「知ってる天井だ。」
もはや逆行ものでおなじみになったセリフを吐きつつシンジは目を覚ました。寝起きでろくに働かない脳みそを無理やりフル回転させつつ、これまであったことを振り返る。
ミサトさんや加持さんを救うため過去に戻ることにしたこと。
サキエル戦の前の自分に戻ったこと。
偉そうな態度をしたマダオ(ゲンドウ)に言い返してやり込めたこと。
戦っている途中に初号機の中にいる母さんと再会したこと。
母さんが代わりに初号機の中にS2機関を取り込んでくれたこと。
父さんの人類補完計画を止めるように頼まれたこと。
USBメモリを渡され父さんに聞かせるように言われたこと。
戦闘が終わった後ピンピンしていたのにもかかわらずなぜか検査だなんだって言われて病院に連れていかれたこと。
そのまま大事をとって強制睡眠をとらされたこと。
「思えば思春期中学生にはいろいろありすぎる日だよな普通…。」
しかし体は特に問題なく動くためとりあえず外に出てみる。
前回まではたいして周りを気にする余裕もなく関心も薄かったためぼーっと空を見ていたが、今回はゆとりがあるのでとりあえず病室の周りを歩いてみる。
空室が目立つ病院だが、3個隣の病室にその名前はあった。
『綾波レイ』
「レイ…」
そういえばこの時は零号機の起動実験の失敗で怪我をしていたのだったと思い出す。
「一応顔見せといたほうがいいね…」
この時はまだ面識はないはずだから、誰かに見られることがないように、監視カメラにも興味本位で入ってみたという風に見えるようにそーっと入ってみる。
「しつれーしまーす…」
「誰…」
「初号機パイロットの碇シンジで…」
「シッ!」
レイはそわそわと周囲を警戒した後そっとシンジをベッドサイドへ手招きした。
「ここは監視の目がきびしいわ!ちょっとここに立って!」
ささやくようなこえでシンジをベッドの角に立たせる。
「ここなら私たちが何をしゃべっているか監視カメラから見えないし聞こえないわ。」
「そう、なんだ。」
「それより何とかなったみたいねサキエルは。」
「うん、レイも無事こっちにこれたみたいで…。」
「うん…。でも、また力になれなかった…。」
「気にすることはないよ!そんな怪我をしてるのに、無理されたら心配でたまらない!」
「静かに!」
つい熱が入り大きな声を出してしまった。
「ごめん。でもレイはレイのままにやればいいよ。」
「そうね…。でもさすがにお兄ちゃんって呼ぶのはやめたほうがいいわね…。」
「そっ、それは…///」
「照れないで。そんな顔はアスカに見せるものよ。」
だいぶませた綾波である。本来こんな感情はないはずだが、無事に騙せるのだろうか。
「まあ、お兄ちゃんって呼ぶのは人がいないときにするわ。でもお兄ちゃんにはレイって呼んでほしい。最初から呼んでいれば不自然じゃないから。」
「で、これからどうするの?」
「サキエルと戦った時、シンクロ率が上がったときあったでしょ。あの時初号機の中で母さんと会った。」
「お兄ちゃんの、お母さん…。」
シンジの母碇ユイだが、レイの母親かといわれると少々怪しい。
精神性は完全にシンジの妹だから母と呼んでも差し支えはないかもしれないが、綾波レイはもともと碇ユイのサルベージ失敗によって得られたユイの肉体にリリスの魂を入れたものだから、肉体的には自分と同じ存在である。
「レイは気にすることないよ。そもそも元の世界じゃ血縁じゃないんだから。家族は血じゃない。」
それはミサトやアスカとともに暮らしたあの日々から言えることだった。
血縁関係なんかなくたって、家族なのだ。
「そう…」
「で、その時にこれを渡された。」
「USBメモリ…?」
「うん。これを父さんに聞かせてほしいって。そして父さんの計画を止めてほしいんだって。」
「そう…」
レイは伏し目がちに答える。
前回まではずっと自分を操り人形として扱ってきた男のことだ。
