3番道路と1番道路で修行してきたその日の晩、18番道路の小屋に帰るとアヤが段ボールに入ったモンスターボールを取り出している所に出くわした。
「ただいま……って、何してんだ?」
「あら、お帰りマリネットさん。昔仲間同士でやってた修行をマリネットさんにつけようかどうか、って思って準備だけはしてきたの。
……人を選ぶ内容だから、始める前に説明はしっかりするけどね」
人を選ぶ内容……?
「キツイ内容だったりするのか?」
「修行の中身自体は『相手が用意したポケモンを倒すだけ』なの。
この場合、私が用意したポケモンをマリネットさんに延々と倒してもらうだけね」
「ふーん、それのどこが人を選ぶ内容なんだ?」
ポケモンが強くて倒せない、とかじゃないよな。
「私が今触ってるこの段ボールの中のポケモンはね……全員相手への攻撃も『どくのこな』等による攻撃寄りの妨害行動も使えないの。
レベルだけが高いけど、中身はポケモン勝負がまともにできない文字通りのサンドバッグ」
「……どういう、事なんだ?
そもそも、どうしてそんなポケモンをアヤは持ってきたんだ?」
「そうね、どうしてこの特訓方法が生まれたのか、そこから話していくわ」
アヤは真剣な顔で話し始めた。
「8年前、私達がイッシュ巡りの旅に出た時、直面したのがレベル上げの壁だった。
タブンネを倒せばいい、私が仲間にその情報を共有したことで何とかなったのは最初だけ。
先に進めば進むほど、レベルが上がりにくくなっていった。
結果、私達の間で野生のタブンネの奪い合いになってしまったの。
タブンネはあまり数が多くないから、なおさらね」
「そっか、今の修行はあたし1人でやってたから問題なかったけど、アヤの場合は……」
「5人だったわ。同じ場所に集まってひたすらタブンネを探し回るの。
効率が悪いなんてものじゃなかった。
最初は1匹倒せば爆発的にレベルを上げてくれたタブンネも、皆の手持ちが増えるたびに必要な数は4匹、5匹と増えていき……。
最後には1つの草むらだけで、20匹以上のタブンネを皆で奪い合うことになったわ。
ホドモエシティに着いた時には私達のグループはタブンネの奪い合いで疲弊して、分裂寸前だった」
「そんな事が……」
チェレンやベルとタブンネの奪い合いをする光景……あまり考えたくないな。
「そんな時に、私がふと思いついて提案したの。
ねえ、私達がそれぞれタブンネを捕獲して、殴られ役を交代でやって皆のレベルを上げようよ!
これなら野生のタブンネの奪い合いにならないでしょ! って」
「……それで?」
「皆精神的に疲れ果てていたから、この提案は即決で採用されたわ。
タブンネを試しに4体捕まえて、トレーナー同士のポケモン勝負の感覚で殴られ役をローテした。
その結果……私達は以前よりも更に経験値効率を上げる事が出来た。救われた、と皆思った」
アヤもアヤの仲間も限界だったんだろうな、ってのは分かる。
でも、それだけで終わらないんだよな?
「ええ。話はそれだけで終わらないわ。私達は、捕まえたタブンネを『改良』しはじめた。
わざマシンで攻撃できない技ばかり覚えさせていき、フキヨセシティに着いた時には攻撃技を全て消してサンドバッグにすることを皆決めて、実行しちゃった。
その結果『技が溢れた時、残す技を自由に決める』技術も使えないくらいにサンドバッグ役のタブンネには嫌われちゃった。
当然、そんなタブンネにはバッジで命令を聞かせて、フキヨセシティで技を忘れさせて……。
タブンネからすれば、無理矢理捕まえられた挙句に抵抗手段を奪われ、勝負で倒されて経験値を相手に提供するだけの家畜にされちゃったんだから当然よね」
「……それに、何とも思わなかったのか?」
それって、あたしと同じような物じゃねえか……。
無理矢理従わされた挙句に抵抗手段も奪われてって……。
「今思うと、当時の私達はなんてことやってたんだろって思うわね。
最近話題のプラズマ団が見たら絶対に襲われるわ、私達。
……それでも、この方法が最も効率が良かった。私達の争いは消えたし、強くなるスピードは大幅に上がった。
トレーナーの持っているタブンネ。これが、イッシュ地方で最も稼げるポケモンだったから」
「……」
