ペチカ・イン・ワンダージェイル   作:砂糖の家

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メアスケをプレイして、まほいくリスタを読みながら、小説書くの楽しいです
追記:視点変更の表記をまほいく風に統一



@2「解放地区のペチカと赤ずきん~キャラメルを沿えて~」

 ◇ペチカ

 

「着きました。ここが、私たち人間の最後の砦、解放地区です」

「ここが……解放地区……」

 

 奇妙なゲームボード盤のようなエリア――元街道沿いエリアを、黎明調査隊の案内の元に抜けると、そこには町があった。

 エリアを抜けた先に見えたのは、化け物からの襲撃から身を守るように配置された警護する人々。そしてその先には、この地獄のような世界でも懸命に生きる人々の姿だった。

 

 

 

「――そういえば、君はどこから来たんだ?」

 

 その言葉にペチカはまた、言葉を詰まらせる。

 どこから来たか、その答えについてペチカは知らない。むしろ、ペチカの方が知りたいぐらいだ。

 死んでいたはずのペチカがどういうわけか生きており、けれど見知らぬ世界に飛ばされた。

 

 右も左も分からない世界。ゲーム世界に飛ばされた時でさえも、必死で世界に適応しようとしていたのに、どうしてこうなってしまったのだろうか。

 不安な気持ちが、ペチカの口を閉ざさせる。顔をうつむかせ、ただ足元を見ているしかない。言えることがない。なにも言えない。

 

「…………」

「…………」

 

 なにも答えないペチカと調査隊の間に、静寂だけが残る。 

 いっそのこと逃げ出してしまおうか。魔法少女なら、人間相手に逃げることは容易い。両者の身体能力には雲泥の差がある。

 けれど、出来ることならこの世界についてこの人たちから情報を得たい。何よりこの世界でひとりぼっちというのは、寂しい。そうして何も喋れず、またそこで立ち続ける。

 

「……あぁ……まぁ、誰にだって言いたくない事はあるよな」

 

 黙っていたペチカの反応を察してか、リーダーの男――アキラが罰が悪そうに頭をかく。ペチカが何も喋らないのがいけないのに、相手を困らせてしまった。

 何か喋らなければ。魔法の国の事は喋れない。魔法少女についてなら、このような化け物が蔓延る世界なら受け入れてくれるだろうか。魔法の国に魔法少女の事を話した事がバレればペチカは少なくとも処分される。やはり話さない方が良さそうだ。

 

 ペチカの身の上話を喋ろうにも、どこから喋れば良いものだろうか。何しろ、多くの出来事が起きた。魔法少女の事を抜きにして話せば、九割は話を端折らなければいけない。そんな事を説明しても、理解されるのは難しいだろう。

 

「……分からない、です」

「えっ?」

「……どこから、来たのかも。ここがどこなのかも……分からないんです……」

 

 知っている事の殆どが話せない内容であるペチカが言えることは、精々自身の現状についてだけだった。

 何も分からない。言えることはない。そんな自分が情けなく思える。もし、ここにクランテイルたちがいてくれたら、ペチカも多少は安心でき、彼らとのコミュニケーションも上手く出来るのかもしれないが、彼女たちはここにはいない。ここにはペチカ一人しかいない。

 

「それは……どういう」

「気がついたら……ここにいたんです……」

 

 自分の現状を言って、状況がどうこう変わるものだろうか。彼らのような心優しい人なら、こんなペチカを助けてくれるだろうか。

 魔法のおにぎりを食べて、いくらか心が軽くなったような気がしたが、それでも根本的な解決ではない。出来ることなら、クランテイルのところへ戻りたい。ペチカが無事であることを伝えたい。そのためにも、まずはこの世界について知らなければ。

 

「帰るところもなくて…………あの……助けて、くれませんか?」

 

 そうしてペチカは、意を決して彼らにすがるように助けを乞いた。

 

 

 

 ペチカの期待は現実となり、彼らは二つ返事でペチカを解放地区へ導いてくれた。調査隊の役目はあくまで名前の通りエリアの調査だけらしいが、生存者がいて、助けられる状況なら彼らは生存者をこの町に連れてきているとのことだった。