「さっきも言ったけど、レイは無理しなくていい。父さんを説得することに納得いかないかもしれない。いろいろな思いがあるだろうし…」
「いや、別に無理していないわ。」
見たことがないほど強い光を持った目でシンジを見つめ返す。
「正直碇司令のことは、お兄ちゃんのお父さんだからって親だと思うことは今は無理。でも、この世に絶対的な正義も絶対的な悪も存在しないと思うの。いつか正面から向き合えるように、私は向き合おうとし続けたいの。」
「レイ…」
意志の強さに圧倒されるシンジ。この確かな光はいつか強い武器になると確信した。
「げっ」
レイの病室を出たところでシンジはミサトと鉢合わせた。
「あらぁ、シンジ君積極的なのねぇ。」
「み,ミサトさん。」
「初対面の子の病室に入るなんて…」
「この病棟彼女しかいないんで気になっただけですよ失礼な。」
「ふーん。そーですかそーですか。」
明らかに疑って冷やかす態度だ。早く話題を変えなくては…
「そ、そういえばあの子もエヴァのパイロットなんですね。」
「そうよ、エバー零号機パイロットよ。ちょっち実験で怪我しちゃってね。」
「それよりも、サキエル戦、すごいじゃない!本当に初めて?」
「は、ははは…」
もう笑って誤魔化すしかない。口が裂けても今未来から来たなんて言ってしまうわけにはいかない。
「そういえば碇司令が呼んでいたわよ。この前の使徒との戦いについて、聞きたいことがあるって。」
「そうですか。僕も父さんと話したいことがあったのでちょうどいいです。」
退院と同時にNERV本部最上部、ピラミッドのてっぺんにある司令執務室へ向かう。
「シンジ君、これだけは覚えておいて。」
いつになく真剣な眼差しでシンジに向き合う。
「シンジ君、どうもお父さんが苦手みたいだけど、無理しなくていいのよ。」
「ミサトさん…」
「私は立場上、逃げていいとか、そう言うことは言えない。でもね、あなたはまだ中学生なの。嫌なことをぶちまけることくらいしてもいいのよ。」
「大丈夫です。僕は1人じゃない。」
頼れる仲間がいますから、と心の中でつぶやく。
今まで自分は誰にもわかってもらえないと思い込んでいた。自分は孤独だという言葉で閉じ込めていた。
でも、それは違った。
みんな何かしらで苦しい思いをしている。そしてそれと戦っているのだ。
わかるはずがない、なんてことはない。
わかってもらえないのは、自分がそれを見せず、他人のそれをみようとしなかっただけなのだ。
「僕はまだ、父さんと分かり合えるという希望を持っています。生きている限り、その希望は忘れるつもりはありません。」
「そう…。心配する必要なかったみたいね。」
「でも、ミサトさんに心配してもらえて嬉しいです。僕に気にかけてくれる人はそんなにいませんでしたから。」
しかし、他人から見てもそんな心配をかけられてしまうほど日々の過ごし方は異様なのだろうか…。
少しばかりの不安を持ちながら、司令室のドアに向かい合う。
「じゃあ、行ってきます。」
「気を付けて。」
「失礼します。」「入れ。」
やけに重厚なドアが自動で開き、薄暗くだだっ広い執務室に入る。あまりの殺風景さと暗さにおかしさが込み上げる。
うすら闇の向こうには司令であるマダオと冬月副司令がいる。
「久しぶりだな、シンジ。」
やはりたいした感慨もなさそうな声である。
「そうだね父さん。」
「お前に話があって呼び出した。」
「だろうね。僕も用がある。」
そういうとうっすら見えるサングラスの下が揺れ動くのが見える。
「お前が私に何の用が…」
「その前にそっちから話があるんじゃないの?」
会話は完全にシンジのペースだ。後ろで副司令が肩を震わせている。
「あ、ああ。この前の使徒、サキエルとの戦いについてだ。」
シンジは、予想通りの質問にたいした反応を見せない。それが余計にゲンドウの不安を煽る。
目の前の自分の息子が、いつも周りに流されてばかりで結局自分の思い通りになる息子が、まるで違っているように真っ直ぐとした目を持っている。
