ゼロバンゲート re:スタートライン   作:茶坊主(ぽんぽん)

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第5話

日が落ちると、街は昼よりも騒がしくなる。

ネオンが路地を照らし、ターフはハイライトに照らされて、まるで夜こそが本番だと言わんばかりに明るい。

 

レース場へ向かう道には、人が次々と流れ込んでくる。

何度も踏み荒らされた芝の匂い。

観客が投げ入れたのだろう、空き缶や紙切れが散乱している。

日本のレース場とは似ても似つかない。

整備も秩序もない。

ただ、むき出しの熱だけがある。

 

それでも――

ここには確かに“熱狂”がある。

 

怒号、笑い声、賭けの声。

それらが混ざり合い、空気は重く、熱い。

この街の夜は、誰かの夢を叶える場所じゃない。

誰かの欲望を満たす場所だ。

 

タイニィが袖をつまむ。

「……ゼロさん、ここ、怖いですよね」

 

俺は答えない。

怖い。

でも、胸の奥が静かに熱を帯びていく。

 

スタートゲートの向こう。

ブルーバードが、こちらを一度だけ振り返った。

 

その視線は、挑発でも怒りでもない。

“舞台に立つ者の目”だった。

 

タイニィが小さく呟く。

「……あの人、もう歌姫じゃない。

 “走る方のブルーバード”です」

 

潮の匂い。

芝の匂い。

汗と酒の匂い。

全部が混ざって、心臓がレース前のリズムを刻み始める。

 

ゼロ

「勝負師の目……」

 

怖くて仕方なかったあの目。

今は、懐かしいとさえ感じる。

 

ブルーバードはパドックより観客席に向かって、長い髪をかきあげ、投げキッスを送った。

その仕草に合わせるように、夜空に花火が上がる。

 

とても綺麗だった。

今夜は、彼女のためにある――

そんな気さえした。

 

――

ブルーバード

「アハ♪ 昼間に大見得切った手前、逃げ出すことはないと思ってたけど……

 本当に来てくれるなんて、嬉しいわ♪」

 

軽い声。

けれど、その奥にあるものは軽くない。

 

彼女はゆっくりと歩み寄り、

俺の耳元に唇を寄せる。

 

ブルーバード

「フェアレディに利用されてるのに、

気づかない?」

 

吐息がかかる距離。

甘い声なのに、刃のように冷たい。

 

ブルーバード

「どちらにしろ――

あんたはここで終わるのよ」

 

指先が俺の胸元を軽くなぞる。

まるで“舞台に上がる役者”を確認するように。

 

ブルーバード

「私の舞台の、最高の演出としてね」

 

その瞬間、

彼女の瞳が“歌姫”から“捕食者”へと変わった。

 

タイニィ

「ゼロさん……彼女は――」

 

通訳しようと口を開いたタイニィの言葉を、

俺はそっと手で遮った。

 

もう分かっている。

言葉なんて分からなくても、

ブルーバードの目がすべてを語っていた。

 

――どうやら、女王のお眼鏡に適ったらしい。

 

俺はタイニィの肩に手を置き、

客席の方を顎で示す。

 

ゼロ

「……ここからは、俺の挑戦だ。

 タイニィは、そこで見ててくれ」

 

タイニィの瞳が揺れる。

怖い。

でも、俺を信じようとしている。

 

小さな手が、名残惜しそうに袖から離れた。

 

タイニィ

「……気をつけてください」

 

その声は震えていたけれど、

確かに俺の背中を押していた。

 

俺は前を向く。

ブルーバードの待つ“舞台”へ。

 




ゼロは強敵を前にしても物怖じしていません。

なぜなら、彼は今、自由に走れるという開放感に酔っているからです。
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