アヤさんと実戦形式の特訓を初めて3日が経った。
あたしのポケモンは順調に力を付けている。
今日もいつものように訓練をしてもらおうと思っていたら、テレビが緊急ニュースを流していた。
アヤさんもスマホを眺めて渋い顔だ。
「アヤさん? どうかしたのか?」
「マリネットさん。ホドモエの強盗事件、なんかとんでもないことになったみたいよ」
「ホドモエシティ……チェレンとベルがヤーコンってのに強盗捕まえて来いって言われた事件が?」
とりあえずテレビを覗くか。
「緊急ニュースです。ホドモエシティでヤーコンさんの依頼を受けた2人のトレーナーが強盗と遭遇し、戦闘したものの完全に敗北してポケモンを奪われかけたとのこと。
間一髪、居合わせたプラズマ団が救助したことで事なきを得たようです。
ただし強盗は逃走中。依然逃走中です。
強盗犯は作業員の姿をしており、非常に強力なヒヒダルマを複数所持している模様。
また、手下として多数のOLやビジネスマンの姿が確認されています。
付近のトレーナーの皆さんは、怪しい人物に気を付けてください。
この件について、ジムリーダーのヤーコンさんはコメントをしておりません」
淡々と流れるニュースは、チェレンとベルが強盗によって返り討ちにされたという物だった。
正直、理解が追い付かない。
「……は? ベルはともかく、チェレンが強盗に負けた?
嘘だろ? チェレンが強盗に……?」
開いた口が塞がらないってこういうことを言うのかもしれない。
少なくとも、チェレンならその辺の強盗には負けるはずが無いからだ。
確かにあたしは毎回チェレンに勝ってるけど、それでも強盗相手に負けるような奴じゃない。
「ネットはこの件で大炎上。
ヤーコンの無責任な采配を責任追及するべきだ、って言われてるわ。
それどころか……」
「それどころか?」
「マリネットさんが巻き込まれていたシッポウシティの骨の盗難事件やヒウンシティの強盗事件。
これらも、一般トレーナーを使って解決させたジムリーダーのやり方には問題が無かったのか?
……って言われてるわね。
マリネットさんが話したことが真実だとしたら、ヤグルマの森の件は恐らく一歩間違えたら今回のホドモエシティの件と同じ結末を迎えてたわ」
「マジか……いや、マジだよな……」
アヤさんにかなり鍛えてもらって、今ならあの森で遭遇したアスラとだって互角に戦えるかもしれない。
けど、あの当時のあたしではどうやっても勝てなかった。
「そのヒヒダルマって……」
「これね。どうやって撮ったのかは分からないけど、2人が一方的に蹂躙されているバトルの様子が何故か載ってるわ」
「見せてくれ」
アヤさんがスマホの画面を見せてくれたので動画を再生する。
そこには、圧倒的な力を持つ赤い大猿……ヒヒダルマが、チェレンやベルの手持ちを圧倒的な力で吹き飛ばしていく光景が映っていた。
チェレンもベルも何も出来ないに等しい圧倒的な蹂躙劇。
チェレンとベル。2人合わせて7匹のポケモンがヒヒダルマの暴力によって倒れた末に、辛うじて自滅させたヒヒダルマ。
その化け物がすぐさまもう1体登場した。この映像では顔は映っていなかったが、絶望感はその場にいないあたしでもすぐに分かった。
「な、なんだよこれ……。
今のあたしならともかく、こんなの、ライモンシティをそのまま突破してたらあたしでも……」
アヤさんに鍛えてもらった今なら、この化け物相手でも戦いになるだろう。
だけど、ライモンシティで出会ったカミツレに旅を中断することを勧められず、逃げ出せずにそのまま旅を続けていた場合、勝ち目が無いと直感で分かった。
アスラと同等、もしくは少し下、くらいだろうか……?
「その反応……マリネットさんが戦ってきた『強盗』はこんな強さじゃなかったって事?」
「ああ……その辺の野生ポケモンと大差ないような実力の奴ばっかりだったよ……」
少なくとも、こんなヤバいポケモンを繰り出す奴はどこにも居なかった。
夢の跡地、3番道路、ヤグルマの森、ヒウンシティ。
遭遇した強盗は全てあたしでも勝てる相手だった。
「余程マリネットさんの運が良かったのか、今回だけ意図的に非常に強い強盗を用意したのか……。
当事者じゃないから何とも言えないわね……」
「あいつら他のトレーナーに化けてやがるし、その上でこんなヤバい奴が混ざってくるとなると、落ち着いたとしても下手に旅なんて出来ねえな……」
何が厄介かって、強盗連中は普通のトレーナーみたいに振る舞ってもおかしくないことなんだよな。
一般人のふりされると見分けがつかない。
雰囲気だけで見分けてるし。
「……先に進むのはオススメ出来ないわね。
マリネットさんは強くなってきてるけど、そもそもあんな危険な奴等の相手はしない方が良いわ」
「あたしとしても、避けられるなら避けたいな。
けど……こんな状況になったとなると、無理矢理にでも探しに来ないかな……?」
「マリネットさんを? そこまでするの……?」
「……すると思う。はいとイエスしか聞きたくない、私の都合に合わせないと駄目。
貴方は私の都合に合わせなさいって性格のアララギと、話そのものが全く通じないあたしの親だ」
アララギ、そしてアララギ経由で依頼されたあたしの親。
もしあたしをぶつけようって話になったとしたら、この2人が探しに来る可能性が高い。
特にあたしの親はヤバい。
最悪あたしを匿ってるアヤさんに危害加える可能性すらあるし……。
「マリネットさん……手震えてるわよ?」
「……ホントだ」
手の震えが止まらない。
連れ戻される、また強盗相手に戦わされる。
その事を考えると、恐ろしくなってくる。
確かに強くなってはいるけど、それでも不安が拭えない。
何より、まだあたしの親を倒せるほどの力はない。
ジムリーダーに逆らえる力もない。
やれと言われたら従わざるを得ないのだ、あたしは。
「また都合のいい道具として戦わされるのは嫌だ……。
けど、あたしには拒否する権利も力も……」
「……いつ連れ戻しに来るかは分からないんでしょ?
じゃあ、今出来ることは修行だけね。
一刻も早く強くなって、今回みたいな非常に強い相手と戦わされても勝てる可能性を少しでも作ること。
それが、今マリネットさんが出来る唯一の対策だと思うわ。
それに、少しでも強くなればこれから先耐え忍ぶ時間も短く出来るはず。
……いっそ他の地方に逃がしてあげられれば、よかったんだけどね」
他の地方に逃げる……。
仮にそんな事をしたら、その場所まで追いかけてくるんだろうか。
それとも、放っておいてくれるんだろうか。
「……マリネットさんのこの感じ……まともな扱いなんて受けてなかった、って雰囲気よね。
最善は守ってあげること、もし私でも刃が立たない相手なら、最悪時間を稼いで逃がしてあげないと……」
「アヤさん……?」
「大丈夫。誰が連れ戻しに来ても、なんとかしてあげるわ。
今は、修行に集中しましょう」
「ああ…………」
また、地獄のような『冒険』が近づいてきている。
その現実から少しでも目を逸らしたくて、あたしは修行を続けることにした。