ゼロバンゲート re:スタートライン 作:茶坊主(ぽんぽん)
観客の歓声をかき消すほどの大音量で、
実況者の声がスタジアムに響き渡った。
実況
「1枠1番――ゼロバンゲート!!」
どっと歓声が上がる。
その熱気に押されるように、胸が少しだけ高鳴った。
実況
「続きまして〜!
先ほどは素敵なライブパフォーマンスで魅せてくれた……
愛すべき新星、フィガロ!!」
観客
「可愛い!
耳付き男なんかぶっ飛ばせ!!」
フィガロ
「んふふ〜♪ ありがと〜!」
実況
「そして――クールビューティ!
オーラ!!」
観客席が一気に沸き立つ。
観客
「オーラ!オーラ!オーラ!」
「キャーー!!」
その熱狂の中で、
俺はスタート位置を確認した。
最内周――。
まさか、俺がここに配置されるなんて。
胸の奥で、
小さな違和感がじわりと広がる。
このレース、どこかおかしい。
雰囲気で、俺は察していた。
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ファンファーレが鳴りやみ、
一瞬の静寂を裂くようにゲートが開いた。
内側にウマ娘が集まるのなら――
前に出てこられる前に、先頭へ逃げるしかない。
俺は地面を蹴り、
弾丸のように飛び出した。
風が顔を叩く。
観客の声が遠ざかる。
ただ前だけを見る。
フィガロ
「コノヤロウ……!
ちっとも私の話を聞いてないじゃない!!!」
その叫びが背中に突き刺さる。
フィガロに火がついた。
俺の真後ろに、ぴたりと張り付いてくる。
ジリジリと背中が焼け付くような感覚。
追われている。
狙われている。
――でも。
楽しい。
俺は追いかけられるのが好きだ。
心臓が跳ねる。
足が勝手に前へ出る。
身体が軽い。
この瞬間だけは、
誰の思惑も、
街の腐敗も、
仕組まれたレースも関係ない。
ただ走る。
ただ逃げる。
ただ、前へ。
実況
「第2コーナーを回って――ゼロバンゲート、さらに逃げる!!
フィガロ、苦しいか!?
徐々に離されていくぞ!!」
観客席がざわつく。
フィガロは走りながら頭を掻きむしった。
フィガロ
「何よ何よアレ!?
調子が狂うんだけど!!」
怒りと焦りが混ざった声。
その瞬間、フィガロの横に影が滑り込む。
オーラだ。
無駄のないフォームで並び、
フィガロの方へ一瞬だけ視線を送る。
“落ち着け”
そう言っているような、
短く鋭い合図。
オーラはそのまま前を向き、
呼吸ひとつ乱さずに加速の準備を始めた。
フィガロは歯を食いしばり、
その合図に応えるように姿勢を整える。
オーラ
「正直、予想以上だ。
だが、あれだけの速度を維持するには……全神経を集中しているはず」
オーラは横目でフィガロに合図を送る。
フィガロ
「ちょっと揺さぶれば自滅するってわけね♪」
フィガロはオーラに道を開けた。
オーラ
「第3コーナー――仕掛ける…!」
実況
「オーラ、猛スパート!!
ゼロバンゲートに並んだ!!」
風を裂く音とともに、
オーラが視界の端から一気に飛び出してくる。
ゼロ
「……!」
歩幅を乱され、足がもつれる。
地面が近づくような錯覚。
オーラ
「悪く思うなよ……」
実況
「オーラ、ラフプレイか!?
ゼロバンゲートに衝突するぞ!!」
このまま加速すれば、
オーラの背中に突っ込む。
避ければ、
バランスを崩して転倒する。
どちらを選んでも危険だ。
だが――
足は止められない。
なぜなら、
直線の先にゴールが見えていたからだ。
胸の奥で、
何かが燃え上がる。
“ここで止まるわけにはいかない。”
――お前の走りは前にしかない。
危険な状況の中、
頭の奥に浮かんだのは榊原トレーナーの声だった。
ゼロ
「前だけ……前だけ……!」
視界の端が揺れる。
でも、前は開いている。
ほんのわずかでも、隙間があるなら――
そこに身体をねじ込む。
オーラの隣。
フィガロが外側に振れた、その一瞬。
オーラ
「……避けられた!?」
フィガロ
「はぁ!?
コイツ……なんてデタラメ!?」
実況
「ゼロバンゲート抜け出した!!
彼を止めるウマ娘はいないのか!?
最後の直線――ゼロバンゲート、後続を突き放していきます!!」
風が一気に強くなる。
観客の声が遠ざかる。
足が勝手に前へ出る。
もう、誰も追いつけない。
俺は1着でゴールラインを駆け抜けた。
確かな手応え。
理想の走りを掴んだという実感。
胸の奥が熱くなる。
ゆっくりと減速しながら、
観客席を見上げる。
――タイニィは、見ていてくれただろうか?
そう思った、その瞬間だった。
オーラ
「……!」
背中に、鋭い痛みが突き刺さる。
視界がぐらりと傾き、
地面が迫ってくる。
実況
「2着、オーラ!
減速したゼロバンゲートに追突!?
これはいけません!!」
砂煙の中で転がり、
息が詰まる。
フィガロ
「キャアア!!!
大丈夫!?
誰か!誰か来て!!」
その声は悲鳴のようで、
どこか芝居がかっていた。
オーラは俺のすぐ後ろで倒れ込み、
肩で息をしながら、
誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。
オーラ
「――フィガロ、わざとらしいがそれでいい。
耳付きは勝った。そして……これで仕事は完了だ」
そして、
倒れたままニヤリと笑った。
その笑みは、
勝者を祝うものではなく――
獲物を仕留めた者の笑みだった。