なぜそうなったかの答えを持ち合わせていないから、どうしようもなく不安になる。
「お前は、一体何者なのだ。」
自分がするはずだった質問を忘れ、本能的な質問が口をつく。
「さあ、僕は碇シンジ。でも、父さんの思い通りの『碇シンジ』じゃないかもしれない。」
「どういうことだ!」
ついに我慢ができなくなり、寡黙な司令という殻を破って来た。
「どういうことも何もかも、この後話すよ。」
そして、一歩司令の机に向かって歩みを進める。それと同時に思わずのけぞるゲンドウ。
「少し聞いてもらいたい音声があるんだ。」
そういうと借りておいたラップトップPCを開き、初号機の中でもらったUSBメモリを刺し、中の音声ファイルを再生した。
『久しぶりね、ゲンドウさん。
こんな形で伝えることになったことを許して。
あなたには寂しい思いをさせてしまっているわね。
あの起動実験の失敗以来、あなたは全てを捨てて人類補完計画に夢中になっていたみたいね。
あなたは知らなかっただろうけど実は初号機の中から全部見ていたのよ。
シンジを放っておいていたのもね。
あなたはシンジを愛せないと勝手に思い込んで、自らその前から去ることを選んだのね。
でもね、親と子は縁を切ろうとしても簡単に切れないものよ。
あなたが捨てようと思ってもそんなに簡単なことじゃないわ。
その結果は、シンジに聞いてちょうだい。
でも、それは私があなたの前からいなくなってしまったからよね。
本当にそれについては申し訳ないと思ってるわ。
もし聞いてくれるなら、理由を聞いてほしいの。
私はあなたも知っての通り、私はゼーレと関わりのある家系の出身よ。
それゆえに、あまりに多くのことを知りすぎていたの。
その中にあったのが関わりのある人間の子供を、人質としてエヴァンゲリオンのパイロットにする、というのがあったの。
その中には…もちろんシンジの名前もあったわ。
私はシンジを危険な目に合わせたくなかった。
こんなに可愛い息子なのだもの。
でも、ゼーレの意向に背いてしまえば、私たち一家もろとも消されるでしょう。
だから私は、シンジがなることになっていた初号機のコアに取り込まれることで初号機と一体となり、万が一シンジに危険が及んだ時に助けられるようにしたかった。
それが親ができる最大のプレゼントだと思ったの。
あなたに私からの最後のわがままを言わせてちょうだい。
あの子を、シンジを、助けてあげて…。
あの子はあなたが思っているよりも強く育ったわ。
でも、それでもまだ子供なのよ。
まだ誰が何と言おうとあなたとシンジは親子なの。
私はあの子だけが気がかりでしょうがないの。
人類補完計画を進めるくらいなら、シンジの夢をかなえる手助けをしてあげて。
私は初号機の中でいつまでも見守っているわ。
もしどうしても会いたいっていうんだったらコアまで来てくれれば話くらいはできるわ。
ねえ、ゲンドウさん。シンジを頼みます。』
「…っ。ユイ…。」
気が付けば目から涙がこぼれていた。
「私が…泣いているのか。」
「それは、父さんが人だからだよ。血の通った、人の子だからだよ。それ以外の何物でもない、碇ゲンドウだからだよ。」
「そうか…。そうなのか…。」
「私は今まで人を捨てるつもりで人類補完計画を進めてきた。人を捨てるためにも、身の回りのしがらみを捨てて、修羅の道だろうと歩んでやるつもりをしていた。そうすることが、ユイとの再会、ユイの幸せになると思っていた。でも、私が間違っていたみたいだな。ユイの幸せ、つまり、私の幸せは、遠いと思っていたが、こんなに近くにあったのだな…。」
そして、シンジの前で初めてサングラスを外し、涙をぬぐった後、シンジに向き直った。
「こんな簡単なこともわからぬ父親で済まない。10年もお前にかまってやれないなんて父親失格だな。そのうえ、お前を一人の息子としてではなく、私の計画の駒として使おうとしていた。でも、ユイの声を聴いて目が覚めた。そんなどうしようもない父親で済まない…。」
