※追記:各話タイトルを少し変更しました
@1「不思議の国のペチカ~おにぎりを沿えて~」
◇ペチカ
投げ込まれた銛が背中へ突き刺さり、ペチカの体から体温を奪っていく。
鉄の冷たさが体の内側からそっと伝わり、冷製カボチャスープの湖にペチカの血が漂い始める。口から気泡と血泡が溢れて、ペチカの命が削られていく。
目の前の少女――ペチカの友達が目を大きく見開きながら、外部からの攻撃からペチカを逃すために、ペチカを抱いてより深くスープと湖の底へと潜っていった。
だけど、もう遅いのかもしれない。
もうすぐ自分は死ぬことが、ペチカには何となくわかった。
今も視界の端から徐々に赤みがかかり、呼吸も安定しない。
体に力が入らず、心臓も、今までしたことがない程に強く打っている。
思考が愚鈍になり、考えることもできなくなっていく。
今、ペチカの脳裏に浮かぶのは走馬灯なのか。悔やんでも悔やみきれない、過去のペチカの過ちが、ゆっくりとペチカの脳裏へ思い起こされた。
ペチカは『魔法少女』だ。
女の子たちが夢見る、可愛くて優しい、みんなの憧れの象徴である魔法少女。
そんな魔法少女に、ペチカは異世界の魔法の国からやってきた試験官に、その才能を見出され、魔法少女選抜試験を受けて、魔法少女となった。
――友達の命と引き換えになった血濡れの魔法少女に、だ。
試験官の身勝手な動機で、ペチカたちの試験は残酷で恐ろしい、血に染まったものへと変えられた。
夢と希望で満ち溢れた魔法少女たちが、互いに互いを殺し合い、試験官はただそれを眺めている。いや、むしろその光景に微笑みを浮かべていた。
魔法少女が傷付き、ペチカと同じ魔法少女――仲間だと思っていた彼女たちが、一人二人と仲間に殺されていく。
ペチカにも、彼女たちの凶刃が向けられた。仲間たちの、ただ生き残りたいという希望で振るわれた暴力が、ペチカを殺さんとしてきた。その度に、彼女が――魔法少女になる前から知り合い、同時に魔法少女に選ばれ、まるでペチカのバディのように常に一緒にいてくれた魔法少女が、ペチカを守ってくれた。
仲間だった少女たちの体が、まるで壊れた人形のようにあちこちで血溜まりに伏して倒れている。
最後に残ったのはペチカとペチカの友達だけだった。そこに、この地獄を作り上げた試験官がペチカの前に現れた。まるでこれから良いことでもあるかのように、緩慢に口元を綻ばせてペチカたちに近づく。そして、そんな恐ろしい試験官からペチカを守ろうと立ち向かい、彼女は飛び出し、殺された。
試験官は立ち向かってきた彼女を地に這わせ、馬乗りになり、顔を殴った。
ペチカはただそこへ座り込み、殴られ続ける友達を見ていることしかできなかった。
何度も、何度も、何度も。
ペチカの胸にあったのは、ただ死にたくないという生存本能と、試験官に対する恐怖心だけだ。
目の前で友達が殺されようとしているのに、動くこともできずに、ただ見ているだけ。
彼女の血肉で辺りの地面が染まり、全てが終わった頃には彼女の顔からは元の原型が分からなくなるほど抉れて無くなっていた。どんな殺され方よりも残酷に殺されて、友達の為に戦わず、ただ恐怖に押し潰されていたペチカだけが残った。試験が終わり、合格者はペチカただ一人。それも、試験官のお情けによる合格だった。
そしてペチカはそれら試験に関する記憶を全て失った。恐怖からくる事故防衛による記憶障害ではない。試験官に記憶を奪われ、ペチカは一人『魔法少女』となった。
あの時、感じた無力感も絶望も全て奪われ、ペチカは生き残った。
ペチカの身代わり同然となって死んだ友達のことも忘れて。ただ魔法少女になった喜びだけを噛み締めて、生きて、生きて、生きた。
普通の中学生みたいに、普通の魔法少女みたいに、男の子に恋をして、困ってる人を助けて、魔法を使ってみんなを笑顔にして――
