第四十二話
海の汚染は取り除いた。早く戻らないと浸水がひどくなる。今の自分に、ダメージコントロールをする余力も資材も残っていない。そして、自分の体を見る。腹部の左側が大きく切り裂かれている。最後のあの時にやられたのだろう。同時に、左腕が動かなくなっている。多分、折れた。視界が揺らぎ、海面に膝をついて、咳き込む。海に赤い液体が垂れた。吐血したか。立って、周りを見る。
「周囲に敵影なし。帰投する。」
今の自分の状態は本当にひどい。船体各所に浸水が発生。いくつかの機械室やボイラー・タービン室が浸水。速力は最高速度の半分の25ノットしか出ない。武装はほとんど使い物にならず、主砲が2基と機銃数挺。生きている主砲も、そろそろ寿命だろう。魚雷発射管はすべて生きてるのは救いだが、魚雷は1本も残っていない。通信、電探系統もすべて死んでいる。
「さっきのは何だったんだ?今までとは全く違う。他とは比べ物にならないほど強い。あんなのがいたのか?なぜ今まで気が付かなかった?」
まあ、ひとまずは追い払ったからいいか。
***
鎮守府の埠頭で、みんなの帰りを待つ。魔女が現れてから急激に天気が悪くなり、通信も切れてしまった。だが、さっき急に晴れた。あの悪天候が嘘のように。通信も回復し、鎮守府に戻ってきていることが確認できたから、外で待っている。
「おお、見えてきた。」
「みんな無事なようですね。本当に良かったです。」
「ああ。本当に良かった。」
少しして、帰って来た艦娘が上陸してきて、こっちに駆け寄ってくる。
「提督ー!」
「しれー!」
「お前ら!本当に無事でよかった!良く帰ってきてくれた!」
飛び込んできた駆逐艦を抱きとめる。
「本当に、帰ってこれてよかったです。」
「ああ、そうだな。長門は大丈夫か?」
「すまない。手も足も出なかった。ただ遊ばれただけで終わってしまった。」
「気にすんなよ。今日のことを次に生かしていけばいい。今日は生きて帰れたことを誇れ。さ、怪我がひどい。早く入渠してきなさい。」
「そう言ってくれると、心が軽くなる。では。」
扶桑と赤城に抱えられて歩いていく長門の背中を見送る。
「まったく、瑞鶴は無茶しすぎなんだから。気を付けてよね?あと少しで沈んでたよ。」
「返す言葉もないね・・・。」
「瑞鶴、瑞鳳、お疲れ様。帰ってきてくれてうれしいよ。」
「・・・あれが魔女なのね。何もできなかった。強さの桁が違いすぎる。」
「仕方ない。あれは本物のバケモノだ。あれから生きて帰れたことだけでもすごいことだ。」
「・・・そうね。」
俺に抱き着いている駆逐艦は泣いている。それほどまでに強く、恐ろしい存在なのだ。
「けがはないか?」
「ええ、大丈夫よ。心配はいらないわ。」
「それで、お願いがあるんだけど・・・。」
「何だ?」
「今回の戦闘で頑張ったから、第三整備場の復旧を全力でやってくれる?」
瑞鳳がそんなことを頼んできた。最初に感じたあの違和感を発しながら。
「ああ、いいぞ。それに、ここの航空機の事情をよく理解してなかった。すまなかった。」
「私たちもちゃんと話さなかったのが悪いし、提督が謝る必要はないよ。」
「ありがとな。」
「それじゃ、私たちはもう行くね。」
「しっかり休めよ。」
「ほら、皆さん。そろそろ行きますよ。けがを治さないといけませんし、提督も動けなくて困っているでしょうから。」
「ははは、別に困ってなんかはないよ。まあ、神通の言う通りだな。そろそろ入渠してきなさい。」
「はーい。」
神通や羽黒に連れられて、駆逐艦たちが歩いて行った。
「・・・樹希。」
「ああ、教えてくれ。」
「いや、私からも教えられることは少ないんだけどさ、あの時に助けに来てくれた人、誰だろうね。もしかして行方不明だった人かな?」
「確か、大淀が言っていたな。時期的にそろそろ帰ってくるって。・・・白霜という艦息が。どんな姿をしてた?」
「あんまり見えなかったなぁ。視界が悪すぎて。誰かが来たなーとは思ったけど。」
「同じくかな。それに、多分音響照明弾を打ち込んでたから、ちょっと目がつぶされた。」
「でも、これだけは分かる。その人は、魔女と張り合える。」
「その人のおかげで脱出できたようなもんだ。一体何者なんだろうな。」
「はぁ、それはたぶん俺のことだよ。」
「⁉誰だ!」
