突如気を失ったマリネット。
しかし、その体は本人の把握している気絶寸前の瞬間とは異なり、崩れ落ちてはいなかった。
何かが降臨したかのように天を仰いで両腕を左右に広げるマリネットの体からは、7番道路を覆う闇を削り取るように金色の光が漏れ出している。
「いけませんね……私の創作物にこのようなことを……。
7番道路のポケモン達が私のシナリオを壊さんとする存在に反応したようですが、彼らを排除するためにこのような力を使うとは……。
どこの愚かな存在の仕業なのでしょうか……」
目を覚ましたマリネット。瞳は金色に光り輝いており、表情は虚ろだった。
そして、その口から出たのは普段のマリネットとは似ても似つかない口調の言葉。
「ひとまずこの闇を吹き飛ばしましょう。
その後の事は……トウコ、お任せしますよ。
私が書いたトウコの英雄譚を歪めようと、壊そうとする愚か者……見つけ出すことがあれば……始末しなさい」
誰かに話しかけるようにそう話し終えると、マリネットは左手を空高くに掲げた。
左手を掲げたマリネットは全身から光を放っているが、7番道路で救助活動をしている人達は誰一人としてマリネットの存在に気づかない。
そして
「悪しき存在に歪められた世界の法則に正しき修正を」
マリネットの左手から金色の光線が天に向かって放たれた。
光線は止まることなく天へと伸びていき……7番道路を覆っていた闇のドームを貫き、破壊する。
光線に貫かれた闇のドームは天井の周囲から崩れ落ちるように崩壊していき、瞬く間に青空が戻って来た。
7番道路を覆っていた謎の闇が1人の手で晴らされた。
そんな人知を超えた現象が起きているのに、7番道路で救助活動を行っている人達は誰一人その光景に目を向けない。
まるで、その光景も闇も最初から存在などしていなかったかのように。
ポケモンの救助はその後も何も変わらずに行われ、7番道路が闇のドームに覆われていたという事実だけが切り取られたように無くなった。
『チェレン、良く見ておけ。目に焼き付けろ。
アレがお前が倒さなければならない本当の敵だ』
「……なんなんだ、今のは?
ぼくはファンタジー映画でも見せられているのか?
変な夢だと言ってくれた方が……救いがある」
そして、マリネットが闇のドームを吹き飛ばすまでの一連の光景を隠れて見ていた者が居る。
オーベムとチェレンだ。
神の加護による防衛システムに阻まれ、対処して野生ポケモンを殲滅した実行犯である。
その後、タワーオブヘブンに向かう予定だったが中断し、マリネットの様子を観察していたようだ。
チェレンは目の前で起きたあまりにも非現実的な光景に絶句している様子だった。
『私の力に覆われた7番道路に反応して危機感を覚え、マリネットの体を乗っ取ったらしいな。
アレが……この世界を作った神の意識だ』
「……神なんて本当に居たのか……?
アレは手品とかじゃなく?」
『本体は神を自称しているポケモンだ。
アレは恐らく、マリネットの体に精神だけを下ろしたんだろう』
「……マリネットは人間で、あんな光線を発射するような力はないはずなんだけど?」
オーベムが淡々と説明するが、チェレンはどうしても信じられないようだった。
自分の理解できる範囲を超えているので当然であったが。
『そして……邪神の手先の御目覚めか』
「え?」
オーベムとチェレンの前で、マリネットの体から出ていた金色の光が消えていく。
光が消えていくのに合わせて目を閉じるマリネット。
光が完全に消えた後、マリネットの体だけが残ったが……。
「……………………」
目を覚ましたマリネットは、マリネットの面影も無い能面のような表情を浮かべている。
機械のように淡々と自分の持っているポケモンと道具をチェックしていく。
『ちょうどいい。私の力を使わなければどうなるのか見せてやろう。チェレン。
今からあのトレーナーをマリネットにぶつけてやる。見ておくがいい』
オーベムはチェレンの傍を離れると近くに居たトレーナーを適当に記憶改変し、マリネットの元へ向かわせた。
「私と戦え、そこのトレーナー……」
「敵トレーナー出現、移動終了。対処します」
オーベムが差し向けたトレーナーは真っすぐにマリネットの元に向かい、勝負を挑んだ。
ポケモン勝負を挑まれたマリネットは機械的に挑まれた勝負を受ける。
「ギギアル」
「手持ち個体識別。固有名有り……ポーク、出します」
オーベムが雑に用意した手先とマリネット。
双方ともに動きがかなり機械的でありぎこちないが、ポケモン勝負は始まった。
一応勝負らしい勝負をする。
そう感じたチェレンだが、マリネットの繰り出したエンブオーを見て目を見開く。
(なんだあれは……エンブオーが光り輝いている……?
それに……マリネットから出ている光の糸……アレは何だ?)