再び、ペチカは記憶を取り戻した。
理不尽な死が蔓延るゲームの世界へ強制的に放り込まれ、ペチカたちと同じ殺し合い試験を生き残った魔法少女たちと出会った。幾人かの魔法少女たちとパーティを組んで友達になり、ペチカの魔法を褒めてもらった。戦闘もできずに足手まといにしかならなかったペチカを、仲間の一員として、友達として見てくれた。
また、あの時みたいに目の前で友達が殺される。何もできずに、ただ無力感と絶望と、自分に対する自己嫌悪だけが残って、全てが終わる。
――そんなの、嫌だ。
ペチカは、ただ人を殺すために投げ込まれた銛の一撃から友達を守るため、狙われている友達を庇うように体の位置を変えて、銛の切っ先がペチカの背中へと深々と突き刺さった。
後悔はあった。恐怖だってあった。まだ中学生のペチカには、まだやりたいことだって色々あった。家族にはもう会えない。好きだった男の子にももう会えない。
死んでしまえば、それでおしまい。後に残されたみんなに深い悲しみを残してしまう。次から次へと内側から湧いてくる負の感情が、ペチカの体の中でぐるぐると渦巻いている。
しかし、それでも、ペチカは動くことができた。あの時のように、ただ恐怖に押し潰されて友達が殺されるのを見るのではなく、大切な友達を守る為に恐怖を乗り越えることができた。
――今度は、守れた……かな……
もう喋ることもできない体で、友達に体を抱かれ、ペチカは胸に小さな光を抱えながら、ゆっくりと瞼を降ろした。
最後に思い起こされるのは、大切なみんなのこと。みんな幸せな表情で笑って、ペチカもそこにいて、一緒に笑って、ペチカは微笑みながら意識を失った。
――
――――
――――――
――――――
――――
――
冷たい感触を頬に受ける。ピタっとひんやりしている感触だ。
ペチカはふいに感じた可笑しな感触から、眠っていた意識が徐々に覚醒し始めるのを感じる。
――……あれ、どうしたんだろう……
ペチカは先ほど死んだ。友達を守るために、自ら身代わりとなったはずだ。
血が体から抜け、体が冷たくなっていったのを覚えている。途方もない痛みが体中を襲い、泣きたくなりながらも、友達に抱かれ、友達を守れたという達成感を最後に意識を失ったのも覚えている。
では、この喧噪はなんなのか。この嗅いだことのある不快な臭いはなんなのか。
ピクリとペチカの体が身じろぐ。動かなくなっていたはずの体を動く。背中に感じていた焼けるような痛みもない。殺される前の、致命傷の受ける前のペチカの体だ。
誰かに回復薬を使われて、傷を治療されたのか。どういう訳か、ペチカは生きていた。
寝かされて固くなった体を起こす。どうやらペチカは地べたに寝かされていたようだ。
急に意識を覚醒させたからか、視界はぼやけている。本調子ではない。しかしそれでも周囲の状況ぐらいなら見えることができた。
瞼を開けて、視界が広がり、見える景色にペチカは絶句した。
「――えっ……」
周囲はペチカの想像していたような場所ではなかった。
赤と黒で構成されたタイルが敷き詰められた通路。そこに転がっているのはやたらと大きいトランプにサイコロ。そしてあちこちにこびりついているのは――生物なら誰もが内包している血だった。
あの不快な臭いの正体は血の香りだった。大量に付着した血液。血糊でもぶちまけるか、誰かが死なない限り、あんな風に血液は付着しないだろう。
起きてみれば、訳が分からない世界がそこには広がっていた。
ゲームの世界か。しかし、こんなエリアはペチカの記憶にはなかった。
「ど、どこ……ここ……」
ペチカの心臓が跳ね上がる。呼吸のペースも上がっている。
突然見知らぬ世界に放り込まれて、戸惑いが大きい。いったいここはどこなのか。
