夜
「・・・どうする?」
誰も、何も答えない。それもそうだろう。ここにいる全員は、かつて、人間から奴隷のような扱いを受け、その挙句捨てられたのだから。全員、心に深い傷を負い、人間に恐怖し、戦争に絶望している。
「・・・ここにいても、私たちはいずれ、深海棲艦に殺される。」
「それでもいいんじゃない?だって、人間に殺されるよりかはマシでしょ。」
「でも・・・、私たちは生きたいからここに来た。全員で協力しあってきた。今ここで、ここにとどまる選択をしたら、それが無駄になってしまう。はっきり言って、こんな危険なところで、私たちの力だけで生きていけるとは思えない。」
「それでも、私は人間が嫌いよ。あんな奴らと一緒にいるのは死んでもごめんよ。」
「・・・今日、新しい提督っていう人に会ってきたけど、悪い人ではないと思う。」
「だまされない方がいいと思いますよ。演技です。私たちをだますための。」
「ですが、艦娘はみな、楽しそうでした。提督とお話をして、笑っていました。あれが演技だとは考えられません。」
「だけど・・・、怖いよね。」
記憶に焼き付いて離れない、あの地獄の日々。忘れることのできない傷がある。確かに、ここ、旧小笠原泊地は、設備こそ最低限しかないが、確かに人間の恐怖から逃れることができていた。そして、何とか自分たちで維持できている。ここは、彼女たちにとって、人間の手が届かない天国のような場所だった。
「私は横須賀に戻るわよ。」
突然、陽炎が宣言する。
「妹たちが心配だしね。初風も雪風も磯風もいるし。秋雲にも会えたし。白露も戻るでしょ。」
「うん。せっかく戻れるチャンスができたんだし、私ができるだけ守らないとね。」
「ここを、私たちだけで維持するのも、そろそろきつくなってきているし、新しい提督に期待するのもいいんじゃない?それに、今の横須賀の艦娘が演技するのも無理があると思う。磯風は特に演技が苦手そうだし。」
「・・・それもそうだね。ここにとどまっても、私たちは死を待つだけ。なら、最後に希望を持ってみてもいいんじゃない?」
「新しい提督が悪い人だったら、またここに逃げればいい。ここは、今は人間の手から離れてるし。追いかけてはこないと思う。」
「それもそうだね・・・。」
「・・・決まりね。」
その言葉に、全員が頷く。
「じゃあ、明日の朝、あの艦隊についていくでいいね。」
「そうだな。だけど・・・、俺はあいつだけは、あの白霜だけは許さねぇ。会ったら絶対に殺す。」
***
「全員、横須賀鎮守府に帰投します。」
「分かった。全員を横須賀までかえすほどの燃料はないから、重症だった艦娘を中心にこの輸送艦に乗ってくれ。収容力の限界もあるから、何人かは航行してもらうが、それでいいか?」
「はい。大丈夫です。じゃあ、乗せる人を決めるからちょっと待っててね・・・。」
「分かった。」
樹希は、そこで一度通信機の電源を入れる。
「白霜、そろそろ出発だ。」
「了解。」
短い返事が返ってきて、すぐに通信が切れた。それから少しして、小笠原泊地にいた艦娘が帰って来た。
「この7人を載せます。20人が航行して帰ります。ここにも多少の燃料はあるので、足りると思います。」
「分かった。じゃあ、7人はこれに乗ってくれ。」
「ありがとうございます。」
「ああ、27隻も生き残っていたのか。結構多いな。」
その声が聞こえた瞬間、周囲の空気が凍る。
「てめぇ!よくのうのうと生きてられるな!どれだけの仲間が沈んだと思っている!」
天竜がとびかかる。白霜は一切の反応を示さない。この程度に反応できないわけがないはずなのに。
「今ここで殺してやる!」
天竜の大剣が首筋に迫る。だが、それは虚空で停止した。
「はぁ⁉なんで⁉」
いくら力を入れようとしても、体が一切動いていない。
「ああ、お前も生きてたのか。それにしても、その程度の実力でよく俺を殺せると思ったな。」
「んだと⁉」
「・・・知らないのか。」
「なにをだ!」
「艦娘の魂にかけられた枷を。」
「・・・なんだよ。」
「戦闘において、味方誤射はつきものだ。それで沈んだ船も多いからな。だから、それを防ぐために、艦娘が誤射をしそうになると自然に射線を逸らす力が無意識に働く。これで誤射を防ぐ。そして、もう一つの目的は、人間に反抗しないようにするためだ。船は人間の指示で動く、そして命令に従う、道具だ。その道具は使用者に対して反抗してはいけないだろう?そしてそれは、同じ艦娘に対しても適用される。意識的に損傷させようものなら、なおさらだ。その枷を外せないお前に、俺を殺すことはできないよ。ただ・・・。」
「ただ・・・?ッ!」
白霜の刀が、天竜の首筋にあてられていた。地面をよく見ると、赤い液体が飛び散っていた。
「俺はお前を、そして人間を殺すことができる。俺は枷を外した。お前は、その枷をはずせていない。・・・この違いが分るよな?」
白霜がこちらに歩いてくる。天竜はその場にへたり込んでしまう。
「なんなんだよ・・・、あいつは・・・。」
知れば知るほど、存在が遠のく。枷とはなんだ。そしてなぜ白霜はその存在を知っている?今まで聞いたこともない。白霜は今までに、なにを見てきたのだというのだ。どれほど離れた存在だというのだ。
「やることはやった。」
先週投稿できなかった分