去を今、そして未来にしよう。
そう思い定めて、シンジは店に入った。
「「「「「いらっしゃいませ!!」」」」」
店のウェイターの目がすべてシンジに注がれる。
「…!!トウジ!ケンスケ!委員長!綾波!そして…カヲルくん!」
「「「「「!!」」」」」
その刹那、少年たちは思い出した。
ひどく長くて辛い。でも温かみがある。ずっと前のようで鮮明な思い出。
「「「「「碇(君)…!?」」」」」
「うん!みんな、ただいま!」
「そうか、センセが全て終わらせてくれたんか。」
オーナーの好意で、ランチタイムが終わった後店を貸切にさせてもらい、一同は、お茶をしながら語り合っていた。
「ほんまにありがとう、シンジ。センセのおかげで今があるんや。」
「そんな…。僕はただ、自分や父さんたちがしたことの落とし前をつけようとしただけで…。僕は多くの人を傷つけて…」
「いンや、センセはよう戦こうた。確かに多くが傷ついたかもしれん。でも、同時に多くの人を救ったヒーローなんや。マイナスは大きくてもプラスも大きいんや。そして、こうしてまた会えた。それでええやないか。」
「そう、かな…。そう言ってくれるなら嬉しい。」
昔が、今として蘇ろうとしている。
女子は女子で話が盛り上がっていた。
「アスカは今日は碇くんとデートってこと?」
冷やかすつもりでヒカリが聞く。
が、今やアスカはこんなことではへこたれない。
「そ、そうよ。悪い!?」
「アスカ、やるわね。」
「弐号機の人、いや、アスカ。碇くん、いやお兄ちゃんと仲良さそうでポカポカする。」
「レイ…。」
「え!?レイって…!?」
前の世界の綾波レイ、もとい綾波タイプのクローンはもとはシンジの母である碇ユイの肉体がもとになっている。つまり母に近いが、感覚でいくと妹が近いだろう。
「レイにそんなことが…」
「そう。でも悲しくはない。アスカに睨まれずにそばにいれるから。」
「そ、そうね。妹だもんね。」
そして、ついに爆弾が投下される。
「おーい、そういや惣流か式波、どっちやねん。」
一同には所謂新劇と旧劇の二つの記憶がある。しかし、アスカだけは片方の時はオリジナルでもう片方の時はクローンである式波タイプであった。それゆえどちらとしてのアスカなのか区別がつかないのだ。
前回を読まれた方は覚えていらっしゃるであろう。そのどちらでもないことを。
「ん?今?碇。」
「それってどういう…?」
「シンジとあたしは夫婦なの!」
「「「「「えぇー!!!!」」」」」
和気あいあいとした語り場は一気に混沌の渦に叩き込まれた。
「おいおいセンセ、やるやんけ!」
「やるなあシンジ!ついに本当に嫁さんにしちまうとはなあ!」
「キャー!フケツよフケツ!」
「アスカが、お義姉ちゃん…?」
そして、にこやかに一同の話の聞き役をしていたカヲルは言う。
「また会えたね、碇シンジ君。そして、君は幸せになれたんだね…。」
「うん。」
力づよくうなずく少年たち。
在りし日の少年は今現在となり、未来となろうとしていた。
第二話 終劇