 その生存者という枠組みにはペチカも当てはまるらしく、アキラは初めからペチカを解放地区へ連れていく予定だったらしい。素直に助けてもらえないと考えていたペチカは少しひねくれているのだろうか。状況が状況で、心に余裕がなかった上に、この世界に来る直前まで、殺人鬼に騙され殺されかけていたのだから、無理もないとペチカは思うことにした。

 

「…………」

 

 解放地区の中をアキラたちの先導で歩く。ここはペチカたちがいたゲームの世界とも現実の世界とも少し違っていた。

 

 ここに住む人々は、互いに手と手を取り合い、助け合いながら生きている。視界の端で子供が転んでいる所に大人たちが駆け寄り、泣いている子供をあやしていた。反対側の視界の端では、喧嘩している中年男性二人の間に一人の青年が割り込んで喧嘩の仲裁をしていた。

 少し上を見上げれば、積み重なった建物がいくつか見えた。建物のベランダからは一人の女性が洗濯物らしき布を抱えて、ばっと水気を飛ばして干している姿が見えた。

 

 生活に楽があるようには見えない。しかし、そこに途方もない苦があるようにも見えない。彼らから見えるのは、それぞれが今を精一杯生きているような、そんな姿だった。

 

「………もうそろそろで黎明に着く。まずは博士に君の事を報告しなくてはね」

「え、あっ……はい」

 

 周囲への観察に気を摂られ過ぎてたか、声をかけられしどろもどろな返事をしてしまった。

 博士とは誰の事だろうか。解放地区には連れてきてもらったが、まだ聞きたいことは聞けていない。けれど、未だペチカは聞けないでいる。

 

 船頭をしているアキラが何やら物思いに耽っているからだ。足は止めずに、視線は真っすぐ。しかしその顔はどういう訳か強張っていて、右手を顎に添えていかにも考え事をしていますというポーズをとっている。

 アキラとペチカに挟まれる形で歩いている他の二人からはそういった気配はしていない。それどころか、安全な我が家に帰ってきて安心したからなのか、先ほどよりもゆったりとした雰囲気だ。二人で話しながら、時折ペチカに他愛ない話を投げかけたりしている。

 

 投げられた話の中には『ジェイル』『メルヒェン』とペチカの知らない固有名詞が混ざった話などもあったが、ペチカが当たり障りもない相槌を打つだけでも彼らはあまり気にしていないようだった。

 疑問の解消を未だ一つも成しえないまま、ペチカは彼らの後ろをただ歩いていた。

 

 解放地区の住宅地のような場所を抜けて、広い空間に出る。ふと、ペチカの鼻腔に何かが香った。香ばしく、それでいて優しい香り。香辛料の香りに混ざって香るのは、お米の仄かな甘い香りだ。

 

――これって……雑炊?

 

 出汁に鰹ぶしと醤油を使っているのか、海鮮の芳しい香りが周囲に漂っている。ペチカが香りの元を辿れば、遠目に人だかりが見えた。

 大きな建物の前にテントを張り、そこを中心に人が集まっている。集まっている人たちにまとまりはなく、老若男女問わずに集まるその光景を見て、ペチカは彼らが何かを持っている事に気が付いた。

 小さな陶器のお椀だ。テントの下にいるどこかの組織の制服を着込んだ人が、テントと一緒に置かれている机の上の寸胴鍋から雑炊らしきものをお椀によそっている。

 

 彼らはその職員からもらった雑炊――推定ではあるが――を一緒に貰ったれんげでぱくぱく食べていた。

 

「……」

「ペチカさん、どうしたんですか?」

 

 ペチカの背後から声を掛けられる。振り向くと、先ほどまで同僚と話をしていた調査隊の二人がペチカの後ろに立っていた。どうやらいつの間にかペチカの足が止まっていたらしい。

 

「いえ……あれは何だろうって思って……」

「ん? ……あぁ、炊き出しですね」

「炊き出しですか?」

「そう、炊き出し。この間、黎明と孤児院の人たちで最近解放地区にやってきた避難者に向けてご飯を作ってあげようって話がありまして。今日が炊き出しの日だったのすっかり忘れてましたよ」

