「ほらほら! 逃げろ逃げろ! 早く逃げないとポケモン奪われちまうぜ~?」
強盗のヒヒダルマによって最後のヒヤップも倒された。
抵抗手段の無くなった2人は、逃げるしかない。
そんな2人を甚振るように、強盗はヒヒダルマと共に迫ってくる。
「くっ……」
「チェレン! 逃げよう!
このままじゃ、私達のポケモン奪われちゃう!」
「はははははは!! ほ~ら、逃げろ逃げろ~!!」
ベルが腕を引き、チェレンを強引に走らせる。
その姿を嘲笑いながら、強盗とヒヒダルマは迫っていた。
この世界はポケモンの強さこそが正義なのだ。
ポケモン勝負で負けた者は、よほどの外道でない限りは素直に勝者に従う。
悪の組織ですらほとんど例外ではない。
「どうしてだ! ぼくは旅をして強くなったはずなのに!
マリネットどころか、強盗にすら勝てないのか!?」
「今は逃げる事だけ考えて! このままじゃ……」
迫る強盗から必死に逃げるベル。
そのベルに腕を引かれ、半ば放心状態になりながらそれでも走るチェレン。
ホドモエシティに逃げれば、助けを呼べれば。
ベルはそう考えていた。
「哀れだなあ。俺すら倒せないような奴等をヤーコン様が助けると思うかあ?
期待外れだの見込み違いだの、好き勝手言うんじゃねえか?
まあ、その前にお前らは終わりなんだけどなあ。
ヒヒダルマ!」
瞬間、ヒヒダルマがベルとチェレンの前に回り込んできた。
ポケモンの身体能力に勝てる人間などほとんど居ないのだ。
ましてや、普段体を鍛えているわけでもない普通のトレーナーでは不可能だ。
「あ……あ……っ」
「……」
ベルの目に絶望が映り込んだ。
ホドモエシティはすぐそこなのに。
目の前には先程ヒヤップを一撃で吹き飛ばしたヒヒダルマ。
後ろには強盗。
「チェックメイトだぜ、お二人さん?
さっさとポケモン渡せば解放してやろうじゃないか。
痛いのは嫌だろう?」
挟みこまれた。
否、最初からいつでもこう出来たのだ。
わざわざホドモエシティの近くまで逃がしてやって、希望を持たせたうえで絶望させてやる。
そうするつもりだったのだ。
チェレンの方は完全に放心状態で大した反応が無かったが。
「最後通告って奴をしてやるよ。
お前らのポケモンを俺に渡せば、これ以上の攻撃はしないでおいてやる。
断ったら……お前ら自身がフレアドライブの餌食になるかもなあ?」
「や……やだっ…………!」
「どうして、ぼくは…………」
「男の方は完全に抜け殻かおい?
まあいいや。おいお前。痛い目に遭うのは嫌だよなあ?
ヒヒダルマの機嫌が変わらないうちに、さっさとポケモン渡しな?」
ベルは頭では理解している。
逆らったら殺されるかもしれないと。
それでも、一度取り戻したムンナを。
大切な仲間達を。奪われたくなかった。
「そうかよ。じゃ、お前の死体からポケモン貰うわ。
……殺れっ! ヒヒダルマ!」
「ダルマッ!!」
「……っ!!」
迫るヒヒダルマ。
その剛腕が頭上から振り下ろされようとする。
ベルは痛みに備えて目を瞑るしかない。
「何をしている!?」
「貴方達大丈夫!?」
「あーん? おいおい、プラズマ団か? せっかくのお楽しみの邪魔すんじゃねえよ」
……が、いつまで経っても攻撃は来ない。
救いの手が差し伸べられた。
2人のプラズマ団が駆け付けたのだ。
もちろんこの一連の流れは全て自作自演の工作なのだが、ベルはそのことを知る由もない。
「お楽しみ……? 貴様がポケモンを奪おうとしていた強盗か!」
「ちっ、面倒なことになったなあ。
ヒヒダルマ、そこのプラズマ団から叩き潰すぜ!」
「え? あ……」
「2人とも、早くこっちに!」
駆け付けた女性プラズマ団に救い出され、安全な場所へと非難させられるベルとチェレン。
そして、男性プラズマ団が作業員強盗と対峙する。
「貴様の悪事をここで止める! 行け、ブルンゲル!」
「ヒヒダルマ! そいつも叩き潰しちまいな!」
ベルやチェレンのポケモンを次々に叩き潰したヒヒダルマ。
そのヒヒダルマ相手に立ち向かうのは、髭のような部位が特徴の青いクラゲ型ポケモン、ブルンゲル。
水と炎。チェレンやベルの時と異なり、この自作自演の戦いではタイプ相性が機能するほど力量が近い。
「はっはぁ!! ヒヒダルマの『フレアドライブ』で全部丸焼きだぁ!」
「行くぞブルンゲル! 我々が、愚かなトレーナーからポケモンを守り抜く!」
「…………すごい……」
目の前のそれが自作自演の戦いだと知らないベル。
先程までの絶望的な状況から鮮やかに助け出してくれたプラズマ団。
自分やジムリーダーが強く頼んで、それでも嫌々やっていたマリネットとも全く違う。
正義感に溢れた人達が、強盗に倒されるかもしれないという危険も顧みずに飛び込んできてくれたのだ。
