「私が愛莉とあんたの写真をSNSに投稿したの」
「……は?」
あり得ない。だって、絵名がそんなことをするはずが……! まさか
「北上さんなの?」
僕がそう言うと絵名は苦虫を嚙み潰したような顔で俯いた。
「……ごめん」
「な、なんでえななんが? 愛莉ちゃんのこと嫌いだったの?」
それを聞いた絵名はバッと顔を上げた。
その顔は先ほどとは打って変わって怒りを滲ませていた。
「そんなわけないじゃない。私だって愛莉と仲直りしたいわよ。でも、今の私でどう愛莉と接すればいいの? 一緒にいるって言ったのに裏切ってあんな奴の手下みたいなことをやって。……そんなの私が、私自身が許せない」
そう言う絵名の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
その顔を見て僕は何も言うことができなかった。
逆に僕は絵名になんて声をかければいいんだ?
それから数秒にも数分にも感じる静寂の後、絵名が扉へと向かう。
「ごめん。もう私は、あんたたちに自分の罪を吐くことともう関わらないことくらいしか罪滅ぼしが思いつかなかった。だから、さよなら」
その言葉を聞いたとき何か言わなきゃと思った。
でも、何か発そうとしても口が噤んだ。
僕はただ、絵名の背中を見ることしかできなかった。
……これでよかったんだ。
これであいつも変な巻き込まれずに済む。
それにたかが2、3か月の付き合いだしあいつもすぐに忘れるし……こ、これも別に初めてってわけでもないし。
……本当にこれでよかったのかな?
……何がいけなかったんだろう? まさか絵名が。
きっと僕は愛莉と仲良くなれたように絵名も愛莉と仲直りできるんじゃないかって思っていた。
僕は驕っていたのかな? 一回成功しただけなのに。僕は…………
頭の中がぐしゃぐしゃになってうまく思考が回らない。
でも、僕は誓ったんだ。司みたいになるって。
だから、そう気持ちをなんとか整理させて僕は教室へ入った。そんな時だった。
「……え?」
体の底から震え上がるような感覚を覚えた。
それはなんだかひどく懐かしく同時に二度と味わいたくないと思っていた感覚だった。
そう、この感覚は前世で感じたあの突き刺されるような感覚。
唯一違うところがあるとすれば、今回は本当に奇異な視線がこちらに向いていたことだった。
実際に向けられるその視線は、前世のものよりもずっと苦しくそしてとても重かった。
「あ、やっと帰ってきたよ。なあ、結局どうなんだよ。どうやったらそんな仲になるんだよ」
さっきまで話しかけてきた奴がまた僕のほうに近づいて再び話しかけてきた。
その時、僕は急な吐き気に襲われた。
「……? おい、また無視かよ。なあってお~い」
なんだか、声までも遠のいて……
「お、おい。顔色悪いぞ? 大丈夫か?」
……も、もう、駄目。
「う、う゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛」
「…………ん゛ん゛。ここは?」
気が付くと僕は、知らない天井を眺めていた。
一体ここはどこなんだ?