「そうなんですか……」

 

 よく見れば、集まっている人たちの中にはやたらと子供が多かった。中学生ほどの背格好の子供は職員の手伝いなのか、椅子を用意したり、食べ終わったお椀を回収したりしている。それより小さい子供は炊き出しで集まった人たちに混ざって雑炊を食べていた。渡された雑炊が意外と熱いのか、何人かはあちちと舌を出して、れんげに乗せた雑炊をふーっと口で冷ましている。

 

「どうしたんだ?」

 

 先を歩いていたアキラがいつまで経っても来ないペチカを案じてかこちらに戻ってきた。考え事はまだ終わっていないのか、未だその眉間に僅かな皺を寄せている。

 アキラの視線がペチカ、部下の二人と続いて、ペチカの視線の先へ滑る。未だ、雑炊の美味しそうな香りが辺りを埋め尽くしている。

 いや、ただ単純にペチカの魔法少女としての嗅覚が鋭いだけかもしれないが。

 

「いえ、何でもありません……ただ……皆、幸せそうだな……と……」

 

 ペチカには、皆でご飯を分け合って美味しそうに食べる彼らの姿が、とても幸せそうに見えたのだ。

 

 この世界には先ほどペチカが戦った化け物が各地のエリアで人間を襲っていると、先ほどの会話の中で彼らは言っていた。ここはまさにこの世に顕現した人間の地獄。多くの人々はそんな化け物から隠れながら、慎ましく生きる事しかできない。それさえ出来ない人間は、彼らに捕らえられて拷問を受けるか、彼らの餌になるかの二択しかない。そんな化け物賛美の世界。

 

 しかし、そんな世界でも、彼らは笑顔を絶やさずに食を楽しむ心のゆとりを持っている。

 そんな彼らを見ていると、ペチカはこの世界に落ちる前の、ゲームの世界での出来事を思い出す。

 

「幸せ、ですか……まぁ、食は何よりも代えがたい我ら人間の楽しみですから」

「そうっすよね~。俺も、黎明のご飯があるから毎日頑張れてるっすからね~」

 

 二人がペチカの幸せ発言にそれぞれ食への思いを零す。アキラも彼らの言葉から、何か思うことがあるのか、炊き出しをしている場所の方へとじっと目線を向けていた。

 ペチカも、彼らの言葉に心から同意した。どんな困難も、そこに楽しみを作れば乗り越えることが出来る。ペチカがチームメンバーに食の楽しみを提供したことで、仲間たちに余裕を与えたことがあるからこそ、ペチカには食の大切さがよく分かる。食は、いわば心のオアシスのようなものだ。

 

「……気になるのか?」

「……え、えっと……まぁ、はい……」

 

 ペチカは別に食べることが好きというわけではない。ただ、食べることで周りと縁を繋ぐという行為に、あの日の出来事を思い出しているだけだった。ペチカの作ったおじやで、時には対立していたチーム同士での食事会を開くことも出来たあの日。失ったものや、取り返しのつかない取りこぼされた命もあったあの世界で、もうすぐゲームをクリアできるという期待と共に開いた食事会は、とても楽しかったのを今でも覚えている。

 

「……ふぅむ……だったら、少し見ていくか?」

「……え……良いん、ですか?」

 

 あの楽しそうな空間を、ペチカは少しうらやましく思っていたのは事実だ。今はここにはいない、ペチカの友達のことを思いながら、また誰かとご飯を食べたいと。そんな、小さくも大切な幸せを、ペチカは欲していた。こんな世界だからこそ、心のよりどころを探していた。

 

 おにぎりを彼らと食べた時も、ペチカは少なからず幸せを感じていたはずだ。おにぎりを食べる彼らの笑顔が、ペチカの心を和らげてくれた。だからこそ、ペチカは誰かと一緒にご飯を食べるという機会があれば、出来る限り参加したいと願っていた。

 

 だから、アキラの言葉はペチカにとって、とても素敵な提案であった。

 