「大丈夫ですか?」
「う……うん……。
あ、あれ……?」
ベルとチェレンを戦場から避難させていたプラズマ団が声をかけてきた。
その瞬間、ベルの足から力が抜ける。
「……災難でしたね。ですが、もう安心ですよ。
強盗は我々が撃退します」
安心した瞬間、さっきまでの出来事が蘇ってくる。
とてつもなく強いヒヒダルマ、甚振ってやろうとばかりに嗤いながら近づいてくる強盗作業員。
挟みこまれ、とうとう逃げ場は無くなった。
そもそも、いつでもそう出来たのにわざとそうしなかっただけだった。
立ち向かって、一撃でやられた大切なポケモン達。
この人たちが来なければ、私もチェレンもポケモンを奪われていた。
「……っく、ひっく……」
「もう大丈夫です。よく頑張りましたね……」
先程までの恐怖が蘇り、涙が溢れるベル。
安心させるようにベルを抱きしめて優しく背中を叩いてくれるプラズマ団。
ジムリーダーに無茶な命令をされた少年と少女。
そして窮地に陥った2人を助け出したプラズマ団。
この事件はイッシュ全土に衝撃を与えることになる。
「……」
ベルがプラズマ団の女性に保護され泣きじゃくっている一方、助け出されたチェレンは思考の海に沈んでいた。
あまりのショックで放心状態なんだろう、と判断されたのか、プラズマ団は声をかけてこない。
(どうしてだ)
自問自答する。
(どうして負けた)
自問自答する。
(ぼくは誰よりも強くなりたい。なのに、こんな所で)
延々と、延々と。
(マリネットならまだ言い訳できた。
けど、よりによって強盗相手に……)
(救い出してくれた相手はよりによって『プラズマ団』だ……。
ポケモン解放を訴える意味不明な集団……)
チェレンのプライドは粉々だった。
ジムリーダーの命令は果たせなかった。
強盗に負けた。
プラズマ団に救われた。
何もかも、許せなかった。
(何が、チャンピオンになる、だ。
こんな強さで、チャンピオンになる?
こんなに弱いのに……?)
心の中が真っ黒になっていきそうになる。
こんな体たらくで強いと思っていたのか、と自分の現状に失望すら覚える。
「フン! とんだ期待外れだったな」
ヤーコンの命令を果たせなかった。
こう言われるだろうか。
「強盗に勝てない程度の奴が、ワシに挑もうってのか?
舐められたものだな!」
それとも、こう言われるだろうか。
ジム挑戦を許してもらえるのだろうか。
「はあ? お前が負けるって何やったんだよ?
ベルならともかく、お前がかよ……」
マリネットの呆れ顔が目に浮かぶ。
確かにマリネットはぼくより強い。
けど、少なくともぼくだって強盗に負けるとは思ってなかったし、ベルと違って強盗相手に戦ったんだ。
だからマリネットもぼくが負けるとは思ってないだろう。
そんな状態で負けた。
ぼくはマリネットをライバル視していたけど。
……実際には全く手も足も出ないくらいの差があったんじゃないのか?
「……おいおい、ぼくたちはライバルだ、とか思ってたのか?
悪いなチェレン、お前はもう、あたしの敵じゃない」
「ベルが役に立たないのは知ってたけど、お前までかよ……」
「どいつもこいつも使えねえな……。
結局あたしが全部押し付けられんのかよ」
実際に言うんじゃないか。
そんな気がしている。
マリネットの考えは、理解しているつもりだ。
無理矢理引っ張っていかれるのが大嫌いなマリネット。
それでも、あの時は必要だったから言いなりになってもらった。
ベルが連れてきた子供のポケモンを取り返したあの時。
……他に選択肢はなかった。
(……無様だ)
情けない。
マリネットの気持ちが分かった気がする。
力が欲しいと言っていた。
力が無いと、こうなるんだな。
(どうやって、力を得ればいい?)
考えなければ。
どうやって、力を得るのか。
もう二度と、こんな醜態を晒さないようにするには。
「ポケモンもね、大切に育てればきっと応えてくれるわ!」
いつか聞いた言葉だ。
ポケモンと人は助け合って生きている。
前にそう言った記憶がある。
(マリネットの強さはポケモンとの絆のような気がしていた)
何度挑んでも勝てないマリネット。
どれだけ強くなっても先を行くマリネット。
4番道路ではマリネットに倣ってポケモンの力を引き出そう、とか考えていたな。
(だが、その結果がコレだ。絆が何の役に立ったのか。
絶対的な力が必要だった。それだけだった)
(強いポケモンが必要だ。強いポケモンが)
答えは単純明快だった。
より強いポケモンをバッジで従える。
絆を育んでも勝てないなら、圧倒的な力で制圧するしかない。
「通販、だったか……。
ぼくも、それで……力を……」
チェレンの呟きは誰にも聞こえなかった。