「お嬢様……そろそろ起きてください。朝食が出来上がりますよ」
「ん……ううん……」
誰かが優しく話しかけてくる。声が聞こえる。
長い眠りから覚めていく。
お嬢様……?
それって……私……?
「はっ……。……? ここは?」
目覚めた私の目に入ったのは、立派な屋敷の一室でした。
……ここ、は……?
「お嬢様、寝ぼけておられるのですか?
ここは貴方の家、カゴメタウンにある屋敷ですよ」
「私の……家……?」
そう、なの……かな…………?
……でも、確かに。思い出そうとするとすっと浮かんでくる。
私はこの家の一人娘のお嬢様、クラリス。
私たち家族はカゴメタウンにお屋敷を立てて住んでいる……。
「お嬢様、まずはこちらをどうぞ。朝の目覚めをよくするためのお茶でございます」
「ふあ……ありがとう、ございます……」
私を起こしに来た執事の差し出したお茶をゆっくりと飲み干す。
冷たすぎない温度、ほどよい苦み……。
頭がゆっくりと覚醒していく……。
「そう、ですわ。ここは私の家でしたわね……。
どうして、違和感を覚えたりしたのでしょうか……?」
「ふむ……お嬢様は昨日は庭でお眠りになってしまいましたし、そのせいかもしれませんね」
「……まあ。私、そんなことを……?」
た、確かに……私、昨日は『庭で眠くなってそのままつい寝てしまった』のを最後に記憶がありません……。
なんてことを……。
「全く……いくらお転婆な所があるとはいえ。
気を付けてもらわなければいけませんよ、お嬢様。
風邪などひいてしまわれては、皆が悲しみます」
「そうですね……ごめんなさい」
執事に呆れたような目線を向けられるけど、否定できませんね……。
よりによって、庭で寝落ちするなんて……。
「お嬢様。朝食が出来上がったようです。
行きましょう、お父様やお母様もお待ちですよ」
「お父様やお母様……」
……私にそんな人、居たかしら?
……と、一瞬あり得ない考えがよぎったけれど、そんなことないとすぐに思い直しました。
私には、優しいお父様とお母様、お爺様とお婆様が居るのですものね。
それに、カゴメタウンのこの屋敷で私の事を大切にしてくださる方々も……。
どうして忘れていたのか不思議でしたけれど、だんだん思い出してきました。
「ふふ……そうですわね、早く会いたくなってきましたわ。
私、先に行きますわね」
「ええ。行ってらっしゃいませ、お嬢様。
その間に、我々の方でお部屋の手入れを行わせていただきます」
家族皆で過ごす楽しい朝食……。
ふふ、いつもの事のはずなのに、どうしてだか新鮮な気持ちになります。
「対象は自分がマリネットであるという認識はしていない模様……。
予定通り朝食に向かわせました。
この屋敷に違和感を覚える描写があったものの、すぐに『記憶通りの場所』という事で認識を改めた模様。
では……監視業務を継続します、オーベム様」
『やはり違和感のようなものを感じているのか……流石主人公。
その辺のモブで試した時も、トリカの時も。
書き換えられた記憶や与えられた地位、環境に違和感を覚えたような様子は全くなかった。
……だが、私の記憶操作は完璧だ。
お前はもうマリネットではない。カゴメタウンのお嬢様、クラリスなのだから。
マリネットなどという忌々しい主人公は……トウコになりえる存在は……この手で完全に滅ぼした』
「おはようございます、お父様、お母様、お爺様、お婆様!」
「おはよう、クラリス」
「おはようクラリス。朝御飯が出来たわよ」
「おお、起きたかいクラリス。よく眠っていたようじゃったなあ」
「いけませんよクラリス。お寝坊さんはともかく、庭で眠ってしまうのは。
風邪でもひいたらどうしようかと、私がどれだけ心配したことか……」
「あはは……ごめんなさい、お婆様……」
カゴメタウンで一緒に暮らしている……私の大切な家族。
どうしてか、一瞬『初めまして』と思ってしまったのですが、やっぱり私まだ寝ぼけているのでしょうか……。
でも、思い出そうとするとちゃんと皆との思い出も浮かぶんですよね。
やっぱり、寝ぼけてるみたいです。
「さあ、クラリスもご飯にしましょう。
今日の朝御飯は新鮮な卵で作ったオムレツよ」
「わあ……美味しそう!」
椅子に座った私の前にはすごく美味しそうなオムレツ。
湯気も出ていて、作りたてなのがすぐに伝わってきます。
……お母様の作ってくださった、こんな美味しそうな朝御飯、私初めて食べ……初めて?
うーん、変ですね……。
私の大好きなオムレツの筈なのに……?
どうして違和感を覚えるんでしょうか?
私の記憶は「週に2回はこのオムレツを食べるのが習慣のようになっている」ってはっきり覚えているのに……。
「お母様、いただきます」
「はい、どうぞクラリス。熱いから気をつけてね」
違和感はどうしても消えないけど、多分私が寝ぼけてるだけですよね。
そんな事より、今は朝御飯を食べないといけません。
「……! 美味しい!
すごく美味しいです! お母様!」
「美味しい? 喜んでくれて良かったわ」
オムレツ……本当に美味しいです。
優しい味……。毎週のようにお母様に作ってもらって何度も食べている筈なのに、まるで初めて食べたような気がするのだけはどうにも慣れませんが……。
「……クラリスはやはり、今の状況に違和感は覚えているようです。
ですが、現状破綻の兆しは見えません」
『まあ、奴がまともな愛情のこもった料理を食べたのはコレが恐らく生まれて初めてだからな。
私の指示があろうがなかろうが、トリカにまともな世話など出来るわけがないだろう。
私としては偶然マリネットが死んでくれる事も狙って敢えて補正しなかったがな。
引き続き、観察と報告を続けろ』
「承知しました、オーベム様」
「そうそう、最近新しいスイーツが販売されたんだよ。
マゴのみを使った甘くて美味しいケーキなんだが、クラリスもこの後食べるかい?」
「マゴのみを使ったケーキ……ですか?
はい! 私も食べたいです! お爺様!」
マゴのみって、確か甘くて美味しいきのみでしたよね?
それを使ったケーキ……間違いなく美味しいです!
「全くもう……朝御飯のすぐ後にケーキはどうかと思いますよ、お爺さん?」
「はっはっ……何、可愛い息子夫婦や孫のためとなると、ついつい色々探してしまってなあ」
呆れた様子のお婆様と、私達のためにって色々変わった物や珍しい物を買ってきてくれたりするお爺様。
2人を見て、また始まったよとばかりに困った笑顔を見せるお母様、お父様。
いつも変わらない、見慣れた優しい日常。
私にとって何よりも大切な、かけがえのない優しい時間……。
その筈なのに、どうして初めて見た事のように感じるんでしょうね?
もう眠気は覚めていますし、不思議です……。