周りを見渡してみると自分が今にいるところが保健室であることが分かった。
「あ、起きた? 全くいきなり吐いて倒れるなんて体調悪いなら無理して学校に来なくてもいいのに」
僕が起きたことに気づいた先生が僕に話しかけてきた。
どうやら僕は教室で嘔吐した挙句気を失ったらしい。
その後、簡単な問診を受け、問題ないことが分かった。
「はい、とりあえずもう大丈夫そうだけど。またこんなことがあるなら休んでいいからね」
「……はい、すいません。迷惑かけちゃって」
「別に迷惑じゃないわよ。これが私の仕事なんだから。ほら、もう16時だから帰る準備して。由芽ちゃんに連絡いっているから」
叔母さんは今仕事が忙しいのか電話がつながらなかったらしい。
確か、今日の朝に大事な商談があるみたいな話してたな。
ただ、先生の話を聞いて僕はギョッとする。
ただでさえ僕は、叔母さんや由芽に迷惑をかけている。
これ以上心配させたくない。
なんとかしてごまかすことができないか先生に交渉しようとしたとき、
「すいませ~ん。お兄ちゃんいますか~」
扉のほうを見ると、もう由芽が来ていた。
それぞれの肩にカバンがあるのを見ると、どうやら僕の分まで持ってきてくれたようだった。
由芽は一回保健室を見回し、僕の姿を認めると真っすぐ僕のほうにくる。
「も~う。聞いたよ。教室で吐いちゃったんだって? 心配したんだから」
何を話せばいいかわからず僕は思わず押し黙った。
その姿を見たのか由芽は一つ大きなため息をして、カバンを僕にやる。
「まぁ、何があったかわかんないけど、とりあえず帰ろう。お母さん、今日遅いみたいだし。久しぶりに兄妹で料理としゃれこもうよ」
僕が少しでも元気になるよう気を使ってくれたのか由芽が明るい声を出してそう言ってくれた。
良い妹を持ったもんだとおもいながら頷いた。
保健室から出る前に先生にお礼をして、2人で保健室を出た。
「……それで、大丈夫なの?」
帰る道中、沈黙をいやに思ったのか由芽が話しかけてきた。
「……大丈夫、なのかな?」
「いや、なんで疑問形?」
自分の今の気持ちがわからずつい疑問形で答えてしまった僕に軽い調子で由芽がつっこむ。
その軽さが今僕の心を幾分か楽にしてくれているが、気を使わせている現状がただただ苦しかった。
その気持ちを読んだのかわからないか由芽が口を開く。
「……別に話したくないのならいいんだけどね。誰かに話したり、頼ったりしたらある程度は気持ちが楽になったり、肩の荷が下りるもんだよ」
「……由芽って人生何周目?」
「……はぁ? 普通に1周目に決まってるじゃん。お兄ちゃん変だよ」
あまりの大人な言葉に思わずそんなことを口にしてしまった。実際、由芽もかなり困惑していたし。
だけど、不思議とさっきの言葉が胸に入ってくるような気がした。
「……あのさ」
「ん?」
「……すこし、聞いてくれない?」
意を決して僕は由芽にそう言った。それを聞いた由芽はニヤッと笑って、静かに僕が話すのを待ってくれた。
由芽に感謝しつつ、僕は口を開く。
「……実はさ。…………愛莉?」
「え?」
由芽が呆けた顔をしているがそんなことが気にならないほど僕は動揺していた。
だって、目と鼻の先に愛莉がいたからだ。
誰かと一緒に歩いているらしく愛莉は収納量が多そうなバッグを持っていた。
そんな中、ふと愛莉がこちらを見た。
そして、僕の顔を見た瞬間急に顔が真っ青になって逃げだしてしまった。
「待って! 愛莉!」
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!?」
由芽をよそに走り出した僕に驚く声すらも置いて行って僕は愛莉を追いかける。
正直、追いついても何を話せばいいかわからない。
けど、このチャンスを逃せばいつ愛莉と会えるかわからない。
その思いでひたすら追いかける。
しかし、相手は現役のアイドル。
体力はもちろんあるし、ハッピーエブリデイで培われた運動能力もあってなかなか距離を縮めることができない。
「ま、待って! 話がしたいんだ!」
そう叫ぶと一瞬だけ愛莉のスピードが緩んだ。
今だと思い、僕はラストスパートをかけるかの如く地面を強くけった。
その甲斐があってか少しずつ距離が縮まって、手を伸ばせば届くというところまでのなった。
「愛莉、お願いだから止まって!」
そう言って僕は愛莉の腕をつかむ。