ここに来る前、ペチカは地底湖エリアにいたはずだ。ゲームの世界へログインして、荒野エリアへ降り立った瞬間、ペチカは魔法少女たちを次々と暗殺していた殺人鬼に捕らえられ、その場に駆け付けペチカを助けようとしてくれた友達も、ペチカの首の上に置かれた殺人鬼の足のせいで動けなくなっていた。動けばペチカを殺すという脅しによって、友達が動けず、ただ殺人鬼の弓と銛による攻撃を受けるしかなかった。
ペチカのせいで友達が死ぬ。そんな光景が見え始め、ペチカは抗った。
殺人鬼に呼びかけ、ペチカの魔法が発動するまでの時間を稼いだ。そして、その試みは成功した。
魔法少女たちには、それぞれ固有の魔法が存在する。
ペチカの魔法は『とても美味しい料理を作る』魔法だ。
ペチカがモノに5分間触れるだけで、ありとあらゆるものは魔法の料理となる。
殺人鬼もその魔法を警戒したため、殺人鬼に直接触れさせるような真似はさせなかったが、ペチカはその殺人鬼の警戒を搔い潜り、地面を魔法の冷製カボチャスープへと変えた。
ペチカを中心に半径5メートルの地面がスープへと変わった。ペチカも殺人鬼もペチカの友達も、みなスープの中へ沈む。荒野エリアの底も抜けた結果、ペチカは荒野エリアの下に位置した地底湖エリアに降り立ったのだ。
地底湖エリアは岩場と湖で構成されたエリアだ。このようにまるでテーブルゲームの盤面を模したようなエリアではない。もちろん、他のエリアにもこのような摩訶不思議なエリアは存在しなかった。
「……クランテイル」
ここにはいない。ペチカを最後まで守ってくれた魔法少女の名を呟く。
ペチカが死んで、彼女はどうしたのだろうか。あの殺人鬼から無事に逃れることができたのか。もしくは、彼女の手で殺人鬼に引導を渡したのか。死んでしまったペチカには、その後の顛末について知ることはできない。
途方もない寂しさが、ペチカの空いてしまった心の隙間に満ちていく。
会いたい。友達に、クランテイルに会いたい。
クランテイルだけではない。ペチカと同じパーティを組んで、ペチカの料理を好きでいてくれた友達、リオネッタにも、御世方那子にも会いたい。
また、あの時みたいに、一緒にご飯が食べたい。
過去の思い出が、ペチカの心を掴んでいた。
もしかしたら、歩いていたらクランテイルに会えるかもしれない。そうした思いでペチカは、この見慣れないエリアを歩いていた。
見れば見るほど可笑しな空間だ。
現実世界では有り得ない現象が起きている。異様に大きな道具に、上から降ってくるギロチンや、下から突き出てくる槍の罠。悪意がそのまま具現化したかのような構造の通路に、ペチカは周囲を警戒しながら進む。
この世界に降り立ち、ペチカには沢山の疑問があった。
致命傷のペチカの傷を癒したのは誰か。
ペチカをこの世界に連れてきたのは誰か。
この異様な世界は何なのか。
ペチカが元々いた世界のゲームはどうなったのか。
クランテイルは今どうしているのか。
考えれば考えるほど、新たな疑問点がペチカの脳を埋める。
ペチカは頭は良い方ではないが、悪いわけでもない。普通の中学生並みの頭脳は持ってはいるが、この疑問を解決できるほどの頭脳は持ってはいなかった。
考えてもしょうがないことではあるものの、一度生じた疑問を脳の隅へと追いやることも難しかった。
「あれって……モンスター?」
しばらく歩いていると、遠くで何かが動くのが見えた。
魔法少女の視力は一般の人間と比べると、非常に高い。歩き続けて時間が経ち、多少調子を取り戻したペチカならば、数キロ離れた先の景色ならば見ることができる。
遠目に見ても、あれがただの動物ではないことが分かった。複数の目を持ったライオン、空中に浮かんで帽子を被ったウサギのような何か。ペチカが元いたゲームの世界で、魔法少女たちを襲っていたモンスターのようにも見える。
