絵名のおかげで愛莉と疎遠になることを避けた僕は、あれから1か月くらいしてから、やっと松葉杖生活から脱却することができた。
一応、花川くん達の処遇は数か月の自宅待機になったらしく今のところ僕も平和な日常を暮らしている。
愛莉はというと、相変わらず忙しくしているみたいで学校に来るのも難しくなっているようだ。
だから、忘れかけていた他の人と話すという目的のために勇気をだして話すようになった。
おかげである程度話し相手ができ、少しずつ楽しくなってきた。
また、絵名とも話す関係で愛莉がいない日はよく行動を一緒にしてもらえる。
なんでも『また、僕なんかなんて聞きたくないから。
そうならないように話し相手くらいにはなるわよ』ということらしく、僕は絵名の優しさに乗っかったような形で学校生活を過ごしていた。
その頃になると、段々と蒸し暑さが目立つようになって、夏の到来を感じさせた。
そんな7月某日の昼休み。
今日は愛莉が仕事でいない日だったので、最近仲良くなり始めた男友達と話しながら昼食をとっていたところいきなり絵名に話しかけられた。
「ねぇ、真嶋くん。ちょっと放課後暇?」
「え?」
あまりに唐突な質問に僕は思わず思考が停止する。絵名が僕に対してそんなことを聞くなんて一体何か悪いことでもしたのだろうか。
「だから、放課後は暇かって聞いてるの」
「……放課後は特に予定はないけど」
いきなり話しかけられたことにびっくりしたことで歯切れの悪い返事をしてしまった。しかし、絵名は気にした素振りもなく話す。
「そう、なら悪いけど少し付き合ってくれない?」
「え?」
僕はそれを聞いて思わず驚いてしまった。
てっきり僕が知らず知らずのうちに何かしてしまったのではないかと思っていたのだが、それとは違うらしい。
実際、彼女を見ると怒っているような雰囲気はなかった。
なら、一体何だろうなと思いながらも少なくとも変なことではないのだろうと判断した。
「……分かった。付き合うよ」
それを聞くと、絵名はうれしそうな顔をした。
「オッケー、じゃあ放課後校門で集合ね。遅刻したら許さないんだから」
「わ、分かったよ」
そう言って、忠告をして教室から出ていく絵名に若干気圧されながらも僕は、放課後楽しみで仕方がなかった。
それに、愛莉について少し聞きたいこともある。
今の絵名を見る限り愛莉との接点が全くないように思えた。
けどもし、愛莉の言うむかし花川くん達の嫌がらせを止めていた人ならなんで離れてしまったのか。
これはきっと僕が突っ込んでいいものではないんだろうけど、それでもやっぱり愛莉と絵名に仲良くあってほしい。そんな我儘が僕を放課後へと駆り立てていた。[newpage]
午後の授業が過ぎ、放課後になった。
男友達からは「裏切者~!」と言われてしまったが、今更行かないわけにはいかない。
僕は急いで正門に向かう。
さすがにまだ着いていなかったのか絵名の姿は見当たらなかった。
というか、同じクラスなのにわざわざ正門で待ち合わせっておかしくないか? と思いつつも、来てしまった時点でこの疑問も意味ないかと思い、大人しく絵名を待つことにする。
それから数分が経って、他の生徒もちらほらと帰りだした時に絵名の姿が見えた。
あちらもこちらの姿を捉えたのか小走りでこちらへ来た。
「もう来てるなんて早くない?」
「えななんが遅刻したら許さないなんていうから」
「うっそれ……は悪かったわよ」
「まあ、気にしてないから。それより行き先は?」
「ああ、そういえば言っていなかったっけ?」
「言ってないよ。付き合ってとしか言われてないよ」
「そういえばそうだったね。それじゃあ、付いてきて」
そう言って絵名は結局目的地も教えてくれないまま学校を出発した。
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「お待たせしました。カップル限定パンケーキとフルーツパンケーキです」