経験値事情が苦しかったのも理解できる。
それ以上野生のタブンネの奪い合いに耐えられなかったんだろう。
8年前なら、多分今のあたしより年下のはずだ。
タブンネは必要な犠牲だったんだろう。けど……。
「……アヤは、あたしにその特訓を受けた方が良いって思ったんだよな?」
「ええ。力が欲しいなら、手っ取り早く強くなりたいなら、この方法が最も早いわ。
でも、はっきり言ってポケモン虐待に等しい所業よ。
それでも、急いで強くなるならこの方法が最も効率的。
どんな弱いポケモンでも、あっという間に強くなれる。
それに、18番道路でタブンネを探すよりずっと早く、強くなれるわ」
「…………」
アヤの言ってることは分かる
けど無抵抗の相手と戦うのは……。
「……まあ、無抵抗のタブンネを倒すのが嫌なら、普通に戦えるようにした上で戦うって選択肢もあるけど」
「え? あるの?」
あるなら、最初からそっちで……。
普通のポケモン勝負なら大丈夫だし。
「ええ。わざマシンで適当な攻撃技を覚えさせればすぐに戦えるようになるもの。
でも、そうなると弱いポケモンで戦って経験値を稼ぐことは出来なくなるから、私達は攻撃技を奪ったのよ。
最後の方なんて、タマゴから生まれたばかりのポケモンを急いで育てて実戦投入するためにタブンネを倒してたもの。
まあ、タブンネのメロメロやひみつのちからがあまりに鬱陶しいから技を奪った側面もあるけれど……」
「あー…………」
確かにアレは鬱陶しい。
奪いたくなるのも分かる気がしなくもない。
「……でも、やっぱり一方的にサンドバッグのような相手を殴り倒すだけの訓練は気が咎めるんだ。
戦えるようにした同格のタブンネで相手してくれないか?」
「分かったわ。マリネットさんがそれでいいならそうしましょう。
……今のマリネットさんのレベル的にはこのタブンネ達ね。
明日、試しに戦ってみましょうか」
「ああ、頼む」
効率特化の訓練……。無抵抗のタブンネをお互いローテして殴り倒して育てる……。
あたしには合わないよ。とんでもない事考えてたんだな、昔のアヤ達……。
「そうそう、3番道路で結構大きなトラブルがあったってさっきニュースで流れてたけど、大丈夫だった?」
「ああ。あたしは巻き込まれる前にカイリューで逃げたよ。
あんな場所に居てジムリーダーに見つかったら、手伝わされるところだった」
「大変だったわね……。でも逃げて正解よ。
あんなのジムリーダーや警察が対応するべき案件だもの」
「どんな内容だったんだ?」
咄嗟に逃げたし、詳しくは知らないんだけど。
「大量にタマゴを孵化させては産まれたばかりのポケモンを手当たり次第に捨てる集団と、サンヨウシティやシッポウシティの住民が衝突したんだって。
そこにジムリーダーが来たら、前者は去っていったらしいけど」
「やっぱりジムリーダー来てたのか……」
あの場で逃げ出して本当に良かった。
もし捕まったらまた連行されて矢面に立たされるところだった。
「ホドモエシティの方ではポケモン強盗が暴れてるって言うし、最近のイッシュは物騒よね。
マリネットさんはここまでの旅、大丈夫だった?」
「大丈夫どころか、あたしは拒否権無しに巻き込まれてきたんだよ……」
「……どういう事?」
話してもいいか……。
「あたしさ、何度も周りに強制されてその『強盗』相手に戦わされてたんだ。
しかも、ジムリーダーに強制されたことだってあるんだよ。アロエとアーティ」
「えっ、嘘でしょ? 新人トレーナーをジムリーダーが戦わせてるの?
ジムリーダーが戦ってるのを見せるとかじゃなくて、最前線で?」
驚きを隠せない様子のアヤ。
そりゃそうだろうな。立場が逆ならあたしでも驚くよ。
まさか指導してるあたしが、ジムリーダーによって強盗相手の戦力としてぶつけられてるなんて考えもしないだろう。
「実際に最前線で戦わされてたんだよ、あたし。
アロエに勝ってバッジを貰った直後、博物館が襲われて骨を奪われたって騒ぎになってさ」
「あったわね……博物館の骨盗難事件……。
アロエと偶然居合わせたアーティ、そして勇敢な子供達が解決に協力した、なんて報じられていたけれど……」
勇敢な子供達!? 完全なでたらめじゃねえか!
なんだよそのニュース!
