ゼロバンゲート re:スタートライン 作:茶坊主(ぽんぽん)
実況
「謎のウマ娘、圧倒的な逃げ! 今、ゴールイン!!
後続に6馬身差!!
なんだこの走りは!!」
どよめきが遅れて押し寄せる。
観客
「おいおい、あの耳付きの兄ちゃんナニモンだ?」
「飛び入り参加で勝ちやがったぞ!」
ざわめきは熱狂というより、困惑に近い。
すぐに記者たちが雪崩れ込む。
マイクが突き出され、矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
何を言っているのか、正直わからない。
ここは異国の地だ。
だが、たぶん――
名前を聞かれている。
―俺の名前。
なんて名乗るべきだ?
存在しなかったウマ娘。
トレセン学園のヴィラン。
騒動の中心。
それでも――
恩師が、恩人が、呼んでくれた名前。
喉の奥が、わずかに震える。
「……ゼロバンゲート」
一瞬、空気が止まる。
記者
「ゲートナンバー“ゼロ”!?」
ざわめきが、嘲りに変わる。
「ゼロ?」
「ハハ、ずいぶんクールな名前だな」
笑い声。
だが、俺は視線を逸らさない。
ゼロは、始まりだ。
少なくともそう思わないと立っていられなかった。
――
秋川理事長からは引き止められた。
「あなたが去る必要はない」と。
それでも、俺は
トレセン学園を去ることにした。
あの人達の厚意にすがって生きていけば、
きっと安泰だった。
守られて、許されて、
帰る場所もそのまま残されて。
でも――
走りたい。
その衝動だけは、どうしても抑えられなかった。
何より。
榊原トレーナーに教えてもらった走りを、
絶やしたくなかった。
あの人がくれたのは、名前だけじゃない。
姿勢。
覚悟。
逃げ切る勇気。
それを守るには、
自分で立つしかなかった。
だから俺は、海を渡った。
あてもなく。
辿り着いたのが、この港町だ。
潮の匂いと酒の匂いが混じる、
毎日レースが行われる享楽的な街。
勝てば歓声。
負ければ沈黙。
名前なんてすぐ忘れられる。
だからここでは、俺は――
“耳付きの兄ちゃん”。
それでいいと思っていた。
ゼロである必要は、ないと。
――
「ゼロ〜?」
色っぽい女性の声が、ざわめきを割った。
「アンタ、こっちに来てるなら声くらいかけなさいよ。
ホントに無愛想なんだから」
日本語。
その瞬間、心臓が一拍遅れる。
記者たちをかき分けながら、長い髪の女性が歩み寄る。
「記者の方々、ちょっとごめんなさいね。
この子、私の親戚なの。シャイボーイだから、許してあげて?」
流暢な現地語も混じっている。
記者たちがどよめき、少しずつ引いていく。
親戚?
俺は目を瞬かせる。
知らない顔だ。
日本人。
いや、少なくとも日本語話者。
しかし向こうは迷いがない。
俺の腕にするりと自分の腕を絡める。
柔らかい香水の匂い。
「行くわよ、ゼロ」
ゼロ、と。
当たり前のように呼ばれる。
「……?」
首を傾げた瞬間、強引に引っ張られた。
フラッシュの残光が遠ざかる。
港の喧騒を抜け、路地へ。
どこへ連れていかれるのか。
この人は誰なのか。
さっぱり分からない。
ただひとつ分かるのは――
俺の名前を、迷いなく呼んだことだけだった。
この街のレースは競馬ですが、参加資格はウマ娘である必要はありません
速ければヒトも走っていいですけれど、
まず誰も挑戦しませんね。
そこへゼロの登場というわけです。
速い男、しかもウマ耳としっぽが生えている
これは注目の的になります