「あぁ、別にかまわない。報告と言っても、何も必ず君も同伴する必要もないからな。今後の生活に関しては、また別の者が担当するはずだろうから。報告が終わって戻ったら、その担当の人に今後の事を引き継がせるから心配しなくても大丈夫だ。それまでここで彼らに混ざって、飯でも食べながら話に花でも咲かせててくれ」

「……! ……ありがとうございます」

「それから、お前たちはこのまま宿舎に戻っても構わない。早くそのボロボロになった服を着替えたほうがいい」

「分かりました、先生」

 

 じゃあ、また後でとアキラはそう言い残すと、ペチカの後ろにある大きな建物――壁に紋様のようなものが描かれている――へと歩いて行った。恐らく、あの建物が黎明の本部なのだろう。

 

「じゃぁ、ペチカさん。私たちは先に戻らせていただきますね」

「また会ったら美味しいおにぎり食べさせてほしいっす!」

「コラ、またそうやって物をねだって……確かに、あのおにぎりは美味しかったですけど」

「あはは……」

 

 彼らもまた、アキラの後を追うように建物の中へと入っていった。残されたのはペチカ一人だ。 

 この世界に放り込まれて数時間。化け物と戦ったり、黎明という組織に保護されたりと色々あったが、今のところ大きな荒波を立てずに何とかここまでこれた。

 

 彼らの背中を見送り、ペチカは炊き出しが行われている場所へと歩みを進める。この世界の食べ物についてはよくわかっていないが、この美味しそうな香りはペチカの食欲を刺激させるようなものであった。

 

 

 

「はい、どうぞ。冷めないうちに召し上がってください!」

「あ、ありがとうございます!」

 

 雑炊――料理の名前を聞いてみたところ、やはり雑炊だった――を受け取り、ペチカは近くの座れる場所を探す。既に周りの椅子は他の参加者の方々が座っており、空いている椅子は見当たらなかった。椅子に座れなかった人は、近くのコンクリート塀に座ったり、立ちながら食べていたりしていた。

 

 ペチカが近くを通るたびに、人々が少し驚いた風にしている。魔法少女は一般人に混ざると必ずといっていいほど目立つ。見た目も服も、その他の人と比べると派手だからだ。魔法少女の中でも落ち着いた見た目をしているペチカであっても、やはり目立つ。特に後ろから生えている尻尾のアクセサリーが一番目立っているだろう。ペチカだって、他の人がそんなものをぶら下げていれば絶対に見てしまう。

 

 悪目立ちするのはペチカだってあまり好きではないが、少なくともそれを理由に彼らがペチカに対して何かを言ってきたりする気配はない。ペチカはひとまず、腰を下ろすため近くのコンクリート塀へ近づき――

 

「わわっ! おねえちゃんどいてっ!!」

「……えっ?」

 

 後方から声を投げられ、ペチカは咄嗟に振りかえった。雑炊を食べていた人々の息を飲む音。目の前には小さい女の子が片足を後ろに投げ出し、前のめりに倒れようとしている。そして、空中に浮かび放物線を描きながらペチカへと向かう雑炊のお椀。

 それは既にペチカの目と鼻の先にあり――

 

 

 

◇赤ずきん

 

 黎明で保護され、黎明の人たちから一身に愛されて育った『赤ずきん』は今年で七歳になった。

 小さい子供らしく、遊ぶことが仕事の赤ずきん。女の子とはいえ育ち盛りで、いつもあちこちで体を動かして遊んでいた為、常に赤ずきんのお腹は空腹で、何か美味しい料理を欲していた。

 黎明のご飯は美味しい。でも、出される量はいつも一定で、おかわりも何回までと限られている。でも、まだまだ食べ足りない。

 黎明のお医者さんであるミコの話では、きちんとそれぞれに合わせた量が配膳されていると言っているが、それでも赤ずきんはお腹が減ってしょうがないのだ。

 しかし、そんな赤ずきんにも、とある日に限ってはお腹いっぱいになれる日があるということを知っている。

 

 今日は孤児院の人たちと共同で炊き出しを行うと食堂で聞かされ、『赤ずきん』は朝からいても立ってもいられなくなっていた。

 炊き出し、それはつまりお腹一杯に美味しいご飯を食べられる日。黎明の名目上では、解放地区へ避難してきた人たちのために行うと言っていたが、基本参加は誰でも可能で自由だ。最近解放地区へやってこようが、とっくに解放地区に居着いていようが好きなだけ食べられる。メニューは黎明の食事を担当しているおばちゃんが担当をしており、つまり旨い。是が非でも食べに行く理由には十分だ。