「もうやめて父さん。」
いつの間にかゲンドウのそばに寄っていたシンジ。
「確かに父さんがしようとしていたことは罪かもしれない。正直、簡単に赦されることではないと思う。でも、水に流すのでもなく、忘れるのでもない。その罪を一緒に背負っていくんだ。忘れずに次に、ともに生かしていくんだ。」
「シンジっ…。」
もはや威厳もへったくれもなく、机に突っ伏し、子供のように泣きじゃくるゲンドウ。
「親は子供の責任を負うのと一緒。子供は親の背中を見て、背負うものを学び引き継ぐ。」
「すまないシンジ、すまない。本当にすまない…。」
ひとしきり泣いた後、ゲンドウは冬月に向かい頭を下げた。
「冬月、いや、冬月先生。私が計画していた人類補完計画は破棄しようと思います。」
「ああ、それで君がいいというなら、私はそれに従うまでだよ。私は人類補完計画を進めたかったわけではない。君たちの幸せがそこにあると思っていたから、その手伝いをしていたまでだ。ほかのところに君たちの幸せがあるというのなら、またそちらの幸せの手伝いをさせてもらうよ。」
「ありがとうございます。本当に…」
「よしてくれ碇。私は教え子の幸せを祈っておるだけだ。ユイ君も、碇にも、大学生だったころから幸せになってほしいだけだ。幸せの手助けをすることだけが老いた私ができることだからな。」
そういってゲンドウの肩に手を置いた。
「しかし碇、しっかり者のいい息子に恵まれたんだな。」
「そうだなシンジ。私はてっきり優柔不断な息子だとばかり思っていたが…。」
シンジはここでついに、真実を話すことを決めた。
「実はね父さん、信じてもらえるかわからないんだけど…実は僕、未来から過去の今に戻って来たんだ。」
「「な、なに!?」」
「そ、そうだよね。信じてもらえないよね。でも、この世界がどうなるか、実は全部知っているんだ。いや、正しくは、『父さんがこのまま補完計画を続けてサードインパクトが起きてしまった世界』を知っているんだ。」
「本当か、シンジ。」
ゲンドウは一転、司令としての顔に戻り、シンジと対峙した。
「うん。嘘言ったってどうしようもないもの。嘘にしちゃあまりにも突飛な結末だもの。」
「そうか…。」
そういうとうつむくゲンドウ。
「証拠は?とか聞かないの?」
「息子のいう事だ、信じないわけないだろう。しかもユイにはお見通しなんだろう?疑う理由がどこにあるというのだ。」
「ありがとう父さん。」
まさかすっと信じてもらえると思っていなかった。だから拍子抜けした。
「それと…ほかにも過去から戻ってきている人がいるんだ。」
「誰だ。」
「弐号機パイロットのアスカ、零号機のレイ、第17使徒のカヲル君、あと、父さんの大学の時の同じ研究室のマリさん。」
「真希波までか…。」
「本当はこの世界では僕たちとは関わりがなかったんだけど、無理やり過去を変えるために一緒に過去に戻ってもらった。」
そういうとともに少し心がチクリと痛む。マリだけは、何も知らないまま無理やりこちらの世界へ連れて行ってしまったからだ。今頃きっとアスカに泣きついているころだろう。
(アスカ、マリさん、ごめん。)
それからシンジは、すべてを、なるべく細かく話した。
前の世界のネオンジェネシスまでの一連の流れ。
今起きていることは全てもう終わった後に過ぎないという事。
この世界はちょっとずつ内容が変わりつつ何度も同じような世界を繰り返しており、今もその一部に過ぎないという事。
今からやってくる使徒のこと。最後の使徒のカヲル君にサードインパクトを起こす意図がないこと。
使徒をすべて倒した後に起こること。
戦略自衛隊のNERV本部への突入。
量産型エヴァンゲリオンの襲撃、そして敗北。
エヴァンゲリオンを贄としたサードインパクト。
そのあとに残っていたLCLの海と砂浜。
