ゼロバンゲート re:スタートライン 作:茶坊主(ぽんぽん)
最近、タイニィの機嫌が悪い。
話しかけても、スンッとしたまま。
事務的な連絡以外はほとんど口を開かない。
トレーニングは一緒に行うが、
その時間はどこかぎこちなく、居心地が悪かった。
理由は分かっているようで、分からない。
けれど、胸の奥に小さな棘が刺さったままだ。
そんなある日、フェアレディに食事へ誘われた。
指定された店は――
ランチを食べる場所とは到底思えない、
重厚な扉と静かな空気をまとった高級店だった。
まるで、
“話す内容に相応しい場所を選んだ”
と言わんばかりに。
トレーニングウェアで入るには、あまりにも場違いな席だった。
重厚な椅子、白いクロス、静まり返った空気。
俺は思わず足を止めたが、フェアレディは気にした様子もなく、
「どうぞ」と言うように椅子を引いた。
フェアレディ
「デビュー戦は見事だったわ。
これ、少ないけど受け取って」
彼女はバッグから、分厚い封筒を取り出した。
タイニィ
「……!」
おそらく紙幣だろう。
けれど、今の俺には使い道がない。
金をどう扱えばいいのかすら分からない。
タイニィ
「これは私が預かっておきます!」
その声は、いつもの明るさとは違っていた。
どこか刺々しく、どこか必死で、
俺とフェアレディの間に割って入るような響きだった。
空いている席に、突然、知らない男が腰を下ろした。
???
「フェアレディ、最近羽振りがいいみたいじゃないか。
ちょっと話を聞いてくれよ」
その馴れ馴れしい声に、
タイニィの肩がピクリと跳ねる。
だがフェアレディは――
まるで彼が来ることを知っていたかのように、
落ち着き払って微笑んだ。
フェアレディ
「あら、セドリック。久しぶりね。
もう、街には来ないと思ってたわ」
その声は柔らかいのに、
どこか“試すような”響きがあった。
セドリック。
名前だけで、この男がただ者じゃないと分かる。
タイニィは警戒心を隠さず、
俺の袖をそっと引いた。
「関わらない方がいい」と言いたげに。
フェアレディは、
ゼロとタイニィの反応を楽しむように、
ゆっくりとワイングラスを指で回した。
セドリックと呼ばれた男は、
俺の方を値踏みするように視線を滑らせた。
セドリック
「へぇ……こいつが、あの女王を退けたっていう耳付き……」
その言い方に、
俺は理由もなく腹の奥が熱くなるのを感じた。
この男の声色が、妙に癇に障る。
セドリック
「レースの目玉が不在じゃつまらないだろ?
だからさ、彼を新たな目玉にするための手伝いに、一枚噛ませて欲しいんだ。
なぁ、頼むよ」
セドリックは
金色の腕時計をわざとらしく光らせる。
俺は、強ばった顔のまま、
セドリックを睨みつけていた。
タイニィは小さく息を呑み、
フェアレディは微笑を崩さない。
テーブルの空気が、
静かに、確実に変わっていく。
セドリック
「女王ほど華はないけれど、
ウチにもそこそこのがいるんだよ」
そう言って、
指を三本立ててみせた。
セドリック
「そいつらを三人、差し出す。
耳付くんは、前座の2人に普通にレースで勝ってくれたらいい」
口調は軽いが、その裏にある“金の匂い”は隠しきれていない。
セドリック
「で、盛り上がってきたところで最後の1人――
うちのエースに勝たせてくれよ」
タイニィの表情が強張る。
フェアレディは微笑を崩さない。
セドリック
「もちろん、2人の出来レース分の儲けは君たちの取り分。
最後の一レースは折半だ。
俺は実績が得られればいい。
どう? 悪い話じゃないだろ」
その瞬間、
俺の中で何かがカチリと音を立てた。
理由なんてない。
ただ――
この男の言葉が、ブルーバードを汚したように聞こえた。
フェアレディ
「相変わらずね……。
まぁ、確かに悪い話じゃない。
けれど――ゼロに叶うほどのカードを、
あなたが持ってるとは思えないんだけれど?」
セドリックは薄く笑い、
ワイングラスを指で弾いた。
セドリック
「心配ない。
――グロリアがいる」
その瞬間、
フェアレディの表情が強ばった。
フェアレディ
「今……なんて?」
セドリック
「グロリアだよ。
仲良かっただろ?」
その言葉は、
この店の静けさを切り裂く刃のようだった。
タイニィが息を呑む。
ゼロは名前の意味を知らない。
けれど、フェアレディの反応だけで分かる。
この名前は、絶対に軽々しく口にしていいものじゃない。
フェアレディの指先が、
わずかに震えていた。
フェアレディ
「ゼロ、ごめんね。
このお店のお料理が口に合わないみたいね。
タイニィ、別のお店に連れて行ってあげてくれる?」
その声は穏やかだったが、
その奥に“絶対にここに居させたくない”という強い意志があった。
タイニィは黙って頷き、
俺の手を引いて店の外へ連れ出した。
その手は、いつもより強くて、少し震えていた。
扉が閉まり、
俺たちの姿が完全に見えなくなったのを確認してから、
フェアレディはセドリックへ向き直った。
フェアレディ
「……色々聞きたいことがあるけど。
グロリアは、この街に来てるの?」
セドリック
「ああ、もちろんさ。
親父――いや、“ボス”が使ってやってくれってさ」
その言葉に、
フェアレディの表情が一瞬で変わった。
怒りでも、恐怖でもない。
もっと深い、もっと重い――
過去の傷が疼くような顔だった。
ブルーバードがいなくなって、
街にきな臭い連中がやってきました。
グロリアはフェアレディにとって、関係の深い人物です。
彼女が何者かは、これまでの話で既に出てきているかもしれません。