 

 ただ、いつも清く正しく誠実で元気に生きている赤ずきんに何の因果が働いたのか、昨日の晩にミコから『今日の朝から健診をする』というお達しがきた。軽く検査をして、少し血を抜くだけとミコは言っていたが、赤ずきんにはまるでそれが悪魔の宣告のようにも聞こえた。

 炊き出しは朝から行われる。健診なんかで時間をとられてしまったら炊き出しに参加できない。たとえ間に合ったとしても残った料理なんてみんなの残り物しかないだろう。そんなんではお腹一杯食べることなんて出来ない。

 

 そういう理由によって、赤ずきんは現在、黎明の倉庫から引っ張り出してきたダンボール箱を頭から体まですっぽり被りながら、黎明の廊下を着々と攻略していた。

 健診なんて二の次。ミコと職員からの目を掻い潜り、絶対に炊き出しに参加してやるという気概と試みは現在進行形で順調に進んでいる。

 場所は黎明の本部一階。受付の真下、入り口で黎明にやってくる人への対応業務をしている職員の死角をそろりそろりと進む。抜き足差し足忍び足と、そろりそろりと慎重に動いて。

 段ボール箱にあけた穴から周囲を見渡しながら進み、そうしてようやく赤ずきんは黎明の外へと抜け出すことに成功した。途中、何度か赤ずきんを探すミコが廊下を駆けてダンボールの横を通りすぎるプチハプニングはあったが、遂に赤ずきんは成し遂げたのだ。

 

 ダンボール箱を被りながら黎明を出て、すぐに赤ずきんの鼻腔にとても芳しい香りが漂ってきた。クンクンと鼻を鳴らすと、赤ずきんの食欲をより一層掻き立てる香りがダンボール越しでも分かる。

 

「わぁ……良い匂い……!」

 

 

 嗅いだことのない匂いではあったが、匂いだけで赤ずきんにはそれがどんなに美味しいか想像を掻き立てた。きっと食べればほっぺたも落ちてしまうような、まるで天にも昇るような気分にさせてくれる料理なのだろう。

 

 あぁ、もう我慢できない! ここまで来ればもはや赤ずきんに敗北などあり得ない。被っていたダンボール箱を取っ払い、赤ずきんは全速力で走り出した。炊き出しの場所は黎明の建物の目の前。既に赤ずきんの目の前には炊き出し目当てで集まっている人の塊がある。皆、突然現れた動くダンボール箱から赤ずきんが飛び出してきたからか、目を丸くして赤ずきんを見ている。だからどうした。赤ずきんには全くもって関係ない視線だ。

 

 ここからでも見える黎明のテントを目指して疾走し、無事にテント前へ着いた。近づけば近づく程に強くなる美味しそうな匂いに思わず口の端から涎が溢れ落ちそうだった。赤ずきんが欲している料理が今、目の前の寸胴鍋の中に溢れかえっている。ごくりと生唾を飲み込み、口の端から垂れてきた涎を制服の裾で乱暴に拭うと、すぐに料理を配膳している黎明の職員へ声を上げた。

 

「おねえちゃんっ! 赤ずきんにもソレちょうだいっ!!」

「ふふっ! いらっしゃ〜い赤ずきんちゃん。ちょっと待っててね〜。すぐによそってあげるからね〜」

 

 いつも炊き出しを手伝っている黎明のお姉さんは、赤ずきんを見るとすぐにお椀を手にして、鍋の中身をお椀によそった。

 ふわりと香りが辺りに広がり、ホカホカの湯気がお椀から立ち昇る。

 

「わぁ~~~っ!!」

 

 水分をたっぷり含んだ白いお米に赤や緑の野菜が入った料理。かき混ぜられた卵が固まって、黄色い彩りを加わったそれは、まさに見ているだけでも涎が出てくる一品だった。

 