様子のおかしいマリネットの出したエンブオーはマリネットが普段繰り出した時と異なり、全身が先程のマリネットのような金色の光に包まれていた。
その金色の光はマリネットから出ているようで、マリネットの左手から伸びた光の糸がエンブオーに繋がっている。
「『ギアチェンジ』」
「『かえんほうしゃ』」
対戦しているトレーナーはどちらも自分のポケモンの名前も呼ばないまま、技の指示だけを行う。
まるで作業か何かのような雰囲気だった。
「『オッカのみ』発動……ギギアル生存。反撃『ギアソーサー』」
「権能発動。ポーク。絆の力で回避してください」
が、その直後の展開はチェレンが予想すらしない物だった。
『オッカのみ』で耐えたギギアルがエンブオーに反撃のギアソーサーを叩き込もうと接近する中、マリネットは淡々と告げる。
『絆の力で回避しろ』と。
……そんな事出来るはずがない。
少なくとも、ギアチェンジを終えたギギアルの速度を考えると巨体のエンブオーが攻撃を避けるのは不可能だ。
そう思ったチェレンの眼前で『権能』によるチートが発動する。
あのギアソーサーは絶対に当たる。
そう思った次の瞬間、エンブオーがまるで透明になったかのようにギギアルの攻撃を回避した。
「『ポークはマリネットの掛け声に合わせて技を避けた!』正常発動。
権能『絆の粉』本来のシステム上存在しない世界ですが問題なく機能します」
(なんだアレは……!? 一体何が起きている……!?)
本来当たるはずの攻撃がかわされた。
今回チェレンはポケモン勝負とは関係ない見てるだけの側だ。
……が、もし実戦でマリネットにアレを決められて肝心な攻撃を回避されれば倒せる物も倒せなくなる。
オーベムが「私の力を使わなければどうなるのか見せてやろう」と言っていたが、この時点で既に理不尽な負けを押し付けられる予感を感じていた。
「反撃『かえんほうしゃ』、権能発動。急所に当ててください」
(……言っただけで、本当に急所に当たった……!?)
ギギアルは無駄急所による完全なオーバーキルで撃破される。
そしてマリネットは淡々と告げた。
「『ポークはほめてもらおうと狙って技を急所に当てた!』正常発動。
権能『絆のレンズ』正常発動を確認しました。
以降、この権能も戦闘で使用します」
(なんだこれは……これが……ポケモン勝負?)
権能の一言で「回避」「急所攻撃」を操作するマリネット。
淡々と機械のように処理する言動と合わせ、今チェレンの目の前に居るのはマリネットの皮を被った化け物なのだと、嫌でも認識することになった。
そして、試合は続く。
「アバゴーラ『アクアジェット』。エンブオーを倒してください……」
「権能『絆の粉』……失敗? ポーク戦闘不能……いえ、権能発動。
権能『絆のハチマキ』です。こらえてください」
(こらえて!? エンブオーはきあいのハチマキなんか持っていないだろう!?)
チェレンの内心での叫び通り、ポークが持っていたのはおまもりこばん。
そもそも、マリネットはきあいのハチマキなど持っていない。
もちろんきあいのタスキもだ。
耐えるはずがないのだ、本来なら。
(あり得ない……倒せるはずの攻撃が当たっているのに、倒せない……)
マリネットの次の『権能』により、本来倒れるはずのエンブオーは運命を捻じ曲げるかのように耐えきった。
攻撃を無理やりこらえた、とでも言わんばかりの立ち方だが、エンブオーはダウンしていない。
ダウンしていなければ、戦える。
「『ポークはマリネットを悲しませまいともちこたえた!』正常発動。権能『絆のハチマキ』機能しました。
『絆の粉』『絆のレンズ』『絆のハチマキ』全て発動確認。
未確認ですが恐らく『絆の脱皮』も正常発動するものと推測されます。
権能発動率はまだ100に届きませんが問題ありません。対象のトレーナーの撃破を開始」
理不尽の極みだ。
チェレンは素直にそう感じた。
どれだけ知識を学んでそれを活かせるようにしても、目の前のこれが相手では紙切れのように吹き飛ばされる。
『どうだ、チェレン。これが邪神のやり方だ。
主人公が英雄になるための筋書き通りに動くこの世界で、奴が必ず勝利するための奥の手だ』
「……」
『勝負は決したな。ちょうどいい。奴を観察しながら、この世界がどういうものかお前に教えてやろう』
権能の中身は「超絶発動率のなかよし度補正」。
6世代以降、なかよし度を上げていくと「光の粉」「きあいのハチマキ」「ピントレンズ」「だっぴ(特性)」が常時オート発動する補正を得られるようになりましたが、本来存在しないBWに持ち込んだ上にこれの発動率が馬鹿みたいに高くなっているイメージ。
オーベムがオーベムなら邪神も邪神。