「おお、待ってました!」
店員の声と共に絵名の嬉しそうな声が店内に響いた。
今僕たちがいるのは、ショッピングモールの中にあるパンケーキ屋さんだ。
何でもとても人気なお店なのだが、カップル限定で入ることができるお店なんだとか。
つまり僕は、パンケーキに目がない絵名の彼氏役としてここに来ることになったのである。
まあ、ストーリー上でも弟の彰人をパンケーキを食べるためにパシッたりするし、僕もそれと同じような感じなのだろうと納得した。
けど、絵名が嬉しそうな顔でパンケーキを食べている姿を見ていると、やっぱりパンケーキが好きなんだなって思った。
「さっきからこっちばっか見てるけど何かついてる?」
あまりに絵名を長い時間見ていたせいか怪訝な顔をされてしまった。
「いや、随分美味しそうに食べるんだなって思っちゃって」
「べ、別にいいでしょ。好きなんだから。というか、そういうアンタは全然手をつけてないじゃない。私が食べてあげよっか?」
「あ、ちょっと食べる食べるから」
もう自分のパンケーキを食べたのか絵名は次に僕のパンケーキに照準を合わせていた。
そんな絵名を止めつつ僕はパンケーキを平らげた。因みにめちゃくちゃ美味かった。
その後、パンケーキ屋さんから出た僕たちは、「せっかくだから買い物も手伝ってよ」と絵名に言われ、僕は彼氏役から荷物持ちへとジョブチェンジすることになってしまった。
そこから40分くらいが経過した頃、ふとあるお店の前で絵名が立ち止まって何かを見つめ始める。
一体何だろうと視線の先を見てみると、黄色の可愛らしい猫のクッションが置いてあった。
どこかで見たような気もするけど、どこで見たんだっけ?
「そのクッションがどうかしたの?」
自分自身が考えても何も答えが出なかったのでずっとそのクッションを見つめている絵名に話しかけてみることにした。
「別に、可愛いと思っただけ」
そう言って絵名はまるでもうここにはいたくないと言わんばかりに歩き出した。
慌てて僕もついていき、再び買い物を続けるのであった。
その後家に帰った僕はすぐに自室に入ってベッドにダイブする。
その時今日一日の疲れがどっと押し寄せてきたが、楽しかったのかそれほどこの疲れを不快に思わなかった。
少し喉が渇いたので、疲れた体を起こしてキッチンへと向かった。
下へ降りてキッチンのほうへと向かい、冷蔵庫からスポーツ飲料を取り出し、ふたを開けて一気に呷った。
「……ふう」
程よく乾きが満たされ、部屋に帰ろうと思ったときふと聞き覚えのある声を聞いた。
一体どこだろう。と音のするほうへと移動するとリビングルームにあるテレビから音がしていることが分かった。
どうやら妹の由芽がテレビを見ているらしかった。どんな番組を見ているのかと思い、僕はリビングルームに入る。
すると、由芽は僕が入ってきたのに気付いたのかこちらに顔を向け話しかけてきた。
「あ、お兄ちゃん。今呼ぼうとしたんだけど、まさか来るなんてさすがドルオタだね~」
「いや、それドルオタと関係ないから。変に茶化すなよ」
「ちぇ、つれないな~」
由芽は少し口をとがらせる。しかし、それをすぐにやめてまた話しかけてきた。
「まあ、冗談はさておき今ね、愛莉ちゃんがテレビに出てるからお兄ちゃんに言おうと思って。まあけど、同じクラスだからみなれてるかあ」
「何言ってんだよ。生で見るのも良いけどテレビで見るのも良いに決まってるだろ」
「お、おう。あたし、お兄ちゃんがアイドルが好きすぎて将来ストーカーにならないか心配だよ」
「いや、ならねえよ。なんでいきなりそんなこと言うんだよ」
「え~、だって『生で見るのも良いけどテレビで見るのも良いに決まってるだろ』なんて端から見ればそれもうストーカーの発言じゃん」
また由芽がそうやって茶化し始めたが、実際自分の発言を思い返すととても気持ち悪かった。