「ねぇねぇ! これって何ていうの?」

「これは雑炊っていってね、色々な具材を入れて作れる簡単お料理なんだ~。まさに今日みたいな炊き出しにピッタリな料理ってね!」

「おぉ~~~っ!」

「はい、れんげ。熱いから、口でふーって冷ましてから食べるんだよ」

「分かってるって! じゃぁ! いただき――」

「赤ずきんっ! ようやく見つけたっ!」

 

 ご馳走を目の前に赤ずきんがれんげですくって食べようとしたその時、悪魔の声が聞こえたような気がした。ピキリと体が固まり、まさかと思いながらも後ろを振り向く。

 

「はぁ……はぁ……全く……部屋にいないと思ったら……こんなとこに……」

 

 そこには赤ずきんを探すために黎明中を探し回って、ほとほと疲れ果てている様子のミコがいた。肩で息をして、両手を膝の上に置いて、額から汗まで噴き出している。

 見つかった。見つかってしまった。ようやくご馳走を食べれると思った矢先に、なんてタイミングの悪い人なんだ。

 

「あ……はは、ミコ。えっと、あの……」

「今日は朝から健診だって言っていたでしょ……さぁ! 早く医務室へ行くわよ!」

 

 じりっと赤ずきんが無意識に片足を下げると、息を整えたミコが赤ずきんを捕まえるべく走り出してきた。こうなれば――逃げるしかない!

 

「おねえちゃんっ! 雑炊ありがとっ! またおかわりしに来るからねっ!」

「赤ずきんちゃんっ!?」

「こらっ!? 待ちなさいっ!」

 

 お椀とれんげを両手に赤ずきんは踵を返して疾走をする。人が多く、雑炊がお椀からこぼれてしまうから全力とまではいかないが、ミコを撒く程度ならば問題ない。

 せっかくお椀によそってくれたのだ。せめてこれだけは食べさせてほしい。

 

 走って走って走って。人にぶつからないように、人で出来た道を曲がりくねりながら赤ずきんは走った。

 走りながら後ろを見る。既に赤ずきんを追いかけてるミコの姿はそこにはなかった。やった。ようやく撒けた。

 赤ずきんは他の人より力が強い。足も速いし、疲れ知らずだ。いつも机に座ったり、実験ばっかしているミコに赤ずきんが撒けない理由なんてないのだ。

 そろそろ止まろう。赤ずきんは足を踏ん張り、止まろうとしたが――

 

「……ほぇ?」

 

 前を見ていなかったのがいけなかった。赤ずきんが再び前を見ると、目の前に人が立っていた。赤ずきんが持っているものと同じ形のお椀を手にして、ニコニコと笑っている。

 このままではぶつかる。だが、急に足を踏ん張ったせいか足が変に前のめりになった。前へ進む力もそのまま、やがて赤ずきんは前方へ投げ出された。

 

――あ……終わった……

 

 赤ずきんの手から熱々の雑炊が入ったお椀が飛ぶ。そのお椀は、そのまま目の前の人の元まで届きそうな勢いだ。

 

「わわっ! お姉ちゃんどいてっ!!」

「……えっ?」

 

 咄嗟に叫ぶが、とても間に合わない。あの人は雑炊を頭から被って火傷してしまう。赤ずきんもこのまま地面に叩きつけられてたくさんの擦り傷が出来るだろう。痛いのは嫌だ。

 地面が目の前まで迫りくる。ぎゅっと目をつぶる。痛いのがくるのを、体をぎゅっと固くして、ただ待った。

 ごめんなさい。ミコ。そんな今更の言葉を思い浮かびながら。

 

 

 

「――大丈夫?」

「……あ、れ?」

 

 いつまでたっても衝撃がない。体も、どこも痛くない。

 ふわりと赤ずきんの体が、何か柔らかいもので包まれているかのような感触がある。甘い香り。料理とは違う、花のように柔らかい香りが赤ずきんを包み込む。

 赤ずきんは恐る恐る目を開けた。目を開けた先には――

 

「……っ、よかった……」

「ぁ……」

 