スケルトンやゴブリン、ドラゴンといった分かりやすいモンスターではなかったが、現実では到底有り得ないような姿をした生き物が、何かを中心にして集まっている。
ライオンが爪を振るい、ウサギが持っていた棒を何かに叩きつけている。その叩きつけている相手はーー
「……えっ。に、人間……?」
人が化け物に襲われていた。襲われている人は、持っている棒で何とか化け物の攻撃に応戦をしている。
人の数は三人。化け物の数は四体。化け物の力の方が強いのか、応戦している人たちの方が苦しげな表情を見せていた。
ここが、ペチカがいた世界だったら、この状況は異常だった。ゲームの世界にはペチカたちプレイヤー以外の生き物はモンスターしかいない。NPCはいないのだ。
にも関わらず、化け物たちに襲われている人たちがいる。ここはやはり、ペチカのいたゲームの世界ではないのかもしれない。
このままでは、あの人たちは化け物たちに無残に殺されてしまうだろう。抵抗もむなしく、後悔を胸に抱いて。
気が付いた時には、ペチカは魔法の端末から『武器+7』のフライ返しを出現させて、化け物に向かって走り、その無防備な背中を思い切り叩いていた。
戦いは怖い。ペチカにとっての戦いとは、仲間が仲間を殺すための戦いだったからだ。
それでも、ペチカの友達が教えてくれた。仲間を守るための戦いを。
もう誰にも死んでほしくない。二度の魔法少女たちの殺し合いに巻き込まれ、ペチカに生まれた感情は、ただひたすらに誰かの生を願うものだった。
魔法少女は、女の子が憧れる正義のヒロインだ。
ペチカだって、魔法少女になる前から、そう憧れていた。
だから、ペチカは人を助けるために、怖さで震える体に鞭を打つように、飛び出した。
「ギギィッッッ!!??」
ウサギの化け物が一体、ペチカの攻撃によって、体が地面に叩きつけられる。
魔法少女の身体能力は、変身前の人間時と比べると視力含めて全てが大幅に向上する。
走ればスピードは新幹線をも超し、拳を握って殴れば岩をも粉砕する。
魔法少女全体から見てペチカの身体能力は下から数えたほうが早い部類ではあったが、ウサギの化け物にはペチカ程度の力でも十分通用するようだった。
「な、なにが」
「だ、大丈夫ですか!? いま、助けます!」
化け物相手に戦っていた人の一人が驚愕の表情でペチカを見る。突然現れたペチカに持っていた棒を向けそうになっていたが、状況から考えてペチカを仲間とみなしたのか、再び化け物へと棒を振るった。
ペチカが倒した化け物は既にこと切れているのか、血を大量に床にまき散らしながら倒れている。
「ぐるるるるるっ……!」
ライオンの化け物が二体、ペチカの方へと多眼の視線を向ける。仲間を殺され、敵と認識したのか、すぐに襲っていた人たちから離れるとペチカの周囲を囲むように立ちふさがってきた。
ペチカは魔法の端末から『シールド+7』を出現させて前へ構える。同時に、ライオンの化け物がペチカへ向かってその身で体当たりを仕掛けた。
ガゴンと重々しい音と共に、シールドが化け物の体を弾く。攻撃は重いが、魔法少女が耐えられない重さほどではない。間髪入れずに、シールドの横からフライ返しを叩きつける。
「きゃんっ!」
重い一撃が化け物の脳天へ直撃し、そのまま床へ伏せるとぴくりとも動かなくなった。
ゲームで戦ってきた敵と比べると、そこまで敵は強くなかった。戦わない魔法少女でもあるペチカの攻撃を一つ受けただけで、すぐにノックダウンしてしまう。だが、人間からしてみれば十分な脅威だ。人を襲うのであれば、ここで逃がすよりかは退治して後の被害が起きないようにしなければいけない。
化け物を一体倒し、次に襲ってくる化け物へと視線を向ける。だが、
――いないっ……!
