朝。憂鬱な朝だ。
まあそれはいつもの事なのだが、滅茶苦茶面倒なことになる予感がする。
アララギがこの家に箱を持ってきたらしい。
考えるまでもなく「メンドー」な予感しかしない。
あたしを家から強引に叩き出すための「何か」だろう。
「マリネット、アララギ博士に聞いたけれどポケモンをもらえるんだって?」
「うぇ……」
マジかよ……。
あたしはポケモントレーナーとかどうでもいい。
ただのほほんと生きて平凡に人生終えられればそれで良いんだ。
「……きみのその後ろ向きを極めたような考えにも慣れた物だよ。
嫌な予感しかしない、というか、メンドー極まりない。とかそういう考えでしょ。
それはそうと、ベルはまた……?」
うっせーよ。実際メンドーなんだから仕方ないだろ。あたしはトレーナーになりたいとか一言も言ってねえし。
こちとらポケモントレーナーテストの成績落第点だぞ、嫌々学ばされた人間舐めんな。覚えられるわけねえだろ。
そう目線で訴えるがいつものようにスルーされる。
そして階段を駆け上がってくる足音。
マイペース極まりすぎて遅刻に定評のあるベルだ。
「あのう、ごめんね。また遅くなっちゃった……」
「ねえ、ベル。きみがマイペースなのは10年も前から知っているけど今日はアララギ博士からポケモンがもらえるんだよ?」
「はーいごめんなさい。マリネット、チェレン。で、ポケモンどこなの?
マリネットの家に届いたんだし、選ぶのはマリネットからだよね」
どうだっていいんだけど……。
というか、お前らのどっちか2匹持って行ったって構わねえぞ?
あたしはトレーナーとかなりたくないんだし。
「あはは……今日もマリネットはいつも通りだねぇ」
「どこまでトレーナーになりたくないんだきみは……。
……って、10年も一緒に居るから分かってはいるけど、残念ながらきみに拒否権は無いようだよ。
博士からの手紙、読み上げるから」
そう言うと、チェレンがアララギからの手紙を読み上げる。
「『……この手紙といっしょに3匹のポケモンを預けます。
きみときみのともだちとで仲良く選んでね。それではよろしく! アララギ』
……と言うことだよ。さ、諦めてポケモンを選んで」
マジ怠い……。
絶対ろくなことにならねえ奴だよこれ……。
ああくそ!
「ああもう、選べばいいんだろ、選べば!」
あくまでもあたしにプレゼントボックスを開けさせたいらしい。
マジメンドーだ。仕方ないから選ぶか……。
えっと……。
「緑の蛇っぽいやつ……オレンジの豚……青い……貝持ったラッコ……」
正直要らないんだけどなあ……。
それに、どうせトレーナーやらされるなら、金積んで通販で強力なポケモン買った方が良いだろ?
好きに暴れさせて勝てるならそれでいいわけだし。
まあそれはそうと……この中で選ぶなら……ねえ。
「……オレンジの豚にするわ」
「じゃ! あたしこのポケモン! チェレンはこのコね!」
あたしが仕方なく選んだ途端、ベルが勝手に選んでチェレンは余り物を押し付けられた。
「どうしてきみがぼくのポケモンを決めるのさ……?」
全くだ。
どうだっていいあたしと違ってチェレンはトレーナーになりたくてたまらないって感じなのにねえ。
「まあ最初からミジュマルがほしかったけど」
ふーん、良かったんじゃないの?
じゃ、用は済んだでしょ?
さっさと帰っ……おいベル?
「みんなじぶんのポケモンを選んだよね。……ということで、ねえねえ!
ポケモン勝負しようよ!」
は!?
「ベルお前ふざけんな、まさかここでやる気か!?」
あたしの部屋だぞここ!?
あの野蛮な闘いをここでやったらあたしの部屋が滅茶苦茶になるじゃねえか!
「……あのね、ベル。まだ弱いポケモンとはいえ、家の中でポケモン勝負はダメだよ」
全くだよ!
トレーナーになりたいがために常識をゴミ箱に捨てて来たのかテメエは!
「だいじょーぶだって。まだこのコたち弱いんでしょ?
戦わせて育ててあげないと。というわけでマリネット!
ポケモン勝負はじめようよ!」
「ふざけんなボケベル! ここはあたしの部屋だよ話聞け!」
有無を言わさず緑の蛇が出てきた。
そしてあたしの持ってたボールからオレンジの豚が勝手に出て来た。
ああもう、どいつもこいつも!
「ツタージャ『たいあたり』!」
「ああくそ! 後で覚えとけボケベル! オレンジの豚、その緑の蛇をやっちまえ!」
技が何とか全く分からねえ。
とりあえず相手を潰せば勝てるのがポケモンバトルなんだって事だけは親に見せられたトレーナー教育系テレビ番組で嫌と言うほど教え込まれたが。
豚は自分で判断したらしく、緑の蛇……確かツタージャとか言ってた、に反撃のタックルを当てた。
ダメージを与えたっぽいけど……そんなに効いてないのか?