 赤ずきんが先ほどぶつかりかけてた人が、赤ずきんの体を前に抱いて、赤ずきんに微笑んでいた。

 綺麗なおねえさんだ。歳はミコと同じ程度だろうか。さっきまで赤ずきんの目の前で雑炊を被りかけていたはずだが、どうして赤ずきんの事を抱いているのだろうか。

 ただ目の前のおねえさんをぼーっと見る。サラサラな髪。すべすべで柔らかそうな肌。こんなに綺麗で、可愛い人なんて赤ずきんは見たことがない。赤ずきんの胸がトクリと鼓動した。

 抱かれていた赤ずきんを、おねえさんはゆっくりと地面へ立たせる。

 

「怪我はしてない? こんなとこで走ったりしたら危ないよ?」

「ぁ、うん。だい、じょぶ……あり、がとう……」

「ふふっ、次は気を付けてね?」

 

 そう言って赤ずきんに笑いかけるおねえさんに、赤ずきんは顔が赤くなるのを感じた。こんなの知らない。心臓がドキドキしてる。

 

「大丈夫ですか!?」

「あぁ、はい。こっちは大丈夫です。騒がしくしてすみません……」

「いえいえ、零しちゃったものはこちらで片付けちゃいますね」

「すみません……お願いします……」

 

 遠くからやってきた黎明の職員が、おねえさんと話している。視線は赤ずきんが飛ばした地面に転がっているお椀とれんげが二つずつ、そしてお椀から零れて地面に撒かれた雑炊に向けられていた。

 

――あっ……

 

 雑炊が、地面に零れて駄目になってしまった。熱くなった赤ずきんの体が、内側からゆっくりと冷えていく。

 

「あぁ……せっかく、貰ったのに……」

 

 ちょっとの不注意が、赤ずきんの今日一日の努力を無駄にしてしまった。

 段ボール箱に隠れて、何十分もかけて黎明から出て、ミコに見つかっても何とか逃げ切って、ようやく食べれると思ったのに、結局食べれない。何てことだ。

 視界が少しぼやける。涙があふれてきそうになる。駄目だ、泣いちゃ駄目だ。赤ずきんは強い子だ。でも、どんなに泣くなと心を奮い立てても、涙が出てきそうになる。

 

「……ねぇ、ちょっといいかな?」

「……?」

「ちょっと手を出して……」

 

 赤ずきんを助けてくれたおねえさんが、赤ずきんの前にかがむ。そして赤ずきんの右腕の手を掴むと、その掌におねえさんの拳が置かれた。不思議に思っていると、おねえさんの拳が開かれ、何かが赤ずきんの掌に落ちてきた。赤ずきんは掌に落ちてきたものを見る。

 

「……なに、これ……?」

 

 それは銀紙に包まれた小さい何かだった。

 指でつつくと少し硬い。コロコロ転がる四角いサイコロ状のそれは、赤ずきんの知らないものだ。

 

「中身、開けてみて」

 

 おねえさんに促され、赤ずきんはその銀紙を外す。すると、赤ずきんの鼻腔に甘い香りが漂ってきた。

 

「わぁ……!」

「キャラメル。良かったら食べて。すっごく甘くて美味しいよ」

 

 キャラメル。おねえさんの言っていたそれは、橙色の四角いものだった。ひとつの面に網目状の線が引かれたキャラメルは、赤ずきんの掌の上に転がっているだけでも、甘い匂いがした。

 食べてってことは、これは食べられるものなのだろう。

 雑炊を駄目にしてしまった赤ずきんに、また笑顔が浮かぶ。キャラメルと呼ばれたそれを口に放り、咀嚼する。

 

「~~~~~~~~っ!!」

 

 甘い。噛んでも舐めても甘い。口一杯にキャラメルの甘さと香りが広がり、赤ずきんの鼻へ突き抜けていく。

 こんなに甘いもの、赤ずきんは食べたことがない。お誕生日に出てくる甘いケーキだって、ここまで甘くない。

 舌の上でコロコロと転がし、奥歯でがじがじと噛む。いくらやったって甘さは消えない。むしろ増してるまである。

 舐めて、噛んで、噛って、転がして。そうしていくと、口の中のキャラメルが溶けてどんどん小さくなっていった。

 口の中で次第になくなっていくそれが名残惜しいが、それでも噛むのを止めることが出来ず、やがてキャラメルは赤ずきんの口の中から溶けていった。

 しばらくの間、赤ずきんは放心した。あんなに美味しかったキャラメルの、口に残った甘さをずっと味わうように口で舌をモゴモゴと動かしながら。

 