確かに化け物はペチカの背後を取っていたはずだ。しかし、その場に化け物の姿がいない。
シールドを解除して、周囲を見渡す。仲間がやられて逃げたのか。警戒を解かずに姿の見えない化け物の姿を探していると――
「がうっ!」
「いっ⁉」
ペチカの右足に激痛が走る。右足へ目を走らせれば、そこには姿の見なかったライオンの化け物がペチカの右足をもぎ取ろうと、鋭い牙を食い込ませていた。
「は、離してっ!」
「きゃいんっ⁉」
化け物へフライ返しを叩きつける。ペチカの攻撃に化け物は動こうとしたが、魔法少女の動きの方が早い。化け物の顔面にフライ返しがぶつかり、化け物はその体を床へ血を巻きながら跳ね飛ばされた。
右足がずきずきとする。慌てて魔法の端末から回復薬を選んで使用する。牙によって穴の開いていたペチカの右足は、外に流れてしまった血は残しながらも徐々に塞がった。
武器とシールドを出した時もそうではあったが、この世界でもペチカがゲームの世界でもやっていたように、魔法の端末から道具を出すことが出来た。回復薬も無事に機能している。魔法の端末が使える状況で、致命的な傷でも受けない限り、そうそう倒されることはないだろう。
これで敵は三体倒した。先程見えた敵の数は四体で、内一匹はまだ襲われた人たちへ張り付いているはずだ。急いで襲われていた人たちの元へ向かうと、やはり化け物が一体人を襲っていた。
だが、多対一の状況で化け物の方は体中から血を出している。動きも緩慢で、襲われていた人の一人が突き出した棒が化け物の中心を一突きすると、棒が化け物へ突き刺さった。
化け物はそれでももがいているが、やがてそれも動かなくなり、これで化け物は全員いなくなった。
「はぁ……はぁ……」
「……あの、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ。……助かったよ……」
肩で息をしながら、集団のリーダーらしきその人がペチカへ感謝した。よほど疲れたのか、化け物へ振るっていた棒を杖代わりに立っている。よく見れば、着ている服はあちこちがボロボロで、体の方も傷がたくさん目立っていた。
他の二人も同様だ。全員が、今にも死にそうな表情でその場に座り込んだりしている。
このままではまずい。付いている傷の重症度は見ただけでは分からないが、体力は既に底をついているだろう。化け物を退けたからって、血を流し続ければ、やがて彼らは倒れるだろう。
「傷が……ま、待っててください……」
「……?」
ペチカは慌てて魔法の端末を取り出し、回復薬を彼らに使用する。ペチカがパーティメンバーの道具を全て管理していたためか、魔法の端末の中には回復薬などの資源が豊富だった。
もちろん無限にあるわけではないが、死に瀕している人たちの前で、そんなことは気にしていられない。
回復薬は無事に起動し、彼らの傷を癒していく。ボロボロになった服はそのままではあるが、これで死の危険からはひとまず脱出しただろう。
「……! 傷が治って……これは、いったい……」
「良かった……」
続けて他の二人にも回復薬を使用していく。この世界では二度と補充はできないだろうが、ペチカには躊躇いはない。人の命と回復薬を天秤にかければ、当然人の命が優先だ。
「……きみは(ぐぅ~)っ……⁉」
「ぁ……」
リーダー(推定)の男が、疑問を口にする。が、同時に彼のお腹から可愛らしい鳴き声が聞こえた。
男はお腹の鳴き声に気づくと、途端にその顔を赤くする。後ろで座り込んでいた二人もそんな男を驚いたような顔で見つめている。
「せ、先生(ぐぅ~)……あっ」
「……あ、はは……そういや、僕たちお昼食べてなかったですよね……」
後ろの二人からも可愛らしいお腹の声が聞こえた。
先ほどの命がけの戦闘が嘘かのように、なんとも気の抜けた静寂が四人の間に立ち込める。
「……お腹、空いてるんですか?」
「えっ……あ、あぁ……」
「あの、ちょっと待っててください……! すぐに、ご飯を用意しますので……!」
お腹を空かせているなら、ペチカの魔法が役に立つ。
ペチカはその場を一度離れて、あの人たちの視界に入らない場所へ移動する。五分だけ離れるといっても、いつまたあの化け物たちが襲ってくるかは分からない。なるべく急いで作らなければ。
この異常な空間で見かけた巨大なサイコロ。それの一つにペチカは拳を下す。たちまちサイコロはバラバラに砕かれ、いくつかの破片へと分かれた。
魔法の端末を取り出し、鍋を実体化させる。砕けたサイコロの破片をいくつか鍋に入れてから、ペチカは中のサイコロの破片に両の掌を押し付けた。
