ゼロバンゲート re:スタートライン   作:茶坊主(ぽんぽん)

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第2話

彼女の店であろう建物の一室に連れていかれた。

 

壁にかけられた古いレースのポスター

タバコの匂いが染み付いた、薄暗い部屋。

窓は閉ざされ、外の喧騒が遠い。

 

ゼロ

「えっと……ありがとうございます。

言葉、分かるんですね」

 

???

「まぁね」

氷をグラスに落とす音が、やけに響く。

 

「腕試しか何かのつもりでレースに出たんでしょうけど、浅はかだったわね。

あれだけ目立ったら、もうこの街から出られない」

カウンター越しに視線が刺さる。

 

ゼロ

「お騒がせして、すいません。

誰でも出ていいって言われて出場しただけなんです」

 

グラスを受け取りながら、視線を落とす。

また騒動を起こしてしまった。

 

何も変わっていない

――そう言われた気がした。

 

彼女は、わずかに目を細める。

「出られない、ってのはね。

物理的な話じゃないの」

煙を吐き出す。

 

「勝ったでしょ。派手に。

ああいう勝ち方をするとね、

この街はアンタを“放さない”」

 

少し間をおいて

「ゼロ」

 

初めて、少し低い声で呼ぶ。

「あなた、自分が何を踏み抜いたか分かってないでしょ」

 

彼女がそう告げた途端、店のドアが激しく叩かれた。

 

木枠が震える。

外で何人かが怒鳴っている。

客の声じゃない。

 

???

「おい!フェアレディ!!

アンタが耳付きの野郎と歩いてたって聞いたわ!

さっさと開けなさい!!」

 

フェアレディ――

それが彼女の名前らしい。

 

フェアレディ

「……もう来たのね」

短くため息をつき、鍵を外す。

ドアが乱暴に開いた。

 

青い髪の、派手なウマ娘が立っている。

怒りで肩を震わせながら。

「観念したのね。

おい、そこの耳付き男!!」

 

鋭い視線が刺さる。

「アンタ、自分が何したかわかってんの!?

私のメインレースの前であんな派手な逃げをして!

客がそっちに流れて、こっちはガラガラよ!!」

 

責任取りやがれ、と怒鳴る。

言葉は分からない。

でも怒りは分かる。

 

ああ、まただ。

俺は何も考えずに走っただけなのに、

騒動の中心になってしまっている

 

とっさにスマホを取り出す。

翻訳アプリの画面を青い髪のウマ娘に向ける

「……は?」

 

次の瞬間、スマホがひったくられた。

乱暴に店の奥へ投げ捨てられる。

硬い音。

「ふざけてんのか!!」

 

フェアレディ

「落ち着いて、ブルーバード」

声は低く、よく通る。

 

「勝手にレースに出ちゃったのは、予定外だったけど、この子は私が呼んだウマ娘なの。

だから、私の管轄」

 

一歩、前に出る。

 

ゼロとブルーバードの間に立つ。

「場外乱闘はご法度よね?」

にこりと笑う。

でも目は笑っていない。

 

ブルーバード

「くっ……!」

拳が震える。

店の外に控えている取り巻きたちがざわめく。

 

ブルーバードは奥歯を噛み締め、怒りを飲み込む。

「アンタの管轄なら、なおさらタチが悪い。

仕込みか?

客を奪うための“前座”ってわけ?」

 

フェアレディ

「買い被りすぎよ。

あんな勝ち方、仕込めるなら今頃もっと上にいるわ」

グラスを握る指がほんの僅かに強くなる

 

ブルーバード

「こっちは今夜の祝杯を盛大にあげる約束してたんだ!

それ目当てでついてくる客もいた。

 

飯のタネ奪われてんのよ!?

”知りませんでした”

で済まされるわけないわ!!」

 

怒号が狭い店内に反響する。

フェアレディは片耳を押さえ、ゆっくり目を閉じた。

「あー……そうね」

わずかに首を傾ける。

 

「あなた、ファンを大事にしてるものね」

 

ブルーバードの肩がぴくりと動く。

「じゃあ、明日のレース。

この子の正式デビューってことで出場させるわ」

 

ゼロが小さく息を呑む。

「彼に勝てば――

今夜、あなたが見込んでた額の“倍”。

私が払う」

 

一瞬、空気が止まる。

 

ブルーバードの目が細くなる。

口角が、ゆっくり上がる。

「へぇ……言ったわね?」

 

背後の取り巻きを顎でしゃくる。

「ねえ、あなた達。確かに聞いたわよね?」

ざわり、と同意の気配。

 

なにか取引されている?

 

そんな疑問を切り裂くようにブルーバードと呼ばれたウマ娘が、ぐっと顔を寄せる。

「おい、耳付き。逃げるんじゃないわよ。」

 

吐息がかかる距離。

「私の名前は”ブルーバード”だ!

固有名詞くらい分かるわね!?」

 

指でゼロの胸元を突く。

「二度と忘れられない名前にしてやる。

覚悟しときなさい!」

 

睨みつけたまま数秒。

それから背を向け、乱暴に戸を閉めて去っていく。

 

―静寂。

外のざわめきも遠い。

 

フェアレディは、戸が完全に閉まったのを確認してから、ゆっくり口を開いた。

「……大体、察しはついてると思うけど」

 

グラスに残った氷が溶ける音。

「明日、レースに出てもらうから」

まるで予定表を告げるような声音。

「今夜の宿は用意するわ。ゆっくり休みなさい」

 

ゼロ

「え……?」

まだ状況を飲み込めていない。

「今の人、ブルーバードさんでしたっけ?

すごく怒ってましたけど……ちゃんと謝って、許してもらった方が――」

 

フェアレディの視線が、すっと細くなる。

「何言ってるの?」

その声には、呆れと、ほんの少しの憐れみ。

 

「そんなことしたら、許してもらえるどころか――

もっと酷い目に遭わされるかもしれないわよ」

 

「一度勝ったら、勝ち続けるしかないの」

「観念しなさいな」

 

フェアレディの言葉が、胸の奥に沈む。

勝ち続けるしかない。

 

そんな世界。

そんな走り方。

喉が、乾く。

怖い。

明日、負けたらどうなるのか分からない。

この街の掟も、序列も、何も分からない。

 

でも――

胸の奥が、熱い。

また、走れる。

 

あのスタートの瞬間。

風を裂く感覚。

直線で視界が開ける、あの高揚。

恐怖と同じくらい強く、

身体がそれを欲している。

 

俺は――

やっぱり、走ることが好きなんだ。




フェアレディはこの街の賭けレースを仕切る胴元の1人という設定です。

ゼロの走りに何か見出したようですが、彼女の目的はなんでしょうか。
今後語られることがあるかもしれません。
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