最後アスカと自分だけ取り残される結末まで。
「そうか…。どのみち、このまま行ったところで人類補完計画はうまくいかないのか…。」
「そうだね。でも、その円環も閉じることができた。今はもう僕も18だよ。アスカと結婚もした。みんな無事に暮らしているんだ。でも、死んだ人は生き返らない。ミサトさんも、加持さんも、父さんも…。本当はみんなあと少しで手を取り合えるはずだったのに…。」
もう、泣かないと決めていたのにまた込み上げるものがある。
「シンジ、泣いてもいい。私は今まで、いや、いくつもの世界でお前を放っておいて、それでもお前は強く生きてきた。だから、少しの涙くらい、私に背負わせてくれ。それで私の罪がなくなるとか、軽くなるとか、そういうことは思わない。でも、無理に背負う必要はない。子供が背負いきれないものは親が背負わなくてはいけない。」
「父さん…。」
あまりの変貌ぶりに驚くしかない。
レイが言っていたことを思い出す。
『この世に絶対的な正義も絶対的な悪も存在しないと思うの。いつか正面から向き合えるように、私は向き合おうとし続けたいの。』
(確かにこの世に絶対なんてないんだな…。向き合おうとし続けることが大切なのか…。)
「シンジ、本当なら私と一緒に暮らしてほしいと思うが、私はここのところほとんど家に帰っていない。親と子としての時間をとりかえさせて欲しいところだが…。」
「無理しなくてもいいよ。全部終わったあとにまた考えようよ。」
「そうか、すまない。葛城君の家に居候という形になってしまうが…。」
「前までもそうだったから大丈夫。」
「セカンドチルドレン、アスカ君も一緒に住むことになると思う。」
そこまで行ったところで、ゲンドウはシンジの方に改めて向き直った。
「シンジの願いのため、思い切り走れ。父さんたちはそのために出来ることを何でもしよう。シンジ、幸せになってくれ。」
そう言った顔は初めて見る『父親』の顔だった。
その頃、ドイツでは…
「加持さん、ちょっと付き合って欲しいところがあるんだけど。」
「どうしたんだい、唐突じゃないか。どういう風の吹き回しだい?」
「いや、ちょっとね…。」
ここまで平然と日本語で会話していることに違和感しかない加持。
(日本語特有の言い回しにもものともしない…。まるで日本人みたいだ…。しかもこの前まで俺にあんなにべったりだったのに今はどこか自立したというか…。シンクロテスト直前までこんな風ではなかったが。一体何があったっていうんだ。)
「車を出して欲しいの。私の家に。」
「家って、宿舎かい?」
「いや、私の実家よ。」
もはや驚きで空いた口が塞がらない。
(あれだけ自分の親を毛嫌いしていたっていうのに、急に実家に帰るって!?本当にアスカなのか?)
もはや疑念しか浮かばない加持に苦笑するアスカ。
(あー、完全に不審がっているわ。まあ、無理もないわね…)
「そのうち訳を話すことになる。だから少し我慢して。私は私にけりをつけて、やるべきことをやる。それだけよ。」
あまりの意志の強さに黙るしかない加持。
「さあ、行きましょ!」
やけに大きく見えるドアの前に立つ。
「アスカ、無理は…」
「してないわ。」
「そうか。じゃあ、俺は車で待ってる。気が済むまで話してくるといい。」
「わかった。」
強く頷いて呼び鈴を鳴らした。
『はーい』
返事が聞こえるとともに覚悟を決める。
『どちら様で…アスカちゃん…』
応対に出たのは義理の母であった。
『ママ…』
リビングに通されたのち、やけに座り心地のいいソファに座っていると父親と義母が入ってきた。
『久しぶりだな、アスカ。』
そういう父の目には懐かしさとともに悲しみが滲んでいた。
『大きくなったな。』
『パパ…。』