しかし、愛莉がもう片方の腕にあったバッグを思いっきり僕に投げつける。
その衝撃で僕は腕を離してしまった。
その隙をついて再び愛莉は逃げ出した。
もう体力もなくなった僕はそんな愛莉を追うことすらできなかった。
「お、お兄ちゃん待ってよ~!」
愛莉を逃がしてしまってからすぐに由芽の声が聞こえ始めた。
振り返ると、誰かの手を引っ張りながらこっちに向かって走っているようだった。
僕に追いつくと、由芽は一呼吸置いてから文句を言ってきた。
「もう、お兄ちゃん。いきなり走らないでよ。びっくりするじゃん。それにこの人すごい動揺してたんだから」
そういってさっきまで手を引っ張っていた人のほうを指さした。
「だ、大丈夫。そ、それより荷物は? って」
どこかで聞いたことのある声だなと思い、そちらの方を見るとそこには宵崎奏がいた。
「よ、宵崎さん?」
「あ、やっぱり真嶋さんだったんだ。あ、荷物。よかった」
僕に驚きつつも愛莉が一緒に持っててしまった荷物がここにあることに奏は安堵しているように見えた。
でも、愛莉と奏って全然交流なかった気がするんだけど。
「あ、あのなんで宵崎さんが愛莉ちゃんと一緒に?」
「ああ、それは私が病院に行く途中で運動不足が祟ったのかヘロヘロだったのを声かけてもらっちゃってそれで荷物を……」
「そうだったんだ」
みのりみたいなことをしてるなと思いつつも愛莉も優しいからしてそうだなと思った。
「え? なになに、お兄ちゃんこの人と知り合いなの?」
完全に置いてけぼりにされていた由芽が僕に話しかけてくる。
「うん、入院したときにちょっとね」
「ふうん、そうなんだ。……宵崎さんでしたっけ。良かったら私たちが愛莉ちゃんの代わりに荷物持ちますよ」
「え? そんな悪いよ」
「いえいえ、元はお兄ちゃんが追いかけなければよかったんで」
若干棘のある言い方をされたが、奏の迷惑になっていたのは事実なので何も言い返せない。
「僕からもお願いするよ」
「そ、そこまで言うならお願いしようかな」
それを聞いた由芽は満足げな顔をして行き先を聞く。
「それで行き先はどこなんですか?」
「病院だよ。お父さんが今、入院していて……」
それを聞いた由芽が少し申し訳んない顔をしてこちらに顔を向けた。
「どうしようお兄ちゃん。なんか空気重くなっちゃったんだけどどうすればいいの?」
段々と声が暗くなっていく奏を見て、由芽が小声焦った声を僕に向ける。
どうすればいいといわれてもこういう時は、無理やりにでも話題を変えることしか僕は知らないので、とりあえず話題を変えようと奏に話しかける。
「と、とりあえず病院に行かない? このままだと日が暮れちゃうし」
夏になったとはいえ夜になるとある程度は冷える。
出来れば日が暮れるまでには目的地にはついておきたい。
「あ、うん。そうだね。それじゃあ行こうか」
そう言って奏を先頭に病院を目指した。
「お兄ちゃんの下手っぴ」
「うるせえ」
由芽から小言を言われて軽くあしらったが、元はといえば由芽が何とかしてといったのになんか酷くないか?
「あ! そういえば何か言いかけてたけど、結局あれなんだったの?」
「あれ?」
由芽が思い出したのか急にそんなことを言い出した。
奏も何の話か分からないまでも興味を持ったのか僕に疑問を投げかけた。
「ああ、本当は由芽だけに言うつもりだったけど、まだ病院まで少しあるし、いいか」
それに1人でも多く誰かに今の悩みを聞いてほしかった。
そう言って僕は今までのことを由芽と奏に伝えた。
話が後半になるにつれて2人の顔がどんどん暗くなるのを感じた。
「……っていうことがあったんだ」
そんな風に話が終わるとちょうど病院が見えてきた。
「……なんか気軽に話してって言ったけど思ってたより話重くない?」
「僕に聞かないでよ」
僕の話を聞いた由芽がそんなことを言う。
奏も同じことを思ったのか便乗するように頷いた。
「でも、安心したよ。愛莉ちゃん追いかけてたお兄ちゃん。あれは完全にストーカーみたいだったからね」
「え? そんな風に見えてたの?」
「いやそれはもうそうにしか見えなかったよ」
まさかそんな風に見えていたなんて思いもしなかった僕は驚く。
奏はそれに対して苦笑いする。
「でも、真嶋さんはきっと……その子たちのこと、大切に想ってるんだね」
それを聞いたとき、僕の何かにその言葉が触れた気がした。
けれど、それが何かがわからない。
……いったいこれは?