野郎ピンピンしてやがる。
「きゃっ!! いったーい!! もう、許さないんだから!」
「許さないのはこっちだよボケ!」
ベルは『にらみつける』とかいう技を使ってたが、攻撃をしてこない舐めプらしい。
オレンジの豚はその間もタックルを繰り返してダメージを与えていった。
倒れる間際まで追い込まれたツタージャのタックルは妙に痛そうだったが、オレンジの豚のタックルが当たってツタージャは倒れた。
「……どっちのポケモンも、すごくがんばったよね!」
「……お疲れ」
勝って戻って来たオレンジの豚にねぎらいの言葉をかけてやる。
とりあえず勝ったって事で良いのかこれ?
ベルが500円渡してきたから多分そういう事なんだろう。
「ふええ、マリネット……あなたすごいトレーナーになれるんじゃない?
あたし、そんな気がする」
今のあたしの戦い方のどこをどう見てそう思ったんだこのボケベルは。
オレンジの豚が勝手に戦ってただけだぞどう見ても。
あたしは「その緑の蛇をやっちまえ!」としか言ってない。
少なくともベルの方が才能あるだろ。
「………………ベル、周りをみれば?」
チェレンが呆れ半分にそう告げると、ボケベルは辺りを見渡し、慌てだした。
……っておい! あたしの部屋が!
滅茶苦茶になってんじゃねえか!
なにしてくれてんだよマジで!
「うわあ! な、なにこれ!?」
「お前のせいだよこのボケベル!」
マジで家追い出す名目にされるじゃねえか!
こっの、ボケベル……!
「ポケモンってすごーい!! こんなに小さいのに!
あたしポケモンに出会えてよかった!」
「あたしは人生最悪の日をプレゼントされた挙句に完全スルーされて一発ボケベルの事殴りたいんだけど?」
「……あっ、マリネットごめんね。部屋、滅茶苦茶に……」
「その謝罪をする前に、場所選ぶ発想持てよお前は」
今更謝っても遅いんだよ……。
あたしがこの家叩き出されるのが決定したんだぞ?
今日から最悪ホームレス生活しろって事だよ分かってんのかテメエ?
「……まったく、しょうがないな、きみは。
ほら! キズついたポケモンの回復をしてあげるよ……」
チェレンがベルのポケモンを回復させた。
……そういう薬に金かかるんだろ、トレーナーって?
しかも一方的に襲われて負けたら、さっきのベルみたいに金払わされる。
最悪負け続けてたら全財産取られるんだろ?
マジでろくでもないやつじゃねえか。
「マリネットのポケモンも元気にしてあげないと」
「……どうも」
オレンジの豚のダメージが無くなったらしい。
ツタージャとかいうのをぶちのめした直後と比べるとピンピンしているように見える。
「ねえねえ! チェレンもポケモン勝負してみたら?
詳しいからあたしのようにしっちゃかめっちゃかにすることなく上手に戦えるでしょ!」
「おいコラボケベル」
今更このズタボロの部屋を荒らすなとは言わないし、既にボロボロになってるから言っても無駄だしもう取り返しは付かねえが、マジでろくなことしねえよなボケベルは。
「もちろん……! ぼくの知識があればこれ以上部屋を汚すわけないし、なによりきみたちだけでポケモン勝負を楽しむのはフェアじゃないよね」
「あたしは楽しくねえんだけど?」
「まあきみの性格的にそう言うだろうけど、それはそれとして相手してもらうよ。
さあぼくたちの初めてのポケモン勝負、ぼくがきみの強さをひきだすからねミジュマル!」
まあこうなるだろうとは思ってたけどお前もか。
そしてオレンジの豚はやる気満々なのは良いけど、勝手にボールから出るなよ。
「ミジュマル!『たいあたり』!」
「豚! さっきと同じようにタックルしてぶっ飛ばせ!」
さっきのベルとの戦いと違い、今回は豚の方が早く動いた。
……が、豚がタックルして吹っ飛ばした青ラッコ……ミジュマル?
が、すぐにタックルを仕掛けてきて豚が吹っ飛ばされる。
「やっとトレーナーになれた……ここからはじまる!」
「豚! そのままひたすらタックルだ! 多分お前の方が殴り勝ちできる!」
「……マリネットの指示? を聞いてくれてるポカブが凄いのかなあ?
マリネット、技の名前も分かってなさそうだし……」
豚と青ラッコはその後もタックルの応酬をしていたが、先に倒れたのは青ラッコだった。
豚、よくやった。お疲れ。
「……! これがポケモン勝負なんだ!」
「はあ……」
チェレンが渡してきた500円を財布に入れた後、部屋の惨状を見渡して改めて頭を抱えた。
豚、もといポケモンを押し付けられた以上、今日からあたしはトレーナー扱いになり、無理矢理独り立ちさせられる。
あたしが部屋を片付けて居座るなんて言ってもあの親は聞かないだろう。
そして放り出された後は生活費がかかった野蛮なバトル漬けの日々が待ってる。
ホント最悪だ。
「初めてのポケモン勝負で思わぬ不覚を取ったけれど、この感動……。
ようやくトレーナーになれたんだ。
……じゃなくて、部屋のこと。きみのママに謝らないといけないね」
そそくさと降りていくチェレン。
「あっ、あたしもー!」
それについていくように階段を下りていくベル。
あたしに残されたのは、ボロボロになった自分の部屋だけだった。