秋雲と深雪の間の、少し離れたところに、一人の人物が立っている。
「いつの間に・・・。」
秋雲と深雪が武器を構え、臨戦態勢に入る。
「まぁ落ち着け。少なくとも発砲しない限り俺はお前らの敵じゃない。味方でもないがな。・・・で、あなたがここの新しい提督ですか。」
「そうだ。初めましてだな。俺は八代樹希。君は知らないだろうが、前任に代わってここ横須賀鎮守府の提督に着任したものだ。君は?」
「駆逐艦、白霜。ご存じだとは思いますが、先の大戦にはいなかった艦です。」
「そうか、君が・・・か。そうだ、俺の前ではそんなかしこまらなくてもいいぞ。リラックスしてくれて構わない。それで・・・君があの魔女を?」
「それなら遠慮なく。魔女というのはよくわからんが、それがあの深海棲艦を指しているのなら、正解だ。まあ、逃げられたがな。」
「嘘だろ・・・?あれをたった一人で撃退したのか?」
「そういうことになるな。」
「ならば、一つ聞きたいことがある。君は・・・あの魔女に勝てるのか?」
「無理だな。負けることもないだろうが、勝つことは絶対にできない。少なくとも今の自分には。」
「そうか・・・。分かった。ありがとう。あとその・・・けがは大丈夫なのか?かなり真っ赤に染まっているが。」
「大丈夫だ。流石に入渠はしたいが。」
「そうか、それなら行ってくるといい。」
「いや、まだ遠慮しとく。あいつらが入ってるだろうし。」
「ああそうか、君は男だったな。」
「確かにそれもあるが・・・、ま、それ以外にも色々とな。で、提督。二つ、悪い話ともっと悪い話がある。どっちから聞きたい?」
「・・・どっちも悪いじゃねえか。じゃあ、悪い話から。」
「ん、じゃあまず、悪い話。深海棲艦による今回の侵攻、あいつらは本気じゃない。」
「どういうことだ?」
「トラックやウルシー、フィリピンの深海棲艦の艦隊は一切動いていなかった。だから今回の侵攻はすべて南西諸島付近の艦隊だけだということになる。」
「なに・・・?」
「次に、もっと悪い話。これに関しては俺からも謝罪しておく。まったく気づかなかった。奴ら、マリアナ諸島に飛行場を建設していて、それが完成したらしい。これからは関東までもが本土空襲にさらされる。」
「そんな・・・、ただで際余裕がないのに、空襲の対策までやるとなると・・・。」
「だから、本当にすまん。事前に気が付いていれば、輸送ルートを叩き潰して遅らせることぐらいはできたと思うが、できなかった。」
「それはもう仕方ない。君一人でやることでもないからな。」
「それもそうかもね。本来なら国がやるべきことだ。ま、そんな余裕がないのは分かってるから。ここの惨状を見ればね。」
「まあ・・・そうだな。分かった。それは大本営に報告しておく。重爆ならミサイルでも撃墜できる。配備を増やしてもらおう。」
「最後に、俺からも質問いいかな?」
「何だ?」
白霜は、何も言わない。ただ、俺に近づいて、目を覗き込んできた。その瞬間、背筋が凍った。動けない。何だ、この圧迫感は。瑞鳳に比じゃない。すべてを圧倒し、ひれ伏せさせるような、恐怖に襲われた。
「お前は・・・、この世界で、なにをしたい?なにを目指している?」
「お、・・・俺は・・・」
「さあ、答えろ。」
「海を・・・平和な海を・・・取り戻したい。そして・・・艦娘みんなが・・・楽しく過ごせる世界を・・・」
「そう、分かった。ありがとね。・・・フフッ、提督は面白い目をしているね。あいつらのような、欲にまみれた薄汚い目とは違う、とにかく暗くて、美しい闇が見える。ちょっと提督に興味がわいたよ。また機会があったら、提督のことを教えてほしい。」
「そ、そうか。まぁ、いつでもいいぞ。」
「そう、じゃあ、これぐらいで。」
「・・・どこまでも不気味だなぁ。」
離れていく背中に向かって、秋雲がそう言う。
「ああ・・・そうだな。はっきり言って、艦娘に対して、あんなに怖いと思ったのは初めてだ。あんな圧迫感・・・経験したことがない。あの・・・瑞鳳とも、なんか違うなぁ。とにかく、どうにも言えない、底知れない恐怖を感じた。」
「私たちは・・・圧迫感は感じなかったかな。でも、どうにも言いにくい恐怖は感じたよ。なんか動けなかった。」
「そうか・・・。」
第2章、始まります。ここから、どう戦い、どう変わっていくのか。ぜひ、これからもよろしくお願いします。