「博物館が襲われたって聞いたアロエによって強引に引っ張られて連れて行かれて、盗難現場に出くわした。
その後、アロエが指揮して骨の捜索隊に駆り出されたんだよ。
アーティと共にヤグルマの森に行けって言われてさ。ジム戦の後、休む時間もほとんどないのにヤグルマの森を抜けたんだ」
「ええ……? 警察とかじゃなくて、たまたまそこに居たマリネットさんが……?
いくら緊急事態だからって、そこまでする……?」
そこまでされたんだよ、あたしは……。
「それで、アーティが自分はヒウンシティ側の出口を見張るからって、あたしは一方的にヤグルマの森を抜けることを強いられたんだ。
強盗の下っ端達は倒したんだけど、リーダー格の奴が出てきて、強いポケモンをぶつけようとしてきた。
そこに、アロエとアーティが駆け付けたから敵のリーダーは諦めて手を引き、骨は取り返せてめでたしめでたし、って感じだよ」
アスラって奴、相当な強さだった。
いまのあたしでもまだ届かない。
「……結構な無茶ぶりよね、それ。
強いポケモン……ってどれくらいの強さだったの?」
「今のあたしより、もう少し上って感じだった。
このままここで修行をしていれば超えられそうではあるけれど……」
「そんな相手が居たのに、当時バッジ2個のマリネットさんを駆り出したの?
一応アーティとアロエはフォローに入っていたみたいだけど……過信しすぎじゃないかしら?」
「あたしもそう思うよ」
正直、あたしが無事だったのなんか偶然に過ぎない。
「ヒウンシティでは、強盗が出たって話を聞いたアーティが飛び出して、あたしは有無を言わさず連れて行かれたんだ。
そして奪われたポケモンを取り返すために戦わされた。
あたしはただジムに挑みに来ただけだったのに」
「下っ端相手なら大丈夫だと思ったのかしら……?
どう考えても一般人が対処するような相手じゃないわよ」
あたしもそう思う。
正直、滅茶苦茶にもほどがあるって感じてるよ。
「でも……そっか、マリネットさんって警察でもないのに警察みたいな事させられてるのね。
しかも、言い方から考えると無理矢理よね」
「ああ。あたしに選ぶ権利なんて無かったんだ。
力が無いから、拒否する権利も無い」
「なるほど。……でも、単純なポケモンの力だけじゃ結局駄目かも。
ジムリーダーが持ってるのはポケモンの力だけじゃない、社会的な力も大きいもの」
「社会的な力?」
社会的な力……要するに、権力か?
「ええ。ホドモエシティでポケモン強盗が暴れてるってニュースもやってたの。
ヤーコンは、ジムへの挑戦権をやるから強盗達を捕まえろって橋を渡って来た2人組に言ってた、ってネットで話題になってたわ。
ほら、この2人」
「……チェレンとベルじゃねえか」
というか、ジムへの挑戦権ってどういうことだよ。
何があったらそんな事に?
「橋を下ろしたから強盗が街中に逃げた。お前らのせいだ。
凄腕のトレーナーなんだろ? 見つけてこい。
……こんな感じのことを言ったって話題になってるわ」
「……アーティ以上に滅茶苦茶な奴が居るんだな。どう考えても言いがかりじゃねえか」
その場に居なくてよかったよ。
「こういう事を言われたくない、こんな理不尽な要求聞きたくないって言う場合、実力だけじゃなくて権力も必要ね。
と言っても……ジムリーダー以上の権力なんてどうすればいいのかしら。
チャンピオンの座を奪い取るくらいしか私には思いつかないわ」
「チャンピオンの座を奪い取る……」
そういう意味でも、力が要るんだろうな。
……今は関わらなくていいけど、いずれ戻らないといけなくなるだろうし……。
「……相当苦労したのね。どうせなら、しばらくゆっくり休んだら?
誰かが連れ戻しに来た、みたいなことが起きるまでここに居たって構わないわよ」
「良いのか?」
「ええ。そんな危険な場所に後輩放り込んで、逃げんな! 戦え!
って言えるほど薄情じゃないわよ。
そもそも、こういうトラブルなんてジムリーダーと警察が対処しないといけないのに。
新人トレーナーに丸投げして戦わせてる方がおかしいわ」
「……じゃあ、頼らせてもらうよ。
しばらくここで修行してようかな」
「ええ。今は、ゆっくり心を休めた方が良いと思うわ」
「ありがとう……アヤさん」
そして、あたしはもうしばらくここに居ることを決めた。
チェレンとベルが巻き込まれた事件の事も、3番道路で見かけた事件の事も全て他人事にして。
ライブキャスターの電源も落としているから、誰もすぐにはあたしを探せないはず。