「ふふっ。美味しかった……かな?」

「っ! う、うん!! すごい美味しかったっ!!」

 

 おねえさんに声をかけられて、赤ずきんは夢心地の気分から現実に引き戻される。赤ずきんがキャラメルを堪能している間も、おねえさんは赤ずきんの近くで美味しそうに食べる赤ずきんのことを見ていたらしい。そんな事実に、赤ずきんは少し恥ずかしくなる。

 

「なら良かった。女の子は泣いているより、笑ってる方が可愛いもんね」

 

 そう言いながらおねえさんは赤ずきんの頭に手を乗せると、ゆっくりと優しく撫でてくれた。その手付きが、まるでお父さんがいつもしてくれるみたいな、愛情に溢れた動きだった。また、赤ずきんの胸がとくりと、さっきより早く鼓動した。

 

「――いたっ! 赤ずきんっ!」

 

 おねえさんの柔らかい手の感触を頭に受けて、赤ずきんが思わず笑いそうになった時、ミコの声が赤ずきんを呼んだ。おねえさんが赤ずきんの後ろを見ている。赤ずきんもおねえさんが見ている方向へ顔を向けると、さっき見た時よりも疲れた雰囲気を出しているミコが、まるで怒っていますよというように両腕を前に組んで佇んでいた。

 

「はぁ……はぁ……」

「あ、ミコ……」

「あ、ミコ……じゃ……ないわ、よ……」

 

 この多い人混みの中、ずっと赤ずきんを探していたのだろう。ミコはずかずかと赤ずきんへ近づき、むっと顔を赤ずきんへ近づける。その勢いある迫力に、さしもの赤ずきんも少し気圧される。

 

「さぁ! 健診をするから、早く行くわよ!」

「……むぅ…………ヤダっ!」

「なっ……!」

 

 赤ずきんはミコを避けるように一歩下がると、おねえさんの体へ抱きついた。急に抱きつかれたおねえさんは、へっ? と声を上げて驚いているが、赤ずきんは既におねえさんが大好きなのだ。

 あんな美味しいキャラメルを赤ずきんにくれたのだから、悪い人では絶対ない。長年の付き合いでもあるミコであっても、健診へ連れて行こうとするミコだったら断然おねえさんの方がいい。

 ミコに見せつけるように、ぎゅーっとおねえさんに体を押し付ける。ミコはその光景に口を開けて見ることしかできないようだ。

 

「…………」

「…………えっと、その……」

「……貴方は、いったい」

「あの……最近、ここに来た者、です……」

「あぁ……どうりで……」

「…………」

「…………」

 

 ミコもお姉さんも、何も喋らない。どう言葉を切り出せた分からないというのが正しいかもしれないが、赤ずきんには関係のない事だ。

 今はただ、赤ずきんはおねえさんの甘い香りと柔らかい感触で己を満たすように、ただただ大好きな人へ抱きつくだけだった。

 

 

 




【原作分からない人向けのキャラクター紹介】

【赤ずきん(7歳)】原作:神獄塔メアリスケルター
神獄塔メアリスケルター(略して【メアスケ】)に登場するヒロインの一人赤ずきんちゃんかわいい
赤い頭巾が特徴のやんちゃガール。とある理由で、人より強い力を持っているため、幼少のころはかなり周りの大人たちを困らせていたという赤ずきんちゃんかわいい
なお、筆者の推しでもある赤ずきんちゃんかわいい
取り合えず、メアスケに興味持って購入した方はさっさと赤ずきんちゃんの好感度稼いでイベント見て悶えてください。そして共に沼ろう。私はこちらで待っているぞ赤ずきんちゃんかわいい



感想と評価をもらえるとすっごく嬉しいです!モチベーションに繋がります(*'▽')

文章量に関して、現在1話1万字になっていますが、読者の皆様から見て長いと思いますか?

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