掌に意識を集中させる。ペチカの魔法を使えば、たとえ元が無機物の食べられないモノであっても、たちまち美味しい料理へと変化する。
五分の時間が経ち、中に入っていた欠片がその形を変える。
白いお米の粒が三角形に集まり、程よい塩が混ぜ込まれている。
一つ一つの米粒が立ち、その白い輝きがより際立つ。
スプーンもフォークも箸も必要ない。すぐに食べられて、後片付けも必要のない料理。
ペチカは出来上がった料理――おにぎりを八個を鍋に入れて、あの人たちの元へと戻る。
幸い、あの化け物はあの後も襲ってこなかったようで、各々が近くのサイコロや椅子に座っていた。
「お待たせしました……。お口に合うかはわかりませんが……おにぎりをむすびました」
実際にはむすんではいないが、魔法のことを説明するわけにもいかないため、ひとまずむすんだことにした。
サイコロに座って待っていたリーダーの男が怪訝な顔をする。いきなりここで待ってくれと言われた上に、突然どこからともなく出来立てのおにぎりが出てきたのだから無理はない。
だが、やはりお腹は正直なもので、リーダーの男の連れらしき二人は、おにぎりの良い香りにまた一つお腹を鳴かせていた。
「……どこから、これを」
「えと……あの、私の……非常食です。ほら、おにぎりはお腹に溜まりますので」
「はぁ……」
ペチカは鍋に入れていたおにぎりをそれぞれに一つずつ手渡す。そして、彼らの近くに鍋を置くと、ペチカもおにぎりを一つ取り、彼らの近くへ腰かける。
「……先生、食べていいんじゃないですか?」
「そうですよ!せっかく分けて下さるのですから、無下にするのも」
「……そう、だな」
リーダーの男が、連れの二人に促されて首を縦に振る。そうしてから彼らはペチカの作ったおにぎりを口へ運んだ。
「っ……!」
「ぇ……!」
「……マジっ……!」
一口、二口と彼らは食べ始めて、あっという間に彼らの手からおにぎりが消えた。次いで鍋に入っているおにぎりに手を伸ばし、再度食べる。もぐもぐと一心不乱に食べるその姿は、まさにおにぎり以外は目に入らないといった様子だった。
そんな彼らの姿を見て、ペチカは微笑み、自身も手に持つおにぎりを一つ口にした。
美味しい。丁度いい塩味が疲れた体に染み渡る。
ペチカの魔法の料理は、五つ星シェフにだって負けないほど、どれも絶品だ。本人の知識は関係ない。料理の名前と見た目さえ知っていれば、どんな料理だって最高の出来で作り上げることが出来る。みんなが褒めてくれた、素敵な魔法だ。
おにぎりを一つ平らげる。鍋の方を見ると、既に鍋にはおにぎりは一つしか残ってなかった。
言葉では言わなかったが、一人二つ分のおにぎりを作っている。既にペチカ以外の皆は食べ終えたようだ。
だが、食べ終えた彼らの顔は、最後に残ったおにぎりへ向けられている。心なしか、口の端からも、よだれのようなものが見えたような気がした。
「……もし、よろしければ、食べます?」
「……良いんですか⁉」
椅子に座っている連れの人の一人が、身を乗り出しながらペチカに聞く。ペチカが肯定すれば、すぐにおにぎりを手にしてしまいそうなほどだ。
だが、その人をリーダーの男の人が制した。
「おい、食い意地張り過ぎだぞ」
「だって! こんな美味しい料理なんて、ここに落ちてから一度も! いや、落ちる前からだって食べたことないんですよ!」
「だからって人の分まで食べようとするのは、どうかと思うぞ」
「うぐっ……」
男の言葉で連れの人がぐぬぬと悔しそうに引き下がる。引き下がった後でも、その視線は最後のおにぎりへ向けられていた。
「うちの部下がすまなかった。どうぞ」
リーダーの男が鍋に残ったおにぎりを手に取ると、ペチカへ渡してきた。ペチカは、ぎこちながらも渡されたおにぎりを手に取る。
「……」
そして渡されたおにぎりを半分に割ると、その半分をリーダーの男へ渡す。
「……良いんですか?」
「はい。おにぎりはまた作ればいいので、良ければ皆さんで」
魔法少女は飲食を必要としない。ペチカたちの放り込まれたゲームの世界では、隠しステータスとして空腹値というものが設定されて、モノを食べなければいけなかったが、もしここが別の世界であるのならば無理に食べる必要はない。
それに、ペチカは自分が食べるよりも、自分が作った料理を人が美味しく食べてくれるのを見ている方が好きだったから。少しでも人の笑顔が見られるのなら、こうやって食べてくれた方がペチカは嬉しい。
「……ありがとうございます。ほら、お前たちも」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