そう考えていると、後ろからいきなり衝撃が与えられた。
驚いて後ろを見ると、由芽がいた。
「ほらお兄ちゃん。今は考え事しない。ほら着いたよ」
そう言われて上を見ると目の前に病院があった。
「それじゃあ、ここまでありがとう。ここからは、私1人で行けるから」
奏がそう言って僕から荷物を渡され、少し千鳥足になりながらも必死に階段を上って行った。
それを見た由芽は、不安そうな目で奏を見ていた。
「ねぇ、お兄ちゃん。確か荷物って宵崎さんのお父さんのだよね」
「みたいだな」
「ってことはさ、もしこれが最初じゃなかったら帰りもあれだけの荷物になるってことだよね」
「だな」
「もう日も暮れるよね」
「暮れるな」
「仮にも女の子を夜に1人で歩かせるの危なくない?」
そう言う由芽は、何か期待している目を見ていた。
どうせ奏を送って行けということなのだろう。
「でも、お前はどうするんだよ」
「私は、大丈夫。一緒に帰るし」
「いや、でも」
「いいから、いいから。絶対に宵崎さんが帰るとき暗くなっちゃうから」
「分かった、分かったから」
はぁとため息をつきながら、一応吐いてすぐなんだけどなと思いながらも、実際奏にとって病院は色々とあるのも事実だ。
それに奏1人で帰らせるのも少し不安だし、仕方なく由芽の提案を受け入れる。
それを聞いて安心したのか、由芽は病院に入りながらこちらを振り返り言った。
「ほら行くよ、お兄ちゃん。置いてっちゃうよ」
「分かったから。そんなにはしゃがないでくれ」
そう言って僕と由芽は病院の中にあった待合室のような場所で待つことにした。
「あ、お兄ちゃん。あれ、宵崎さんじゃない? ……でも、なんか雰囲気が」
しばらくすると奏が階段から姿を現した。
けれど、明らかに行く前とは雰囲気が違っていた。
「……!! まさか」
僕はあることに気づき奏のもとへ走って行った。
そんな僕に気づいたのか奏は力なく笑った。
「……あれ、帰ってなかったんだ」
「……ちょっと気になっちゃって」
「そうなんだ。私は大丈夫、だから安心して」
そんな風に奏は言うが、腕の震えが隠しきれていない。
僕は、前世の記憶からある情報を引っ張り出した。
「……お父さんに、なにかあった?」
僕がそう口にすると、あからさまに奏は眼を大きくした。その後、すぐに動揺し始めた。
「ど、どうして? ……まさか、聞いてたの?」
「いや、……前に宵崎さんが言ってたことを思い出して」
適当に理由をつけてごまかしたが、奏はそれに納得したのかだんだんと落ち着いていった。
「そ、そうだったんだ。……ごめん、少し落ち着く時間が欲しいんだ。1人にしてほしいんだ」
「でも、1人でいたら余計辛くなる」
「……さい」
奏がぼそりと何か呟いた。
「え?」
「うるさい! あなたに何が分かるっていうの! お父さんが、……お父さんが私のこと、忘れて。…………せいだ。私のせいなんだ! 作らないと。曲を、曲を作り続けないと。じゃないと、じゃないと!」
奏が今まで聞いたことがない大声を出して一斉に周りの人たちが顔を向ける。
……やっぱり、奏のお父さんのことだったのか。
奏のお父さんは、僕の知る限りで意識を取り戻してはいるが、記憶が混濁しているのか起きるごとに記憶が何時の時になるかはわからない。
実際、イベントストーリーの『カーネーション・リコレクション』でもその姿を見ることができる。
いつ目覚めるかは分からなかったけど、まさか今回だったなんていベストのときの奏はある程度落ち着いてはいたけど悲しそうな顔をしていた。
もし、それが最初だったのならそのショックも相当なものだろう。
けど、僕にはわからない。
母親を亡くした気持ちも父親が自分のことを覚えてないという気持ちも。
だって、自分自身とは真逆だから。
僕は、両親に売られた。正直今振り返ると、ちゃんと愛されていたかすらも怪しい。
けれど、自分自身を責めている奏は、どこかこの世界に来たばかりの僕に似ていた。
僕は、そっと奏の肩に手を置いた。
「僕にはわからない。わかるよ、なんて言えるわけない。だけど、今の宵崎さんを置いてくほど僕はそんな風になっている人をないがしろにするような人じゃない」
「!!」
奏が僕の言葉を聞いて再び目を開く。
その後、少しの静寂に包まれた。
「あ、あの~」
いきなり声がしたので、そちらの方を振り向くと、由芽が気まずそうな目をしていた。
「周りの人、めっちゃ見てるからとりあえず移動しない?」
その言葉に僕と奏はようやく周りの人がこちらを見ていることに気が付いた。
思わず恥ずかしくなって、僕と由芽と奏は逃げるように病院を出て行った。