『アスカにもう一度そう呼ばれるとは思っていなかった。君はずっと帰ってこなくて、エヴァンゲリオンのパイロットになることだけを考えているのだと思っていた。そこに君の生きがいがあるのなら、私たちのことは忘れてしがらみなく進んで欲しいと思っていた。過去の人間になってもいいと諦めていた。だから、どう思っているのであれ、この家に戻ってきてくれて嬉しい。』
うっすらと涙ぐむ父親につられて涙が出そうになる。
『パパ…。私は…私はずっと自分のことしか考えられなかった。だから、ママが死んで、今のママと再婚した時にもう私はいらないのかと思った。でも違ったのね。パパも寂しくて、悲しくて、耐えられなかったのね…。そのことを今までずっと気づかなかった。思いやれなかったのは私の方。本当に…本当にごめんなさい。』
そこまで言ったところで私は涙が止まらなくなった。こんなに子供のように泣くなんていつぶりだろう。
『いいんだアスカ。お互い考えあう余裕がなかった。許してくれ。』
『こっちこそごめんなさい。本当に私は親不孝者ね…。』
『そんなことない。こんなに大きくなって、大人になって帰ってきてくれたんだ。こんなにうれしいことはない。本当にありがとうアスカ。』
『パパっ!』
もう我慢できなかった。
やけに小さく見える父親の胸に飛び込んだ。
『アスカ、やっぱり大きくなったな。見違えるほどに…。』
ひとしきり泣いたあと、アスカは今度は義母に向き直った。
『ママ…。今までママって呼ばなくてごめんなさい。ずっと昔に取り憑かれて、私にくれた優しさを受け取れなかった。』
『いいのよアスカちゃん。私はあなたからママと言ってもらえて、これほど嬉しいことはないわ。』
『ありがとうママ。』
『パパ、ママ。このあと私は日本に行くことになると思う。エヴァに乗ってみんなを守るために…。でもパパもママも忘れない。また、会おうね。』
『もちろんだアスカ。君さえ良ければいつでも君が帰れる場所を用意しよう。君のホームはここだ。』
一方家の外では、加持がイヤホンをしてアスカを待っていた。イヤホンからはアスカのインターフェースヘッドセットの外側に仕掛けた盗聴器からの会話が聞こえている。
その中で加持はある一言から疑念を深めた。
(なぜ末端のパイロットにすぎないアスカがこの後の予定を知っているのだ?)
アスカの日本行きはもともと計画されているものではあるものの、まだ計画段階で上層部しか知らないはずだ。加持自体もつい先日聞かされたばかりの計画を知っているという事実に、いつになく動揺を隠せない。
思案に耽っている間に、アスカは加持の車に戻ってきた。
おもむろにイヤホンを外し、
「おかえりアスカ。ちゃんと話せたかい。」
目元に微かに涙の跡が残るものの、しっかりとした光が宿っていた。
「うん。やっと話せた。あ、それと、はいこれ。」
そういうとアスカはインターフェースヘッドセットに手を伸ばし黒い粒のようなものを加持に手渡した。
「!!」
それはついさっき加持が仕掛けた盗聴器だった。
「レディの会話を聞くなんて失礼でなくって?」
「あ、ああ…。バレてたのか。」
「加持さんが私を疑ってるのはわかってる。でも焦らないで。きっとそのうちわかる。全部話す時が来る。それまで待って。」
「お、おい…。」
「全部聴いてたんでしょ。私が何でそんなに色々知ってるか、何でこんなに日本語ばかり喋るのか。シンクロテストの前と後でどうして心境がこうも変わったのか。全部ある一つの結論に帰着する。だからせめて答え合わせまで頑張って考えて。ちゃんと頭働かせないと、ミサトに振られるわよ。」
「な、何でそのことを!」
「まあまあ、そう焦らないこと。生き急ぐ男はモテないわよ。」
「アスカにそんなこと言われるなんて俺もヤキが回ったな。」
唖然とする加持をよそにアスカは前を向く。
「待ってなさいよ、バカシンジ。」
☆次回予告
ひとまず一瞬の休息を得たチルドレン。
その安寧が続くことを祈るが天はそれを許さない。
ついに始まるLAS。失われた青春を取り戻せるのか?
次回「アスカ、早々に来日」
こっから本物のサービスしちゃうわよ!