渡された半分のおにぎりを、リーダーの男がさらに三等分にして連れの人たちへ渡す。かなり小さくなってしまったおにぎりではあるものの、彼らはそれをまるで極上の料理を食べているかのように、口に入れて、その顔を綻ばせる。
ペチカも、そんな彼らを見て、小さく笑うと、残されたおにぎりを食べ始めた。
食事を終えて満腹になった彼らが立ち上がる。ペチカも残された鍋を持ちながら立ち上がる。
「そういえば、自己紹介が遅れたな。私は『黎明』で働いている職員。そこで調査隊に所属しているものだ。名前は『アキラ』。連れの彼らは私の部下で、ちょうどこの辺りの調査をしていたところなんだ」
「……れい、めい……」
聞いたことがない組織の名前に、ペチカは言葉を詰まらせる。
日本でそのような組織の名前は聞いたことがない。魔法の国関係の組織かと一瞬思ったが、彼らはどこからどうみても『魔法使い』ないし『魔法少女』には見えない。
また疑問が増えてしまった。この世界について、分からないことが多すぎる。
あの化け物のことも、黎明のことも、知らないことだらけだ。こんな状況で、ペチカはいったいどうすればいいのか。
「それで、君は?」
「あっ……はい。私は」
そこまで口に出して、ペチカは気づく。
一般人に魔法少女の正体は知られてはいけない。それは魔法の国の、魔法少女たちに課せられた活動する上での大原則であった。故意に魔法少女の存在、または魔法の国の存在を一般社会で露呈させようものなら、再教育か、もしくは魔法少女の資格を剥奪されるおそれがある。
魔法少女の資格を剥奪されれば、当然魔法少女に変身できなくなる。そして、魔法少女と魔法の国に関わる記憶を全て消されてしまう。
二度と忘れるわけには行けない、一度消されたペチカの記憶。記憶が脅かされるような事態には、決して陥ってはいけない。
「――ペチカ……私は、ペチカと、いいます」
ペチカには、それしか伝えることができなかった。人に隠しごとする自分に、少し嫌気が差した。
「……そうか」
そういって、リーダーの男の人は、ペチカに笑いかけた。
【原作分からない人向けのキャラクター紹介】※ネタバレしかないため注意
【ペチカ】原作:魔法少女育成計画restart
種族:人間/魔法少女
魔法:『とても美味しい料理を作れるよ』
手で五分間触ったものを美味しい料理へ変える魔法。
元の素材は無機物、有機物を問わない。変えてしまえば、五つ星シェフの下をも唸らせる料理になる。ただし、料理はペチカが知っている料理に限られる。知らないものは作れない。
原作にて突然死の電脳デスゲームに参加させられた可哀そうな魔法少女。
実は魔法少女の選抜試験にてコロシアイを経験し、友達の思いと試験官の気まぐれで勝利した。
試験官は数多のコロシアイ選抜試験を手掛けた『森の音楽家クラムベリー』
そのため、彼女の試験に合格した魔法少女は『クラムベリーの子供たち』と呼ばれている。
更に、その記憶は試験官により封印され、再び思い出したのは二回目の電脳デスゲームの中であった。
人間時は中学生の恋する女の子。男の子にアタックする為に魔法少女の美貌を使ったり、魔法で美味しい料理を作ったりととても青春をしていた。
デスゲームでは戦えない魔法少女でパーティのお荷物となっていたが、自身の魔法を使ってバラバラだったパーティメンバーを結束させたり様々な活躍を見せた。
彼女の最期は、魔法少女を殺しまわっていた殺人鬼の攻撃から仲間を庇って致命傷を負って、
友達を守れたことを誇りに思いながら、友達の腕の中で亡くなった。
【黎明の調査隊リーダー(アキラ)と、その連れ二人】原作:オリジナルキャラクター
元街道沿いエリアを調査していた黎明の調査隊。調査の矢先、メルヒェンに見つかり撤退するものの、他のメンバーが撤退していく中で取り残されてしまった二人のメンバーを、リーダーが後程迎えに来た。結局メルヒェンと交戦するしかなかったため、何とか応戦していたものの、ジリ貧となっていたところでペチカに助けられる。
武器が棒しかなかった原因として、調査隊という交戦を目的とする集団でないことと、銃と弾薬が貴重な物資であることから、奥地での調査でない限り持ち込むことを禁止されたため。
感想と評価をもらえるとすっごく嬉しいです!モチベーションに繋がります(*'▽')
文章量に関して、現在1話1万字になっていますが、読者の皆様から見て長いと思いますか?
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