「さ、さすがにキモいな。ごめん」
「ま、あたしは気にしてないから別にいいよ」
そんな風にテレビも見ずに由芽と話していると、ふと、テレビから愛莉の声が聞こえてきた。
『ちょっと、わたしこのこと聞いてないんだけど。え? マネージャーが許可しましたってマネージャー何てことしてくれてるのよー!』
愛莉がそう言うとテレビから笑い声が発生した。何事かと思い、テレビのほうを見ると、愛莉が慌てふためいた顔をしていた。
どうやら番組の企画で芸能人の実家に直撃して親や兄弟姉妹にインタビューをして、芸能人の素顔を明かそうというのをやっていた。毎回直撃される芸能人は出演者にもわからないので、芸能人たちの素が見れて良いと評判になっている。どうやら愛莉は自分が選ばれたことでああいう反応をしていたらしい。
「へ~、推しの回を引くなんて強運だね~お兄ちゃん」
そういって茶化してくる妹を無視しつつ(隣で口をとがらせているが、まあ関係ないか)、僕はテレビに集中する。
VTRでは、実際に愛莉のご両親や姉と妹が登場し、インタビューを受けていた。愛莉は恥ずかしそうにしながらもツッコミなどを入れて番組を盛り上げていた。そんな中、ついに愛莉の部屋が公開すると愛莉の母親が言い、愛莉は
『ちょっと待って。部屋は、部屋だけは見ないで‼』
と必死に止めようとしたが既に収録されていたためにそのまま自室を開けられた。
愛莉の部屋はきれいに整頓されており、所々に女の子らしさが出ている部屋だった。
僕は、それを見て愛莉らしい部屋だなと思っていると、それが目に入った。
驚いて思わず立ち上がる。
「うわあ、お兄ちゃん。いきなり立ち上がってどうしたの?」
いきなり立ち上がったせいか由芽は驚いた表情でこちらを見ている。
「あ、いやなんでもない。……なんか眠いから部屋に戻るわ。おやすみ」
「え? ちょっ、お兄ちゃん。まだコーナー終わってないよ。見ないの~?」
由芽が後ろで何か言っていたがそんなことはまるで耳に入らなかった。
なぜなら愛莉の部屋に今日絵名が見ていた黄色い猫のクッションが置いてあったからだ。
そして、思い出した。あのクッションの既視感の正体を。
翌日、学校に行くと愛莉がクラスにいた。
僕は、自分の席へと向かい荷物を置くと愛莉に話しかける。
「おはよう、桃井さん。昨日のバラエティー見たよ」
「おはよう、真嶋くんあれ見たの? ……恥ずかしいわ」
「そんなことないよ、たまにツッコミとかいれてたし、さすがだなあって思ったよ」
「ほ、ほんとに?」
「うん、……ただ一つ気になることがあってさ。これを見てほしいんだけど」
そう言って僕はスマホを取り出してある画像を見せる。
「なにかしら? …………これって」
「うん。愛莉の部屋にある猫のクッションだよ」
「ど、どうしてこれをわたしに見せたの?」
愛莉が少し動揺しながら僕に尋ねる。
「実はこれ前にえななん……東雲さんが店にあったのを見てたんだよね」
「へ、へえ。そうだったの。でもそれ偶然じゃないの?」
「いや、たぶん見ていたのは偶然じゃないと思うんだ」
「え?」
「桃井さん。実はずっと前から思っていたんだけど」
愛莉は少しおびえたような顔をしている。きっとこの先を言ってしまえば僕は、愛莉との関係が変わるんだろう。でも、これ以上絵名と愛莉との関係がないのは嫌なんだ。だから
「ずっと前に話していた昔桃井さんが困っていた時に助けてくれた子って東雲さんなんじゃない?」
そう言った瞬間愛莉の顔が何か嫌なものを思い出したのか涙を浮かべ始めた。それを見て僕はすぐにやらかしてしまったと思った。
「ごめん。答えたくないよね。……今のは忘れて」
「いいえ」
「え?」
僕はその場から離れようとすると愛莉が止めてきた。
「いいわ。いつかは解決しなきゃいけないことだから。……だから、少し私の話を聞いてくれないかしら」